10話(最終話) 幸せの目隠し。
暖かい太陽の日差しが店に射し込む。
静寂という空間が似合わない店内。
今日は「あの男」ことケイスケが私を飼う日だ。
そしてユカさんとケイスケの初デートの日でもある。
せっかくの初デートなのに私がそのデートに同行するのはおかしな話だ。
ケイスケの「こだわり」というものがあるのだろうが理解に苦しむ…
そんな理解に苦しむ「こだわり」さえ、ケイスケが私に見せる笑顔の様に大切に思う今の自分の気持ちに疑問を感じつつも、嬉しく思う。
『まだかな~』
ほうきで床を掃きながら、待ちきれない想いを口にするユカさん。
これもきっと、ユカさんが今まで頑張ってこの店を守ってきたから訪れた幸せであろう。
そしてそのきっかけをくれたマキさんにも感謝しなければならない。
人の1つの行動が誰かの幸せを作る。わかっていても行動できないもどかしさにきっと、この世界は包まれている。
風が店内を吹き抜けた。
そうすると、ケイスケは店に現れた。
『いらっしゃいませ』
『おはよ、ユカさん』
2人はいつもの様にお互いに見つめ合い笑うと、私の前にやって来た。
『店員さん、店員さん、ここにいる「ヨロイモグラ」を下さい』
『わかりました。お客様』
2人のやりとりは、まるで「おままごと」を覚えたばかりの子供のようだ。
ユカさんは私を両手で優しく持ち上げると、お持ち帰り用のかごの中に私を入れた。
『ありがとう。店員さん』
『いえいえ、こちらこそありがとうございます』
ケイスケはユカさんに現金を渡し、私はケイスケの手に渡った。
『これで、僕はもうこの店にお客さんとして来ないよ』
『わかってる。これからは…』
『彼氏として来ます』
『うん』
2人は手を繋いだ。
『さぁ、これからどこに行こうか?』
『どこでもいいよ。私はケイスケさんとならどこでもいいかな』
私達は店のドアに歩き始める。
これからも、3人で色んな所に行って色んなことを感じたい。
そこに苦痛が伴ってもきっと大丈夫。好きな人達に囲まれているなら。
『このヨロイモグラは、女の子だから名前はモグモグで!』
『可愛いと思うよ』
そんな会話が風と混ざり、暖かい風が町に吹く。
私はこれからもこの人達と生きていきたい。
それが私の幸せ。
『危ない』…誰かの叫び声と共に1台の車がこちらに向かってきた。
その瞬間、何が起きたのかわからない。
ただ私の体はボロボロになり動かない。
昆虫に痛覚が存在していたのなら、私はその痛みで我を失っていただろう。
『ケイスケ、大丈夫!?起きて…』
そんな泣き声が私の耳に響いた。
ユカさんが泣き叫ぶ横で血まみれで倒れているケイスケ。
顔は原型を留めていない。
私の意識は持たない…
近くでサイレンが鳴り、そこから数人の人が現れてケイスケを運んでいった。
『お願いします。助けて下さい…お願い』
『全力を尽くします。あなたは?』
『彼の恋人です』
『わかりました。一緒に救急車に乗ってください』
ユカさんが車に乗り込むと、車はサイレンをならして私の前から小さくなっていく。
私が幸せになって欲しいと願った人は、一緒に居たいと思った人は私に見向きもしなかった。
わかっていた。どんなに願おうが私が邪魔になっていること、ただの「きっかけ」だったことぐらい…
意識が遠くなっていく。
この世に存在する命は皆、大切なものでありかけがえのないものである。
だが、その中でも「価値」はある。
価値を求めたがる。価値を欲しがるのが人間だということはわかっていたのに…
幸せによってその価値はきっと変わってしまう。
幸せな人間ほど周りが見えていない。
周りを傷付けていることに気づいていない。
まるで「幸せの目隠し」。
最後に私の心を支配したのは、人間に対する不信感と失望感。
私の目は静かに光を失った…
【登場人物】
私 →ヨロイモグラのメス。モグモグ。死亡。
ユカさん→22歳の昆虫ショップの店員。着痩せするタイプ。
あの男 →ケイスケ、22歳大学生。意識不明。
同行者の女性→マキ、ケイスケの姉。25歳。
最後まで読んで頂きありがとうございます。皆様のおかけで無事に完結致しました。
これからも、作品を投稿するつもりなので応援して頂ければと思っています。どうかこれからも、よろしくお願い致します。




