表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤高の貴公子  作者: ハクトウワシのモモちゃん
10/11

10.



 日も傾き始め、空は青色の面積が減ってきた。

 一通り取材も終わった博文たち生徒会は、駅前に戻って午前中ボウリングをしたビルに入った。現在、その中のゲームセンターでみんな自由に遊んでいた。

「あーあ、落ちちゃった……」

 クレーンゲームの一角でそう嘆くのは明日香だ。彼女の視線の先にあるのは、アームからぽすっと箱に落ちた明るい色をしたクマのぬいぐるみだった。名残惜しそうにぬいぐるみを見つめる明日香に春樹が言った。

「貸してみろ、取ってやるから」

「ハルってこういうの上手なの?」

「上手じゃない、けど欲しいんだろ? だったら手伝うよ」

 春樹が笑みを浮かべると、明日香はぱあっと顔色を明るくさせた。

「うん、欲しい! 手伝って!」

「任せろ」

 どこか真剣な顔つきをする春樹は硬貨を脇に積み上げて臨戦態勢であった。

そんな彼に、博文は肩をすくめた。

「あの、先輩……」

「博文くんっ」

 春樹に声を掛けようとしたとき、ぽんと肩を叩かれる。振り返ると美咲がにこにこと慈愛に満ちた表情をしていた。

「ふたりっきりにしてあげましょ?」

「え?」

「あー、そっすね」

 美咲の背後からひょっこりと顔を出した優磨も頷く。彼の発言に首を捻ると優磨は意地悪く口の端を上げた。

「博文は鈍いなぁ。だからモテないんだよ」

「関係ないだろそれ……」

「まあまあ。本人はバレてないって思ってるけどね~」

 美咲も意味あり気な笑みをたたえたまま、春樹を眺めていた。

 博文はわけがわからず眉をひそめていると、優磨が店内の奥の方を指差した。そこには自動車の運転席の形をしたゲーム筐体きょうたいがあった。優磨は口元に笑みを浮かべながら、ハンドルを回す動作をした。

「久しぶりやろうぜ。次もおれの勝ちだろうけど」

「いいけど。この前のは明らかに辛勝だろ?」

「圧勝だっつの」

 優磨の言葉を聞き流しながら博文は後ろにいる智也に声を掛けた。

「お前もやるか?」

「いいよ。ああいうの上手くないし」

「そっか……」

 どこか疲労の濃い表情をする智也。一日中連れ回したのだから彼としてに疲れたのだろう。誘うのは間違っていると思い、博文はすぐに引き下がった。

「まあ、適当に休んでといて。俺、あっちにいるからさ、何かあったら呼んでくれ」

「あ、うん。ありがとう博文」

「あたしは明日香といるからね、博文くん」

 美咲に頷いてから、博文は奥のアーケードへ行ってしまった。


「……はぁ」

 しばらくして智也は深くため息をいて、室内の端にある小さなスツールに腰を下ろした。丸いテーブルに肘をついて再度ため息。

「疲れた……」

 たくさんの人と会ったし話をした。歩きすぎて足の裏が痛い。数ヶ月分の運動はしたと思う。こんなにも疲労感を覚えるのは久しぶりだった。

 智也は頬杖をついて、ゲームセンターの中を見渡した。

 アニメや漫画は好きだが、彼自身ゲームセンターはあまり赴かない。クレーンゲームやアーケードゲーム機が並ぶ中、やはり視線は博文に止まった。彼はレーシングゲームの運転席に座ってハンドルをさばいていた。その横顔はとても楽しそうだった。

「…………」

 智也はじっと博文を見つめた。眼鏡の奥にある涼やかな瞳は、大海の水面みなものように静かに凪いでいた。

「――上倉君」

 思わず振り返る。目を上げるとそこには薫が立っていた。彼女の登場に驚いて、智也は二の句が継げなかった。それでも薫は微笑を浮かべたまま向かいのスツールに腰かけた。

 何か言わなければ、と智也が焦っていると薫は手に持っていたペットボトルを差し出した。リンゴジュースのようだった。

「よかったらどうぞ」

「え……?」

「今日付き合ってもらったお礼だよ。今日は一日ありがとう」

「ど、どういたしまして……」

 にっこりと笑う薫を不快に思うことは無い。智也は素直にペットボトルを受け取った。ひんやりと冷たいそれに少しだけ疲労感も薄まった気がする。

 薫は受け取ってくれたことが嬉しくてますます頬を緩めた。自分の手の中にあるペットボトルを軽く持ち上げて、智也が持つペットボトルに軽く当てた。

「今日はご苦労様でした。お疲れ様」

「う、うん。お疲れ様……」

 ぎこちなく相槌を打つ智也。薫はふふっと笑ってペットボトルに口をつけて、訊ねた。

「上倉君は藤堂君たちと遊ばないの?」

「え、あ……。ぼ、僕はああいうゲームしないから……」

「そうなんだ。私はゲームとかよくわからないけど、男の子ってああいうの好きなのかな?」

「……人によるんじゃないかな。僕はしないし」

 答えると、薫はきょろきょろと目を動かす。不思議に思った智也は疑問と一緒に彼女に目を向けた。すると薫は苦笑いを浮かべた。

「なんか、視線感じるね」

「あ……。僕のせいだと思う、ごめん」

「謝らなくても……。ああ、上倉君はカッコイイもんね」

 智也のような容姿を視界に入れれば、誰でも振り返る。

 智也からしてみれば良い迷惑なのだが。

「ああいう視線は極力無視してる」

 今の智也は疲れていたからか、はたまた薫の柔らかな物腰に感化されてしまったか、愚痴のように溢してしまった。

「関わるとめんどくさいってわかってるし。そのせいかわからないけどひとりでいるのに慣れたんだ。それでも寄ってくる人は多くて……ほんと、うざい」

「そうか……佐倉先輩もそんな気持ちなのかな? 私にはわからないなぁ……」

 薫は刺々しい智也の言葉を気にも止めずに呟き、苦笑いをした。

「美人じゃないし」

「そんなことないでしょ」

「えっ?」

 薫は目を瞬いた。

 大きな瞳に少し丸みを帯びた鼻先、その下の小さな口元はあどけなく、可愛らしい印象を与える。服装も化粧も派手なことはなく、真面目に感じさせられる……。

 男子に密かに想われるタイプだ。

 じっと黙って見つめる智也に、薫は恥ずかしそうにうつむいて言った。

「あ、えっと……ありがとう」

「……?」

 智也は礼を言われた意味がわからなかった。

 若干、顔の赤い薫は場を取り繕うように話を切り替えた。

「私、藤堂君の人脈って広いなって思うんだ。上倉君とも友達だし、最初はびっくりしちゃった」

 二人に共通する話題はやはり博文のことだ。

 智也は少し考えてから首肯する。

「そう、だね……。博文はいつも気を使ってくれる。なんで僕なんかに構うのか知らないけど。博文みたいな人を優しいって言うのかな」

「うん。藤堂君はすごく優しい」

 薫は頬を緩ませて、微笑した。

 柔らかな笑みに気づいた智也は不思議そうに首を傾げた。そして質問をぶつける。

「会ってからずっと思ってたけど、喜多村さんは博文のこと、どう思ってるの?」

「へっ? どうって……」

 質問にびっくりして目を見開く薫。

「あ、やっ、嫌なら答えなくていいから」

 彼女の表情に怖気づいた智也は即座に首を振った。

 薫はぱちぱちと目を瞬いていたが、やがてゆっくりと視線を落として、ペットボトルを握った。

「……藤堂君は、」

 薫はぽつぽつと話し出した。

「私も優しいと思う。何か困ってたらいつも助けてくれるし、すごく頼りになる。……頼ってばかりもいられないけどね」

「……」

「私、引っ込み思案で流されやすいから……。藤堂君はそういうところないでしょ、勉強でもこういう企画でも、一生懸命だと思うんだ。そういうとこ憧れるの」

 薫ははにかむようにふんわりと笑って見せた。

「だから、好き」

 智也はがばっと勢いよく顔を上げた。それは聞き間違いではないだろう。薫ははっきりと口にしたのだ。

「え……。好きって……その、異性として?」

「うん。告白もしたんだ」

「ええっ!?」

「ちょ、声大きい!」

「ご、ごめん……!」

 大声を出す智也を薫は咎めるが、智也の疑問は終わらない。彼はちらりと博文を見やり、彼との場所と距離を測る。博文はまだ優磨とレースゲームに夢中の様子であった。智也は若干テーブルに身を乗り出し、薫の耳元でささやいた。

「じ、じゃあ、二人は付き合ってるの?」

 飛躍した質問だが、人付き合いを知らない智也にはこれが精一杯である。それに智也の偏見だが、博文がきっぱりと断る可能性は低いと思っている。

 すると薫は頬を染めて、両の指をいじながら小さく頷いた。

「…………」

 上倉智也にとって、藤堂博文は対岸のように遠い存在であったが、まさか彼女がいるなんて思いもしらなかった。記憶の中でそのような素振りはまったく見たことが無い。それだけ博文の隠匿が上手かったのか、それとも智也が気づかなかっただけか。

 智也は唖然として薫を見つめたが、薫は嬉しそうに続きを話し出す。

「付き合ってるって言っても私から一方的なんだけどね。藤堂君から答え、まだちゃんと聞いてないし。でも告白して二ヶ月ぐらい経つけど……頑張ってるんだよ? 私」

 なんとも真っ直ぐで健気な彼女。智也は顔をしかめながら襟足に触れた。どう返答すれば良いのかわからなかった。

 そしたら薫から笑顔が消え、怒った様子でペットボトルをぐっと握りしめる。

「今日は私にとって特別なの」

「え?」

「今日でちょうど二ヶ月になるんだ。だからオシャレして髪型変えて来たら……藤堂君、上倉君と会うからなんて言うから、ちょっとムカついちゃって」

「あー、博文って変なところで鈍いからね」

 だから喧嘩していたのか、納得のいった智也は肩をすくめた。

「まあ、僕は好きとか嫌いとかわからないから。でも博文は喜多村さんのこと嫌いじゃないと思うよ」

「それ藤堂君が言ってたの?」

 智也の言葉にぐっと頭を突きつける薫。期待に満ちた瞳に智也は答えを濁して、身を引いた。

「いや、知らないけどたぶん」

「そっか……」

 彼の答えに薫はしゅんとうなだれて、落ち込んだ。少し罪悪感が芽生えたが、コミュニケーションが苦手な智也には掛ける言葉が思いつかず、ペットボトルの中身を飲んだ。するとちらりと智也を見上げて薫が訊ねた。

「上倉君は好きな人いないの?」

「いないよ。嫁はいるけど」

「はっ?」

「見る?」

「ケータイにいるのっ!?」

「ほら」

 智也が携帯電話を取り出すのを見て、薫は絶叫した。

 智也は気にしないで携帯電話の待ち受けを薫に見せた。そこには赤い髪をした美少女が可愛らしいポーズを取っていた。智也は、にまにましながらその子を眺める。

「彼女はすごく素晴らしい。一瞬で惚れたよ――」

 滔々と画面の中の美少女を称える智也。

 薫は目を点にして思った。

 ……ちょっと変な人だな、と。


 ***


 茜色に染まる空のもと、存分に遊んだ一同は解散の時を迎えた。

 ゲームセンターの前で春樹が博文たちに声を掛ける。

「今日はここまでだな。記事書く人は締め切り守ってくれ。特に秋月、遅れるなよ」

「わかってますよ! 名指しはやめて!」

 優磨の悲鳴を無視して春樹は続ける。

「あとは学校のほうでいいか……。まあともかく、みんなお疲れ様」

 お疲れ様でーす、と間延びした声で一同が会釈する。春樹はうむと満足そうに頷いてから、明日香へバトンタッチした。

 すると明日香は軽やかに前へ出てふんわりと微笑む。彼女の腕の中にあるのはクマのぬいぐるみ。さきほど春樹にねだっていたヤツだ。

「ま、わたしからは特になんにもないんだけどね。ハルがきちんとしてるから」

「佐倉……」

 その一言に春樹は呆れた様子で眉をひそめ、博文たちは苦笑した。しかし明日香は気にしないで続ける。

「みんな付き合ってくれてありがとね。まだ終わってないけど残りもがんばっていこーっ!」

 明日香が元気よく片腕を空に突き上げると、おーっ!と美咲も一緒になって笑った。つられて薫も小さく腕を上げているのを見て、博文は思わず笑うと睨まれてしまった。……おお、怖い。

 薫と無為な睨み合いをしていると明日香が思い出したように言った。

「あー、もーいっこあったね。……上倉智也くん」

 凛とした声に一同が振り返り、視線が彼に集まった。

 全員が押し黙って、あたりに緊張が走る。

 智也は静かに六人の視線を受け止めた。彼の視線の先にいる明日香は笑顔を消して、真剣な表情をしている。誰もが言葉を発することをやめてしまった。

「――博文」

 沈黙を破る智也の低い声。博文は渇いた喉を鳴らしてから返事をした。

「なんだ?」

「君は、僕の友達だよね?」

「何を今さら」

「だったら助けてくれるよね? 橋渡し、してくれるよね?」

 博文は息を飲んだ。

 まじまじと彼の均整の取れた顔を見つめる。引き結ばれた薄い唇は緊張を示し、切れ長の澄んだ瞳は不安で揺らめきそれでもこちらを信頼しているような、そんな輝きを持っていた。

「もちろん……」

 緩む口元を抑えて、博文は強く首肯した。

「俺は、友人その1だからな」

「ありがとう。博文」

 智也は美しい笑顔で答え、そして明日香へ向き直った。

「写真映り悪いと思いますけど、それでも僕みたいなのを使ってくれるなら――」

 それは小さな一歩。

 しかしそれは、上倉智也とって大きな前進だ。その一歩で彼は少しずつ進んでいくのだ。

 歓喜極まる明日香と美咲に囲まれた智也を、博文は柔らかな眼差しで見つめていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ