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孤高の貴公子  作者: ハクトウワシのモモちゃん
8/11

8.



 駅前から大きな横断歩道を渡って向かいのビルに入った。そこは映画館やゲームセンターが入ったビルで娯楽には事欠けないだろう。

 博文たちはさっそくエレベーターでボウリング場の階まで上がる。

 笑顔で楽しそうな明日香たち女子陣と優磨に比べ、春樹は忙しそうにこれからの予定をまとめ、智也は疲れ切ったような顔つきで壁にもたれていた。少しは遠慮しろ、とくちばしを入れたくなった博文だが、黙ってエレベーターが刻む階を見つめていた。

 やがて辿り着いたボウリング場は休日ということもあり、それなりに混んでいた。女性陣(プラス)優磨が空いた受付にすぐさま向かい、列に並ぶ。

 博文は四人――特に明日香の後ろ姿を見つめ苦笑した。相変わらず行動力のある明日香に呆れを通り越して感心してしまう。それに慣れてしまった自分はおかしいだろうか、と頭の片隅で思いながら、背後を振り返った。

「……上倉、大丈夫か?」

「なんとか、ね……」

 智也は近場の椅子に座って、大きくため息をいていた。その端正な顔立ちは哀愁に満ち、苦々しい。まだ何もしていないのにこれだ。智也の気力の無さに呆れていると、彼がこちらを睨むように見つめる。

「取材するんじゃなかったの」

「残念ながら会長の思いつきを止められる奴はいないからな」

「なんなの……ほんと……」

 智也はぐったりとして頭を抱え、今にも気絶しそうな勢いであった。

回復は難しそうだ。しかし博文は何もしない。文句を口に出さないだけ智也は賢いと思うし、そのうち復活するだろう。……たぶん。

「……みんな、そんな顔するよ」

 するとこの場に残っていたもう一人、春樹が口をついた。声に反応して顔を上げる智也だが、目は死んでいて土色の顔をしている。

「佐倉に初めて付き合う奴はみんなそうだ。ついていける奴なんてほとんどいないさ」

「……」

「だけど昔からああなんだ、許してやってくれ」

 春樹は苦笑いを浮かべ、明日香へ目をやった。

「藤堂には話したことあるな、佐倉のこと」

「あぁ、はい」

 博文は頷いた。

 それは去年の文化祭の準備に追われていたとき。博文は破天荒な明日香の性格について行けなかった。いろいろと思いつく明日香のおかげで、仕事は増え、疲労が溜まっていたころ、ふとしたときに春樹と休憩が重なり思わず愚痴をこぼしたのだった。

 ―― 一条先輩はよく佐倉先輩についていけますよね。

 一条春樹は誰よりも佐倉明日香と付き合いがある。自由奔放な彼女に振り回される回数は絶対的に春樹の方が多い。だけど春樹は決して彼女と見切ることも、彼女に諦観することもしなかった。

「……あいつは中学のときからあんな感じだからさ」

 春樹は明日香を見つめながら言う。

「容姿も良いから寄ってくる男は多かった。あいつ、結構人気者なんだぞ?」

 今でも彼女と関係を持とうと、博文にも声が掛かったりするのだ。博文がうんうんと頷くが、智也は興味なさげに春樹を見上げていた。

「けど、すぐに離れてくんだ。思い立ったら即行動な奴だから、上倉のようについて行ける奴がいない」

 春樹の優しげな視線は彼女に注がれている。

「佐倉明日香は高嶺の花。……花は見て楽しむ、愛でるってものだからな。あいつも一人ぼっちのときがあったんだぞ。今でも、そうかもしれないけどな」

 そのとき智也の怜悧な目を一瞬だけ細められた。そして小さく掠れた声で呟く。

「一条さんは、」

「ちゃんとしたきっかけは、たぶん中三だったはずだ」

 春樹は微笑みながら懐かしむように語る。

「そのとき俺クラス委員だったんだ。俺は自分の性格よく知ってるから、浮いてる佐倉が気になってほっとけなくてな。ずっと気に掛けてたら、気に入られて……懐かれたって言うのか? こういうの」

 犬っぽいしなあいつ、と笑う春樹。

 佐倉明日香は才色兼備で天真爛漫な女の子。いつも笑っていて常に明るく、まるで太陽のような女の子だ。誰もがそういった価値観を押しつけて彼女と接して、勝手に失望するのだ。人間なんてそんなものだが、それでも思うところはある。

 春樹の話に何か感じ取ったのか、智也は切れ長の目を細めていた。

「……だから、少しは協力してくれよ『貴公子』」

 春樹は智也の肩をポンと軽く叩く。戸惑う彼に構わず、春樹はふっと淡く微笑んだ。

「明日香がすごく楽しんでるからさ」

 彼らしからぬ明るい笑顔に博文は驚いたが、春樹はすぐに笑顔を引っ込めて二人を促した。

「さ、向こうも終わったみたいだし、行くぞ」

「はい……」

 追いついて彼の背中を見つめると、耳が赤かった。



 ガコン、とボールがピンを弾く小気味良い音が耳に届く。

「――勝負だなっ」

 革張りのソファでボウリング用の靴を履き替えていると優磨が上機嫌に言う。不思議に思って優磨の振り仰ぐと、ふふんと優磨はえらそうに腕を組んでいた。

「博文はそっちのレーンな。もちろんチーム戦」

「別にいいけど奇数だぞ」

「そういうことは任せる、つーかこれでいいだろ」

 優磨はソファを指差した。

 博文側には智也と薫と明日香がいた。どうしてそういう並びになったのかはひどく単純である。ソファの端は智也が占領している。人見知りの激しい彼が他人に挟まれるのは厳しいだろうと思い、博文が端にやって隣に座った。その隣を薫が、明日香に押されて遠慮がちに座り、明日香が腰を下ろしたのだった。向かいには、優磨と春樹と美咲が並んでいた。

「そっち初心者と女の子ふたりで、こっち三人だからちょうどいいんじゃね?」

「まぁ、なんでもいいけど」

「じゃ、決まりっ。負けた方はジュース奢りな」

「了解」

「よーし、張り切っていこうっ!」

「あたしけっこう得意なんだー」

「明日は筋肉痛だな」

「がんばる……」

 各々ぼやきつつ中、博文はボールを取りに行こうと立ち上がる。

 しかしそれは阻まれた。くいっとシャツの裾を引っぱられ、博文は思わずたたらを踏む。振り返ると、智也が焦ったような顔をしていた。

「どした?」

「どこ行くの、一人にしないで」

「はっ?」

 彼の発言に一瞬固まってしまった博文だが、すぐに呆れてしまって吐き捨てるように言う。

「だったらついて来い。秋月、ボール取りに行くぞ、適当に」

 博文は智也の手を取りながら、「適当はないだろ、適当は」と笑う優磨を連行する。それから薫もついてきた。手伝ってくれるようだ。

 すると優磨が軽やかにステップを踏んで智也の隣に並んだ。ニッと笑って振り返る彼に、智也はビクッと肩を震わせて博文へ距離を詰める。こちらにもたれかかるような状態である。すごくうっとうしい。

 引きつった表情をする智也に構わず優磨は口を開いた。

「やっぱ上倉ってモテるの?」

「……は?」

「だって顔良いし……あ、今度さ近くの女子高と合コンすんだけど、お前も来る? メンバー足んないんだよなー」

「秋月っ」

 この手の話は智也が最も嫌う。博文が堪らず口を挟むと、優磨はびっくりしたようにこちらを見上げて、能天気に笑った。

「なに、博文も合コン来る? だけど二人もいらねーんだよなぁ……。それに上倉のほうが断然女子受け良さそうだし」

「そんな話してない」

 即答し、優磨をたしなめる。

「こいつはそういう嫌いなんだ、だから他当たれ」

「なんで博文がそんなこと言うのかわかんねーけど。……ほら、あれ」

「あ?」

 ボールが並んでいる棚に手をつきながら、優磨はニヤニヤ笑って彼方を指差した。振り返るとそこには同年代の女性のグループが、こちらをちらちらと盗み見ている。

「ぜったいあれ、上倉狙いだって。羨ましいなっ」

「お前な……」

 健全な高校男児なら異性に目が行くのは当たり前だろうが、少しは慎むことはできないのか。つくづく、こんな奴がよく生徒会にいるものだと呆れるが、今はそんなことを考えても詮無い。

 すると優磨がニッと笑って智也を振り返った。

「上倉もそんな仏頂面してないで笑顔でいれば?」

「え?」

「上倉っていつも機嫌悪そうだもん。笑顔のほうが何かと得だろ。嫌いにはなんないし、仏頂面より良いだろ。上倉の笑顔なら許せるみたいな?」

「……」

 智也は神妙な顔つきで優磨の話を聞いていた。今彼がどんな気持ちなのかまったくわからないが、怒った様子もないので博文はほっとする。

「だからさ。笑顔振りまいて、そこらへんの女の子釣ってき――イテッ! 殴んなよ博文ーっ!」

「遊んでんじゃないんだぞ」

「今は遊んでんじゃん」

 それでもへらへら笑う優磨に博文は肩をすくめ、ボールを手に取る。重たいものから軽いものまで、適当に見繕う。

「上倉は軽いのでいいな。ほれ」

「えっ、ちょっ、重たいっ」

「それ男用で一番軽いヤツだぞ……。あ、女子もいるし、上倉こっち使うか? ……喜多村、俺持つから」

「一つくらい持つよ」

 薫は暖色系のボールを抱えるままこちらを見上げる。手伝うつもりでついて来たからそこは譲れないみたいだ。そういうところが彼女らしくて博文はくすっと笑って、智也に軽いボールを二つ手渡す。

「お前もついて来たんだから手伝えよ」

「え。なんで二つも……」

「男なんだから持て」

「横暴だっ」

 泣き言を言う智也を無視し、博文は薫と肩を並べて来た道を戻った。

 後ろで優磨がめげずに智也を合コンに誘っているが、智也はそれどころではない様子。ボールを抱えるのに必死そうである。博文も人に自慢できるほど筋力はないが、智也は非力すぎる。なんとも頼りない。

「肉体労働は駄目だな、あいつ」

「上倉君には事務仕事が似合ってるかもね」

 独り言に、隣に並ぶ薫がくすくす笑いながら相槌を打つ。

「もしフリーペーパー作るの協力してくれるなら、私と一緒に会計とか記事書く手伝いとかかな?」

「なんでお前と一緒なんだよ」

「ん?」

「あっ……」

 思わず口をついたとき、しまったと思った。しかし時すでに遅し。薫は小首を傾げて不思議そうにこちらを見上げている。

「いや……あ、今のは……」

 何か言い訳を考えるが何も出て来ない。今の発言は別に嫌味で言ったわけではなく、ただ純粋に疑問に思っただけで、なんで疑問に思ったかと言うと――。

 ぐるぐると必死になって頭を巡らしていると、薫はすっと目を外して何事もなかったかのように歩き出した。

「え、ちょ……」

「先輩たち待ってるから早く行こ」

「……」

 彼女の背中を呆けて見つめていると、後ろにいた優磨が首を捻る。

「何? どしたの?」

「いやなんでもない」

 答えてからもう一度薫の背中を見つめる。

 上機嫌そうなのは気のせいだろうか、博文は悩みながら歩を進めた。


 ボウリングの結果は散々だった。

 智也は六球ほど投げたところで戦線離脱。一応投げてはいたがほとんどがガーターへと吸い込まれていった。薫は最後まで頑張っていたが成績は芳しくなく、明日香も賭け事など忘れて楽しんでいた。もちろん成績はよろしくない。結局、博文だけでチームを支える羽目になった。

 残念ながら、いや当然というべきかゲームは負けてしまった。物を奢るなど無駄な出費は避けたかったのだが。特に優磨には。余談だがぐったりとする智也を介抱していたら、怪しく笑う美咲に写真を撮られた。データはすぐさま消去させてもらった。


「……ボウリングって疲れるものだね」

「いやそれはお前が非力なだけだ」

「知ってるでしょ、僕は体育が嫌いなんだ」

 何度も言うが遊びに来たわけではない。生徒会で学内のフリーペーパーを作るために集まっている。取材も進めなければならないのだ。

 下るエレベーターを待っていると智也が話しかけてきた。ぐちぐちと文句を言いつつも、声色は柔らかい。彼なりに楽しめただろうか。博文は訊ねた。

「こうやってみんなで遊ぶのも良いだろ?」

 すると一同が智也を振り返る。歩み寄るのは明日香だ。

「楽しかった? 智也くん」

 輝くような笑顔を受けられて智也はたじろぎ、目を逸らしながら小さく首肯した。

「は、初めてだから、なんとも言えないけど……。それなりに、楽しかった……です」

「うんうん! これからもよろしくねっ!」

「は? いや、僕は……」

「ほら、エレベーター来たよ」

「早くしろ。今日中に回るからな」

 美咲と春樹に促されて、智也は明日香に引っ張られるかたちでエレベーターに連れ込まれる。それに笑いつつ、博文も後を追った。




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