* Epilogue
マブのリビングには、やはり誰もいなかった。カバンをソファに置き、左奥の部屋に入る。
アゼルはやはりベッドで眠っていた。おそらくしばらくは、会うたび今のように、もやもやした気持ちになるのだろう。
怒りがまだ残っている。ほとんどは憎しみになっているものの、まだ怒りが残っている。ただ馴染みきっていないだけなのか、それとも憎みたくない気持ちが残っているからなのかはわからない。
目を閉じて吐息をつき、ベッドにあがった。だけど横にはならず、うつ伏せになっている彼の傍らに脚をくずして座った。
ゆっくりと目を開け、アゼルがこちらを見上げる。
「──早いな」
「スケッチブックと花束を渡すのを見届けてすぐ、ここにきたから」私は冷静に答えた。「感動してほしくてやってたわけじゃない。そういうのが見たくてやってたわけでもない。ただの気まぐれ」
彼は寝返りをうち、寝かせた左腕に頭を置いてこちらを向いた。
「へえ」
「さっさと起きて。うちに行くの」
「あ?」
「おばあちゃんはいない。仕事だから。でもランチを用意してくれてる。あんたのぶんも。帰ってくるのは夕方六時頃。それまでに家を出れば問題ない」
彼が疑わしげな表情で私を見る。「どういう風の吹き回し? また気まぐれ? 思いつき?」
「そうね。気まぐれなことは間違いない。あんたが会うって言っても、おばあちゃんに会わせる気はないけど。でも行くのよ」
「持ってくのはアリ?」
私は思わず天を仰いだ。それしか頭にないのか。
「なんならふたつかみっつ、持って行けばいい。でも私の部屋以外はダメ。ランチをキッチンで食べて、そしたらすぐに私の部屋に行く」
アゼルは瞬時に身体を起こした。両手をベッドにつき、顔を近づける。
「今すぐヤりたいところだけど、もったいないよな。順番変えろ。先にお前の部屋、それから飯。そのあとまたお前の部屋」
「そういうことには頭回るのね。信じらんない」
不機嫌になったところで、意味はない。アゼルは、怒っている私のことだって好きだ。私が怒るのを見て楽しむ奴だ。
「天才的だろ」
そう言うと、彼は私にキスをした。私の背中が壁に届くほどの、深くて激しい──このまま、身を任せてしまいたくなるキス。思わず怒りを忘れそうになる。こいつは本当に、キスがうまい。
息が、あがる。「──ひとつ、訊いていい?」
「なに」
「キスがキライなのに、なんでそんなに、キスがうまいの?」
「さあ。センス? 才能? 知らねえけど。でもお前も最初からわりと、うまかったぞ。相性じゃね」
「あんま嬉しくないな。あんたと一緒にされたくない」
「あっそ」
またキスをする。彼の右手が脚を撫で、スカートの中に入ってこようとしたから、私は奴の手を叩いた。
アゼルが笑う。
「三分待て」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
屋根裏の私の部屋の広さに唖然としながら、アゼルはベッドが遠いと文句を言った。ベッドに向かいながら、たいしたモノのない部屋を観察し、てっきり真っ赤な部屋に住んでるのかと思ってた、とも言った。私は、するなら赤と白だと答えた。
ベッドの脇に立ったところでアゼルにキスをされ、そのままベッドに押し倒された。それからは夢中でキスをしながら、お互いを求め合った。止まらなかった。
不法侵入ではないし、学校でもないから、それほどダメなことだとは思っていない。だけど、祖母の家ということに妙に興奮していたせいか、どちらも早かった。想像以上の──過去にあった何度かと同じくらいの早さに顔を見合わせ、思わずふたりで笑い、またも予定を変え、立て続けに二回目をした。今度はじっくりと。
そのあとはランチを食べた。食べ終わったあとシンクで食器を片していると、アゼルがまたもうしろから襲ってきたものだから、泡にまみれた手で彼の頭を叩いた。
アゼルは怒って私を抱え上げ、リビングを出て階段をのぼった。二階に着いたところで限界が来たらしく、そこからは私も歩いた。
祖母の料理を食べるようになってから、太ったというわけではないものの、アゼルも少し、全体的にバランスのいい体型になってきた。腹筋は以前から軽く割れていたものの、彼も身長のわりには細かったのだ。
私たちはベッドには行かず、今度は部屋の中央付近にあるアイボリーカラーのラグの上で、赤く大きなビーズクッションをベッド代わりにした。
広い屋根裏部屋には、マブにはない開放感があった。夢中で求め合い、全力で愛し合った。
怒りは完全に、憎しみに変わっていた。愛と憎しみが同等のものなら、私は憎みながら彼を愛せるのだ。全力で。
アゼルは躊躇することなく、何度でも私を高みへと導くくせに、自分がまずくなると、休憩だと言ってひとつにつながったまま、話をした。
学ランはどこにあるんだと訊かれ、クローゼットに隠してあると答えた。さすがに飾るのは変だからと。新入生の入学式に制服姿で紛れ込んでやろうかと言うから、さすがにもう一年生としてとおる顔じゃないと答えた。また続きがはじまった。
終わったあと、疲れ果てた私が寝そうになったものだから、彼は私をベッドに運び、携帯電話のアラームを十六時三十分にセットして、ふたりで少し眠った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私を起こしたのは、アゼルの指が与える快感だった。避妊具は、なぜかよっつも持ってきていたらしい。猿すぎるにも程があると言うと、嫌がらせがはじまった。以前、よく考えもせず発言するとどういうことになるのかと、彼が身を持って教えた時のような嫌がらせだ。私は完全に支配されていた。
何度かそんなことを繰り返したあと、やっとひとつにつながったと思ったのに、それでも嫌がらせは続いた。私は限界だった。これ以上続けられたら失神しそうだと涙目で言うと、アゼルは笑い、やっと私を許した。想像以上の快感に、意識が飛びそうになった。もしかすると飛んだ。アゼルいわく飛んだ。
終わっていないうちから疲れ果て、ひとり満足したものだから、また怒られた。少し休憩して、私はまた、全力で応えた。ふたりとも、完全に溺れていた。
再び食器を片づけ、アゼルが家に来たというのがバレないよう、細心の注意を払って祖母の家を出た。私だけではなく、彼もさすがに疲れていた。しかたがないので、自転車は私が運転することにした。フラフラしすぎて怖いと言われ、けっきょく彼に代わった。
マブにはマスティとブルがいて、私は彼らとゲームで遊び、アゼルは体力を回復すると言って奥の部屋で眠った。
携帯電話には、アニタからメールが届いていた。紙袋にみんなで寄せ書きをして、担任たちに押しつけたと。私の名前もしっかりと書いたと。
リーズからもメールが入っていた。仲の悪い連中も一緒に、スケッチブックを見せてもらいに行ったらしい。みんな褒めてたと。他の先生たちは羨ましそうにしていて、オルフ教諭はかなり泣いた様子だったという。
ちなみに、ナンネを含む他の同級生数人からもメールが届いていた。ほとんどはスケッチブックの件、楽しかったとか。花見を楽しみにしているとか。
カーツァーとタスカからもメールが入っていた。二年で同じクラスになれるといいな、とりあえず月曜に花見で、みたいな内容で。
こうして、私のウェスト・キャッスル中学での最初の一年間が、終わった。




