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孤高の貴公子  作者: ハクトウワシのモモちゃん
7/11

7.



「あっ、みーくんだ!」

 駅ビルを出ると、四人の男女が固まっていた。その内の一人、軽く羽織った四分丈のカーディガン、ふんわりとした清楚なワンピースは胸のやや下あたりがリボンで絞られ、いつもより大人びて見られる。しかし身長は百五十センチもなく小柄。そんな女の子はぶんぶんと大きく腕を振っている。その度に綺麗なロングヘアの髪が揺れた。

「遅れました……」

 博文たちが駆け寄ると、佐倉明日香は怒ったように腰に手を当てた。

「もうっ。時間厳守だよ」

「すいません」

「ハルがこわーい顔してて大変だったんだから」

「……それもすみません」

「何謝ってんだ、藤堂」

 ため息が聞こえて博文は振り返る。半袖の黒のポロシャツ姿の一条春樹は厳しい表情をして腕組みをしていた。彼は呆れた様子でぼやく。

「五分前集合は常識だぞ、まったく……」

「まぁまぁ、先輩。博文も悪気があって遅れたんじゃないし」

「秋月、お前も二分ほど遅刻だぞ」

(こま)かっ……」

 春樹の隣でうなだれるのは博文と同学年の秋月優磨だ。サックスカラーのデニムによくわからないロゴがプリントされたTシャツ。首元のアクセサリーが陽光に反射していた。すると、優磨は博文に向かってニヤッと笑った。

「てか、薫ちゃんと待ち合わせしてたんだなー?」

「なっ……」

 言葉に詰まった。反射的に薫の方を見やると、彼女は荒れた息を整え終わったところらしく、ほっと息をいていた。薫がこちらの視線に気づいて顔を上げる。

「なに?」

 にっこりと笑顔の表情はなんだか恐ろしかった。

「いや、何にも……」

 思わず目を逸らして答えると、明日香の隣にもう一人の女子と目が合った。

「おはよう博文くん」

「おはようございます」

 ひらひらと手を振る彼女は新聞部部長である林田美咲だ。浅く被ったキャスケット帽、半袖のTシャツに七分丈のジーパン、スニーカーと動きやすい格好をしている。

「すみません、待たしちゃって」

「気にしてないからいいよー」

 そのとき赤いフレームの眼鏡が怪しく光る。美咲はフフッと不敵な笑みを零して、肩から斜め掛けにしたショルダーバックからデジタルカメラを取り出した。

「そんなことより早く博文くんと上倉くんのツーショットを!」

「撮りませんから」

 即答すると美咲は愕然とした表情を浮かべた。

 それを無視して博文は背後を振り返る。そこには両膝に手をついて、いまだに息を切らしているイケメンがいた。

「はぁ、はぁ……っ、いきなり走るなんて……僕の運動量を舐めてるね? 博文」

「いや舐めてねーし、知らねーし」

「……引きこもりに、運動させるなんて……万死に値するよ……っ」

「わかったから、悪かったから」

「前々から思ってたけど……適当だね、君は」

 額から落ちる汗を拭いながら顎を上げる智也は、すでに青い顔をしている。こちらが眉をひそめるのも気にせず、彼の愚痴は続いた。

「博文はいつもいきなりだよね。知り合ったときもそうだし、今日も無理やり連れて来られるし……ほんと散々だよ」

「……嫌なら来るなよ」

 智也の言い分に苛立ちを覚えた博文は低い声で唸る。すると智也はふんと鼻を鳴らして答えた。

「君には仲良くしてもらってるから少しぐらい付き合ってもいいかなって思ったんだ。もちろんラノベのためだけで、君の雑誌なんてどうでもいいけど」

「ほんとわかったから、それ以上喋るな」

 智也は二次元に命を懸けているような男だ。それなりに付き合いのある博文は理解しているつもりで、フリーペーパーの話は後回しでいい。さっきも言ったが、こうして彼が付き合ってくれているだけで十分である。

 博文が肩をすくめたとき、ふと背後からたくさんの視線を感じた。びっくりして振り返ると、生徒会役員――ひとり異なる――がこちらを興味深げに凝視していた。博文はますますぎょっとし、声を上擦らせて訊ねた。

「な、なんだよ、みんなして……」

 答えるのは、呆けた顔をした優磨であった。

「だって上倉がそんなに喋ってるの初めて見たから」

「はぁ?」

「女子の話聞いてるとさ、上倉って喋んないし笑いもしないって噂だったから」

「確かに。藤堂君とはすごく話してるよね」

 薫も同意するように相槌を打ち、不思議そうに小首を傾げた。それから、優磨が再び口を開いた。

「あと博文が、本当に上倉とトモダチなんだなって感心した」

「感心って、お前な……」

 まぁ、優磨と薫の言うこともわからない博文ではない。彼に友人と呼べる存在は校内には皆無である。内気で消極的な智也と会話する相手などいない。博文は嘆息し、智也を振り返った。

「ともかく。紹介しとく」

 智也を見つめ、注目する五人に腕を伸ばす。

「喜多村はさっき紹介したし、会長と一条先輩も昨日会ったからいいよな? ……喜多村の隣にいるのは生徒会の秋月、俺たちと同いな。で、奥にいるのが新聞部の林田先輩、フリーペーパー作りに協力してくれるんだ」

「秋月優磨、優磨でいいから。……あとでモテる方法教えて」

「今日はよろしくね、上倉くん」

 優磨と美咲はお互いに挨拶した。

「っ……」

 無論、智也はぐっと息を詰まらせ、顔ごと明後日の方向に背けた。

 相変わらずの彼に、博文は大きく肩を落として優磨と美咲に声を掛ける。

「気にしないでください。こいつ、人見知り激しいんで」

 そう言うが、二人とも気にしていない様子である。優磨は「そっか」と短く頷いて、美咲はデジタルカメラを智也に向けた。

「写真は撮れるから大丈夫だよ」

 と機嫌が良かった。しかしこれだけは言っておかねばならない。

「先輩、まだ許可は下りてせんよ」

「うそだーっ」

 不服そうに驚く美咲だが、仕方ないとでも言いたげに身を引いた。

 そして、春樹が話を仕切りだす。

「ともかく。全員集まったことだし、行くか」

「そうね。ここ暑いし、移動しましょ」

「それじゃあしゅっぱーつ!」

「まずどこ行くんすか?」

「あぁ、そうだな……」

 春樹はトートバックからA4ファイルを取り出す。今日の予定はこの前の会議でおおまかに決めて、取材をする店に許可ももらってある。生真面目な春樹はきちんと店を確認しつつ、向かうようだ。

 そのとき、明日香が春樹の腕を掴んだ。動きを止める春樹とそれを止めた明日香に一同の視線が集まる。

 明日香は注目も厭わず、輝かんばかりの笑顔を見せた。

「取材は後にしましょっ!」

「はっ?」

 腕を上げた状態で春樹はあんぐりと口を開けて眉をひそめる。博文も意味がわからず彼女を眺めると、明日香はにこにことしたまま言った。

「智也くんと仲良くしよう会をここに始めます! だから取材は後にして……最初はみんなで遊ばない?」

「えっ」

「な、何言って……!」

「あぁー、親睦会みたいなもんですか?」

 突然の提案に一同が驚愕する中、優磨が小さく手を上げた。

 明日香はうんうんと頷き、それを聞いて薫と美咲も明日香に同調した。

「あ、いいかも……」

「いいじゃんそれ! 『孤高の貴公子』の思わぬ一面が……フフッ、これはスクープ! 撮らないと……!」

「ちょっと待て、俺たちは……」

「もちろん、智也くんが良いのであれば、ねっ?」

 そして明日香は智也をひたと見つめる。同時に全員の視線が彼に向いた。

 当然智也はビクリと肩を縮めて、異常なまでに目を泳がせた。正直引いた。そして辿り着いた先はこれまた予想通りで博文であった。

「だからなんでこっち見るんだ」

 ため息をきつつ、博文は智也に言う。

「お前が決めろよ」

「えっ、でも……」

「お前が決めなきゃなんにも始まらない」

 すると智也はびっくりしたように目を瞬き、周囲にぐるりと首をめぐらす。明日香たち女性陣はにこやかな表情を浮かべ、優磨は苦笑いを漏らして、春樹は何か言いたそうに我慢していた。

「何かしたいことはない? 智也くん」

 明日香の声に智也はピクリと反応し、気恥ずかしげに目を逸らす。そしてぼそぼそと唇を震わせた。

「そ、その……お、大勢で、遊んだことないし……わからない……です」

 とても小さな声であった。掠れた音を全員が聞き取れたかどうかはわからない。でも、博文はしかとこの耳で聞き入れた。

 智也が自分以外の他人と口を利いたのだ。なんだか巣立っていく雛鳥を見守る親鳥の気持ちになったみたいで、すごく嬉しかった。

「そっか」

 博文は頬を緩ませ、ぽんと智也の肩を叩く。

「カラオケとかボウリングとか、いろいろあるけどやったことないのか」

「う、うん」

「えー、マジかよ上倉! なら俺、今ボウリングな気分」

「お前に聞いてないけどな」

「ひっでーな、博文……」

 口を挟んできた優磨に言い捨てたが、智也は何もわかっていない様子。博文はふむと顎に手を当てて優磨を再び目を向けた。

「まぁ上倉がこんな状態だから、ボウリングでもいいか」

「さっすが副会長! 話がわかってるっ!」

 上機嫌な彼を見届け、博文は女性陣を振り返る。

「どうですか?」

 明日香の提案に博文は反対しなかった。智也が他人と接する機会だし、もっとみんなと仲良くできればいいと思ったからだ。

 すると明日香の表情が喜悦に満ちた。

「うん! みんなもそれでいいよねー?」

「待て待て!」

 それを遮るのはずっとしかめ面の春樹だ。

「俺たちは遊びに来たんじゃないんだぞ。というか藤堂。副会長のお前が認めてどうするんだ? そんなことじゃ来年は――」

「ねえ、ハル?」

 シンプルなストラップサンダルが軽やかにアスファルトを叩く。不意に横合いから現れた明日香に春樹がびっくりして口を閉じた。

 明日香は上目遣いで春樹を見上げて、小首を傾げた。

「ダメ……?」

 そして目を剥く春樹。

 しばしの沈黙が流れる。

「…………ちょっとだけだぞ」

「ありがとう、ハル!」

 やがて大きなため息と元気の良い返事が聞こえた。

 博文が苦笑を浮かべていると、隣で呆れ返ったような言葉が続く。

「はぁ……。春樹ってほんと明日香に甘いよね」

 見やると美咲がやれやれと肩をすくめていた。それに優磨が愉快そうに笑って言った。

「仕方ないんじゃないんですか?」

「それ言ったらおしまいよぉ? まぁ、否定しないけど」

「何が仕方ないんだ?」

 会話の内容が理解できない博文は訊ねた。すると二人は同時にこちらを振り返って、二人してくすりと笑った。

「博文は鈍いなぁ~」

「まあまあ、博文くんが気にすることじゃないからね~」

「なんですかそれ。意味わかんないんですけど……」

 どうやら理由は教えてくれないみたいだ。すごく気になるわけでもないから別にいいが、なんだか仲間外れみたいで面白くない。だから博文は他の二人に顔を向けた。しかしその一人、智也は我関せずと言ったふうにそっぽを向いている。そしてもう一人の薫はすでに明日香のもとに向かっていた。

 博文は彼女の後ろ姿を見送りながらぽりぽりと髪を掻く。

「……まぁ、いいか」

「みーくん~! 早く早くっ!」

 向こうで明日香がぶんぶんと手を振っている。いつの間にか優磨と美咲も側にいた。ということは、この場にいるのは自分と……。

「行こうぜ上倉」

 振り返り彼を促す。智也は小さく息をき、嘲るように口の端を歪めた。

「君といると暇じゃないよね」





 2015年11月23日:誤字修正

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