* Next Love
D組の教室での作業は、それからまだ三十分以上かかった。各クラスから、どうしても見届けたい奴らが何人かついてきていて、しかもその連中が、自分たちのクラスのページをより派手にしようと、必死にカラーペンで絵や言葉を書き足していたからだ。キリがないというのに。
やっと同期ぶんを仕上げるプレッシャーから開放されると、私はひとり、B組の教室へと戻った。ヘトヘトだった。
私の席に座ったジャクリーヌとガルセスの席に座ったエレーヌは、話をしながら写真を選び、切り取っていた。エレーヌは私の顔を見るなり、やはりしかめっつらを見せてくれた。
私は無視してゲルトの椅子に脚を組んで座り、かなり分厚くなったスケッチブックを見せた。
「──すごい」ページをめくりながら、ジャクリーヌが言った。「これ、あんたが言いだしたんだよね」
「言いだしたのは私だけど、中心になったわけじゃない。そういうのはキライだから。私は言いだして計画を立てて、準備をするだけ。あと、ルールも決めるけど。そしたらあとは、他の子に作業を引っ張ってもらう。こんなことに興味のなさそうな、地味で真面目なブレインたちだって、言われれば最低限のことはやるから」
スケッチブックをめくりながら、ジャクリーヌは片眉を上げた。
「てっきりあんたは目立ちたがり屋なんだと思ってたけど」
笑える。「ぜんぜん。自己中で向こう見ずな行動が結果的に目立つことになってるだけで、目立ちたいわけじゃない。舞台袖で潜んでいたいタイプ」
「──私たち、こんなのできなかったよね」めくられていくスケッチブックを眺めながら、エレーヌがつぶやく。「一年の時はあんまり、男女仲よくなかったし──だんだん話すようになったと思ったら、今度は好きな男どうこうで、女子の仲が悪くなったりしてたし」
ジャクリーヌが苦笑う。
「だよね。っていうかその前に、学年の奴ら巻き込んでまで、こんなことしようと思わないけど。できるとも思ってないし──まあ、三年になってからなら、できたかもしれないけど」
卒業生が浸っている。「うちの学年も、男女仲は微妙だったわよ。私も仲のいい男友達はちょっといるけど、それと話すだけだし──他も、一部の奴らしか話さなかった。今はちょっとずつ、話すようになってるけど。好きな奴どうこうは知らない。うちの学年にはそういう遊び人すぎる奴、いないし。多少のいざこざはあっても、険悪になるほどのことじゃない気がする」
「わかってないな」苦笑うように口元をゆるめて腕を組み、ジャクリーヌは椅子に背をあずけた。「男はいきなり変わるわよ。このあいだまで無邪気な小学生だったのに、半年後には女をたらしこむ術を身につけた最悪な男になってたりするんだから」
それは、あの三人組のことを言っているのでしょうか。
「まあ、そうなる可能性がある奴もいるけど」マーニとか。「どっちにしても、私はどうでもいい。学年内で誰がくっつこうと別れようと、どうでもいい。誰がどれだけ最悪な人間になろうと、私の中で連中に対する目線? 友達レベルってのは、変わらないんだろうし」
彼女は笑った。
「それはあれだよね、あんた以上に最悪な人間てのは現れないからだよね」
こちらも口元をゆるめる。「そのとおり」
「よし」彼女はまた身体を起こす。「画用紙はA2を買ってきた。どうすればいい?」
「四つ折りにして、一面を両面テープで表紙裏に貼りつける」私は説明した。「卒業生からのサプライズ性を強めたいなら、裏表紙のほうでもいい。開いたら二年や卒業生のがって感じね。貼りつけるのはあとで構わないけど、折り目は先につけて、そこに写真が入らないようにする」
私たちは机をよっつ使い、作業に取り掛かった。やはりサプライズ性を強めるため、裏表紙の内側を使うことにして。
この二人が来たことだけでも驚きだったのだが、さらに驚いたのは、二人が出来る限り自分たちの同級生に連絡をとって──写真があってもなくても──オルフ教諭へのメッセージをメールで送ってもらってくれていたことだ。
メッセージや思い出を、名前つきで次々と書き込んでいった。もちろん私も手伝って。彼女たちは、二年の時にオルフ教諭担当のクラスだったという。彼女たちの仲は険悪だったけれど。
途中、生徒指導主事が見まわりに来た。彼女たちの姿に驚いていた。けれどもスケッチブック計画のことは知っていたし、さすがに帰れとは言われなかった。十八時までには終わらせろと言われたが。
ちなみに主事、私に担任のことを言ったのは、なんとなくらしい。卒業式の時、アゼルたちに式への乱入をほのめかしたのが私だと聞き、さすがに呆れて、そんな私ならどうするかというのに興味があっただけなのだとか。今度から一ヶ月前にしてくださいと伝えた。だけどもう二度とこんなことをしないとも伝えた。今学校にいて、しかも一年に関わっている教師の中に、オルト教諭ほど人気な先生はいない。それが真実だ。
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作業はギリギリ、夕方六時少し前に終わった。手が痛いと文句を言いながら、三人で教室をあとにした。
「卒業式の競りで司会やってた男、覚えてる?」正面玄関を出たところで、左隣を歩くジャクリーヌが私に言った。
「ああ、覚えてる」
彼女が悪戯っぽく微笑む。「エレーヌがね、あいつにつきあわないかって言われてんの」
「え」
彼女の左隣、エレーヌはまたも甲高い声をあげた。「言うなよ!」
ツンデレか。
ジャクリーヌは彼女を無視して続ける。「でもね、悩んでんだって。キライなわけじゃないけど、ついこのあいだまでアゼルがどうこう言ってたわけだから」
「あんただって同じじゃん!」エレーヌが口をはさんだ。「ゾランにほのめかされてんじゃん!」
「え」
ジャクリーヌが笑う。「あたしはそんなんじゃないもん。たまに二人で遊んでるってだけだし。流れで一回ヤッちゃったってだけだし」
「まじで」
「マジで。けど、つきあうとかいう話にはなってないよ。言われてないし言ってもない。むこうだって、あたしがアゼルのこと好きだったって知ってるわけだから。どういうつもりなのかは知らないし、あたしもわかんない」
なにを言っているのだろう。「好きなの?」
「さあ」彼女はあっさりと答えた。「友達としてはいい奴だよ。キライじゃないし、寝たのだってイヤイヤじゃない。無理やりでもないし、後悔もしてない。ちょっと酔ってたってのはあるけど、意識はあったし、気まずくもなってない。終わったあとも、普通に友達みたいに話してた。それから三日経つけど、会ってないだけで、たまにメールとか電話とかしてる。普通に」
正門を出た。目の前は二車線の車道で、その向こうはで歩道にも民家の敷地内にもいろいろな種類の木々が植えられ、家が並ぶ。裏門のほとんど正面にある文房具店とは反対方向、右に曲がった。彼女たちもオールド・キャッスルに住んでいるらしい。
「イヤじゃないなら、つきあえばいいのに」
私がそう言うと、彼女は苦笑った。
「言えないんだよな、それが。イヤとかじゃなくて、アゼルのことは当然だけど、ずっと友達だったわけだし。好きかどうかもよくわかんない。そもそも、むこうがなに考えてるかわかんないし」
なにを考えているのかがわからないのは、誰でも一緒だ。
「私は最初、キスからだった。はじめて会ってから一ヶ月くらい。それほど仲良くなってたわけでもないし、好きなんて感情、お互いになかった。むこうはたぶん、興味本位だし。私はワケわかんない状態で、二度そんなことがあった。そっちと同じで、私もあいつも、いつもどおりにしてた。三度目で、私のことが好きなのかって訊いた。よくわかんねえって言われた。私も同じように答えた。わからないし認めたくないって。で、今こんな」
彼女たちは呆気にとられ、二人で顔を見合わせた。
「──なにこの、間の抜けた感じ」ジャクリーヌが言う。「なんかもっとこう、なんかあったのかと思ってたんだけど」
エレーヌは彼女に向ける表情を、ゆっくりとしかめっつらに変えた。
「本気でアホらしくなってきた」
私は笑った。
「まあ、はじまりはそんなよ。その日のうちに寝たけど、それでもよくわかんなかった。私には、片想い期間なんてのはなかった。小学校の時だって、誰かを恋愛対象として見たことがない。そういうの、よくわからなかったの。友達は友達だし。アゼルのことは、そのうち好きなんだってわかったけど、むこうもそれを認めたけど──そのうち喧嘩して、一度は別れたし。
私はあいつにとって敵なのよ。性格と口の悪さはそれなりに気にいってるけど、無関心で、なにしても動じない部分てのに、ムカついてる時もある。あいつからすれば、私以上になにを考えてるかわかんない人間なんて、いないんだと思う。私も、あいつ以上になに考えてるかわかんない人間は、いないと思ってるけど」
角に差し掛かり、エレーヌは突然足を止めた。
「決めた」と、彼女がつぶやく。「よくわかんないけど、つきあってみる。あいつも軽いけど、少なくとも、アゼルよりタチ悪くないはずだし」
同じく立ち止まったジャクリーヌが笑う。
「あたしも、今日また会ってみよ。どうせ暇だし。むこうも暇だろうし。セフレになるよりは一応、つきあうっていう口実、入れといたほうがいいし。そのうち、好きになってるかもしれないし。どうやったって、こいつらみたいに自己中でめちゃくちゃでアホっぽい恋愛には、ならないんだろうし」
悪かったわね。「とりあえず、今日は助かった。ありがと」




