* Strawberry
マスティがアゼルに訊く。「で? お前、戻ってくるの三月じゃなかった? なんで五月になってんの?」
「職員の女とヤッてんのがバレて二ヶ月延びた」
悪びれることなく言われたその言葉に、呆気にとられた私とインミ以外は天を仰いで笑った。
「ちょっと待って」ニコラが身を乗り出す。「職員て、おばさんじゃないの?」
「アホ。まだ二十二だ。研修。しかもバレたせいで即内定取り消し」
それでまた彼らが笑う。
なにを言っているのだろう。最低最悪のタラシだ。本当に中学三年なのか。というか犯罪ではないのか。
ソファの背もたれの上に伸ばしていた右腕を曲げて手に頬を乗せ、アゼルは私に向かって微笑んだ。
「処女捨てたくなったら俺に言えよ」
絶句した。なにこいつ。なにこいつ。なにこいつ。なにこいつ。
どうにか、私はやっとの思いで口を開いた。「遠慮します」
私と同じく絶句したインミ以外は大笑いしている。
「最短記録だ! 初対面三分で口説きやがった!」身をよじりながらマスティが叫ぶように言った。ものすごく笑っている。
「三分以上経ってるだろ」テーブルのケーキを顎で示す。「食わねえならそれよこせ」
「あ、とる」
インミはソファをおりて床に膝をつき、誰が使ったかわからないフォークを使ってイチゴの乗ったケーキをペーパートレイに乗せ、アゼルに渡した。
「ベラは? 食べる?」
こんな奴にくれてやらなくてもいいと思う。「うん、お願い。イチゴないやつでいい」
「お前ホントよく食うな」ブルが私に言った。「なんでそんな細いわけ?」
「普段はこんなに食べない。でも食っても太らない」
インミから皿を受け取った。ちなみに身体測定、私はアニタよりも三センチ高く、体重は少なかった。去年ほどの違いがないとはいえ、彼女はやはり不満らしかった。
「俺と一緒」
ケーキを食べながらアゼルが言った。フォークに突き刺したイチゴを半分食べると、彼は残り半分をこちらに向けた。
「食うか? 誕生日プレゼント」
「余分にイチゴ食べといてなに言ってんの」と、私。
「だから半分やるっつってんだろ」
「遠慮する」毒牙にかかりそうだ。
「んじゃ俺とつきあうのとコレ食うのとどっちか選べ」
「は? どっちもイヤ」
彼はしかめっつらを彼らに向けた。「フラれた。はじめてフラれた」
彼らはやはり笑っている。ブルにいたっては、脚をじたばたさせながら大笑いしている。
「すげえ。ベラすげえ」
意味がわからない。
「気をつけろよ、ベラ」マスティがにやついて言う。「中三だと思って甘く見んな。これは正真正銘タラシだから」
言われなくてもわかっている。「怖いんだけど」べつの意味で。
「なにが怖いだ」
アゼルは私の左脚に絡ませるよう、自分の右脚を乗せた。ぎょっとする私に向かって再びイチゴを突き出す。
「さっきから失礼ぶっこきまくりやがって」
ムカついた。「それはそっちも同じだし」
そう答え、私は彼の差し出したイチゴを食べた。イチゴは好きだ。
「よし、手なずけた」と、アゼル。
いちいちムカつく。「手なずけられてないし。犬か」
「お前はネコっぽい」
ソファの上であぐらをかき、彼はまたケーキを食べはじめた。だがその右脚は、邪魔だと言うように私の脚にあたっている。
「じゃああんたが犬」
そう言いながら、こちらもケーキをフォークで切り分けて口に運んだ。
「あ?」彼が不機嫌そうな表情をこちらに向ける。「犬はねえ。もうちょっとマシなのにしろ」
ケーキがおいしい。「世界の動物が犬と猫だけになったらあんたは犬よ。っていうか男はぜんぶ犬よ」チョコレートケーキは大好きだ。
「なんだそれ」
「すげえ漫才」ブルは笑いながら立ち上がった。「ゲームの続きだ、リーズ」
やはり笑っていた彼女も立ち上がる。「アゼルが帰って来てくれてよかった。負けがリセットされた」
彼らは再びそれぞれの位置につき、ジュースだの煙草だのを賭けてゲームをはじめた。
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ケーキを食べ終わると、アゼルが“こうするとラクに座れる”などと言いい、コーナー部分にクッションをいくつか重ねて置いて、そこにふたりでもたれた。確かに座りやすかった。
「更生施設ってわかる?」立てた左脚に腕を置き、アゼルが私に訊いた。
懐かしい言葉だ。「更生するとこ」“させられないとこ”と言うほうが正しいか。
「そのまんまだな。そうだけど」ゲーム画面に視線をうつす。「一月のあたまから入ってた。年明けすぐ。三月で出る予定だったけど、さっき言ったとおり延びた」
「へー」
「へーって。普通理由訊くところだろ」
「興味ない。どうせロクな理由じゃない」
「確かに。ヒト殴ったんだよ。知らない奴。センター街でモメて」
羨ましい。「アホなのね」
「そう。アホ」
さらに眠くなってきた。気を抜くと、ソファに立てた両脚が落ちてしまいそうだ。私は質問を返した。
「更生したの?」
「したように見えるか?」
「見えるもなにも、あんたのこと知らない」
「一ヶ月で足りなかったから、今度は三ヶ月予定で入れられた。けどそんなとこに閉じ込められたって、人間はそんな簡単に変わらねえだろ」
「変わらない。むしろ悪化する」物事が好転するところなど、見たことがない。
「そ。悪化。ストレス溜まるからヒト殴ってんのに、よけいストレス溜まる」
眠い。「気にしなきゃいい。誰がなにを言おうとしようと、私は気にしない」
「お前と違って繊細なんだよ」
「そうは思えない」まぶたが重くて、私は足を床におろした。「繊細なヒトはイチゴだけを取ったりしない」
「繊細だからイチゴ食べるんだろ」
「意味わかんない」座りなおして彼のほうに少し身体を傾け、コーナー部分に置いたクッションに頬を寄せて目を閉じた。「イチゴだけを食べる男なんて男じゃない」眠れる。
「ケーキも食ったし、だからお前に半分やったんだろ」
「それでも半分多く食べてる」
「ケチケチしすぎ」
私は笑った。「ごめん。寝る」
「ベッド行けよ」
「いい」
リーズたちは騒いでいたけれど、私はすぐに眠りに落ちた。
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夢をみた。
誰かとキスをしていた。
顔はわからず、見えたのは微笑む口元だけだった。
声がして振り返ると、エイリアンと、ブロンドヘアの不自然な顔に真っ赤な口紅をつけたセーラー服姿の女が立っていた。私は手に持っていた銃でそれを撃って消した。
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ふと目を開けると、私はいつのまにか茶色いブランケットにくるまっていた。
視線の先でニコラが私に気づく。「あ、ベラが起きた」
リーズが振り向いた。「おはよ」
いつのまにか片づけられたテーブルで、彼らはトランプをしてるらしい。
「おはよ」と、私。眠い。
「じゃねえよ」頭上から声がした。「さっさと起きろ。重いんだよ」
はっとした。瞬時に身体を起こす。いつのまにか、アゼルの膝枕状態になっていた。
「ごめん」
マスティが呆れ顔で言う。「よくそんな体勢で寝るな」
「んー」私はソファに背をあずけた。「わりと寝る。授業中でも寝る」
小学校三、四年の頃は、夜中のアレのせいでいつも睡眠不足だった。いつも眠かった。気づけば授業中に寝るなんてことを繰り返すようになっていた。
ブルに言われ、私とアゼルもトランプに参加した。