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 頭上には見たことのない数の星がある。けれど僕のいる地上にその光はほとんど届かない。雲が多いためか、月は隠れていた。

 街から数キロ離れた草原に僕はいた。

 体育座りになった僕の顔を、たき火の明るさが赤く色づける。薪にする枯れ枝はなかったから、魔法で生み出した火だ。

 音もなく揺らめく炎をじっと見つめる。他にやることがない。

 やることがないと、頭だけしか動かすモノがなくなる。

 異世界にやってきてからまだ一日。シロと出会い、草原を歩き、街で冒険者を名乗った。

 そして。


「アイドラ」


 顔の前で手を開く。この手で彼女を殴った。なんの手加減もしなかった。身体が勝手に動いたのに、思い切り力をこめた感覚は確かだったのだ。

 それで、なんだろう。

 混乱/ショック/呆然――最後には罪悪感としか呼べない感情に収斂する。

 そう、罪悪感だ。僕は彼女が求めた対価を支払っていないことが引っかかっている。それが操られた、意図しないものであっても。

 同時に、僕の抱いている罪悪感は一ヶ月もすればほとんど忘れて、なかったも同然に風化してしまうだろうとも確信している。逃げればいい、アイドラは追いかけてこないだろう。ただ、僕の倫理だけが問題となる。


「だから、なんとかしなくっちゃ」


 僕の周囲を囲む草が、いくつもの足に踏まれて折れ曲がる。

 うなり声/複数の影/人間のモノではない体臭――十頭を超える野犬の群れ。

 ギルドの女性にもらった革袋が赤く発光する。

 目水晶――依頼目標に接触すると赤く光り、依頼を達成すると青く光を放つ、判定装置。

 どういう原理なのかは想像もつかないけれど、とても便利だ。なにしろ。


「討伐の証拠に、死体を持って帰る必要がない」


 立ち上がる。野犬の一頭が飛びかかってきた。

 僕は手のひらを向ける。

 濁流めいた勢いの魔法の火柱が飛び出す/野犬を飲みこむ/野犬の身体は骨も残らず消滅した。

 野犬たちがうなるのをやめ、息を詰める。

 仲間がやられたことが恐怖を生んだではなく、戦意を刺激した。

 前後左右から距離を詰めてくる。

 少しだけ息を吸う。夜の空気に混ざった戦意の匂い。刺激される/落ち着かされる。


「来てよ」


 僕のつぶやきに反応/野犬たちが一斉に飛びかかってくる。

 記憶/初めての戦い/左肩に噛みつかれた/肉を引き裂かれた――そのときの数倍以上の牙が僕に向かって殺到している。


「ごめんなさい」


 そのタイミングで魔力を解放する。

 魔法/地面の土が変形/巨大な杭と化した土のかたまりが地面飛び出す/土くれがばらまかれる――犬の身体の真下から。

 串刺し。甲高い悲鳴が同時に。死の痙攣がマスゲームかなにかみたいにぴったりそっくりに襲い、野犬はすぐに動かなくなる。

 唯一の例外は、土の杭の刺さりどころがズレたためか、痛がるだけの犬が一頭いた。

 僕はその犬を田舎で飼っていた豆柴のときと同じようになでる――頭に手を置く。

 シロが与えたもの――力。

 手のひらから直径5センチほどの骨の杭が飛びだす。犬の頭部を真上から貫く。

 また死の痙攣。僕は野犬の頭に手を置いたまま杭を引っこめる。指先あたりからまた杭を呼び出し、犬の頭部を貫く。

 噛み合わさった牙の隙間から血の泡がこぼれる。力を失いつつある犬の目が僕をとらえる。手でその目をふさぐ――杭を突き立てる。びくりと動物の身体がはねる。動きが、命の働きが止まる。

 足下にあった目水晶が、赤い光から青い瞬きへ変わる。


「はぁ、っ……」


 息を吐く。身体から力が抜ける。膝をついてしまう。

 どうやら魔法は体力を消耗するらしい。この異世界では、体力とMPは別枠てではなかったのか。使い放題だと思ったのに、ちょっと残念だ。

 僕は自分で自分の心を確かめる。

 静かだった。

 命を奪っただとか、どんな生物にもある生きる権利だとか、そんなことじゃ僕の思考は揺らがない。

 そんなものよりも、僕をこうした罪悪感のほうが意識される。

 アイドラによって刻まれた罪悪感によって、命を奪う罪悪感が上書きされている、そう確信した。

 息を吸う。

 夜の匂いと、血のにおいがする。


 僕は、静かだった。

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