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孤高の貴公子  作者: ハクトウワシのモモちゃん
4/11

4.



「……藤堂君っ」

 放課後。生徒会の集会に向かう途中、声を掛けられた。振り返ると上履きをぱたぱたと鳴らして、こちらへ駆け寄る女子生徒が目に入った。

 きちんと制服を着て、ポニーテールにした黒髪が元気よく揺れていた。

「おう、喜多村」

「こんにちは」

 彼女は喜多村(きたむら)(かおる)。博文と同学年で生徒会のメンバーである。薫は、くりっとした大きな瞳で博文を見上げる。

「一緒に行こっか?」

「ああ」

 小さく頷くと彼女は嬉しそうに笑って隣を歩いて、「そう言えば……」と口を開いた。

「藤堂君、上倉君と友達だったんだね」

「誰から聞いたんだ……って訊くまでもないよな」

「あー、うん。一条先輩から」

「そっちか!」

 博文は気色ばんだ。

 情報源も驚いたがそちらは捨て置く。智也との交友関係は内々にしておきたかったのだ。智也はあんな性格である。だからあまり噂になるようなことは極力避けたい。しかし知り合って二ヶ月も経っていないが、二人を目にする生徒もいるだろう。もしかしてそろそろ限界だろうか。

 博文の表情に薫は焦った様子で胸の前で手を振る。

「で、でも! 一条先輩も秘密にしておけって言ってたし、今度のフリーペーパー作る人たちにしか言ってないって言ってたから大丈夫だと思うよ!」

「……てことは喜多村も雑誌作るの?」

「いつの間にか頭数に入れられちゃってた」

 あはは、と苦笑を浮かべ、薫はぐっと拳を握った。

「それに先輩たちも無闇に個人情報流したりしないでしょ。大丈夫だよ、うんっ!」

「そ、そうだな……」

 こちらに距離を詰める薫。ほのかに匂い立つ香水が鼻をくすぐる。思わず博文は一歩後ずさった。

 薫はよくまわりを見ていて、誰隔たりなく優しい。今も博文の不安な顔色を見て元気づけてくれているのだろう。博文は頬を緩めた。

「ま、上倉は別段気にしないだろうし、そのときはそのときだな」

「上倉君って気難しいの?」

「いやそんなことないけど。めんどくさい奴だとは思ってる」

「へぇ……。私、喋ったこともないよ」

 口元に小さな指を当てながら薫はそんなことを呟く。その声音はどこか憧れるような、こいねがうような響きがあった。

「やっぱり、カッコイイと思うのか?」

「へっ?」

 訊くと、薫は目をぱちくりと瞬く。呆けた表情を見せる彼女に博文も首を傾げた。

「どうした?」

「あ、いや……なんかびっくりしちゃって」

 薫はごまかすように前髪をいじり始める。若干頬も赤い。

「びっくりって……、俺変なこと言ったか?」

「違くて。藤堂君もそういうこと気にするんだなって……、初めてかも……」

「そういうことって……」

 そのときぴたりと視線が重なった。

 困惑したように揺れる瞳。ほのかに上気した頬。艶のある柔らかそうな唇。小さく開かれた口元から吐息が漏れた。

「…………」

 博文の思考は、完全に停止した。

「副会長ーっ!」

 廊下に響く声に、博文は我に返った。安堵する自分を不思議に思いつつ、廊下の向こう――生徒会室の入り口に立っている男子生徒を睨むように眺めた。

「大きな声出すなよ、秋月」

 やや背の低い生徒で、髪型も服装もきちんとしているが、力の抜けた佇まいでどこかくだけた印象がある。

 秋月(あきづき)優磨(ゆうま)は小走りに駆け寄り、人懐っこい笑みを浮かべた。

「遅刻しますぜ~、副会長ー」

「うっとうしいな、お前……」

「一条先輩の雷が落ちていいなら構わないけど?」

「……それは不味い」

 春樹の名前を出されて博文は顔を強張らせる。それから薫を振り返った。こちらに気づいた彼女は苦笑交じりに促す。

「行こっか」

「そう、だな」

 その表情も気になったが、遅刻するのは不味い。博文は薫の後を追った。



 定例の集会も普段通りに滞りなく進み、何事もなく終わった。こんなときは明日香も大人しくて本当に助かる。彼女はつまらなそうに進行係をする春樹を眺めていた。

 ぞろぞろと生徒会室を出て行く生徒を横目に、博文は椅子に深くもたれかかった。

「お疲れー。みーくん」

 そう言って明日香がティーポットを持って隣の席に座る。ついでに博文のコップを取って、お茶を淹れ直してくれた。博文はほっと息をいて礼を言う。

「ありがとうございます」

「いいのいいの」

 明日香は笑って自分のコップにもお茶をそそいだ。

「で、どうかなー? 智也くんのほうは」

 訊ねられるのはわかっていた。集会が終わって生徒会室に残った生徒は博文も含めて五人。生徒会長の佐倉明日香、書記長の一条春樹、そして喜多村薫と秋月優磨である。このメンバーでフリーペーパーを作るつもりのようだ。

「上倉になら即座に断られましたよ」

 正直に答えると明日香は別段驚く様子もなかった。

「うーん、やっぱり難しいかなぁ?」

「正直、一番の難題ですね」

「そっかー」

「そうです」

 二人一緒にずずずっとお茶をすすり、ふーっと長いため息をいた。そのとき、はす向かいで頬杖をついた優磨が手を挙げる。

「明日香会長。そのフリーペーパーっていつ締め切りなんですか?」

「終業式の前には出来上がってほしいよね」

「終業式の一週間前には、全生徒が閲覧できるようにしたいな」

 スケジュールを組み立てているのか、春樹がノートパソコンをカタカタと鳴らして、こちらを見やる。

「スケジュール的には問題ないと思うぞ」

「まぁ、四週間以上ありますからね。できなきゃおかしいですよ」

「あんまりハードル上げんなよ、副会長」

 茶化す優磨を無視して、春樹に視線を投げかけた。

「内容はともかく。問題は表紙ですよ」

「そんなに問題か?」

「さっき言いましたが、一番の難題です」

 断言すると春樹は眉間にしわを寄せ、小さくため息をく。

「噂よりも気弱な奴だな、上倉は」

「あいつの性格からして絶対に首を縦に振りませんから」

「言い切るなぁ、博文」

「一応、友達だからな」

 優磨の含み笑いに早口で答えて、コップを机の上に置いた。

「極度の人嫌いですからね。だけど基本受け身なんで、信用を得れば簡単に落ちますよ」

「落ちる……」

 優磨の隣に座った薫が虚空を見上げ、首を捻って呟いた。何やら不穏当な響きを持つ声音。博文は咳払いをして明日香に目を向けた。

「なるべく、代役は早めに見つけたほうがいいです」

「わかった! でも、智也くんにアプローチはお願いね?」

「了解です」

「よろしくねっ! じゃあ次に内容は……」

「たのもーっ!」

 明日香が話を取り仕切ろうとしたとき、生徒会室の扉が元気よく開かれた。音にびっくりした五人は一斉に振り返る。

 突然の闖入者は女子生徒だった。ショートボブの髪型。赤いフレームの眼鏡。首からは一眼レフのカメラがぶら下がっていた。

 室内の沈黙に彼女はしまった、と言ったふうに眉尻を下げる。

「ありゃ……まだ会議中だった?」

「ううん、今終わったところだよ。サキちゃん」

「林田先輩、どうして……?」

「久しぶり~、博文くん」

 微笑み、こちらにひらひらと手を振るのは林田(はやしだ)美咲(みさき)。新聞部の部長であり明日香の良き友人である。博文はすぐさま明日香を振り返り、説明を求めた。すると美咲がぽんと軽く博文の肩を叩いて言う。

「写真のほうはあたしにお任せっ。取材でもなんでもやるからね!」

「え、あっ、そのためにわざわざ……?」

「うんうん。もっと言うなら『孤高の貴公子』をこの手の中に収めたいってところかな! とにかく激写! とにかく撮りたい!」

「は、はぁ……」

 美咲は胸元の一眼レフを高らかに持ち上げて、目を輝かす。そしてふふっといやらしい笑みをつくった。

「そのためにも博文くんにはがんばってもらわないと。新聞部の部費のために、『孤高の貴公子』のブロマイドを作るのだ! どうせなら博文くんと仲良しのところをツーショットで、一部の女子に売りさばくのもアリ! 間違いなく売れるっ!」

「一条先輩、林田先輩抜きで話進めましょう」

「賢明な判断だ」

 博文と春樹が一緒になって頷くと、美咲と明日香が一緒に文句を垂れた。

「ひどいよー、博文くん。いいじゃん写真ぐらい!」

「なんでハルも頷いてるの! 昨日は賛成してくれたじゃん!」

「校内で商売する奴があるか」

「そのツーショット誰得なんですか。気持ち悪いからやめてください」

「需要あるしっ!」

「あ、あの……」

 言い合う四人におずおずと言ったように手を挙げるのは薫だ。振り返る四人の視線を受け、薫は怯えたように身を縮めて言った。

「そろそろ本題に入ったほうが……下校時間もあるし……」

 それに明日香がいの一番に反応した。

「かおちゃん偉い! そうだね、光陰矢の如し、歳月人を待たず、時間は無駄にしちゃ駄目! というわけでサキちゃんもフリーペーパー作りに参加しまーす。みんな拍手!」

「あっ! 佐倉……!」

 パチパチと拍手する明日香とぺこりと頭を上げる美咲。春樹は頭を抱えて何か言っているが、誰の耳にも届いていない。

「駄目だな、こりゃ」

 諦めた。一度決めたことは曲げない明日香に反論も抗議も無駄である。博文は肩をすくめて苦笑した。

「それじゃあ、始めよっか! ハル、書記はお願いね?」

「……わかった」

 不承不承と言ったふうに頷く書記長を見て、明日香はにんまりと笑って話を進めた。

「内容は小難しくしなくて、タウン誌みたいなものでいいかなって思ってる。校内で配るものだし」

「夏休み前だからな。遠出は無理だろうが近場で取材してもいいかもしれないな」

「どっか行くんですかっ? ぜったい行きますよ、俺。経費落ちるんでしょ?」

「秋月君、論点ずれてるよ……」

「上倉智也くんのインタビューに1ページ頂戴!」

「無茶言わないでください。出るか出ないかでもめてるのに……」

「あとは何しようか……――」

 明日香を中心にてきぱきと今後の計画を組み立てられ、指示が出る。自分から何かを作り出すことには心底熱の入る人だ。さきほどの集会と打って変わって、明日香は楽しそうな笑顔を見せている。

 にぎやかに続く会議。意見の声は小気味よく耳に入り、時には笑いが漏れた。




 2015年8月9日:誤字修正

 2015年11月23日:誤字修正

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