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孤高の貴公子  作者: ハクトウワシのモモちゃん
6/11

6.

2016年6月23日:誤字修正




 そして土曜日。

 博文は集合時間より早く、最寄りの駅に到着した。携帯電話で時間を確認すると集合時間の約二十分前。集合場所は駅を出た百貨店の入り口。改札から二分もあれば着ける。博文は携帯電話をしまい、地下へ行くエスカレーターに乗った。

 行先は地下鉄の駅。目的は上倉智也を出迎えである。

 昨日、博文は智也に啖呵を切った。いや、切ってしまったと言ったほうがいい。あのときは感情的になっていた。しかし智也の態度には本気で腹が立ったので、仕方ないと言えばそうかもしれない。それでもあとで思い返せば、少し意地悪過ぎたと思ってしまう。

 とりあえず智也には連絡はしておいた。もちろん返事はなかったし、電話も出なかった。最初から期待などしていなかったが、完全に愛想を尽かされたのかと不安になる。吹っかけたのはこちらだが申し訳なさが募るのだ。そんなことを思いながら、博文は地下鉄の改札前の柱にもたれていた。

 ややあって電車が到着したのか、改札から人が溢れる。集合にはちょうど良い時間帯だ。博文が改札へ目を凝らしていると人ごみの中から名前を呼ばれた。

「……藤堂君?」

「あ、えっ?」

 びっくりして声に振り返ると、そこには同年代の女の子がいた。

 肩先まで真っ直ぐ伸びた黒髪。子犬のようなくりっとした大きな瞳。明るい色のタンクトップの上から白レースの半袖のシャツ。ミニスカートから覗く太腿は健康的で眩しかった。

「わっ、本当に藤堂君だ。……あれ、なんでこっちにいるの?」

「……」

 博文は固まった。正直、誰だこの人? と思った。しかし必死に頭を動かしてある結論に至った。

「…………もしかして、喜多村か?」

 すると彼女はぷくっと頬を膨らませる。

「もしかしなくてもそうだよ」

「そうか……。ごめん、ほんと誰だかわかんなかった」

「もうっ」

 眉根を寄せる薫に詫びつつ、博文は改めて彼女の格好を眺める。いつもはポニーテールだが今日は下してある。セミロングになった真っ直ぐな黒髪に目を奪われた。

「珍しいな、髪下ろしたのか」

「今日は特別」

「特別?」

 聞き返すと薫は慌てたように両手を顔の前で振った。

「やっ、違くて! 特別なのは特別なんだけど……、やっぱ違うっ、忘れて! た、たまにはこういうのもアリかなーっなんて」

「そ、そうか」

「に、似合ってないかな……?」

 不安げに揺れる潤んだ瞳がこちらを見上げる。

 博文はたじろぎ、言葉に詰まった。いつもと服装と髪型が違うだけで、こんなにも変わるものなのか? 狼狽えてしまい、そっと顔を背けて答えた。

「……いやまぁ、似合ってるし新鮮で良いと思う」

「うん……ありがとう……」

 うつむいて頷く薫。今彼女がどんな表情をしているかなど、博文は考える余裕もなかった。やがて薫は顔を上げて訊ねる。

「それよりもどうして藤堂君がここにいるの? 集合場所って百貨店の前だよね?」

「あぁ、ちょっと出迎えかな」

「出迎え……?」

 小首を傾げる薫。その表情は不満そうに見えた。だから素早く答える。

「上倉の」

「あっ。……本当に来るの? 上倉君」

 彼女が智也の同行を知っている理由には特に驚かなかった。情報管理に徹底している生真面目な春樹なら、おそらく今日集まるメンバーに声を掛けているに違いない。博文は気にせずあっさりと首を振る。

「わからん。だからこうして待ってる」

「上倉君地下鉄なんだ」

「たぶんな」

「たぶんって……」

 呆れるように呟く薫に博文もため息をく。

「あいつの住んでるとこ知らないから。地下鉄使ってんのは知ってんだけど」

 下校時、博文は智也と最寄りの駅で別れる。博文は私鉄線を利用していて、智也は地下鉄で帰宅するらしい。そしてこの駅は智也が利用する地下鉄線だ。だからこちらで張っておけば智也にも出会えると思っている。ほとんど勘だが。

 そんなことを言うと薫は苦笑いを浮かべた。

「勘なんだね……」

「六割ほど」

「あはは。じゃあ来る確率は?」

「……二割?」

「低っ!」

「仕方ねーよ」

 ぞんざいに言い捨ててから博文は薫に向き直った。

「……先行ってていいぞ、付き合わなくてもいいからさ」

「別に気にしなくていいよ。一緒に行ったって変わらないもん」

「まぁ、喜多村がいいって言うんなら……」

 楽しそうな彼女の横顔を見ているとこちらまで頬が緩む。機嫌が直ったみたいで何よりである。ほっと息をいたとき博文は閃いた。

「あっ。だから特別?」

「え? 何が?」

「いや上倉が来るの楽しみしてんのかなーって」

 薫も女の子だ。カッコイイ男子が気になるに違いない。これは智也に好印象を与えるには絶好のチャンスである。しかし残念ながら智也は何一つ関心を示さないが。

 どうだこの名推理、と博文は得意げに笑みを浮かべる。

 そして薫は絶対零度の微笑みを浮かべた。

「やっぱり先行っていい?」

「え?」



 それから薫との対話は断絶された。

 冗談だから、としどろもどろに言うが取り合ってもくれなかった。だから会話がない。仕方なしに博文は携帯電話で地下鉄の時刻表を確認した。もうすぐ次の電車が来る。集合時間までおよそ五分前。この電車で智也が来なかったら諦めよう。

 再び改札から人が溢れ出す。

 二人してじっと改札を凝視する。

 ――そして見つけた。

 淡い色のカットソーに清潔感のある白いシャツを羽織った彼。すらりと背が高く、均整の取れた顔立ち。フレームの細い銀縁の眼鏡が知的さと怜悧さを兼ね備えている。

 上倉智也はやって来た。

「おお……」

 思わず博文は声を上げる。こちらに気づいた智也は切れ長の目をわずかに開き、すぐに目を逸らして首筋に手を当てる。

 ゆっくりと焦らすように向かう智也に博文は我慢できずに駆け寄ると、智也はぎょっとして後ずさった。

「来てくれたんだな!」

 バンバンと彼の肩を叩くとうっとうしそうに手を払う。

「耳元でうるさいな。……今日はME文庫の発売日だし、それにゲームも予約しに行かないといけないんだよ」

「そうかそうか! 理由なんてどうでもいいけどな」

「喧嘩売ってんの博文?」

 智也は厳しく目を細めて言う。

「どうでもよくない。『ラブ・パティシエ~デザートに甘酸っぱい恋を添えて~』は期待の新作なんだよ! シナリオライターさんは有名な……」

「あ? ギャルゲーに興味ないから。つまりどうでもいい」

「博文ぃ~!」

 がくがくと肩を揺さぶられるが本当にどうでもよかった。博文は智也の手を取り、笑顔で言った。

「ありがとな」

「……だ、だから、ゲームのためだから……礼言ってもなんにもないから」

 恥ずかしそうに目を逸らして眼鏡に触れた。

 どんな理由だろうと博文は嬉しい。まだ課題は山積みだが智也は来てくれたのだ。それだけでも満足であった。

 博文がにこにこしていると横から視線を感じた。見やると薫がほーっと口を開けて、興味深げにこちらを見つめている。気づいた博文は智也に彼女を紹介した。

「上倉、紹介しとく。生徒会の喜多村、俺たちと同いだから」

「喜多村薫です。よろしくね、上倉君」

 博文と入れ替わるように前へ出る薫はにこやかに笑む。しかし智也は目を剥いて半歩退き、目を泳がせて黙り込んだ。

「……あれ、私嫌われちゃった?」

 薫はくるりと博文に向き直り、不安そうに首を傾げる。

「大丈夫だ。こいつ初対面は誰でもこんな感じだから。気にすんな」

「そ、そう……?」

 答えてから博文は智也に目を移し、苦言を漏らす。

「もっと愛想よくしろよな」

「む、むむ、無茶な注文をしないで、ほしいなっ……」

 どもりながら返事をする智也にため息をく。すると智也は震えた手で眼鏡の位置を修正しながら言う。

「博文が迎えに来ることは簡単に予想できたけど……、女子連れなんて聞いてない」

「悪かったなうっとうしくて」

「やっぱり君と僕は住んでいる時空が違うんだね。リア充は期待を裏切らないよ、うん。……原子レベルまで還元されればいいと思いました」

「お前な……」

 意味不明なことを言う智也はちらりと薫を目に入れた。そして淡白に訊ねる。

「仲良いの?」

「へ?」

 まさか話を振られるとは思っていなかったのだろう。薫は目を丸くして固まった。やがて、「あぁー」とか唸って博文を一瞥する。その視線を冷たく感じ、博文はたじろぐ。

「なんだよ……」

「別に」

 短く答えて薫は目を外して智也に言った。

「仲良くは……なくないかな?」

「なんでそんな曖昧なの?」

 その反応はあまり気に食わなかった。しかし薫は答える様子はなく、つーんとそっぽを向いたままだった。

「……」

 理由はなんとなく理解できている。さっきのあれだ。まだ続いているのか、とげんなりした。そこまで怒らなくてもいいではないか。

「……悪かったって」

 がしがしと髪を掻きながら誰になく呟くと、智也が楽しそうな様子で口を挟む。

「喧嘩してるんだ。ま、博文って短気だからね」

「普通に嘘()くのやめろ、ふざけんじゃねーよ」

「ほら。短気」

 くすくすと笑う彼に噛みつこうとしたとき、ポケットにある携帯電話が震えた。うっとうしい、と苛立ちに任せて電話を取り、相手も確認せず通話ボタンをタップした。

「もしもし――」

『藤堂! 今どこにいる!?』

「いっ! 一条先輩!?」

 声が鼓膜を打ち、危うく携帯電話を落としそうになった。相手は春樹で相当怒っている様子。彼の怒声は続く。

『お前遅刻だぞ! 遅刻なら連絡ぐらい入れろ!』

「すいません! すぐ行きます! 喜多村も上倉も一緒なんで!」

『な、何……?』

 すると春樹の文句が止まり、訝しげな声音になる。

『喜多村はともかく……上倉もいるのか?』

「はい……」

『まぁ、それはいい。ともかく早く来い』

「はい、すいません」

 へこへこと頭を下げながら電話を切り、薫と智也を振り返った。薫は状況を判断したらしく腕時計を見つめて「ヤバ……」などとぼやいている。もちろん智也はきょとんとしていた。

 博文は薫と目を合わせて頷き合った。

「急ごう。上倉もついて来いよ」

「え……ちょっ、待ってよ!」

 慌てふためく声を背中で聞き届け、博文は歩く速度を速めた。すると視界の端に薫が入る。駆け足ではないものの、早足で博文について来くのだった。

 博文は横目で彼女を見ながら、そっと近づいた。

「よし。何かおごるから許して……」

 薫は首をもたげてこちらを見上げる。しかしいまだに胡乱な目つきは変わらなかった。彼女は声を落としてささやく。

「今日?」

「え……」

 絶句した。驚きで足取りが遅くなりあっさりと薫に抜かれる。エスカレーターに乗るところを慌てて背後についた。

 こちらに応じる気配は皆無。小さな背中に流れる黒髪を見つめて博文は眉根を寄せる。しかし黙っていると息が詰まりそうで居心地が悪い。

 博文は大きく息を吸った。ぐっと拳を握って意を決する。

 こんなこと誰にも聞かれたくない。博文は口元に手を当てて彼女にだけ聞こえる声量で言った。

「じゃあ。今度、――でいいか」

 彼の言葉に薫は肩越しに振り返る。ぱちぱちと目をしばたたかせて、にっと勝気に微笑む。その表情は大人っぽく見えて美しかった。

「約束だよ。絶対」

「あ、あぁ……」

 しばし見惚れていると薫はとんとんと軽やかにエスカレーターを上がっていく。

 博文は胸の中に溜まった熱い息をいて、追いかけた。




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