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孤高の貴公子  作者: ハクトウワシのモモちゃん
2/11

2.



 もともと、藤堂博文と上倉智也は面識がなかった。

 校内一のイケメンと評される彼を噂には聞いていたが、博文自身関わることはないだろうと思っていた。

 二年生になって同じクラスになってもそれは変わらなかった。そもそも智也は人付き合いが上手ではないようで、いつも文庫本を読んでいるか、耳にイヤホンを突っ込んでいた。おかげで上倉智也は物静かで知的な、近寄りがたいイメージが博文の頭に植えつけられた。おそらくクラスの女子もそうだろう。

 それでも智也の周りには人が集まっていた。成績もそれなりによかったのも要因しているだろう。

 眉目秀麗で成績優秀。そんな彼をほっとく同級生なんていなかった。



 高校二年に進級して少し経ったある日。藤堂博文は新しいイヤホンを買いに電気街へ足を運んだ。別に近所の家電量販店でもよかったのだが、たまには繁華街を練り歩くのもいいと思ったからだ。

 大通りから道を一本外れると、アニメショップやゲーム屋が立ち並んでいる。その道で出会ってしまったのだ。

 ふとアニメショップを覗いてみたとき、見知った横顔があった。

 線の細い体格。博文より数センチ高い上背。目深に帽子を被って黒色のスエットを着た、同年代の男子。銀縁の眼鏡が店内の照明に反射する。片手に大きな紙袋をぶら下げていた。彼は新刊コーナーだと思われる平台を行ったり来たりして、足取りが軽やかだった。

 博文は思わず店内に入り、声を掛けた。

「……上倉か?」

 途端に上倉智也の肩がビクッと震える。そして眼鏡の奥の双眸を零れるぐらいに見開いて、こちらへゆっくりと振り返った。

「と、藤堂……君……?」

 名前を呼ばれて博文は嬉しかった。

「俺のことわかる? お前とはあんま話したことないからまだ覚えてないと思ってたよ」

 智也の表情は変わらない。血の気が引いたように真っ青な顔をして震えていた。不思議に思った博文は首を捻る。

「どうしたんだ?」

 訊ねたとき智也は脱兎の如く店を飛び出した。――が、足を引っかけて転倒した。博文は慌てて駆け寄り、智也を覗き込む。

「おい、大丈夫か?」

「だ、だだだ大丈夫だから……、ぼ、僕、かか、帰る……」

「大丈夫って……」

 その様子は大丈夫ではない。蒼白な表情。焦点の合わない瞳。それは学校で見る、美しい上倉智也ではなかった。

 うわ言のように何か言う智也に困り果ててしまった博文は、ふと地面に落ちている紙袋に目を止めた。それは智也が持っていたもので、地面に落ちた拍子に中身がぶちまかれており、中には女の子の人形が梱包されていた。美少女フィギュアというものだろうか。

 博文は目を見開き、そして智也を見つめた。

「……お前、こういうの、好きなの?」

「…………悪い?」

 小さな呟きが返って来た。拒絶するような声音に博文は少したじろぐ。

「別に悪いってわけじゃないけど、ちょっと意外だなって思っただけ……」

 不意に智也が立ち上がり、博文は口を噤む。こちらに目も合わさず、智也は憔悴しきった様子で紙袋を丁寧に回収した。そして無言で服についた土埃を落とす。

 沈黙が気まずい。何やらいけないものを見たような気分になった。だから博文も腰を上げて思わず口走った。

「アニメとか好きなのか?」

「……だから何」

「上倉、趣味とかあったんだって思って」

「幻滅した?」

「え」

 顔を上げると冷酷に光る眼鏡とぶつかる。その奥には背筋が凍るぐらいの冷え切った眼差し。底が知れない深い湖に飲み込まれるような感覚を覚え、目を逸らすこともできなかった。

「僕がこんな奴で、嫌いになった?」

「……あー」

 質問の意図がわからなかった。ぼりぼりと後頭部を掻きながら、博文は言う。

「俺だって漫画読むしゲームもするぞ」

 智也が目を瞬いたように見えた。

「確かに驚いたけど、趣味なんだし別にいいじゃん。というか、上倉とあんま話したことないのに嫌いになる理由もない。それに……」

「それに?」

 そっと一歩踏み出して促す智也。呆けたように口を半開きにする表情はなんとも間抜けていた。

 学校では見たことのない彼の顔に、博文は笑みを零して言った。

「上倉って、面白いな」

「藤堂君……」

 このとき初めて、上倉智也の綺麗な笑顔を真っ直ぐと見た。

「ありがとう」

 そう呟いた。


 ***


 それ以来、博文は智也と話すようになった。もちろん教室や他の生徒がいる前ではなく、基本放課後であった。

 智也は人見知りが激しく、教室では一切他人と話すことはない。その様子には心底脱力したが、彼も彼で苦労しているのだろう。他人の性格に文句をつけるほど博文も性格は良くないので、口にはしなかった。

 それでも、別に趣味を隠す必要はないと思ってしまうところ、まだまだ厳しいだろうか。

 そんなことを考えながら博文は廊下を進み、やがてある一室の前で立ち止まった。壁の上の方には「生徒会室」とプレートがある。

 何度も言っているように藤堂博文は生徒会役員であり、副会長である。今日は生徒会長に召集されたのだが、理由が皆目見当つかない。今日は集会の日ではない。……何かやらかしただろうか?

 一抹の不安を覚えつつ、博文はドアを三度ノックして入室した。

「遅いぞー、みーくん」

「お、やっと来たか」

 おどけた声と硬い声。その二つが博文を出迎える。博文は「すいません」と軽く謝罪してドアを閉めた。

 生徒会室は雑然としている。部屋の中央には長机が向かい合わせに置かれ、正面にホワイトボード、壁際に目録やファイルを保管するキャビネットやパソコン専用のデスクがある。ちなみに長机の上にはティーセットが置かれて、菓子類が散乱している。

 それを見た博文は深く息をいた。

「みーくん、座ったら?」

 そう促すのは菓子に手を伸ばす女子生徒。胸にかかる真っ直ぐの黒髪。あどけなさが残る顔立ちで、黒目がちのぱっちりとした瞳。身長は百五十センチあるかないか。多分に無い。中学生と見間違える容貌だが、高校三年生でこの学校の生徒会長である。

 佐倉(さくら)明日香(あすか)は、博文を不思議そうに見やっていた。

「はい。というか会長……」

「なに?」

 明日香はきょとんとして首を傾げる。

「あのいろいろとツッコミたいんですが……まず、机が汚いんですけど」

「ん? 普通だよ」

「どこが」

「それよりも藤堂、」

 博文の言葉を遮るのは明日香の隣に座る男子生徒。きりりとした眉と引き結ばれた唇が生真面目な印象を与える。彼は三年生の一条(いちじょう)春樹(はるき)。役職は書記長だ。春樹は、自分の襟元を指差して博文に言った。

「ネクタイ、ちゃんと締めろ。それか外せ」

「あ、すいません」

 博文は手前の机に鞄を置いてネクタイを締め直した。そして手前の椅子に腰かけると、明日香が、博文がいつも使っているコップにお茶を淹れてくれる。今日は紅茶のようでふわりと柔らかい香りが鼻を抜けた。

 博文はありがたく受け取り、ため息交じりに口を開いた。

「……で、何か用ですか。会長」

「なんか刺々しくない? みーくん」

 明日香は博文のことを『みーくん』と呼んでいる。最初の頃は恥ずかしくて注意していたが、もう慣れてしまった。今では生徒会内で「藤堂博文=みーくん」という方程式が定着している。もちろん、そう呼ぶのは明日香だけだが。

 そんな明日香は隣の春樹を覗き込み、同意を求めていた。

「ねぇ? ハル」

 ちなみに同級生の春樹のことは『ハル』と呼ぶ。

「突然呼んだからだろ。……何か予定あったのか?」

「そういうわけじゃないんです。まぁ驚いたんですけど、俺、何かやらかしました?」

「そんなことで呼ばないだろ」

 春樹は否定してコップに口をつけ、明日香を一瞥した。

「お前から説明しろよ」

「もちろんっ」

 がたっと音を立てて明日香は椅子から元気よく立ち上がった。にこにこ笑顔の彼女に苦笑いが漏れてしまう。その微笑みからは嫌な予感しかしなかった。

 佐倉明日香は天真爛漫でそそっかしい性格である。生徒代表の権力者として権勢を振るっており、博文と春樹、その他生徒会役員もそれに振り回されてきた。イベントごとになるとそれはもう大変だった。

 そして今、明日香が浮かべているその笑みは何かを思いついたときと同じものなのだ。だから悪寒しか感じない。博文は覚悟する。今月、いや夏休みまでは多忙を極めるだろうことを。

 明日香は微笑みを崩さず、博文に近づいた。

「ねぇ、みーくんってー、」

 博文の背後に回ってそっと肩に手を乗せる。体がびくつかないように注意しながらぎこちなく首を回した。見上げる先には天使のような笑顔。明日香はふっと吐息を漏らしてから、博文の耳元でささやいた。

「みーくんは、あの上倉智也くんと仲が良いってほんと?」

「…………はっ?」

 思わぬ質問に博文は拍子抜ける。危うく手の中のコップを落としかけた。こちらの反応が不思議なのか、明日香は可愛らしく小首を傾げる。

「仲良しなの?」

「あ、い、いや仲良しっていうか……ま、まぁ、話し相手ではありますけど……」

「ふーん、そうなんだ」

「なんですかその笑顔……?」

 にやぁと笑う明日香に戸惑う。すると明日香はこちらから手を離し、くるくると人差し指を回しながら言った。

「知ってる? 上倉智也くんって、『孤高の貴公子』っていう二つ名があるんだよー?」

「なんですかそれ、つか誰がつけたんですか?」

「サキちゃん! わたしも手伝ったよ!」

「やっぱり……」

 呟くと、今まで傍観していた春樹が苦笑するのが目に入った。

林田(はやしだ)も面白い名前つけるだろ」

「林田先輩もよくやりますよね。……予想通りですけど会長は関わってましたか」

 林田というのは新聞部の部長で、明日香の悪友である。

「ちなみにハルは『生徒会の衛士』ね!」

「変なあだ名を広げるな!」

 春樹が怒鳴るが明日香はどこ吹く風の様子で知らんふりである。博文はげんなりし、明日香に話の続きを促した。

「それで、上倉がどうしたんですか?」

「あ、そうそう! でね、相談なんだけど……今の時期って生徒会暇じゃない」

 明日香はわくわくと言ったふうに目を輝かす。それに博文は首肯した。

「まあ、大きなイベントはないですね。体育祭も終わったし……次は文化祭ですか」

「みーくんたちはその後修学旅行だねっ」

 確かにこの時分、生徒会には大きな仕事はない。細々(こまごま)とした事務作業はそれなりにあるが、多忙とは言わないだろう。

 納得していると明日香は博文の隣に座る。

「だからね、暇なの!」

「いや、暇ってわけじゃないでしょ。先輩たちは受験もあるし」

「わたしは推薦でいけそうだし……ハルもそうでしょ?」

「ん、そうだな」

「そうなんですか?」

 春樹の答えに博文は目をしばたたかせた。こちらの視線を春樹は受け止める。

「意外そうな顔だな」

「一条先輩はしっかり勉強して、もっと良い大学行くと思ってました」

「まあそれでもいいんだけど、な……」

 すると春樹は目を逸らしながら曖昧に答える。そんな彼をよそに明日香は変わらない調子で話を続けた。

「とにかく暇なの! だから生徒会ウチで何かやろうって思って。それでフリーペーパーみたいなん作ろうって思ってねっ?」

「フリーペーパーってあれですか? 小さい雑誌みたいな……」

「学校のパンフレットを作るって話だ」

 春樹がお茶請けのクッキーをかじって会話を繋げると、明日香はふるふると首を横に振った。

「そんな硬いものじゃなくていいの。生徒間での情報誌みたいなものでいいの。先生にはもう許可取ったから」

「はぁ……。それと上倉と何が関係あるんですか?」

 フリーペーパーを作ることに異論はない。そもそも明日香に反論できる気がしないし、すでに教師陣から許可が下りている時点で反論しても意味がない。佐倉明日香の行動力は末恐ろしいものである。

 しかし、そこに上倉智也の名前が出てくるのが不思議だった。すると明日香は不敵な笑みを浮かべて大きく胸を張り、告げた。

「やっぱり雑誌の表紙はカッコイイほうがいい! 上倉くんにはモデルになってもらいたの!」

「あー、はい」

 淡白に返すと明日香は口を尖らせる。

「なんか反応うすーいっ」

「そうですかね」

 博文は咳払いを一つし、話をまとめた。

「つまり、モデルをやってもらうために交渉しろってことですか」

「そのとおり!」

 終始元気が良い明日香。しかし博文は眉間にしわを寄せ、彼女を見上げていた。そんな彼に春樹が眉を上げる。

「駄目か?」

「いえそんなことないですけど、……100%の確率で許可下りませんよ」

「なんで?」

「確実に無理じゃないか」

 上級生二人の反応に博文はたじろぐ。温くなった紅茶を飲みほしてから理由を述べた。

「あいつ、すごい人見知りだから全然喋んないし、人前に出ることが大嫌いなんで、絶対に無理ですよ」

「よく知ってんな」

「やっぱり仲良しじゃん」

 なんだか冷めた視線を向けられたが、博文は顔を背けて受け流した。しかし明日香は回り込んで博文の顔を覗き込み、拝むように両手を合わした。

「お願い! ちょっとだけでいいから話してくれない?」

「や、やってみますけどそんなに期待しないでくださいね」

「じゃあお願いねっ!」

 笑顔でそう言うと明日香はこちらの手をぎゅっと握った。びっくりした博文は彼女から目を離せなくなり、明日香の澄んだ瞳を見つめていた。

 ややあって、コツコツと机を叩く音と苛立った声が聞こえた。

「…………藤堂、佐倉から手を離せ」

 春樹から射殺すような視線をぶつけられ、博文は慌てて身を引いた。




 2015年8月26日:誤字修正

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