* Birthday Party Of Two Days Late
五月──十三歳の誕生日を迎えた日の二日後、五月十二日の土曜日。
前日の放課後、リーズとニコラと三人で話していて誕生日の話になり、私が昨日だったと言うと、どうしてもっと早く言わないんだと怒られた。当日は同級生の友達にプレゼントをもらったし、夜は祖母が買ってきてくれたケーキを食べたし、もういいと言ったのだが、なぜか二日遅れで祝ってくれることになった。
そしてそれは、今まで経験したことがないほど騒がしいはじまりだった。
玄関ドアを開けるなり大音量のパンク・ロック音楽が聴こえ、ニコラに促されてリビングに入るなりクラッカーが鳴り響き、テーブルの上にはホールケーキにチキンにピザといった豪華な食事が用意されていた。
私は誕生日パーティーというのを開いたことがなかった。私だけでなく、私の周りのほとんどはそんなことをしない。
小学校低学年の時、一人の同級生の誕生日パーティーに呼ばれ、アニタと一緒にその同級生の家に行った。長テーブルの上座に座った主役が、それまで見たことのなかった得体の知れないネバネバしたなにかをカフェオレボウルの中で必死に混ぜる姿を見て、私とアニタは、二度とそいつの誕生日パーティーに行かないことを決意したし、自分たちも一生そんなパーティーはしないと心に決めた。
以来プレゼントを渡し合うことはあっても、誕生日パーティーなどというあからさまなことはしないというのが、私たちの中でも私たちの周りでもあたりまえになっていた。基本楽しいことが大好きなアニタですらそんななのだから、あのネバネバはよほどの衝撃だったと言える。トラウマのひとつだ。
私は相変わらずコーナーソファのコーナー部分に座っていた。リビング全体を見渡せるというのが気に入っていた。他のみんなは日によって座る場所が違う。やはり特には決まっていないらしい。
最初の数度、インミは私がその場所に座ることになんらかの不満を感じていたようだったものの、そのうちそんな表情も見せなくなっていた。彼女がなにを気にしてるのか、リーズたちもなにも言わないし私も訊かないから、よくわからない。
そして今現在、右隣に座っているマスティは、ものすごく不満そうな表情をこちらに向けている。
「だからさ、男はパンクなんだよ」
私は鼻で笑った。「男ならハード・ロックでしょ? あの重低音でしょ? パンクなんてふざけたジャンルはいらない」
すでに音楽の音量を下げたリビングの中、ランチのあとに食べたイチゴの乗ったチョコレートケーキを三切れほど残したまま、リーズとブルはカーチェイスのテレビゲームをしていて、ニコラとインミはそれを、完全リーズの味方になって応援している。その一方で私は音楽について、マスティと進歩のない議論を交わしていた。
マスティが不機嫌に返す。「は? お前、パンクがどんだけ幅広いかわかってんの?」
「あんたこそ幅広いって意味、わかってんの?」私は彼がふたつ年上だということも忘れ、すっかりこんな喋りかたになっている。「幅が広いって、ようするになんでも屋でしょ。主体性がないのよ。なにがやりたいかわかんないから、とりあえず幅の広いパンクで通そうとしてるだけ」
「ああもう!」マスティは苛立ちに天を仰いだ。「お前、マジで口が減らねえな。ああ言えばこう言うみたいな。ニコラたちも口が悪いけど、なんか比べ物にならねえ気がしてきた。あいつらが可愛く思える」
彼の右隣でニコラがこちらに振り返る。
「え、可愛い?」
彼は呆れた視線を彼女に返した。「アホ。そういう意味じゃねえよ。褒めてねえよブス」
「クソ」
そう言うと、彼女はまたテレビ画面に注意を戻した。
「じゃああれは?」私は訊いた。「クラブ系とかダンス系、R&Bとか、それ以上に気分悪くなるやつ」
彼もこちらの話に戻る。「あれはクソ」
「だね。そこは一緒。やっぱ音楽はロックだ。正統派ロックにハード・ロック。あとポップ・ロック。たまにカントリー・ロック」
「は? だから──」
マスティの声を遮るよう、玄関のベルが鳴った。
彼は眉を上げ、振り向いたニコラ、インミと顔を見合わせると、席を立って玄関へと向かった。
かと思えばすぐにキッチンとの境にある壁脇から顔を出し、彼らに向かって笑顔で叫んだ。
「アゼルが帰ってきた!」
みんな一斉に彼のほうを振り返った。
リーズとブルはゲームコントローラーを放り出し、再び玄関に戻るマスティに続いて、全員が玄関に向かった。私はわけがわからず、そのまま残った。玄関からはみんなの声が聴こえた。
なに。誰。アゼル?
よくわからず、あくびをした。食ったら眠くなってきた。ここ、居心地よすぎる。日当たりがちょうどいい。このまま目を閉じていれば簡単に眠れそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「誰だお前」
声がして顔を上げた。煙草片手に黒いレザージャケットを羽織った、黒髪の背の高い男が立っている。周りにはみんなが貼りつくように彼を囲っていた。
男が散らかったテーブルを見やる。「何事だよ」
「彼女は一年のベラ」リーズが紹介した。「今日は彼女の二日遅れの誕生日パーティーなのね」続けてこちらに言う。「ベラ、こっちは三年のアゼル。アゼル・ルシファー」
アゼル。ルシファー。ルシファー、といえば。
「堕天使?」
一瞬にして、彼ら全員が呆気にとられかたまった。
沈、黙。
その短い沈黙から、いち早く抜け出して最初に声を発したのは、インミだった。
「ちょ──」
一瞬遅れてアゼルが笑い、それをきっかけにマスティとブルが大笑いした。それに続いてリーズとニコラも苦笑った。
なにかまずいことを言ったか、と思ったが、考えてみれば初対面でいきなり“堕天使”はないかと思いなおした。
「すげえ」アゼルの肩に腕を乗せたマスティが笑いながら彼に言う。「初対面で言った奴、今までいなかったよな」
ブルも笑っている。「しかもあぐらかいたまま」
ニコラは苦笑いながらブルに寄りかかった。「やっぱりベラはすごい。ありえん」
やっぱりの意味はわからないし、褒められるところでもない。「ごめん」
「怒ってねえよ」
そう言うと、アゼルは煙草を指で消して吸殻を床にあった灰皿に投げ入れ、私の左隣に腰をおろした。
かなり近い。というか、近い。くっつきすぎ。促されたのかわからず、あぐらを解除するしかなかった。
しかも一度身体を起こしてケーキに乗っていたイチゴだけを取り、口に放り込むと、彼はまたソファに背をあずけ、右腕をソファの背に寝かせた。つまり私のうしろに。なにこいつ。
あとに続くよう、マスティはアゼルの左隣に、二人掛けソファにニコラとインミが座り、リーズは回りこんで私の右隣に、さらにその右にブルが腰をおろした。