第一章第五節『Situation Start(訓練状況開始する)』
十三里の部活欠席から一日がたった翌日の放課後。今日も今日とて、部室にはいつもの面々が揃っていた。……ほかに予定とかないのか、お前らは。
「昨日はごめんなさい。部活動に穴を開けるような事をして」
いつもの指定席に座ったまま、各々好きな事に興じていた面々に、十三里はそう言って頭を下げた。
「いやいや、部活動参加は強制じゃねえんだからな? 用事があれば休んでいいし、友達関係のほうが大事な時だっていくらでもあるだろ。まあ、幽霊化されるのも困るけどさ」
こいつらの場合、幽霊化どころか部活参加率が高すぎて私生活を蔑ろにしてないか気になるくらいだ。
十三里も一応の得心はいった様で、頭を上げると話題を変えた。
「それで、今日の部活動なのだけれど、久しぶりに体を動かすことにしないかしら?」
体を動かす。軍事研で体を動かし、かつ放課後のこの時間帯からやれることといえば、一つしかない。
高校から自転車で15分ほどのところに、ある商用施設がある。スポーツ•レジャーを中心としたアミューズメント施設である。料金を払えば卓球台から草野球場まで様々に用意されたコートや備品類を借りることができる施設なのだが――その中には遊戯銃のうち、既製品のプラスチック弾頭を発射する機構を持つもの、いわゆるエアソフトガンを用いた模擬銃撃戦を楽しめるエリアがある。
「要はサバゲーをやると」
サバイバルゲーム。
エアソフトガンを用いて模擬銃撃戦を楽しむ遊びだ。チーム戦や個人戦、陣地の取り合いから殲滅戦にいたるまで様々なルールがあり、サークルや大会開催まで、一部の人に熱狂的に愛されるスポーツの一種である。
「そうね。どうしても狭い場所での小規模戦闘になってしまうけれど――まあ本格的な物をしたければそれは夏休みにでも企画するとして。一先ずは日頃の運動不足を解消する一環としてやりましょう」
こうして、本日の部活動はサバゲー対戦となったのである。
30分後――――。
現地にて一区画を借り切り軍服に着替えた俺たちは、エアソフトガンの貸し出し所で思い思いの銃を借りて、ジャングルと二階建ての廃墟を模した屋内フィールドに集まった。
「では、ご予約いただきました三時間が経ちましたらご連絡いたしますので、マナーを守って、トラブルの無いようお願いいたします」
「はい」
係員が一通りの注意事項を説明して出て行くと、フィールドには軍事研メンバー五人だけが残った。
「またマニアックな装備だな。二丁拳銃とは」
「うっせー。私はこれでいいんだよ」
そう照れ気味のふて顔でそっぽを向くエレノアは、カーキ色のジャケットとズボン、パトロールキャップに同色の防弾チョッキ、関節部サポーターとヘッドホンに似たミリタリーヘッドセットという出で立ちだ。そこにきて武装の選択がベレッタM9とデザートイーグルの二丁拳銃と、非常にマニアックである。
「ホントはM9はCQCカスタムが良かったんだけどな。これしかなかったからよ」
この上もっとマニアックだったとカミングアウト。
ベレッタM9とは、ベレッタM92とその改造モデルの総称で、米軍を始めとする世界中の軍隊で正式採用されている自動拳銃である。さらに、エレノアの言っていたCQCカスタムとは近接格闘においての使用を前提とした機構を持つM92のカスタムモデルの一つのことだ。スライドを内部に埋め込むことで、スライドを手で抑られることによる給弾の阻害を不可能にしたものである。
「私のマニアックはどうでもいいとして、あいつのは今回役に立つのか? どう見ても接近戦になるぞ? 今日」
「あ~…だよねぇ……」
「…………」
エレノアの指さした先には、白シャツの上から防弾チョッキ、カーゴパンツという出で立ちに、鼻まで引き上げたネックウォーマーとミリタリーキャップで顔を隠した金浦友愛の姿があった。その手には自分の背丈の8割ほどもあるSV-98スナイパーライフルを持ち、無表情で突っ立っている。
SV-98はSVDの後継銃として作られた精度の高いロシアの傑作手動給弾式スナイパーライフルだ。
しかし悲しいかな、狙撃銃――特に手動給弾式スナイパーライフルは一発撃ってから次の一発を撃つまでに一定以上の時間がかかるため、一方的に撃つ事が可能な遠距離射撃でなければどうしても不利になってしまう。
「……SVD以外はボルトアクションしか使えない」
「サイですか」
言い訳するように呟いた友愛に、ため息をつきながらそう返す。
スナイパーライフルの使用者の中には、このようにボルトアクションにこだわる人種がいる。その理由は、ボルトアクションに対する信頼性だ。ボルトアクションはその方式、自動給弾方式に比べて機構が単純になる。それはそのまま、故障や弾詰まりの起こしにくさに直結する。更に、火薬の爆発を一部給弾の原動力に用いるオートマチック形式に対し、ボルトアクション形式はそのエネルギーを全て銃弾の加速に用いる事が出来るため、初速が速くなる傾向がある。
以上の理由から、ボルトアクションは職人気質の人々に人気があるのである。
もちろん先に言った通り、接近戦では圧倒的に不利になるのは言うまでもないが――まあ、本人が良いならいいだろう。
「せんぱ~い、僕のはどうですか? 僕のは?」
「あまりはしゃがない」
後の二人はこの二人から比べるとマシな方だろう。
副部長 十三里美咲は、まさに米軍の市街戦装備であるカーキ色の軍服にタクティカルベルト、戦闘用ヘッドセットなどなどをまんま身に着けたといった感じの戦闘装備にM4カービンである。
一方で鮎川樹は民間軍事会社所属兵士のようなラフな服装に防弾チョッキ、マガジンレッグホルスターに、装備はH&K94Kサブマシンガンだ。H&K94KサブマシンガンはH&K G3アサルトライフルを基に作られたMP5サブマシンガンのモデルの一つで、銃に対する規制の緩い国を対象に作られた、G3と銃身を同じ長さにしてある威力強化モデルである。
「はいはい、お前らしいんじゃないの? こいつらよりはフツーだけど」
「え~、全然フツーじゃないですよ~?」
かく言う俺の装備も比較的普通のチョイスだ。
陸上自衛隊の通常戦闘装備である戦闘服二型,防弾チョッキ二型に正規採用の89式小銃という姿。そしてその上に何故か背負った透過プラスチック製の軍用盾だ。
「全員準備が出来たところで、ゲームを始めていいかしら?」
「時間ももったいないしな」
「じゃあ、時間制限を織り込んで、ゲームは攻防戦にしましょう」
十三里の提案に、全員一も二もなく賛成する。
攻防戦とはその名の通り、攻撃側と防衛側とに分かれて戦うサバゲーの一形式だ。攻撃側は防衛側の殲滅か防衛陣地内のフラッグの奪取によって、防衛側は時間制限内の阻止によって、勝利条件をクリアできる。つまり、時間制限を設けるゲーム形式としては比較的判別のしっかりしたルールなのである。
「じゃあ、あなたたち二人は屋内で待機ね。ブザーでゲーム開始を合図するわ」
くじ引きによって俺と金浦が陣地防衛側と決まった。
「制限時間は15分で、一巡するように交代する事で」
そう十三里が仕切って、軍事研部員5名はそれぞれの自分たちの受け持ちエリアに分かれたのである。
「ん~…」
防衛陣地である廃墟セットに着いて、作戦会議もなく配置についた俺はくじ運の悪さに少々困り果てていた。くじ運の悪さとは――こう言ってはなんだが、金浦と共に防衛に回されたこの現状だ。
確かに高所からの狙撃は強力な抑止になる。しかし、それは相手との交戦距離がある程度確保できる場合の話だ。先ほども言ったとおり、至近距離では狙撃銃の長所である射程距離が生かせない。
狙撃手の防衛用に模造の地雷を仕掛けとくか。信管が抜けると、仕込んであった無数のBB弾がバネ動力で飛び出す仕掛けのものだ。
仕掛けるとしたら入り口と、後は通路に幾つかだな――などと思案していると、二階から金浦が降りてきた。
「あ、あれ? 金浦なんで降りてきたの……?」
「……? 戦うため」
「下で?」
「…………(こくり)」
金浦は何を問われているのか分からない、とばかりの不思議そうな顔で頷く。何考えてるかよく分からんのは俺の方だ。不利な戦いを更に不利な方向に持っていくとは。この無表情娘、どういうつもりだ――とここで、交戦開始のブザーが鳴った。
「……まあ、楽しければいいか」
諦めも入って、勝敗を度外視し始めた俺は、更に次の金浦の行動に唖然とする結果となる。
金浦は、おもむろに狙撃銃の命たる長距離狙撃用照準器に手をかけると、
かちゃり
その照準器の止め具をはずしたのだ。
「ってオイ、何してる」
「……?」
あまりの所業に、思わず突っ込んでしまった。ボルトアクション形式の歩兵銃なんて、第一次世界大戦時代の代物だ。やっぱり何考えてるのかわっかんねえ。
キュッ……!
「……っ!?」
割と近くで鳴った足音に、慌ててそちらを振り返る。金浦に気を取られて――いや、それ以前にこんなに早く誰か突入してくるとは全く考えてなかった。もっと普通に、銃撃戦と威力偵察を行った上で隙を見て突入してくるものかと。
「ヤッホウお二人さん」
そこに居たのは、わが部の特攻隊長エレノア=H=レーマンその人だった。こいつのやり方、忘れてた。
すでに構えられた二丁拳銃と取り回しの悪いアサルトライフル――どちらが早いかは誰にでも分かる。元々、機動力とゲリラ戦で戦うエレノアの戦闘スタイルにとって、ライフル銃兵と狙撃手なんてただの餌なのだろう。
「しまっ……!」
時既に遅し。まさにエレノアが引き金を引こうとした瞬間――
カシュンッ!「イテッ!」
背後からバネ動力でBB弾が飛び出す射出音が聞こえ、プラスチック製の保護ゴーグルのすぐ上――眉間にBB弾を受けたエレノアが、驚愕の表情のまま固まる。
「……え?」
我ながら情けのない声を出して振り返った俺の目線の先には、腰を落として禄に狙いも付けられないような姿勢で狙撃銃を構えた金浦友愛の姿があった。
ガシャコっ!
ボルトアクションの排莢音が響く――まあ、エアソフトガンだからバネを縮めて固定する音だが。
「まじかぁ……」
脱力して脱落するエレノア。
というか、狙撃銃を散弾銃のようにして使うとは――いや、近距離だとは言え、禄に狙いもせずピンポイントで頭部狙撃というのはショットガン以上の威力だ。
金浦友愛恐るべし。
「……ぼやぼやしてない。次が来る」
「お、オウ」
隙のない動きで入り口に詰める金浦に続いて、正面警戒に移る俺。今のところ残る二人の姿は見えないが、この遮蔽物が散らばる草地のどこかに隠れているはずだ。
「……居た」
金浦が不意にそう呟くと、ガラスのないフレームだけの窓から銃身を構え、一瞬、正確に狙う間を空けて引き金を絞る。
再び静かな射出音がして、外の草むらの中から、
「うえっ!?」
と声がした。
「……アウトです」
草むらから両手を挙げて立ち上がったのは、鮎川樹であった。
ぜんぜん気づかなかった。
その上、BB弾が草むらをまっすぐ貫通する事はありえないから、どうしたってどこか微小な露出部を撃ったはず。照準器無しでそれを成し遂げるとは、最早常人のなす業じゃない。
「……あとは十三里だけか」
「それももう見えてる」
「マジですか……」
予想外の金浦無双。こいつを防衛側に回しちゃいけない。
カシュンっ!
おなじみの射出音がすると共に、草むらから小さく悲鳴が聞こえた。
「終わりか」
「……違う。外れた」
驚いたように目を見開く金浦。慌てて壁に隠れた金浦は、少し不満げに腕の中のSV-98を見つめる。
「マジで?」
「……銃身に僅かな歪みがある。手入れ不足」
「そっか……」
それは仕方ない。
パシパシパシッ……!
外からBB弾が室内に飛び込んできた。十三里のM4カービンだろう。
窓のふちから外を盗み見ると、横倒しになった廃車の脇から体を出し、M4を構える十三里の姿があった。
「あっぶね……!」
体を掠めるように飛んできたBB弾に、慌てて身を引っ込める。
カラン……。
床で鳴った乾いた音。そちらを振り返ると――――見覚えのある林檎型の黒い影。件の破片手榴弾、M67である。
「うわっ!」
思わず背を向けた時、グレネードが炸裂。クレイモアと同じ原理で四方八方に飛び散ったBB弾が二人を襲う。
「……?」
「……アウト」
何故かBB弾が当たらなかった事実に困惑する俺。
とそこで、背負った軍用盾の事を思い出す。
「助かっ……た?」
そう呟いた時、
「そうね。まさかそんな風に防がれるとは思っていなかったわ」
頭上から声。この声は……。
恐る恐る上を仰ぎ見ると、そこに居たのは、フレームだけの窓枠に軍用ブーツで乗り上げ、こちらにM4カービンの銃口を向けている十三里美咲その人の姿だった。
「やあ、十三里さん」
「汐崎君、死んでください」
にっこり微笑んでそう一言。
電動ガンの駆動音と共に、この試合に決着がついたのだった。
その後10戦に渡る試合が終わった帰り道――。
「来週からテスト期間ですので、本日でテスト前の活動は最後となります」
「マジで?」
十三里さんの割と衝撃的な発言に、全員の視線が一点に集中する。
「部に一名、成績の振るわない人が居ますので」
「俺のせいかよ……!?」
振るわないといっても、赤点は一度も取ってないぞ!?
とはいっても――
十三里――学年一位。
鮎川――学年上位10位常連。
金浦――成績上位者。
果てはエレノアですらクラスで8位という好成績を維持している始末だ。
そんな奴らと比べられたら、俺なんか『成績振るわない』組だろう。
「分かったよ……」
ま、今回はきちんとテスト勉強するか。
「じゃあじゃあ、今週末、僕とテスト勉強しましょ――ぅいたっ!? 何すんですか十三里会長!?」
「一年のあなたが行ってどうするんですか? 教えられるわけじゃないでしょう?」
そりゃそうだ。絶対邪魔しに来るだけだ。
しかもなんだ、十三里って会長だったのか。そりゃ知らなんだ。
「う~~、それなら先輩に教えてもらいますよイダっ!?」
「汐崎君のところへ行ってどうするつもりですか? まだ図書館に行ったほうがマシです」
それは異議申し立てしたい。一年の内容くらい教えられるぞ……多分。
「とにかく。自身のためにも自分の勉強は自分でやる事よ。ただし、たまに聞きたい事があった時の質問は受け付けます、以上!」
そう言って、その場は解散になった。
今回は軍事権の活動(?)としてサバゲーの様子をとらせて頂きました。ゲームをしているのでもよかったのですが…
一応今後、実銃込みのシリアスに発展する予定なので…その時のために、主人公には多少身体を動かしていて欲しい、という思惑があったりします;
次回はテスト…ではなく、終了後まで飛ばせて頂きます。一応、完全シリアス化の布石と言うことで、題名は『裏事情の一端』です/
誤字脱字・矛盾点の指摘等を含むコメント・感想大歓迎です。よろしくお願いします!