透明な嵐は私に慟哭を促す 終
「ごきげんよう、空澄メイさん」
校門で待つこと十分少々、ようやく姿を見せた少女に私は声をかける。
左の前髪を可愛らしく編み込ませた背の低い彼女。そう、私の嫌いなあの子だ。
「えっと、おはようございますって……ってえー!」
「叫ばないで、朝は弱いの」
「でも、なんで校門に日嗣先輩が!?」
動揺を隠そうともしない空澄は子供相応のオーバーリアクションを見せる。その行いにか、周りの視線が私たちの方へと集まる。好奇と蔑みの眼には慣れている。だけれども、ここでそれを集めてしまうのはいささか不都合だった。
「青春でいいわ」
私は彼女の華奢な腕をつかんで言う。
「決まってるでしょ、あなたを待っていたのよ」
場所を移して私たちは温室へとやってきた。ここへ来る間、彼女は何も口にしないどころか、時々おびえたように私を見た。
私はそっと微笑んで彼女の腕を離す。ようやく接触を解くことが出来て私は嬉しかった。彼女に見えない位置で私は手のひらを服で擦る。
「ここなら、誰も来ないわ」
空澄は目を伏せて、小さな声で呟く。
「それで、お話って……。 やっぱりアレのことですか?」
「そうね、とっても嬉しかったわ、ラブレター」
空澄が私に送ったその現物は部屋にはなかった。捨てたわけでもなかった。きっと、奏が持っているのだろう。彼女は何を思ってそれを持ち帰ったのだろうか、少しだけ恐怖が心に染みだす。
「……やっぱり駄目ですよね。 女の子同士だし、先輩と私じゃどうしても釣り合わないですよね」
彼女が言うその言葉はどうにも自信がなく、自身について語っている奏の姿を彷彿させた。
「でも、あなたは私に思いを届けてしまった。 そんなに自身がないならなぜこれを下駄箱に入れたの?」
「それは、――はい」
「別に責めているわけでもないの。 たとえそれを聞いたから答えが変わるっていうわけじゃないわ。 ただ、気になるのよ、採算度外視でも挑戦しようと思ったあなたのその心の中が」
そうだ、彼女と私の間に今を除いてほとんど関わりはなかったはずだ。それなのに、彼女は私に対する幻想だけで告白をしてしまった。その行為は私には到底理解のつかないものだ。
愛や恋、人の感情と同じだ。理解なんてつかない。一番近くにあるものでさえ、見えなくなってしまうのだ。
「それは……」
震えた声が、彼女の小さく鮮やかな唇から漏れる。静まり返った温室の中で、私はその音だけに耳をすませた。
「それはやっぱり先輩のことがすごく好きだし、友達にいっぱい励ましてもらったから」
木々がざわめく。髪は揺れない。私は彼女の眼を見つめた。
「でも、一番の理由は、先輩が――ううん、奏ちゃんが先輩と仲良くしてたから」
その言葉に、私は心底笑いそうになった。奏、あなたが純粋だと言った空澄も私と同じだ。嫉妬心でこうやって動くのだ。人の罪から逃げられないのだ。
「なんというか、ね」
少しだけ漏れてしまったその声。メイは聞き返す。
「えっ?」
「なんでもないわ、メイちゃん。 いいわよ、私たち付き合いましょう」
彼女の答えを聞く前から用意していた言葉を、私は彼女にかけた。それを聞いた瞬間、空澄はぽかんとした、なんとも無防備な表情を見せる。
「はい?」
「いいわよね?」
「いいって言うか、なんというか――ってどういう、あれ?」
空澄は泣いていた。頬から大粒の水滴をボロボロと何粒も落としていた。鳥肌が立った。声を出さず、涙を何度も拭う彼女を、私はただただ冷え切った眼で、心で見つめた。そして、ハンカチを出して、私は彼女の顔にあてがう。
「もう、泣くほど嬉しかったのね。 ほらハンカチ」
「だって……先輩が、」
「ごめんね、いきなりだったよね」
私は彼女の顔をそっと、なるべく優しく拭いてあげる。一瞬の気の緩みで、私は彼女の顔を引き裂きそうになる。微笑みを浮かべて、私は精一杯彼女に優しく接しようと心がけるのだ。
「ほら、綺麗になった。 じゃ、これ連絡先だから、また色々と話しましょ?」
「はい!」
彼女が私に渡したように、私も彼女に小さな紙を渡す。半分ぐらい放心したような調子で、だけれども最後には最上級の笑顔を見せて、空澄はここから去って行った。
彼女の後ろ姿が完全に消えてから、私は彼女の涙を拭いたハンカチを地面に放り投げる。ひらりと舞ったそれは、冬だと言うのに、まるで花びらが散る様を連想させた。
「というわけだから、よろしくね」
私はまるで独り言のように、語る。何も聞こえない。誰の姿も見えない。だけれどもきっと、彼女はここにいるのだ。ここにいなかったとしても、少なくとも私の心の中には――
本当の愛ってどんなものだと思う?
そんな糞みたいな質問を私は思い出す。彼女とのやり取りを思い出す。私がした質問や、彼女がした質問はきっと自分自身に問いかけらものだ。
そこに別に答えなんてない。絶対的な正解なんてこの世に存在しない。私たちは生きている以上、間違え続ける。その事に気づいていたとしても、誤らないように努力してみても、やはり人はどこかで道を踏み外す。私の歩く道は、正解より一番遠く、険しい道だ。ゴールが見えたとしても、そこにたどり着くことはできないだろう。私が見ることが出来るのは、きっとそのゴールで楽しく笑い合う彼女らであり、一人寂しくたたずむ私の姿だ。
そんなものは、くそくらえだ。
口を開けて餌を待っているだけの能無しでは居られない。私は全てを変える。私自身を変える。世界を変える。そして、そうやって、この世で一番私が欲するそれを手に入れるのだ。私とゴールとの間で吹き荒れる透明な嵐を乗り越えて、愛を手にするのだ。
私にはそれしかもう、ないのだ。
冬の風は私を抉る。胸にあいたスカスカの穴を広げようとする。もしこの身が砂になったとしても、私は彼女のことを好きであり続ける。
そうできれば、きっといい。
また更新空きます。4月くらいから再開できればうれしいです(2015、0304)




