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軍事研 -俺を取り巻く裏事情-  作者: 笈生
第一章『軍事研』
8/22

第一章第六節『The Edge of Desktop(裏事情の一端)』

 テスト終了。


 その定期的に訪れる特殊な瞬間は、多くの学生が大なり小なり熟成された開放感に身を浸す時である。

 久々に開放される部活動に嬉々として向かう者、友人たちと共に遊びに繰り出す者、とっとと帰って思う存分寝るわと言い残しておぼつかない足取りで帰途につく者など、様々なパターンが見受けられるが、賑わう廊下にはそういった特殊環境下で独特のテンションになった生徒たちが溢れていた。

 かく言う俺も普段とは異なったテンションで、十三里・エレノアの2‐C軍事研メンバーと共に部室に向かって歩いている所なのだが。


「それで? どうだったのかしら、出来の方は?」


 いかにも育ちのいい真面目なお嬢様といった感じにカバンを膝の前に両手持ちして歩く十三里が少し顔をこちらに向けてそう話しかけてきた。黒くて長い艶のある髪の向こうから、いつも通りの静かな光を秘めた穏やかな目線が覗く。


「出来、か……。まあできる事はやったんじゃねえ?」

「あら、自信あるのね」

「ん……まあ、返ってこないと分からんが」


 俺としてはよくできた方だと思うぞ。問題の大半は埋められたし、その内の8割ほどはそれなりに自信ありだ。

 そんなことを思いながら部活休止からテスト当日までの努力の二週間を思い出す。

 我ながら、よくもまああそこまで熱心に勉強漬けの日々を過ごせたものだ。

 早朝の自主勉強,放課後直帰の毎日,登校中の単語暗唱 etc……。

 おかげで、テストの点は過去最高に達したと思うし、成績も伸びたと自己分析出来る。


「自分の正答率を正確に予測できない事には少々不満が残るけれど……まあ、あなたなら仕方ないわね」

「なんだそりゃ」


 あまりにも無理難題な要求をした上で勝手に落胆された俺は、せめてもの反撃にこう答える。


「お前はどうなんだよ?」


 ん~……小学生の発想だな。それにこんな質問をしたって――


「百パーセント完答よ」


 まあそうなるわな。あいも変わらず超絶なこって。

 誇る様子もなくあっさりとそう言ってのけた十三里の背中に俺は密かに白い目を向ける。


「まあ――それはそれとして、赤点ぎりぎりは避けているのよね?」


 南校舎3回の二年生教室が集中するエリアから中校舎ぶち抜きの渡り廊下に入った所で、十三里は更に言及してくる。


「何かお前、随分と突っ込んでくるな……」

「突っ込ませるような成績をいつもとって来るのはどなたかしら?」

「反論できない……。まあでも、今回に限っては大丈夫だろ――それと、俺は赤点ぎりぎりはとってないからな? いつも無難に赤点を避けられる点数は――」

「どっちだっていいじゃない」


 こいつぅ……。

 でも確かに、十三里の言い分も悔しいが理にかなってる。


「大丈夫と言うのはどのくらいを指すのかしら? 80点台? 90点台? ……それとも、70点台かしら?」

「うわ――……なんか今日しつけ~」


 十三里の度重なる念押しに、背後からエレノアの完全に他人事然とした感想が聞こえてくる。

 中校舎3階を通り抜け、俺ら三人の前に北校舎が全容を現す。部室はその最上階4階にあるが、校舎が斜面に立てられている関係で4階はこれから更に2階分、階段を上った先にある。


「まだ返ってないテストの点数なんてわかんね~よ」

「そう……まあいいわ」


 静かに十三里が言って、それ以降は三人とも黙ったままで校舎を歩く。

 階段を上がって最上階にたどり着き、まっすぐ伸びた廊下の先に部室の扉が見えた時、十三里が再び口を開いた。


「まだ結果は分からないけれど、よくやったんじゃない? あなたもエレノアさんも」

「は? 私はなんも関係ねーだろ……」

「……?」


 十三里の意味ありげな言い方に歩きながらエレノアの方を振り返ると、


「…………」


 顔ごと視線を逸らしてきた。どうやら心当たりはあるらしい。

 ……何を頑張ったのかはよく分からないが。


 そうこうしている内に、三人は部室の前にたどり着いた。


「それじゃ、久しぶりの部活を始めましょうか、汐崎部長?」


 そう言って十三里は芝居がかった所作で部室の扉を開いた。




「せんっぱ~~いっ! 会いたかったですよ~~っ!」

「うお……!?」


 部室の扉を開けた途端、桃色の声を上げながら鮎川がこちらに突進して来た。


「…………(チラリ)」


 その奥では金浦がいつもの席で本を開いて読んでおり、その傍ら――いつもエレノアが座っている場所にはあろう事か白衣姿の女教師 增原 恵が足を組んで座っていた。


「オウ汐崎。お疲れのようだな」


 そう言って膝の上の雑誌から視線を上げてこちらを見る。アスリートの割に長くしている黒髪が頭の動きに合わせて背中側に揺れ、教師として許される程度に自然な化粧を入れた大人の目がこちらをまっすぐ見つめてきた。雑誌を片膝の上に載せるためか右足を上にして組んだ足が白衣の端から飛び出してきて、下に行くにつれ口径の小さくなるスラックスが、樹と同じ女性アスリートらしい適度に筋肉のついた足を異様に強調している。


「ほう……やはり樹の言うとおりか。スーツの(パンツ)をブーツカットからテーパードに替えただけで(しおさき)の目がそこに向いたな」


 ハッとして目を少しずらして背けるのももう遅い。女史はこちらに向かってくる途中でショックを受けたように固まる樹の背中にそんな言葉を投げかけている。


「いえ……これはちょっと僕も驚きです。先輩がここまで顕著な反応をするんだったら、僕もスラックスタイプの制服にしようかな……?」


 樹はあいた口がふさがらないと言うような驚愕の表情のまま、壊れた人形のようにがくがくと揺れながら、中空に焦点の結ばれた虚ろな瞳をしてそう呟いた。


「うちの学校は女子用スラックスもストレートだけだぞ」


 この增原女史の一言が樹のリミッターを外した。


「速攻生徒会に申請に行きますっ! ダメなら職員室にっ。そして理事長室にっ! それでも通らないようなら僕が会長になります。あるいは理事長になります! 合併と買収(M&A)でも武力による政権奪取(クーデター)でも、なんだってやりますよ。今すぐにでもその書類を取りに行かなければ今すぐにっ!!」

「怖え~……」

「ほら、とりあえず落ち着け。どうどう……」


 若干暴走気味になった樹の言葉は、エレノアが引き気味の体勢を取って、增原女史がそれをなだめる事で一連の落ちが付いた。


うち(ぐんじけん)の後輩をオーバーランさせないで下さい、センセェ。一体何しに来たんですか?」


 過熱(オーバーヒート)によるエンジンストップに陥った樹の肩を支えながら、俺はその元凶に文句の言葉を浴びせる。しかし、元凶はそんな事構うことなく本題を口にした。


「うん、あれだ。(こいつ)がテスト明けに軍事研会員(おまえら)を家に呼ぶと言い出してな? 渋々だ。渋々」


 は? 何故に樹の話が出てくる?

 そう思って腕の中の鮎川に視線を落とすと、待っていたとばかりに起き上がってこちらを振り向いた。


「先輩方をおウチにご招待ですよっ! ぜひぜひ僕の自慢のお部屋に来てください! ……まあ、家自体はなんてことないあばら屋ですが」

「樹~~お前一回路頭に迷ってみるか?」


 鮎川の謙遜染みた言葉に何故かまた先生が反応する。

 これは――――嫌な予感しかしない。


「えー僕を追い出せると本気で思ってるんですか、めぐみさん?」

「ケイだ、(けい)。全く――家主を妙な呼び方するんじゃない。居候の分際で」


 ハイそこ待った! 今のはつまり――鮎川が先生の家に下宿してるということか? だから先生がここに来てると。

 いや、というか居候だから下宿ですらないのか? 


「なあ、話が見えないんだが――鮎川は先生の家に住んでるのか?」

「あれ? 聞いてなかったんですか?」


 意を決して訪ねた俺を、鮎川が意外そうに見てくる。

 聞いてませんね。だって言ってくれなかったし――というか、そもそも発想もなかったわ。


「そっか~……まあじゃあこの機会に話しておきますか」


 そう思案する風を見せて言うと、鮎川は一瞬間を明けてから口を開いた。


「僕、親がいないんですよね。家も家族もいないんです」


 それは――初耳というか、衝撃的展開だな。全然知らなかったぞ。これまでは、フツーに家族がいて円満に過ごしているものだと思っていた。そんな気配微塵も感じさせなかったし。


「それで增原先生は僕の未成年後見人(お や が わ り)なんですよ」


 增原先生が身寄りのない樹を引き取ったということか? 遠縁の親戚とかだったり?

 なんかちょっとわびしい話だったりするのかもしれない。


「そんで、增原先生に養って――養ってあげてます」


 何かがおかしいっ!


「う……。勘違いするなよ? 食費水道光熱費だって私が出してるし、その他資産も……()()私の自前だからな? 決してドラマみたいな財産目当ての後見人とかじゃないから」


 先回りして言い訳とか――何か訳ありか。大方(おおかた)ってなんだ大方って。


「先輩知ってますか? 增原先生ってすごく不精者なんです」


 いたずらっぽく笑いながらそう言った鮎川から、增原女史が決まり悪そうに目をそらす。

 どういう事かはもう読めてしまった。要するに、增原先生は経済面ではなく、生活面で養われているのだろう。


「今日だって朝出る前に僕が一通り片付けたんですから」

生憎(あいにく)掃除は苦手なもんでな……」

「掃除どころか料理洗濯裁縫から婚活まで全部苦手ですよね、先生(せんせ)?」

「ぐう……」


 最後はともかく、前三つについては、よくそれで生きて来れたなと突っ込みたくなる内容だ。学校での增原先生の振る舞いを見てると、意外な内容だ。


「とにかくだ。私の家に行くのなら、とっとと支度しろ。送ってってやる」


 そう言って指先に引っ掛けた車の鍵を鳴らしてみせた。




「先生、SUVなんて乗ってるのかよ」


 学校裏手の教員用駐車場に止められた車の前で意外そうにそう言ったエレノアの目線の先には、銀白色(シルバー)の日産製SUV――エクストレイルの姿があった。

 SUVというのは、スポーツ用多目的車スポーツ・ユーティリティー・ビークルの略で、その名の通りスキーや登山など何かと持ち物の多いスポーツ用に作られたピックアップトラック由来の中型車としては大きめの車両である。本来の定義とは離れるが、その多くはオフロード走行を念頭に入れた四輪駆動と強いスプリングを持ち、大容量の後部貨物室を有する。

 一般に手が出ないほどではないが、一般乗用車と比べるとその価格は高級品に類する。エレノアの一言が短い口笛付きだったのは関心の証だろう。


「これか? 近親者からの預かりものだよ。乗用していいから持っててくれって言うんでな」


 先生がタバコを更かしつつそう答えていると、鮎川がメンバーを急かした。


「さあさ、積もる話は車内でって事で。早く僕らの家に向かいましょ!」


 そう言って鮎川にSUVの中に押し込まれる。SUVの特徴である広い後部座席に俺とエレノア、十三里と金浦が、この順に押し込まれた。

 何だ鮎川(こいつ)、そんなに楽しみにしてたのか。まあ確かに、初めて友達を家に呼ぶとなったら気分が盛り上がるのは仕方ないのか。……その前に、そもそも軍事研の面々が鮎川の家に行くのは初めてなんだよな?


「恵センセぇ、タバコ消して入ってくださいよ?」

「わかっとるから、先に乗っとけ」


 そう言われて助手席に座る鮎川。

 なんか、本当に親子(おやこ)みたいだな。……增原先生が無駄におっさんぽいからむしろ父娘(おやこ)か。


 うおっ! 

 先生の鋭い眼光で射すくめられた俺は反射的に目を逸らしてしまった。驚いて思わず肩が跳ねちまった。後ろ向いた状態で一体どうやって気づいたんだろう。まともに目が合わせられない。


「さーて、行くか」


 そう言って車に乗ってきた增原先生の表情は少し笑っているようだった。おそらく、自分の外見仕草の特徴を的確に把握した上でのカマかけだったのだろう。やられた……。


「先生、窓開けて。息がタバコ臭い」

「ああハイハイ」


 助手席からそう鮎川が先生に注意した。傍から見てるとやはり中年親父と年頃の娘といった風体だ。

 というかお前、そんな神経質になるほどタバコ嫌いだったか? ……意外な一面だな。そんなしようもない事を考えつつ鮎川を見ていたことを、当の鮎川本人に察知された。


「……汐崎先輩? どうしたんですか、僕のことそんなに見つめて」


 そう言って助手席から体を乗り出す鮎川は、ちょっと期待したような眼差しをこちらに向けていた。魂胆というか、心の中が丸わかりだ。それにわかった以上、その通りにしてやる義理はない――というか俺はそんなキャラじゃないわな。


「ん? ああ、鮎川(おまえ)が前の席に座ってるからじゃね?」

「あ……そうすか」


 思惑は見事成就か。別に嬉しくもなんともないけどな。


「バチ当たりな奴だな~」

「なんだよ、ネル?」

「ネルゆうな。エレンといえ」


 クッソエレノアの奴。こっちもこっちでオヤジみたいにニヤニヤと頬を緩めやがって。脇腹を小突くな、脇腹を。


「何こそこそ話してるんですか先輩方。いきますよ~」


 さっきのショボくれた顔もどこへやら。ゴーっ!などと子供みたいにはしゃぐ鮎川に合わせるように、增原女史の手の中でエクストレイルのエンジン音が頼もしく響いたのだった。




 学校を出発して15分。下町風の駅前を通ってやってきた新興の住宅地に、先生と鮎川の家はあった。


「いや、嘘だろ?」


 自動車の斜め前方。ゆっくりと上がっていくガレージゲートを見ながら、俺は誰にともなくつぶやいた。

 入口全体を一枚でカバーする全体が一枚のアルミ板のような扉の向こうには、自動車三台分はある広いガレージが見えてきた。そのガレージの上――坂道の中途に建つことによる段差をガレージで埋めたその家はたっていた。外側から見ても平均的なサラリーマンでは夢を見過ぎだというくらいの広めの敷地。門構えも一般の家よりは堅固で、その向こうにはこれまた高そうな二階建ての母屋が建っている。


「先生って金持ちだったのか?」


 空っぽのガレージのど真ん中にとめられたエクストレイルから出るなり、そう率直に尋ねたエレノアに先生は新しいタバコに火をつけながら、フフンと鼻で笑った。


「まあそこそこにな。言いふらすなよ?」

「……なんか納得いかね~」

「私に喧嘩をふっかけたいのか、汐崎?」


 こめかみに青筋を走らせながら振り返った增原先生に俺は手のひらで降参の意思を表明する。


「さあさ、早く部屋に行きましょう!」

「ああ……」


 高そうな家に気後れするのは庶民の感覚なのだろうか。そんな自虐に内心苦笑しながら、俺は鮎川に促されるまま車外に引きずり出され、ガレージの出口へとむかった。



 ――――そして入口を一歩入ったところで、鮎川を除く軍事研メンバー4名は再び唖然とすることになった。

 ……まあ、なんとなく予想は付いてたけどね。

 玄関から入ってきた来訪者(おれたち)を出迎えたのは、軍服を着込んでこちらに直立不動の捧げ銃――自分の体の前で銃を立てて持つ敬礼の一種だ――をする、男女二種類衛兵風の人型だった。

 全身緑の軍服にコンバットブーツ、コンバットヘルメットに、ゴーグルと鼻までのネックウォーマーで顔全体を隠している。

 よくよく見ると兵士姿の人型はただのマネキンで、布を張ったのっぺらぼうで灰色の顔をしていたのだが――はっきり言って趣味が悪い。唖然通り越してギョッとしたわ。


「その顔を見るのが面白いんだ」


 タバコを片手に持って、そうガレージ内からいたずらっぽく見上げてくる中年教師に眉をしかめつつ、軍事研メンバーは鮎川の後について彼女の部屋に向かった。



「ようこそ僕の部屋へ!」

「うわー……」


 まあ、鮎川(こいつ)も大概一緒だよな、と思いたくなる部屋だった。

 子供部屋としては少し天井が高くて、床面積が広いことを除けば、内装の基本は落ち着いた白い無地の壁に囲まれた一人部屋である。しかし、入口正面にはコルク製の壁掛け掲示板が掛けられ、そこには米軍の汎用装甲車M998装輪車両(ハンヴィー)から英国の今は亡きヘリ搭載軽空母インヴィンシブルまで、様々な軍用車・軍用機・軍用艦の写真が所狭しと貼られている。その隣にある五連の服掛け(ウォールフック)には、払い下げ品らしい重そうな自衛隊式軍服と軍帽の一式。


 天井を見上げてみると、プラモデルか何からしい軍用ヘリや軍用機が吊られてくるくる回っていた。

 その呆れ具合はとてもじゃなく、思わず「これが年頃の女子高生の部屋か?」と素直な感想を口走ってしまっうほどだった。


「なんだ由弥、なんか期待してたのか?」


 エレノアの本日何度目かの頬を緩めた馬鹿にしたような顔に、自分の軽はずみな発言を呪う。

 その向こう側では、金浦と十三里がジト目を向けてくる。金浦の方はまだいつもの事だから良しとしても、「部屋よりむしろ汐崎君(こっち)に呆れるわ」とでも言いたそうな十三里の冷たい軽蔑の目はちょっと納得がいかない。

 ……鮎川は鮎川で「おおうっ……!」と口元を拭うような格好の妙な驚き方してるし。


「やっぱりこちらより女子部屋のレイアウトの方が良かったですか……軍ヲタの先輩だからと考えすぎた。しかし先輩も何気ないフリしてちゃんとボクに期待してくれてるんですね。先輩を失望させてしまいましたが、いやいやこれはなかなかどうして立派な収穫じゃないですか。先輩がボクになびく可能性があるということが明確になったわけですから…………ジュルリ」


 何を一人で異世界に浸っとるか。声に出すな声に――正直、自分の身の安全が危ぶまれるわ。

 そんな風に内心戦々恐々としていると、ついさっきまで金浦諸共ジト目で黙っていた十三里が静かに口を開いた。


「で、今日私たちをここに呼んだのには、一体どう言う意味があるのかしら?」

「え~? 意味なんかないですよ。私が友達を自分の部屋に呼ぶのに何か意味がいるんですか?」


 何も考えてないのかよ。まあ、確かに友達を呼ぶのには意味がいるとも思えない――実際、今までの軍事研の活動を見てても、誰かが何かをやるために集まってるばかりじゃないしな。


「おーい、鮎川。私学校帰るぞ?」

「はーい、お好きにどうぞ~。あ、夕飯までには帰ってきてくださいね~」


 階下(ガレージ)から、增原先生の声がかけられる。というか、それは立場が逆じゃないか……?


 やがて階下からSUVのエンジン音が聞こえてきて、そのまま遠く去っていってしまった。


「さって~何してあそびましょ~か?」

「鮎川樹…………あの区画は何?」


 鮎川が話を切り替えようとした矢先、その出鼻を金浦がくじいた。

 その指差す先には……何やら暗めの黄色の中央に正三角形の危険指示標識(ハザードシンボル)がプリントされた布地で塞がれたクローゼットルームの入口があった。ぶっちゃけ部屋に入った当初から俺も気になってはいたのだが、どう考えても接触による振動か静電気で起爆しそうな話題なので下手に刺激しないようにしていたのだ。

 まあそこは能面少女に突発的に踏み込まれたわけだが。


 布地のど真ん中で異様な存在感を発している、誰が見てもその危険性を意識させられるような禍々しくクネったシンボルマーク。ハザードシンボルの中でも"生物学的危害"の可能性を示唆するそのマークは映画やゲームなどの題材にもされた、件の有名なマークだ。


「バイオハザードって、おいおい…………」

「あそこはダメですっ。乙女の秘密です。誰にも見せませんっ」


 だったらあんな分かりやすい隠し方すんな。というか、いっつもボクボク言ってる割に、そのへんはキチンと乙女と言うんだな。


「お菓子とってきます……がっ! 絶対見ちゃダメですよ? 感染性の危険物が入ってますので!」

「……私も行く……手伝う」


 そう念押しして部屋を出ようとする鮎川に、金浦がそう言って立ち上がる。


「おう行け行け。私はここで待ってるからよ」

「エレノアも来る。一緒に」


 どう考えても「見てやる」宣言をしたエレノアの耳を金浦が掴んで連れ出す。


「いででで! おいこら離せっ! クッソこの能面娘、力強えーんだよっ!」

「…………一体何なのかしら?」

「…………さあ?」


 金浦とエレノアを巻き込んだ樹由来の嵐が過ぎ去り、後に残された俺と十三里は二人して小首をかしげる。


「まあいいわ。私もちょっとお手洗いに行ってくるから。大人しくしてなさい」


 またそんな犬みたいな…………。

 そんなこんなで一人ポツンと部屋に残された俺は、所在なく部屋の一角に腰掛ける。

 軍事色はあるものの、確かにその部屋は女の子らしいというか、小物やレイアウトがどことなく可愛く配置されている辺りは、それなりの部屋である。小さいながらも化粧台も隅の方に置かれており、なんかいい香りもしてるし。……と言うか、一人だと場違いな気がしてくる。


 そんな居心地の悪さを感じながらも、視線はそんな室内で依然として抜群の存在感を見せているクローゼットに吸い寄せられる。


「あそこはダメですっ。乙女の秘密です。誰にも見せませんっ」


 そう言った鮎川の必死さが微妙に俺の好奇心をくすぐる。

 普通見せたくない物があったなら、あんな目立つ方法でそれを阻止するだろうか。どちらかと言うと隠蔽する方を取るだろう。俺たちに隠し事の存在を印象付ける事も一般には避けたがるのではないか?

 案外、皆にカミングアウトしたい物だったりしてな。

 ……そう思わないでもないが、樹の普段のけして一般的ではない思考回路を見るだに、"偶然見つかるリスク"と"隠し事の存在をアピールする事での安全"を天秤にかけて、後者を採る事も考えられる。


「絶対見ちゃダメですよ? 感染性の危険物が入ってますので!」


 あそこまで念押しするくらいだ。見ないほうがいいだろう。

 特に、ここはあの奇抜な後輩(あ い か わ)の部屋だ。まかり間違って本当に感染性危険物が入ってた場合、俺は確実に死ぬだろうしな。


 その無茶苦茶な結論の裏に日和ってしまった自分を垣間見て、ちょっと苦笑が漏れてしまう。自虐乙などと呟く内心を振り切って適当にくつろいでいる内に、やがて十三里がハンカチを手に帰ってきた。

 部屋に入るなりちらと目線を向けてきたが、それ以降これといったリアクションも見せず、ストンと元の席に収まる十三里。

 その態度には、ちょっと探るような気配が感じられなくもない。


「見てねーよ」

「……? 何をかしら? 私は別に何も言ってないわよ?」

「まあ、とにかくだ。俺は後輩のプライベートを覗くほど野暮な人間じゃねえ、という事で」

「……まあ、それは了解したことにしましょう」


 そのやりとりからしばらく。鮎川たちが戻るまでの間、十三里と俺は特に喋ることもなく思い思いにくつろいで過ごした。


「ホントに見てないのかよ? 見てるんなら後で内容教えろって。な?」


 その後戻ってきたエレノアが俺に鎌をかけてくるのを、鬱陶しいと退けながら、


「知らないもんは知らん。見てないものの内容をどうやって教えられるんだ、バカ」


と事実を真っ向から突きつける。

 それでも納得していないエレノアに、見かねた十三里が一言加えた。


「汐崎くんは見てないわ。私が保証する」

「ちぇっ」


 十三里が途中席を立った事を知る由もないエレノアは、そう言われてようやく諦めたようでそれはそれ以上の追撃を免れた。

 その後、ふてくされるエレノアを持て余しながら、ガンシューやらヲタ話に興じている内に、午後の時間は徐々に過ぎていった。




 その日の夕方――。

 茜色に傾く陽を傍目に帰り支度を整えた面々は、相川‐增原家の玄関で、外履きのつま先を地面に蹴りつけていた。


「お邪魔しました~」

「お邪魔しました」

「またな~」

「…………」


 玄関口で各々手を振って、入り口の扉が開けられる。


「先輩っ……!」

「ん?」


 背後からの声に俺は鮎川を振り返った。鮎川が名前をつけずに先輩と呼ぶのは俺に対してのみだからだ。


「ほんとに……僕の部屋で見てないんですね?」

「ああホントに見てない。そこは安心してくれ」


 そう安心させるために自信満々に言い切ってやったら、鮎川は少し眉根を寄せた。疑うような、落胆するような微妙な表情に俺は内心うろたえた。

 あれいや……見て欲しくなかったんだろ?


「なんだ、疑ってるのか?」

「いえ……別に疑いませんよ。先輩の事なんか」


 何か微妙にふて腐れてないっスか、樹さん?


「先輩がた気をつけて。またぜひぜひ来て下さいね」


 ん? ん~~?


 俺を無視して背後の十三里たちににこやかな声で手を振る鮎川に、俺は釈然としない気持ちを味わいつつ、鮎川・增原邸を後にした。


「じゃあな~、汐崎。また明日~」

「オウ。途中まで十三里のことよろしくな、ネル」

「ネル言うな! 任せとけ」

「エレノアさんはもう少し女の子としての自覚と教養を持ちなさい」

「何だそれ。アッタマくるな~」


 そんな風にエレノア・十三里組と別れた帰途、俺は金浦と並んで歩きながら、帰り際に鮎川が見せた微妙に不満そうな表情が気になっていた。

 あれは結局、見られたくなかったという事で良かったはずだ。

 もし万が一にも微妙に見られたい気持ちがあったとしても、見なかったことで鮎川が不快な思いをする事はない……だろう。もしそんな風に「鮎川は見られたい」のだと勘違いして、本当に見られたくないものだった場合、取り返しのつかない事をしてしまうわけで。


 ……だからまあ、諸々考えたらあれが最善策であったはずだ。

 そう自らを納得させ、心の隅で釈然としない思いを引きずりながらも、俺は薄暗くなり始めた帰り道を、隣を歩く金浦と言葉を交わす事もなく、黙々と歩き続けていた。


 そんな風に物思いに耽っていたが、金浦が突然立ち止まったのに気がついて俺も足を止めた。


「どうした?」


 振り返ると、金浦は俺から二三歩後ろでこちらを無表情に見つめていた。


「金浦?」

「悩む必要はない。あなたの選択は間違ってないのだから」


 いつもの如く、こちらの心中を見透かしたように的確な一言。

 考えてみれば、金浦に限らず十三里や增原女史にも見透かされていそうな状況があった気がする。そんなに俺ってわかりやすいかな?


「選択が間違ってないって、意味深な台詞だな」


 俺は何か、知らず知らずの内にこいつらに手間をかけさせているのかもしれない。そう思うと何となくいい気分はしないが、何も知らされてないのでは何をしたらいいのか分からないと言うのも確かだ。


「まだ時でないというだけの事。気にする必要はない」


 やはり見透かしたようにそう言うと、金浦は俺を追い越して歩き始めた。多分それ以上答えるつもりはないのだろう。

 さっきまでの釈然としない思いを更に深めながら、俺は金浦の小さな背中を追うしかなかった。





 その頃、鮎川の部屋――――。


「ん~~。先輩も奥手だなぁ…………。よもやあの状況でたった一人になっても見ないんだもんなあ……」


 そう言って鮎川が開けたクローゼットの中には、数冊のスクラップブックと壁一面の新聞記事と共に、木製の勉強机が置いてあった。

 その机の前身頃にある引き出し――おもむろにそこを開けた鮎川は、いつもと別人のような感情を宿さない目で、中から一冊のケースファイルを取り出した。

 クリアケースとなっていて中身の見えるそのケースの中には、3年前の日付と極秘の捺印と共に


『世界同時多発サイバーテロに関する調査報告』


などと印刷された分厚い書類が入っていた。


「ボクの単独作戦だったけど、なんだかんだでエレノア先輩以外の二人は協力してくれたのにな~」


 手の中でそれを弄びながら、金浦は人差し指を唇にあてる。そのまま頭上を見上げるように思案顔になって、


「でも、先輩も惜しかったよなぁ。もしこれを目にしていたら、めでたく鮎川ルート――それどころか、ハーレムルートにワープできたのに」


 唇から指を離し、透過プラスチックで出来たケースの上から書類の表紙を一度なでると、いつものようないたずらっぽい笑みのまま鮎川はおもむろに書類をケースごと放り投げた。くるくると重い安定した動きで宙を舞ったそれは、放物線を描いて部屋の隅におかれたゴミ箱に落ちる。


「まあでもでも、ボクももう少しスクールライフを満喫したいしね。ショートカットには失敗したけど、これはこれで良かったんじゃない?」


と誰にともなく一人呟き、鮎川は更にスクラップブックを抱えると、ゴミ箱に落とす。そして、壁の新聞記事を台紙ごと引き剥がして捻じり、おもむろに取り出したジッポライターで火を付ける。

 妖しく輝くその炎に目を細めると鮎川はそれをゴミ箱に落としたのだった。

 ちょこっと陰謀ものっぽくなってきましたっ! 一応、鮎川さんに一部ぶっちゃけてもらいましたが、如何でしたでしょうか?

 結局、主人公は何もはっきりしたことは分からないまま、次で一章は終了です。

 次回は主人公とエレノアさんが接近するお話です。どうぞよろしくお願いします/


 誤字脱字・矛盾点の指摘等を含むコメント・感想大歓迎です。よろしくお願いします!

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