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孤高の貴公子  作者: ハクトウワシのモモちゃん
5/11

5.



 その週の金曜日。放課後。

「藤堂、今日は生徒会あるのか?」

「ん、ないぞ」

「テストも終わったし、遊ぼうぜ」

「あぁ……」

 なんの変哲もないクラスメイトの会話に相槌を打つ。博文はちらりと智也のほうを眺めた。彼はそそくさと帰り支度をして即座にイヤホンを耳に突っ込んでいた。どうやら今日は誰にも捕まっていない様子。これなら今日は何もしなくていい。博文は小さく息をき、クラスメイトに目を戻した。

 そのとき、教室のドアが開かれた。

 扉の側には百五十センチくらいの身長の女子生徒。我らが生徒会長、佐倉明日香が凛とした表情で立っていた。

「会長……?」

 彼女の登場に誰もが驚き、目を向ける。その視線を一切意に介さず、明日香はキュッと上履きを鳴らして、そこへ向かった。そこは上倉智也も席。

 思わず博文は腰を浮かした。

 智也は席を立ったところで振り返りざまに明日香と面と向かった。眼鏡の奥の瞳がわずかに開く。そして眉間にしわを刻んだ。

「上倉智也くん、だよね?」

 露骨な嫌悪の表情も明日香には効かない。彼女は綺麗な笑顔をたたえたまま、智也に話しかける。澄んだ瞳は真っ直ぐと智也を見上げ、真摯に輝いていた。

「……」

 人気のある彼女に見つめられるものなら、男子なら動揺なり困惑なり何かしら反応があってもおかしくない。が、智也は無言のまま冷たい目で彼女を見下ろしていた。

 彼の凍てつくような視線に明日香はそわそわとして、スカートの裾をきゅっと握り、

「な、なんだか緊張しちゃうね……」

 そんなことを呟いた。

「…………」

 教室中が両者の行く末を見つめている。

 片や、才色兼備、天衣無縫と称される生徒会代表である有名人、佐倉明日香。

 片や、学内一の眉目秀麗、一部では『孤高の貴公子』と称される有名人、上倉智也。

 その二人が視線を重ねているのだ。注目を浴びるに決まっている。

 談笑に花を咲かせていた女子も、部活に向かおうとしていた男子も、誰もが二人を注目した。おかげで博文は、立ち上がったものの、この異様な雰囲気に飲まれ、足が止まってしまった。

「ねぇ、智也くん」

 明日香が息をく。

 そして誰もが息を飲んだ。一言一句聞き漏らさないように、全神経を使って聞き耳を立てる。

 明日香は笑顔で告げた。

「明日、わたしとデートしない?」

 …………。

 …………。

 教室が凍りついた。が、それも一瞬で。

「はああああああっ!?」

 絶叫が響き渡る。阿鼻叫喚と化す教室の中、博文は慌てて明日香に駆け寄った。

「ちょっ、会長!」

「あ、みーくん! 今ね……」

「話はあとでいいですから、場所変えますよ」

 素早く対応してから睨むように智也を振り返る。

「上倉、お前も来い」

「え?」

「いいからっ!」

 智也の手首を掴んで引っ張った。そのあとを楽しそうについて来る明日香に博文は心底脱力する。教室を出た後、疲労の濃い声音で明日香に聞いた。

「……今、生徒会室()いてますか?」

「うん。ハルが先に行ってるから」

 元気の良い返事に、博文は振り返りもせずに冷たく返した。

「それじゃあ一条先輩も含めて話しましょうね」

「え……、ハルには言わないで……」

「駄目です」

「みーくん、怖い……」

 ぴしゃりと言い捨てると明日香が狼狽えた。

 珍しく怖気づいた様子の彼女に溜飲が下がる。それから、博文は智也の手首を掴んでいることに気づいた。背後で静かに連行される智也は未だに呆けた顔をしていた。

「悪いけどついて来てもらうぞ」

「……」

 返事がなかった。いきなり他人に話しかけられて硬直し、考えることを放棄したみたいだ。

 ともかく、博文は生徒会室へ足を進めた。



「失礼します」

 ぞんざいに生徒会室の扉をノックして入室する。そこには春樹がティーセットを携えてお茶の準備をしていた。春樹は博文の存在に気づき、驚いたように顔を上げる。

「どうしたんだ? 藤堂」

「ちょっと相談が。ほら会長。……上倉も適当に座っていいぞ」

 博文は連行した二人を促す。すると春樹の眉間にしわが寄った。彼の視線の先には明日香がいる。

「何かしたのか、佐倉」

「え、えーっと……取材みたいな」

「あっ?」

「怖いよぅ……」

 明日香は小動物のようにびくびくと震え、近場の椅子に腰を下ろした。しかし、春樹はどうでもいいように明日香を視界から外して博文を見つめた。正確には、博文の隣にだが。

「上倉だな。なるほど、大方佐倉が強引に勧誘したのか」

「だいたい合ってます」

 博文は答えた。細かいことは報告しなくてもいいと思った。クラスの連中の反応など今はどうでもいいのだ。そのおかげか博文は教室に鞄を忘れたことを思い出した。もう一度あの教室の雰囲気を味わうのは心底疲れる。根も葉もないことを根掘り葉掘り聞かれるのは御免だ。

 博文はがしがしと髪を掻いて隣にいる上倉智也を眺めた。彼は物珍しそうに生徒会室をきょろきょろ見回している。当事者のくせに呑気だなと忌々しく思ったとき、智也がこちらへ目を向けた。

「博文」

「なんだよ」

「君が何怒ってるか知らないけど、そろそろ帰っていい?」

「は? お前何言ってんだ」

 驚愕の言葉に博文は目を剥く。能天気な奴だと思っていたがここまでとは思わなかった。呆然としていると智也は「あっ」と小さく呟き、耳に手を掛けた。

「ごめん。イヤホンつけっぱだったから、全然聞こえてないから大丈夫だよ」

「……ハァッ?」

 イヤホンの線をくるくると指先で回す智也。イヤホンからは『機動兵器ナイトアーマー』のオープニングソングが漏れていた。

「……」

 言われてみれば明日香が来る前から、智也はすでにイヤホンを装着していた。つまり、教室を出て生徒会室に来るまで、明日香の発言や博文の怒声は智也には聞こえていなかったのだ。

「お前な、いい加減にしろよ……っ」

 博文は倒れ込みように椅子に座り、そのまま机に突っ伏した。もう立ち上がれない。このまま塵芥ちりあくたとなってもおかしくない。

「どうしたの? 博文」

 疲れ切ったこちらに首を傾げる智也。彼の均整な顔立ちが腹立たしかった。博文は机に突っ伏したままの姿勢で、首だけをゆっくりめぐらせた。

「上倉、一発殴らせろ」

「なんで!?」

 智也は悲鳴を上げて距離を取った。そんな二人に春樹がやれやれと言うばかりにため息をく。

「藤堂、しっかりしろ」

「もう、精神的に参りました。気ぃ使って損したし……」

「ともかく、話を進めるぞ」

 春樹はこめかみをぐりぐりと指で押しながら、じろりと明日香を一瞥した。冷たい視線に小柄な明日香はますます縮こまる。いつもの覇気が無い明日香は上目遣いで春樹に弁明した。

「だって明日はみんなで取材しに行くって決めたし、だったら智也くんもどうかなって……」

 この前の会議で週末にフリーペーパーの中身を取材することに決めた。明日は製作係全員で飲食店などを回ることになっている。優磨や美咲は遊び半分でついて来るが。

 春樹はしかめ面を崩さずに言う。

「上倉は関係ないだろ」

「でも、わたしたちがどんなことしてるかわかるかなって思ったから」

「上倉に許可は取ったのか?」

「その前にみーくんに止められちゃった」

「お前、何やったんだ?」

「誘っただけだよ」

「何言ってんすか。大きな声でデートに誘うのはよしてください。変な噂立っても責任取れませんよ」

「デートっ……」

 博文のツッコミに春樹の声が上擦った。冷静な彼にしては珍しく、動揺している。要因が何か考える余裕すらない博文はぼんやりと春樹の顔色を窺っていた。すると明日香が口を尖らせて言う。

「初めましてだから、面白おかしくフレンドリーにって思ったの」

「笑えませんから、むしろ黙り込みます」

「難しいなぁー」

 明日香は机の下でぱたぱたと脚を動かして、不服そうだった。

「まぁ、佐倉の奇行は今に始まったことじゃないからな」

 わざとらしく咳払いをして春樹が言う。彼の発言に、大きく頬袋を作る明日香だが取り合ってはもらえなかった。春樹は博文を振り返る。

「上倉はどうするんだ」

「あ……」

 博文は重たそうに首を持ち上げて側でつっ立っている智也を見上げた。彼は再びイヤホンを装着し、音楽プレーヤーをいじっていた。我関せずとしたマイペースぶりには呆れを通り越して感心する。博文は小さくため息をき、話しかけた。

「上倉、」

「何?」

 音楽プレーヤーを操作する手は止まらず、智也は視線だけを寄越す。

「状況わかってると思うけど、もう一度言うぞ?」

「……博文がこの前言ってた雑誌の話?」

「それだけわかってたらいい」

「上倉、俺は生徒会の一条だ」

 博文の安堵の言葉を繋ぐのは春樹だ。智也は口を閉じたまま、首をめぐらせた。

「そこの佐倉の推薦でお前をフリーペーパーの表紙にしたい。協力してくれないか」

「……」

「少しだけでも考えてほしいんだが」

 微笑みを交えて春樹は智也に言った。

 しかし、智也は直立したまま無遠慮に春樹から目を離し、博文に話しかけた。

「博文」

「なんだよ」

「この前僕言ったよね、雑誌の表紙なんて嫌だって」

「あ、あぁ……」

 苛立ったような低い声音で喋る智也に博文はどもりながら答える。どうやら話を蒸し返されて腹を立たせている様子。智也は眼鏡の位置を修正し、続ける。

「この前答えたことでしょ? これ、二度手間じゃん。そういうのうっとうしいからやめてくれない? 僕も暇じゃないから」

「ごめん」

「――って、あの人に言っといて」

「はっ?」

 そう言い捨てて智也は踵を返す。博文は慌てて立ち上がり智也の肩を掴んだ。肩越しに振り返る彼を睨みつけて、少し声音を落として言った。

「そういうことは自分の口で言え。……だったら先輩も諦めがつく」

「君はそんなことのために僕をここまで連れてきたの? 嫌だよ、博文以外の人と話すなんて考えられないし、知らない人と話すなんて無理に決まってる」

「最初は誰だってそうだろうがッ」

 声を荒らげるこちらに智也は形の良い眉を歪めた。

「今日は一段とうるさいな。どうかした?」

「うるせぇよ。自分の言いたいことは自分で言えって言ってんだ。いちいち俺を使うな、うっとうしい」

「……」

 冷え切った瞳がこちらを見下ろす。それは初めて面と向かったときのそれと似ていた。智也は苛立ちを含んだため息をき、肩に置かれた博文の手を払いのけた。

「博文もうっとうしいよ? 何度も言わせないでよね。僕には関係ないんだから、それに博文が言おうが僕が言おうが変わんないでしょ。というかだいたい、僕の性格一番知ってるの、博文じゃん」

「知ってるから言ってんだろっ」

 その一言に博文の頭は急激に冷めた。

 はねのけられた手をもう一度持ち上げて智也の胸元を殴るように小突く。智也が反動で一歩後退った。彼の驚く表情を見ることもなく、智也の胸倉を掴んでそのまま壁に押しつけた。

 苦しげな息を漏らす智也を睨みつけ、博文は怒鳴った。

「ああそうだよ、お前のこと一番知ってんのは俺だ! だから、会長にちゃんと言って断ったらいいんだよ! お前の言う煩わしいのが無くなんだからちゃんと言えよ!」

「何、言ってんの……?」

 顔を歪め、智也はこちらを見下ろして呆れたように肩をすくめた。

「ほんと、今日の博文は変だね。なに? 生徒会の仕事だから? 僕を引き留めたいの?……ハッ、やめてよね。僕には君が怒ってる理由が理解できないよ」

 智也は冷笑を浮かべた。それに博文は瞠目し、奥歯を食いしばって拳を震わせた。

そのとき明日香がいつになく鋭い声音で諭すのが聞こえた。

「みーくん、喧嘩は駄目だよ」

「……わかってます」

 呟いて博文は智也の襟元から手を離して彼を睨む。智也は何もなかったように平然として鞄を背負い直した。そして吐き捨てるように訊ねる。

「他に、何かある?」

 絶対零度の瞳は変わらない。これ以上何か言ったら友達ではなくなるだろうか。智也の性格上それはあり得る。他人からの干渉を嫌う彼なら十分だ。

 しかし、博文は毅然として智也を見つめた。

 彼との関係などどうだっていい。

 数日前に決めたのだ。

 少しずつで構わない、彼の周囲の環境を変えていきたい。彼の内外を見てくれて親しみを感じてほしい。

 こんなものは自己満足だ、本人にしたらいい迷惑である。

 それでも、藤堂博文は願う。

 上倉智也を理解できてくれる人を見つけたいのだ。

「……回り道すんのも、めんどくさくなった」

 浅く息をいて呟く。智也がわずかに眉をひそめるが気にしなかった。

 博文は目を細め、語気鋭く智也に告げた。

「上倉、明日付き合ってもらうぞ」

「はっ?」

 突然の告白に、智也は思いっきり顔をしかめ理解不可能と言ったふうな顔つきをする。それは明日香や春樹も同じのようで顔を見合わせていた。

「明日、俺たちと一緒に来てもらうからな。文句はなし。あとで集合場所メールすっから」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 早口で畳みかけるこちらに慌てた様子で両腕を振る。焦ったように博文に取り繕った。

「ふざけるなよっ、何勝手に決めてんだよ博文。僕がなんで一緒に……!」

「うるさい」

 博文は切り捨てる。

「何度も言わせんな、異論は認めない。絶対に来てもらうぞ」

「博文……」

「もし破ったら、二度と口利かないからな」

 息を飲み、これでもかと目を見張る。震えた口元が何か言おうと開くが、言葉は出て来なかった。沈黙に博文は素早く話を切った。

「もういいぞ、帰って」

 しっしっと犬を追い払うように手を振る。

 智也はしばし茫然と立ち尽くしていたが、やがて振り切るように身を翻した。

 バタン、と乾いた音を立てて閉じる扉。

 沈黙する生徒会室。壁に掛けてある時計の針が耳に届いた。

「はぁ……」

 ややあって博文は息をいた。それから室内を振り返ってぎょっとした。

 沈んだ空気が漂っている。明日香と春樹は悲痛に顔をしかめて、こちらを見つめていた。博文は怯えながら尋ねた。

「ど、どうしたんですか二人とも」

 すると明日香が悲しげに呟く。

「みーくんに、悪いことさせちゃった……」

「え? あ、別にいいですよ。あんなの大したことありませんて」

「大丈夫なのか、あれで」

 春樹も腕組みをして神妙な顔つきで訊ねてくる。

「大丈夫ですって。あれだけ言わないとわからない奴なんです。正直すっきりしましたよ」

「だけど」

「会長……?」

 明日香は博文の側に寄り、ぎゅっと手を握ってきた。目をしばたたかせる博文を潤んだ大きな瞳が見つめていた。

「……嫌われたらわたしのせいなんだから、いっぱい責めていいんだよ?」

「まだ嫌われてませんよ」

 切迫した表情の彼女に博文がくすりと笑うと、春樹が肩を落とした。

「まあ上倉のことは藤堂に任せるか。だけど、来るのか?」

「そ、そうだよ。今のじゃ絶対に来ないじゃん」

 いまだに不安そうに言う先輩たちに、博文はフッと嘲るように笑っていやらしく口の端を上げた。今日一番に悪い笑顔だった。

「言ったでしょ。あいつ、基本受け身だし気弱なんです。良い機会ですよ、一回引きずり出してみたかったんです。人前に出たときのあいつの反応も見たいですし……楽しみじゃないですか」

「お前、性格悪いな……」

「みーくん、怖い……」

「普通ですよ」

 春樹が呆れたようにため息をき、明日香は博文から距離を置いて怯えた。




 2015年8月9日:誤字修正

 2015年11月23日:誤字修正

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