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RED - DISK01  作者: awa
CHAPTER 14 * The Last Day Of First Grade At JHS
90/91

* Spring Comes Around Again

 「カーツァーたちの言ってた意味が、わりとわかった気がする」

 D組の隣の空き教室。灰色の教師用チェアに背をあずけ、前方ドアのほうを向いて座っているマーニが、スティック状のチョコ菓子片手に言った。

 私はデスクに腰掛けて脚を組み、やっぱりお菓子を食べている。カバンは花束を置いてまわるついでに、このお菓子だけを出してB組の教室に置いてきた。

 「なにが」

 「お前といると、常識レベルがわかんなくなるって言ってた。感覚が麻痺するんだと。お前は屁理屈がうまいから、普通ナシだろと思うようなことでも、べつにいいような気がしてくるって」

 「屁理屈がうまいって、あんま褒めてないよね」

 「あんまっていうか、ぜんぜん」

 「あっそ」私はお菓子を一本取った。「常識なんてクソくらえでしょ。常識なんて所詮、一般論でしかないのよ。それが白か黒かって多数決とったら、白だって答える奴のほうが圧倒的に多いから、白が常識だって言われてるだけ。でも白だって答えた奴の中には、本音は黒だって思ってる奴もいる。周りに合わせてるだけの答えだって混じってるんだから。そんな常識ならクソ」

 「だから、それも屁理屈。まあそれが正解なんだろうけど」

 もっと言えば、離婚するなら結婚などするべきではない。子供などつくるべきではない。それこそ常識になるべきだ。なにが結婚と離婚の自由だ。

 「クリップをパクッて学校でお菓子食ったくらいじゃ、非常識にはならないわよ」と、私。

 彼もまたお菓子を取る。

 「いや、それに修了式をサボッてるっていうオマケがついてるからな」

 「卒業式にさえちゃんと出ればいいのよ。っていうか、私は寝坊したわけでも、サボりたくてサボッたわけでもないのよ。わざわざセーラー着てきたのに、けっきょくサボるハメになったって、どんなよ。泣きそうだわ」

 「わざわざって、それが普通」彼はこちらを向き、デスクに両肘をついて口元をゆるめた。「ちなみにモラッティ情報。奴らも二年になったらあの格好、しようかって話になってるらしい」

 「へー」他の同期の女たちのあいだでも、何人かはしようかという話になっている。「私が発端だってことを考えれば、あのプライドの高いエデがするとは思えないんだけどな」

 「けどさ、新一年生が入学してくるだろ」彼は手に持ったお菓子をこちらに向けた。「現二年はすでに、半分があの格好。オレらの同期もたぶん、春休み明けからあの格好になる奴が出てくる。新入生がテンパることは間違いないけど、新入生はセーラーが規定の制服だってわかってる。あの格好は校則違反。なのにそんな状況でセーラーのままだと、ナメられる可能性がある」

 ナメられる。私は天を仰いで笑った。

 「そう考えると、マジでくだらないよね。ナメられるってなに!? あの格好したら不良? 上級生の証? 威厳持てる? ありえない」

 彼もポッキーを食べながら苦笑う。

 「けど、そういうことになるわけだろ。お前に続いて真っ先にあの格好をした二年の二人はともかく、真似した三年はそれだったと思う。一年や二年に好き勝手されてたまるか! みたいな」

 「なんだろうね、あの、女共のアホっぽい上下関係への執着。ああいうのがホントにわかんない。なんでそんなに気にするのかがホントに謎」

 「男は野球部とかだと特に、上下関係は厳しいらしいけど。女はそれが日常生活であるもんな。本気で怖え」

 「怖いんじゃなくて、アホっぽいのよ」私は訂正した。「でも少なくともこの学年じゃ、エデたちを除けば後輩に威張り散らすようなこと、ないんじゃないかって話だけど」

 「ああ」彼がにやつく。「お前は威張らねえの? 脅したら相当効くと思うけど」

 「脅してなんの特があるの? なにを目的に? っていうか私一応、後輩に何人か知り合い、いるのよ。クラブで一緒だった子とか、近所に住んでた子とか」

 「へー。そういやお前、元はニュー・キャッスルに住んでたんだっけ。どこ?」

 彼は詮索が好きだ。「ウェスト・アッパー・ストリート」

 「うそ」彼は目を丸くした。「実は金持ち?」

 その質問には答えかねる。「知らない。私がそこらの中学生よりお金を持ってることは確からしいけど」

 「へー。あ、けど、金なら俺も持ってるぞ。そこらのよりは」

 なんの話だ。「普通は、財布に二千か三千フラム入ってればいいほう?」

 「だな。まえにヤンヌとコンビニ行った時、一万フラム出したらビビられた」

 「それなりの仲じゃなきゃ、あんま人前で出さないほうがいいわよ。ハゲタカが来るから」

 彼が笑う。「ハゲタカってなに。誰かにタカられた?」

 「タカられたっていうか──六年の時、修学旅行のお小遣い、上限五千フラムだったでしょ。私は三万フラム持っていった」くれと言ったわけではないが、渡された。「五千フラム貸してって言われて、貸した。しかもぜんぜん仲よくない奴に」

 マーニの口元がゆるむ。「返ってきた?」

 私は肩をすくませた。

 「修学旅行から一週間くらいして、やっとね。なかなか親に言いだせなかったとかで。ご丁寧にも夜、親連れて家まで返しにきた」

 よけいなことを、と思った。母親はやはりなにも言わず、さっさと帰れといわんばかりに体よく追い返したが。

 「やだな、そういうの」彼は苦笑いながら言った。またポッキーを取る。「オレのとこは再婚で、ママハハだから。あんまヒトに会って欲しくねえ」

 「へえ」だからウェスト・キャッスルに引っ越したのか。私もポッキーを取った。最後の一本。「で? ここは、そのママハハとの仲を訊くとこ?」

 今度は彼が肩をすくませる。

 「どっちでもいいけど、だいたいわかるだろ。オレに拒否権はなかった。気づいたら親が離婚してて、そのうち知らない女が家に出入りするようになった。半年くらいして、その女がしばらく来なくなったと思ったら、ウェスト・キャッスルに引っ越すぞって言われて。何事かと思えば、その女が妊娠してた。それがママハハ」

 表情には微塵も出さなかったが、私の中には呆れと嫌悪が浮かんだ。

 彼が続ける。「飯はもらうけど、金ももらうけど、それほど話さねえ。話しかけられてもオレは基本、無視してる。けど、その産まれた妹ってのは、マジで可愛い」口元をゆるめて言った。「最初猿みたいだったけど、今はマジで可愛い」

 「兄貴ってガラじゃないよね」

 「だよな。ま、あんま近づきはしねえんだけど。たまに寝顔見て、起きてたらちょっと遊ぶ程度」苦笑う。「相手してると、ママハハが近づいてくるんだよ。妹をダシにしようとする。普段はオレを──腫れ物? キズモノ? みたいな眼で見てくるし。なんか、申し訳ないことしたみたいな。もともと気弱なタイプらしくて、遠慮してオドオドしてて、そういうのがイヤ」

 私とジョンアみたいなものなのか。「普通に相手すればいい。妹もママハハも。妹が可愛いって思うなら、なおさら。ママハハの態度なんて気にしなきゃいいのよ。妹と遊びたいなら遊ぶ。ママハハに話しかけられたら、気の向くまま返事をしてればいい。もちろん妹優先で、怖がらせないように。言っとくけど、小さくたって、子供はわかるわよ。周りの不和──不穏な空気とか、いろいろ。妹に罪はないんだから、不安になるような光景は見せるべきじゃない」私は、罪なんだろうけど。

 マーニは悩ましげな表情をしていた。

 「わかるもんなの? チビなのに」

 彼の視線を受け止め、苦笑った。

 「わかるわよ。今じゃなくてもそのうち、絶対」

 少なくとも、私はわかったのだから。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ベルが鳴り、同級生たちの声が聞こえ、私たちは空き教室を出た。目撃した連中に、ものすごく怪しまれた。

 けれどそんなことは気にせず、私はアニタと一緒に、D組のスケッチブック・花束連合の中心グループから順に、段取りの最終確認をしてまわった。どのクラスも何人かの生徒がブラックボードの文字に笑い、似たようなことを書き足して、より派手にしていた。一部の連中は私だと気づいた。無視した。

 C組の教室では、花束とメモを見て小首をかしげるエデたちと目が合った。だけど私は無視して、他の子と段取りの確認をした。彼女たちがどうするかは知らない。C組にも担任用の花束担当の女子がいるので、話をすれば状況はわかるはずだ。

 B組の教室でスケッチブックを学級委員に渡すと、連合は仕上がったそれを楽しそうに見ていた。二年や三年のぶんまであることには驚いていたけれど。

 十分弱の休憩時間のあと、各クラスでLHRがはじまった。

 B組のクラスメイトはそわそわしていた。離任のことを持ちだしすぎないようにということが前提で、思ったとおり、そのうちオルフ教諭からは軽い挨拶があった。懐いていた女子生徒の何人かは、すでに涙目になっていた。本当に人気があったのだ。

 担任は、B組の生徒一人ひとりに言葉を伝えていった。

 私は、“他の先生たちに対しては気まずい思いをすることもあったけど、文化祭や制服の件を含め、他の生徒とは違う発想に驚かされてばかりで、ひとりの生徒としては危なっかしくもあり、だけどとても頼もしかった”と言われた。

 “学年一の異端児ですから”と微笑んで答えると、なぜかクラス全員に笑われた。そしてオルフ担任には、笑いながら頭を撫でられた。

 LHRが終わり、私は合図にアニタの携帯電話を鳴らした。スケッチブック・花束連合の中心グループを含め、ほとんどのクラスメイトは担任のところに集まった。

 アニタから合図が返ってくると、中心グループに廊下に出るよう身振りで示した。

 連合のひとりが教室前方の戸を開け、連合が担任を廊下に連れ出すと、拍手の渦が担任を迎えた。A組からもC組からもD組からも、生徒たちが集まっていたのだ。もちろん各クラス、各担任を引き連れて。

 オルフ教諭が驚きつつも目を潤ませているところに、B組の学級委員を筆頭に、何人かが代表としてスケッチブックを渡した。担任はページをパラパラとめくり、驚きと感動がもたらす涙を必死にこらえようとしていた。

 そして数人の生徒たちが、紙袋から出した花束を、B組の担任であるオルフ教諭だけでなく、各クラスの担任に、エデたち三人組は、いつのまにかD組生徒の群れの中に、生徒指導主事と一緒に紛れ込んでいた学年主任に、同時に渡した。廊下は再びの拍手と歓声と笑顔と涙に包まれた。オルフ教諭は大泣きはしなかったものの、泣き笑っていた。他クラスの担任も、裏サプライズに涙目になっていた。

 誰かが合図をすると、生徒たちは泣きながらも笑顔で、「一年間ありがとうございました」と一礼した。

 教室後方のドアの戸口に立ち、私はゲルトとガルセスと一緒に、そんな光景をただ眺めていた。

 アニタに、“紙袋のクリップの回収、よろしく。どこから何個パクッてきたのかはマーニに訊いて。奴に返させてくれてかまわないから。紙袋はどうしてくれてもいい。なんならみんなで寄せ書きして、教師たちに押しつければいいよ”とメールを送ると、カバンを持って、B組やA組の前に集まっていた群集をくぐり抜け、一年フロアをあとにした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 「お前はホントに最後までいようとしないな」階段をおりながら、うしろでガルセスが言った。「代表になれとは言わないけど、せめて最後まで見届けろよ」

 「イヤです」彼らの前を歩く私は即答した。「無理して一緒に抜け出さなくてもいいのよ。どうせ方向が違うし。私は帰る。やっと自由になれたんだから」

 「二週間、マジでがんばってたもんな」ゲルトが言う。「文化祭の時もそうだけど、あれ以上な気がする。ひとりどんだけ頭フル回転させてたんだっていう」

 「換気扇くらい?」

 二人が笑う。

 「お前のヤケっぷりには関心するわ。花見終わったら、ちょっとゆっくりしろよ。頭休めろ。んで、二年でまた同じクラスになれるように祈っとけ」

 一階のホールにおり立ち、私は彼らのほうに向きなおった。

 「そうする。っていうか、あんたたち二人がもう一回同じクラスになれる確率だって低いのに、また三人揃って同じクラスになれるっていう確率は、さらに低いわけだけど」

 「お前の実行力があればなれる気がする」ガルセスが言った。「少なくとも二年は。主事にだって一応、名前とクラスまで書いた紙を渡してるわけだし。全員一緒は無理でも、バラバラすぎるバラバラにはならないかも」

 「こんな問題児のワガママを聞いてくれるかどうかはわかんないけどね」

 そう言った私は階段のステップに立つ彼らに向かって、両手を伸ばした。

 「いつものことだけど、二人には感謝してる。この一年、いっぱいつきあってくれてありがと。楽しかった。おつかれ。月曜、花見でね」

 彼らは笑いながら、私と手の平を合わせてハイタッチをし、声を揃えて答えた。

 「おつかれ」

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