第一章 序節
合衆国東海岸 某所。
遠くに臨海都市を見ることができる郊外の閑静な住宅街。
緑鮮やかな芝生の庭に、白い壁と赤い屋根の眩しい民家。傷ひとつないアスファルトの道路には数多くの自動車が止められ、その脇に等間隔で並木が並んでいる。
まるで一昔前の夢のモデルライフをそのまま現実に引っ張り出してきたような晴れやかな街並みが、そこには広がっていた―――。
―――いた、筈だった。
しかし、平和で穏やかだったはずのベッドタウンは、今や硝煙と土埃に満たされ、銃声の飛び交う戦場と化してしまっていた。
頭上を軍用ヘリコプターが編隊を組んで飛び過ぎ、物々しいエンジン音を響かせて走ってきた中型軍用トラックが、軋むようなブレーキ音を立てて停車する。幌が勢いよく引かれ、完全武装した兵士たちが次々と散開していく。
美しかった芝生はところどころくぼみとなってめくれ上がり、放置された民間車両には既に大量の弾痕が刻まれていた。
耳を劈く銃声と気が狂いそうな轟音が街を混沌の淵へ導いていた。
そんな銃弾が飛び回る戦場の直中―――。
敵の集中砲火に晒されるガソリンスタンドの中に、汐崎 由弥は伏せていた。
日本のコンビニに近い作りの店内は、砕け散ったガラスや弾けとんで陳列棚から転がった商品で雑然としている。
風切り音が緩んだ隙に、薄い陳列棚の陰からそっと店の外を覗き見る。パラパラと降り注ぐ土埃で白く霞んだ視界の先に、武装した歩兵がこちらに向かってきている様子がかいま見えた。
(主にM16とM870………それと一人二人くらいM60を持ってる奴がいるか………? どれも射手に合わせて付属品着けているようだな)
車や建物の陰を縫うように近づいてくる敵の様子を観察し、遠目で彼らの武装を確認する。
正直、状況は思わしくない。
敵はなんとも潤沢な資金源を持っているようだ。その数もさることながら、一人一人が贅沢過ぎる質で挑んできているようだ。
連射による制圧射撃と三点バースト,単射による中距離精密射撃が可能なM16系アサルトライフル。近接での圧倒的火力と鍵やブービートラップの破壊で活躍するショットガン。アサルトライフル弾を百発単位で打ち続けることが可能な軽機関銃。
「中程度の交戦距離にはまったく死角がない上に武器も数も揃えてきてる、か。………立て篭もるしかないな」
銃声がこだまする中、悠長にそんなことを呟いてたら背後から怒声が飛んできた。
「おいユウヤ! 分析はどうでもいいからお前もちゃんと撃てよっ! 当たんなくても牽制ぐらいにはなるんだからよっ!」
一向に止む気配のない銃声と風切り音の中でも、声・台詞共に聞き慣れたその怒声ははっきりと耳に入ってくる。
一旦、顔を引っ込め、店の奥にあるレジカウンターに視線を遣ると、そこから軍服に戦闘用ヘルメットと各部防具etc.………と何とも重装備な銀髪少女が身を乗り出していた。その手に構えられたM4カービンの銃口が数秒間隔でタンッ!タタタンッ!とリズムを取るように火を噴いている。
指切りという技術である。
敵の持っているM16アサルトライフルと違って、単射・連射の2機構しかないM4カービンライフルでは、引き金を引きっぱなしで連射するとたったの3~4秒で弾が尽きてしまう。それだけじゃなく、銃身は射撃の反動で跳ね上がり、精密射撃どころかはるか頭上に向かって弾をばら撒く結果となる。
それらを防ぐ手立てとして行われるのが、引き金をこまめに緩めることで、跳ね上がりを抑えつつ弾の浪費も防げる”指切り”なのだ。
「聞いてんのかおらぁ!」
「言われなくても分かってるって!」
銃声の中、背後から罵声を食らった俺は、慌てて射撃に参加する。
「あ゛ぁ? なんでそんな喧嘩腰だ。逆ギレか? 買うか?」
今のは断じて逆切れじゃない。鳴り響く銃声の大音量に押されてつい大声になってしまっただけだ。
そんな突込みは心中に抑え、H&K社製のバトルライフル、G3の引き金を立て続けに引いた。その都度手元に単射の短い反動が伝わり、同時に物理照準器の先にいた兵士が大口径弾を受けて引っくり返る。
さらに、建物の敷地内に侵入しようとしていたもう一人の敵兵士を続けて仕留める―――と、そこまでいってG3の引き金が空動作した。引き金を引いてもG3はウンともスンとも言わない。ここでまさかの弾切れを起こしたのだ。
「やべっ、装填するっ!」
「はあっ!?」
俺のあり得ない失態に背後から「信じらんねえ」とでも言いたげな叫び声が飛んでくる。
「残弾は逐一確認っ! 基本中の基本だろ!? 戦闘中に弾切らして慌てるなんて、とんだ新兵じゃねえか!?」
残弾数を頭の中に留めておけないような激戦中でも、撃った時の手応えからおおよそ弾切れのタイミングを感覚的に捉え、弾倉交換は半ば機械的に行う。それが仲間同士の援護に必要な前提条件だし、不測の事態が起きた時の即応能力に関わってくる。それを怠り複数人数が弾込めのために戦線を開けてしまうと、そこから敵に押し込まれてしまう。このことはまさに今カウンター内で共闘する少女―――エレノアに日頃から講釈されていたはずの基本だ。
「うおっ!」
外から撃ち込まれる銃撃が、急にその密度を増した。
M60辺りがこちらに集中砲火をかけているのだろう。だとすればこれは援護射撃―――つまり、敵が殺到する兆しに他ならない。
すぐに武器を予備武装のMP5に切り替えて射撃を続けていたが、そもそもからして音の重さが違う。こちらの銃撃が弱くなったというのは敵にも丸分かりだろう。
「だぁから言わんこっちゃねえっ、奴らこっち側の弾幕が薄いと見て攻略を優先してきただろうが! いいから早く弾倉換えろ! 援護してやるっ!」
エレノアは一旦カウンター内に身を隠し、銃弾の雨を避けながら叫んだ。恐らく用意してあった予備用のアサルトライフルを拾って、動作前確認をしているのだろう。
「援護頼むっ!」
「カバーするッ!!」
MP5SMGの残弾が少なくなり、俺が遮蔽物に身を隠すとほぼ同時―――。
カウンターの上に身を乗り出したエレノアの手には、黄土色のベルギー製アサルトライフルFN-Scarが抱えられていた。直後、少女の手の中でScarが指切りもへったくれもないフルオートの銃声をあげる。くぐもった様な重い低音が、毎秒10発という連射速度で辺りに絶え間なく響き渡る中、俺は少し慌て気味にG3の弾倉を取り替える。
エレノアは一弾倉・二十発もの弾丸を、たった二秒間で撃ち切って、そのままFN-Scarを放り出し、再びM4カービンに持ち直す。Scarはこう言った不測の事態に備えるために拾っておいただけのものなのだろう。
「サンキュー、ネル。予備まで使わせちゃって悪かったな」
エレノアが撃ちきってから少し遅れたものの、G3,MP5両方の弾倉装填を終えた俺は、エレノアに感謝の言葉を投げかけた。
「敵が落としてったやつだから別にどうでもいい。他にもとっておきあるし」
それは確実に落として行った訳ではない。むしろ逝って取り落としたとかだろう。そして、エレノアをして”とっておき”と言わしめる代物とは一体何だ。嫌な予感しかしない。
「―――ってか、呼ぶんならネルじゃなくエレンって呼べって何度言わせる気だ、ユウヤッ」
一瞬遅れた突っ込みとともにエレノアの方から飛んできた空き缶がカンッと側頭部に直撃する。
痛って―な。集中しろよ、全く。
再び無数の射撃音とともに室内に銃弾の雨が降り注ぐ。
一気に畳み掛けられなかった腹いせとばかりに激しくなる敵からの射撃で、すぐ近くの陳列棚からペットボトルの生き残りが弾け飛び、再び細かいコンクリートの破片がバラバラと舞い始める。
「くるぞっ!!」
「突入部隊に注意っ!」
「了解っ!」
身を隠してそう答えると同時に、ちょうど入口そばまで来ていた敵兵にG3の大口径弾を一発見舞う。
「これまだ第ニ波だろっ!? 5個中隊クラスの人数をたった五人で押し留めろだなんて、どんな無茶な命令だよっ!」
俺に怒られてもなぁ………などと頬を掻く暇もなく、入口から走り込んできた3人の敵兵に手当たり次第の手厚い歓迎を浴びせてやる―――と、そこに今まで無言だった他三人が口々にそれに反応した。
『前線の兵士が作戦を一々疑ってもキリがないというものよ、エレノアさん?』
『………不平不満は早死にのジンクス』
『否定はしないですよ~? でも立場上あんまり口に出すことじゃないかもですね―――なんて言って、KY代表候補生のボクに言えた義理はないですけどね~』
これらはスタンドの正面右手、すぐ隣に建つファミレスの店内に立て篭もっている三人だ。あちらもこちらと同じくらい激しい銃火を浴びているはずだが、この余裕の差は一体何だ。激しく疑問を覚える。
その思いはエレノアにも共通する所があるようで、一旦カウンターの向こう側に引っ込んだ彼女は三人に向かって大声で問いただした。
「さっきから好き放題言ってるけどよ、そう言うお前らの方は一体どうなってんだっ!?」
『お願いだからあまり大声出さないでくれるっ!? あなたの大声って頭に響くのよ? それにそっちにはM18A1対人地雷あげたでしょ? 文句を言える資格はないはずよね?』
『私は順調にヤッてる………』
『えっとですね。実際は敵の大半が別の相手に気を取られてるのをこれ幸いと、新しい武器の調達に出てるんですよ。あ、でも、僕一人だけですよ? 先輩方はちゃ〜んと戦っていますから、そこの所勘違いしないでくださいね? ってわぁお♪ 凄いの見つけましたよ!? ………しかし、こんなのまで用意するなんて、敵方の皆々様もなかなかどうしていいセンスしてるじゃないですか〜』
一体全体この差は何なの? どうしてあっちはあんな余裕なわけ?
向こうのどこか緊張感にかける返事に対し、こちらは依然として止む兆しのない鉄の雨の中で、多勢の敵兵士を相手に大立ち回りを演じている。
「ちょっとはこっちの援護してくれる奴はいないのかよっ!!」
ヤケクソ気味にカウンター内から立ち上がったネルが腰だめに持ちあげたのは、ずっしりとゴツイM249軽機関銃だった。
軽機関銃―――特に分隊支援火器という分類となるこの機関銃は、小口径アサルトライフルと同じ5.56mm弾をベルト給弾によって百発単位で連射できるようにした銃だ。一応歩兵用として使うこともできるものの、少々重いためにどこかに固定して使われる事のほうが多い。実際、エレノアの持つM249は先の部分に付属部品として二脚が据えられており、どこかに置いて運用することを想定されているようだった。
恐らくはアレがエレノアの言うところのとっておきなのだろう。
「ファイヤ―――っ!!」
ベタな叫び声とともに、エレノアはカウンターに据えたそれの引き金を引いた。
ババババ………! と、その銃の持つ脅威的な性能からすれば些か軽い印象を受ける銃声がスタンド内に鳴り響く事数秒。エレノアが引き金を緩めるまでの間に、決して少なくない人数の敵がアスファルトや垣根に倒れこんだ。
そんな中でも生き残った兵士たちが、盾になるような遮蔽物の向こう側に逃げこんでいく。
それで逃がしてやるほど、エレノアは優しくはない。
「逃・が・す・か――――――っ!!!」
そんな怒声とともに、兵士たち二人が遮蔽物とした黄色いタクシーの側面にエレノアの容赦ない追撃が突き刺さる。
M249軽機関銃は実に毎秒12発にも及ぶ連射速度で5.56×45mmNATO弾を発射する。比較的小口径の弾頭であるとは言え、この弾は一般乗用車の車体が止められるレベルを遥かに凌駕する。
高速・高密度で飛んでくる弾丸は軽々とフレームや外装板を突き破って内部に侵入。もちろんその中には機関部や燃料タンクへ達するものも現れるわけで。さらにそこに弾頭と車体がぶつかったことによる火花が加わった結果、燃料に引火し爆発する。
内部からの凶悪なまでの圧力によりタクシーが一瞬膨らむように歪んだかと思うと、車体下部から噴出した火炎と爆風が身を隠していた敵兵二人を飲み込んだ。
えげつねぇ………とにかく容赦ねー。さすがに引くわー。いやまあ、俺でも同じことするけれども。
気を取り直してですね。
「敵影残り7個っ!このまま全滅させるぞ、由弥っ!」
「Okay!」
路面に倒れたまま動かない敵を視界の端で捕らえつつ、由弥が汗ばんだグリップを握り直した時だった。
ガガガン!
「………っ!?」
ヤケにはっきりと、アサルトライフルらしい銃声が耳に入ってきた。それと共に、視界の端で銀髪少女が仰向けに倒れこむようにしてカウンター向こうに消える。その倒れ方から察するに、左肩辺りの被弾だ。
「おいおい、大丈夫か!?」
俺が声を掛けると、彼女はカウンターの端からおぼつかない手つきで這い出してきた。
「肩をやられた。幸い即死するレベルには達してなかったみたいだけどな。そっちへいくから、応急措置頼む」
安堵の溜息を吐いたのも束の間、敵にもエレノアの被弾が視認できたのだろう。再び敵は戦力の減ったこちら側に猛攻を加え始めた。
より一層激しくなった跳弾音を頭上に、俺はエレノアに這って近づこうと試みる。しかし、視界の端に突入しようと走り込んできた敵兵が映り込み、MP5を慌てて出入り口に向けて掃射する。
「由弥、できるだけ急いでっ!」
「当たり前だ。絶対死なせねえぞ」
「………………意外?」
「………お前、俺の事何だと思ってんだ?」
俺は敵への牽制射撃を続けながらタイミングを図る。MP5の残弾数が少なくなっているから、そのまま弾数にまだ余裕のあるG3に持ち替え、三回たて続けて引き金を引いたのち、身を引っ込めて彼女の元に走る。
(ひとまず応急処置をとっとと済ませないと―――タイムリミットが迫ってる)
などと考えていたその時だった。
カンッ………カラカラ………。
軽くて硬い何かが投げ込まれ、床の上を俺の足元に向かってころころと転がってきた。小さいリンゴを真っ黒に塗ったような………何か。
考えるより早く手が反応した。
慌てて黒い物体―――M67破片手榴弾を引っ掴むと、窓の外に向かって投げ返す。
対人手榴弾はその爆発そのものではなく、爆風で四散させた破片で人を傷つける物である―――と言うのは最近ではいくつかのメディア作品の中で紹介されてきたが、その類に違わずこの破片手榴弾も、爆発時に撒き散らされる高速の硬質鉄線で人間に致命傷を与えるという物だ。
そんな危険な―――しかもいつ爆発するか分からないようなものを投げ返すというのは結構な荒業だが、そこはまあ大目に見て欲しい。………何せ爆発時の破片が戦闘用防具2枚を貫通したという逸話を残す現役の対人手榴弾だ。こんな柔な作りの陳列棚なんか盾になるはずもない。………防御不可能なら投げ返す他に選択肢なんてないじゃないか。
とまあ、後付けの理由をいくら並べてみたところで、結果はなんら変わらなかった訳だが。
手榴弾は俺の手を離れた瞬間に―――俺の目の前で炸裂した。
致命傷を与えるに有効な距離が5m以内という代物だ。その破片をたった2mの距離でもろに受けた俺の運命は、言わずもがなというものだろう。
――Mission Failed――K.I.A.
新規投稿第一話です!
実は執筆が遅くストーリーの書き直しをすることがあるので、非公開にして書き溜めていたものを公開した形ですが。
誤字脱字・矛盾点の指摘等を含むコメント・感想大歓迎ですので、よろしくお願いします!
※作品に出てくる武器等は正確な知識に基づくものとは限りません。おかしな点が多数あるかもしれませんが、ご容赦ください。(願わくば、お教えください)