* Second Revenge
マブのリビングにはリーズとニコラ、マスティとブルがいた。アゼルは部屋で寝ているらしい。
私は片づけてもらったテーブルにスケッチブックと道具を出し、作業工程を簡単に説明した。ついでにお金を渡して、全員ぶんのピザの注文を頼んだ。リーズとニコラはすぐ作業に取り掛かった。
ひとり奥の部屋に行くと、アゼルは薄暗くなった部屋でシーツをかぶり、ベッドで眠っていた。こんな時間に寝るというのは、どうなのだ。どんな生活だ。自由か。
静かにベッドにあがり、隣──壁側に横になると、うつ伏せになったまま、アゼルはゆっくりと目を開けた。
「──誰だっけ」
予想どおりの言葉だった。引き寄せたクッションに頭を乗せ、左手で彼の赤い髪を撫でる。
「やっと終われる。もうへとへと。今回ほど、自分のバカさ加減がイヤになったことってない。時間に追われるし、頭の中は常にパンク寸前だし、発狂しそうだし、でも引くに引けないし──あんたには、会えないし」
「自業自得」言いながらアゼルもクッションを引き寄せ、そこに頭を乗せてこちらに向きなおった。「イライラすんのはわかるけど、会わなくったってお前は平気だろ。俺と同じで」
少々ムカついたので、私は手を引っ込めた。
「じゃあリーズたちの作業手伝って、ピザ食べてさっさと帰る。眠いし疲れたし」
「好きにしろ。そしたら俺は、このあいだ引っかけた女とまた遊んでくるから」
「は?」
「そのためにも寝るから、さっさと向こう行け」目を閉じた。
心臓の動きが速くなる。ちょっと待って。なんて言ったの、今。
「──女、引っかけたの?」
「火曜。隣町で」
「──で?」
「野暮なこと訊かないでくれる? めんどくさいから」
身体が、震える。
──また、したの?
「──何度、同じことすれば、気が済むの?」本気で、私が傷つかないと思っているのか。「しかも火曜って、日曜の二日後でしょ。なんで──」
確かにちゃんと会いには来られなかったけれど、期待はさせていない。ちゃんと言った。行けないと。写真を撮りにきた日も、すぐに帰ると言った。
目を閉じたまま、アゼルは溜め息をついた。
「そういう年頃だからほっとけ」
年頃の問題じゃ、ないじゃない。「──別れるの?」
「好きにしろ」
こういう時に限って、アゼルはやはり、いつもどおりだ。
だけど以前ほどダメージがないのは、やはり私が、彼を信じていなかったからだ。信じたくても、そう思っていても、どこかで身構えていたからだ。またするかもしれない、と。
一度裏切られ、諦めてしまえば、あとがラクになる。私は諦め、身構えていた。
もう、泣いたりしない。
「──キスして」
別れるほうが辛いことは、身に染みてわかっている。
アゼルはまたゆっくりと目を開けると、シーツの下で組んでいた腕をほどいて視線を合わせ、右手で私の頬に触れた。
彼の表情には、ほとんどなにも見えなかった。少なくとも、後悔や自責の念などというものはない。無表情で、だけど少しだけ、なんだかわからないものがあった。
私を見つめる眼は、ずっと触れたかったものに触れたという眼。私を好きだという眼。私は、この眼を知っている。
アゼルはそのまま私の顔を引き寄せ、キスをした。フレンチを一度、深いのを──二度。
私がアゼルに復讐するとしたら、いちばんは、目の前から消えることだ。
じゃあ、二番目は?
唇が、離れる。
「──今、して」目を閉じたまま、私はつぶやくように言った。「全力じゃなくていい。鍵閉めてないから、全力でされても困る。みんなに気まずい思いさせたくないし、そのうちピザが届く。できるだけ作業を進めなきゃならない。五分で終わらせて」
「──んな器用なこと、できるかよ」
左手でアゼルの頬に触れ、彼のグレーの瞳をまっすぐに見た。
「そっちがしないなら、自分で勝手にするわよ」静かな怒りを、彼に向けた。「あんたの上に乗って、勝手にするわよ。あんたがキライな“支配”、するわよ」
「──お前、マジでムカつく」
アゼルはまた、私にキスをした。今度はやさしくなどない、怒り混じりの深いキスだ。
「──スカートの下、なんか履いてんなら脱げ」上唇が触れたまま言う。「上に乗れ。マジですぐ終わらせるからな。お前が満足しようがしまいが、関係ないからな。声も出すなよ」
「わかってる」
私がアゼルに復讐するとしたら、いちばんは、目の前から消えることだ。
じゃあ、二番目は?
アゼルの上に乗り、私たちはひとつに繋がった。
彼は最初から全力だった。ほとんど怒り任せで、やさしさや愛しさを込めた愛撫はない。それでも、私を好きだという気持ちがあることはわかった。
私は彼の肩に顔をうずめ、憎しみを込めて彼の服を噛み、彼の肩に爪を立て、快感が誘う声を必死に押し殺した。
私にできる、もうひとつの復讐。
心の中で、私は誓った。
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何食わぬ顔でリビングに戻ると、作業は滞りなく進んでいた。ジャクリーヌとエレーヌが抜群のセンスで仕上げてくれた三年のぶんが参考になっているらしい。ニコラが二人掛けソファの前に座り、リーズはキッチン側ソファの前に座っていた。彼女たちは床に三年のサプライズページを広げて参考にしつつ、テーブルの上で作業している。ブルはリーズのななめ向かい、マスティがその隣で、二人は窓際ソファの前に座って、写真を切るのを手伝っていた。
アゼルはもう一度寝るから、ピザが来たら呼べと。
「これ、二週間でよくやったよね」ジャクリーヌが買ってきてくれた画用紙に写真を貼りながら、ニコラが言った。「写真撮って現像ってのも含めて二週間でしょ?」
「そう」私はテレビの前に立って腰に両手をあて、作業を見下ろしながら答えた。「先週火曜と水曜と木曜で写真を撮った。金曜にどんなふうにするかを考えつつ、他の計画も考えつつ、今週月曜は下準備をして、火曜に表紙と裏表紙を作ってもらって、昨日と今日で、一年の連中にまわしていった。もう必死だよね。なんか気づいたら、話がどんどんデカくなってるんだもん。まさか二年や卒業生まで協力してくれると思わなかった」
同じく写真を貼っていたリーズが笑いながら顔を上げた。
「オルフは人気あったからね。顔じゃなくて、体型と人柄でだと思うけど。ベラががんばってたから、うちらもがんばった。普段仲悪い奴らにまで話しかけてみた。みんなやっぱ、知らなかったって。出来たら見たいっつってた」
ありがたいと、素直に思った。「それを渡すのは明日のLHRが終わったあとの予定。ホントはね、離任式の時に、壇上に上がって渡してほしかったんだけど。さすがにそれは無理だって、学級委員に言われた。みんなにも止められた。だからLHRのあと。舌打ちものでしょ」
彼らは笑った。
「お前が渡すんじゃねえの?」マスティが訊いた。「言いだしたのに」
私は肩をすくませた。
「そういうのは好きじゃないの。私は先頭に立ちたいわけじゃない。規模が大きくなればなるほど、目立ちたくなくなる。私が言いだしたことだって知ってるのは、たぶんほんの一部よ。表立って前に立ったのは、アニタとうちのクラスの学級委員、他のクラスの学級委員か、乗り気で仕切りたがる奴ら。アニタや他の数人にイメージやルールを伝えさえすれば、あとは勝手に他の奴らを引っ張ってくれる。ま、C組には私が直接乗り込んで、エデたちに仕切るよう言ったけど」
ニコラは驚きの表情を見せた。「うそ、マジで? それであいつ、引き受けたの?」
「もちろん」腕を組み、私は微笑んで答えた。「他の連中が見てる前で、あんたたちを許す気も、あんたたちと仲良しごっこをするつもりもないけどねって言った。他の奴らでも出来るけど、あんたたちは仕切られるよりも仕切るほうがいいでしょって」
それでまたみんなが笑う。
「お前、最強すぎ」ブルが言う。「それであいつらがちょっとでも立場取り戻せるんなら、奴らにとってはありがたいことなんだろうけどな」
「そういうこと。親切でしょ、私」ただのウサ晴らしというのもある。私はリーズとニコラに向かって続けた。「ちなみに明日、他のクラスの担任にも根回しして、ちょっとしたサプライズがある。全員じゃないだろうけど──B組のLHRが終わったあと、協力的だったみんなが、廊下から拍手でオルフ教諭を迎えて、各クラスから花束を贈る。そこにうちの学級委員とその他数名が代表で、スケッチブックを渡すの。そのあと実は各クラスの担任にも、一年間お世話になりましたっつって、それぞれの学級委員なんかが花を贈るっていう、ダブルサプライズもあるんだけどね。そんなだから、二年が見られるとしたら、そのあとだと──」
突然、右側から肩を組まれた。アゼルだ。
「そういやお前、俺らに花なんてくれなかったよな」
「いや、笑いをあげたじゃない。体育館で最高に目立てるっていう笑いを」
「感動もくれなかったよな」
「感動なんかするタイプじゃないでしょ。それに感動とは違うけど、あんたたちがボタンを愚民共に投げて感激させるっていう、誇らしい状況を作ってあげたじゃない」
「愚民!」マスティとブルが声を揃えた。笑いながらマスティが叫ぶ。「愚民てなに!」
ニコラとリーズも笑っている。
言ってしまった。「いや、だからね」私はとても言い訳がましく説明した。「六年の時にバレンタインでさ、みんなに一口チョコを配ったのよ、男女かまわず。“おら食えや愚民共!”っていう、王様がお城から大判小判を民衆に向かって投げる姿をイメージして。いや、チョコは投げてないけど。その気分であんたたちにも、ボタンをね」
彼ら全員、大笑いしている。
「すげえイヤな奴だし!」ブルは天井を見上げるよう、大笑いながらソファにもたれた。「ただの太っ腹な王様なのかと思ったら、性悪だし!」
私は鼻で笑った。
「私がそんな生やさしいこと考えるわけないでしょ。そのイメージがなきゃ、わざわざ普段話もしない奴らにまでチョコ配ったりしないわよ。ホントは投げたかったけど、アニタに止められたのよ。いくら紙で包んであったって、床に落ちたチョコなんて誰も食いたくないでしょっつって」
みんな笑いが限界らしく、床に倒れたりソファにもたれたりして笑っている。
「もうやめて、限界だから──」床に転んだリーズが笑いながら言った。「もう無理、マジで無理──」
笑いすぎだし。と思いつつもアゼルを見た。彼も私に隠れるよう、私の肩にまわした腕に顔を伏せて笑っている。顔を隠すのは、軽い笑い以上の時だけだ。ようするに、性格的にあからさまな爆笑はしないものの、彼なりにものすごく笑っている時。さっきの時間が嘘のようだ。
「とりあえず、卒業組はソファに上がって」私は言った。「私も二年の作業、手伝うから」




