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 小さな身体が吹っ飛ぶ。壁にぶつかって崩れ落ちた。

 拳を突き出したまま、僕は固まる。


「なにこれ」


 今、僕はなにをしている。したのか。

 わからないうちに殴った。なんの理由もないのに。名前も知らない女の子を。

 知覚した/認識した/承認した――わけがわからないことがわかった。


「あうう」


 ぴくり、とアイドラの身体が動く。

 跳ね起きた。こっちやってくる。裂けた傷口から血が飛び散る。


「おあん!」


 僕に手のひらをそろえて突き出す。


「え、なに?」

「おあん!」


 おあん。どういう意味だ?

 これが正しい発音なわけじゃない。歯がないから、あごの骨がおかしくなっているから、正しく聞きとれない。

 おあん、聞き取った文字を転置する。基本的な暗号の形式。文字をずらす。


「もしかして、ご飯って言ってる?」

「うん!」


 少女は大きくうなずいた。

 僕はアイドラの顔を打った手を見つめる。手のひらは空っぽ、なにもない。


「ごめん、僕はご飯を持ってないんだ」

「おあえ!」


 今度はすぐに連想できる。


「お金もないんだ。その、僕はここに来たばかりで……」


 僕は自分で自分を殴りたくなる。どうしようもない言い訳にしか聞こえない。


「うー」


 すうっと、少女の目から僕への関心が消えてゆく。

 なにもしてない、なにも悪くない、自分にそう言い聞かせる。殴られそうになったから手で顔をかばう、それくらいに反射的な思考。そうしなければなにか、どこか、耐えられなくなりそうだった。

 なにか言わなくちゃ。頭は真っ白だけど、それでも、なにか、そう、この場の僕が落ち着くことのできる、状況を飲みこめるようになるなにか。


「あう」


 アイドラは背を向る。何事もなかったかのようにギルドを出ていった。

 僕の目が動く。床には血が点々となっている。

 これは僕がやった。理由だとか原因だとかをすっ飛ばして、とにかく僕がやったことなんだ。

 それで、だとしたら、僕は、なにをどうしたらいい?


「気にしないで」


 カウンタの向こうで、ギルドの女性がコップを磨いている。

 あまりに普通で、今までの出来事が実は夢かなにかだった、そんな風に錯覚したくなる。

 僕と違って、彼女にとってアイドラは非日常のことではないのだとわかる仕草。


「アイドラはいつもあんな感じなの」

「あんな感じって……」

「自分を殴らせて、その引き替えに食べ物とかをせがんで生きてる」女性は照明にグラスをかざして、曇りがないかを確かめている。「あんたが殴りたくて殴ったことじゃないのは、ここにいるみんなもわかってるよ」

「同じ経験が、あるんですか」

「ああ、この街にいるやつの多くは、身体が勝手に動いてアイドラを殴ってたってやつばかり」

「あれは、魔法ですか?」

「魔法が使えるのなら、もっとマシな生き方ができるだろうね」わからない、ということか。「気味が悪いからって街から追い出そうとするやつもいるけど、どこに住んでるのかすらわからないんだ。実は妖精だったりして」


 最後の一言は、その場の空気を軽くしようとするためのものだろう。

 けれど、笑えない。それどころじゃない。

 事情はわかった。


 それで、だとしたら、僕は、なにをどうしたらいい?


「仕事をください」

「えっ?」

「それも、すぐお金になるやつがいいです」僕は言う。「それで、すぐ戻ってくるので、報酬の一部を食べ物でください」

「あんた」

「どんな仕事がありますか?」

「野犬の群れの討伐があるけど……」女性が信じられないものを見る目で僕を見る。「アイドラに同情したの?」

「僕はまだ引き替えになるものを渡してません」同情という単語を聞かなかったことにする。僕は言う。「だから仕事をください」


 女性は店内に目をやる。飲み食いしていた客が目をそらすか、理解できないと言いたげに首を振るかのどちらかをやる。

 女性は真剣な顔になって僕に言う。


「そんな生き方をしていたら死ぬよ?」

「死にません」


 つい某大尉を真似てみたけれど、女性には伝わらなかった。


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