* The Auction
花道が終わると、体育館の外のバーム部分に、パイプ椅子がみっつ用意された。そのうちふたつを近づけ、ひとつを少し距離をおいて置くと、競りはそこではじまった。どうやら教師公認らしい。
競りに参加するらしい買い手側の女たちは、パイプ椅子と向き合うようにして集まった。三年の女たちがいるのは当然で、プラス二年と一年の女たち。かなりの人数だ。おそらく七十人以上はいるだろう。その中にはエデ、カーリナ、サビナとエルミ、そのつきそいに引っ張り出されたナンネも交じっている。
競りに参加する気のない女たち、そして男たちが観客として、買い手側の女たちから少し距離を置き、彼女たちを取り囲むようにして立ち、私もアニタやリーズ、ニコラと一緒にそこに入った。
司会進行は向かっていちばん右の、少し距離をとって置かれたパイプ椅子の上に立った、白い短ラン姿の卒業生が引き受けていた。朝会った締め出され組のうちのひとりだ。
人気が高かったらしい七人が前に並んでいて、呼ばれた順に真ん中のパイプ椅子に立ち、その男の学ランについたボタンを、第三、第一、第二の順に競りにかけていく。競りの種類は通常のイングリッシュ・オークション──買い手側が価格を釣り上げていき、最終的に最も高い価格を提示した者が落札できるというものだった。落札されると、その場でボタンを制服から取りはずし、持ち主が落札者に直接手渡すのだという。
最初は二千フラムからはじまった。五百フラムずつ値を上げていくものの、第二ボタンはやはり高額で、高いと五千フラムだったり七千フラムだったりという値がつく。
かと思えば、競りが進むにつれ、全体的に値段が上がっていった。第二ボタンは特に、一万フラムを超えた。一万フラムを超える落札には、競り落とされた側から額にキスをするというのがルールらしい。途中司会者の彼が、次の次で私に長ランを貸してくれたゾランが競りに出た。彼らは自分たちの普通の学ランを持ってきていて、お金と引き換えにボタンを渡し、向かって左側のパイプ椅子に立った女の額にキスをした。
ところが、それだけではなかった。
三番人気のブルから一気に値段が跳ね上がり、彼の第二ボタンは二万二千フラムで落札された。ブルの第二ボタンには、エルミが二万フラムの声を出したものの、落札には至らなかった。第一ボタンと第三ボタンは、すでに無難で確実なところをいったらしい他の女に落札されている。エルミはナンネと一緒に、愕然とした様子で買い手側の女たちの群れから出てきた。
しかも二万フラムを超える落札の場合、頬にキスをするというルールがあるらしく、ブルが落札者の頬にキスをするのを見て、エルミはついに泣きだした。
マスティの第二ボタンは二万四千フラムで落札された。彼はサービスのつもりなのか、パイプ椅子の上に立った落札者の女の両頬にキスをした。それどころか唇にもしてやろうかと言い、女が顔を赤らめてうなずくと、躊躇することなく唇にキスをした。買い手側と観客たちからの冷やかし混じりの歓声を浴びながら、女は泣いて喜んだ。
そんな競りの光景を、アニタ、リーズ、ニコラと一緒に眺めていた私は、たかがボタンにアホらしいと思いならがも、同時に、頭の中にひとつの考えが浮かんだ。次はアゼルだ。
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最後を締めるアゼルの人気は、半端ではなかった。価格はさらに跳ね上がり、第三ボタンは二万七千フラムで、第一ボタンは二万八千フラムで落札された。普通なら喜ぶところなのだが──値段が上がっていくにつれ、パイプ椅子の上に立つアゼルの表情が、どんどん青ざめていくのがわかった。
それがわかるということは、私の中に浮かんだ考えが正解に近づいてるということだった。アゼルはボタンを競り落とした女二人の頬にキスをした。
ちなみに第三ボタンと第一ボタンは同等扱いとされているらしく、そのふたつは無難そうなところからはじめられる。といっても、前の人間の落札価格が参考にされるので、アゼルの場合、マスティの第一ボタンの落札価格である一万四千フラムから競りをはじめた。そして第二ボタンは、ふたつのボタンのうち高いほうの落札価格に、プラス千フラムを上乗せしたところからはじまる。
「ラスト! アゼルの第二ボタン!」アゼルの横で別のパイプ椅子の上に立つ司会者がマイクを使って言った。「二万九千フラムから!」
突如、束になった女たちの前方で右手を挙げたエデが叫んだ。「三万二千!」
彼は笑顔で応じた。「三万二千出ました! 他は!?」
アゼルは完全に青ざめている。
「三万四千!」手を挙げた別の女が高い声で叫んだ。「お願い!」
「三万四千フラム!」ざわつきが高まる中、司会者が煽る。「これで決まるか!?」
別の女が左手を挙げた。「三万八千フラム」花道でアゼルの左腕に腕を絡めていた女だ。
「まさかの三万八千フラム! 他は? 他は?」
司会者が買い手側の女たちを見やりながら言い、ざわつきは最高潮に高まった。
「──いない!」彼は決断した。「アゼル・ルシファーの第二ボタン! 三万八千フラムで落札! 落札者、前に出て!」手で呼び寄せる。「パイプ椅子に上がって!」
拍手と黄色い声を浴びながら、女は前に出た。青ざめるアゼルの隣でパイプ椅子の上に立つと、私の姿を見つけて視線を合わせ、さっきよりも強い敵意を見せた。
私は無表情だったものの、さすがに笑えなかった。
名前を訊かれると、女はマイクに向かって“ジャクリーヌ”と答えた。
青ざめ状態からどうにかもちなおしたらしいアゼルは司会者に促され、渋々ハサミで第二ボタンの糸を切り、お金と引き換えに第二ボタンを女に渡した。
「めったに出ない三万フラム超え!」興奮気味の司会者が笑顔で言う。「めったに出ないから、ルールそのものが忘れ去られてる可能性もあるけども」観客や買い手たちからアゼルへと視線をうつす。「知ってるよな、ルール。三万超えたら唇にキス」彼にマイクを向けた。
アゼルは顔をしかめた。「無理。ぜんぶ返金するから、金いらないから、ボタンならタダでくれてやるから、マジで勘弁して。俺、キスアレルギーなんだよ。口には無理」
笑い混じりにざわつく観客と共に、パイプ椅子の上に立った女はうんざりした様子でぐるりと天を仰いだ。
私は、腕を組んだまま彼らのほうへと向かった。
「いや、さっき女とキスしてたよな。アレルギーではないよな」と、司会者の彼。「そりゃジャクリーヌに負けないくらい美人で可愛いカノジョがいるのは知ってるから、できれば勧めたくないけど。ジャクリーヌがいいなら、しなくてもいいけど──」
女が言う。「ルールよ、アゼル」
「すればいい」司会者の右後方、そばにいたマスティとブルの前に立ち、私はアゼルに言った。彼が顔をしかめてこちらを見る。拒否をするのは、私のことを考えてではない。もともとキスをするのがキライだというのは、知っている。「ゴネすぎるとかっこ悪い」
マスティとブルを含め、競りを見ていたほぼ全員が苦笑った。
「かっこ悪くて悪かったな」と言うと、アゼルは渋々女のほうに向きなおり、彼女にキスをした。
私からアゼルの表情は見えなかったものの、たった二秒で終わるつもりだったのか、彼は唇を離しかけた。だけど女がすぐ彼の首に手をまわしたこともあり、キスは四秒プラスされた。買い手側や観客たちからは、またも黄色い声が上がった。
「はい! ルール達成! なぜかアゼルのカノジョが背中を押してくれ──」
私が喋る司会者の男の腕をつつくと、彼は言葉を切ってこちらを向いた。
「パイプ椅子、貸してくれます?」と、私。
「うん? まさかの乱入?」
「いいからおりて」
「はい」
苦笑う声の中、司会者の彼におりてもらうと、そのパイプ椅子をアゼルのほうに近づけ、私はそこに立った。
アゼルはこちらに向きなおった。その背後、女は呆れた様子でパイプ椅子からおりた。
「こんなルール、聞いてないんですけど」
両手をパーカーのポケットにつっこんだまま、私はアゼルに言った。そんな資格がないというのは、わかっている。浮かんだのは嫉妬ではない。浮気の時と同じ、“怒り”だ。
アゼルもずっと、ポケットに両手をつっこんだまま。
「な。俺も忘れてた。っつーか、まさか三万超えると思わねえだろ。お前はどうでもいいんだろうけど、俺は本気でキスがキライ」
「知ってるけど、ルールはルールでしょ」
「俺がルールとか規則とかがキライってのも知ってるよな」
「よく知ってる」
そう言うと、私はパーカーの右袖で、彼の唇を拭った。間接キスは御免だ。
「ちょっとムカついて、勢いでここまできた。どうしよう。みんな見てるんですけど」
「お前は本物のアホだな」
微笑んでそう言うと、アゼルは私の腰に左手をまわし、キスをした。短いけど、深いのをだ。観客たちからは今日一番の黄色い歓声があがった。
キスを終え、私は彼の耳元で声を潜めた。
「学ランのボタン、ぜんぶあげちゃえばいい。あんたは王様。投げるのよ、ここから。マスティとブルも呼ぶから」
おら取れや愚民共! って。と、さすがにそれは言わず、私はパイプ椅子からおりた。
似たようなことをマスティとブルにも小声で言うと、ざわつきの中、彼らはノリノリでパイプ椅子にのぼった。
ブルは司会者からハサミを受け取り、アゼルのボタンをひとつひとつ取りはずして、マスティと一緒に投げた。女たちは目を見開き、宝石を奪い合うよう、必死にボタンを取ろうとしていた。アゼルは代わりにブルのボタンを取りはずし、マスティと一緒になって投げた。それが終わると、今度はマスティのぶんをブルと一緒に。
そんな中、私はそばに来ていたアニタに苦笑いながらハグをされ、なぜかリーズとニコラにもハグをされ、必死にボタンを取り合う女たちを見ながら、ゲームに出てくるような、飢えたゾンビの姿を思い浮かべた。
私とアニタはカバンを取りに行くため、一年の教室に戻ることにした。
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「ねえ、なんで煽れるの?」階段をのぼりながら、アニタが私に言った。「マジでわけわかんない」
「だって、あの状況でしないでなんて言えないじゃん。言う資格だってないじゃん。でもムカついたわよ、あんなの知らなかったから。だからわざわざ前に出て、あんなことしたんじゃん」
踊り場に着いた彼女は天を仰ぐ。
「まあ、あれ以外方法はないんだろうけど。黙ってればしなかったかもしれないじゃん。それがいちばんでしょ。しかもパイプ椅子に登ってキスまでしてるし」
「なんだろうね。自分でもわかんない」彼女に続き、踊り場からまた階段をあがる。「ムカついたらああなるのよ。考えなくても、相手のプライドをズタズタにする方法が真っ先に浮かぶ。いつもそうじゃん」
「そうだけど──」周りに誰もいないことを確認すると、アニタは私の腕をとって身体を寄せ、声を潜めた。「リーズたちに聞いたけど、あのヒト、小学校二年くらいの時からずっと、アゼルのことが好きだって噂があったんだって。ずっと一筋。中学に入って告白して、フラれた。処女捨てたらつきあってやるとか言われて。そんで別の男相手にして、ホントに捨てたんだって。それでまた告白して、カノジョになれたかと思いきや、何度か寝ただけで、すぐに捨てられたって。それでもずっと好きらしい」
──小学二年。二階フロアに着いた。
「ねえ、そんなどうでもいい話をして、私にどうしろと? 今さらじゃん」
彼女は身体を離し、肩をすくませた。
「だから、執念は怖いよって話。ムカついたのはわかる。あれは怒って当然。けっきょくキスするなら、あれがいちばんだってのもわかる。でもあんた見てると、相手関係なさすぎて、時々危なっかしい。一年相手にしてんのとは違うんだよ。三年だよ。もう卒業だけど」
つまり心配してくれているということなのか。いらないけれど。
私は降参の印に両手の平を見せた。
「わかった、約束する。今度から相手見て喧嘩売る。特に年上には気をつける。これでいい?」
アニタは苦笑った。「そうして」
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他のサポート組はA組にカバンを置いていたのだが、私はB組の教室にカバンを置いていた。なんとなく。
「ちょっといい?」
A組の教室でアニタのカバンを取ったあと、B組の教室。カバンを肩にかけたところで声をかけられ、振り返った。教室後方の戸口に、三年の──アゼルの第二ボタンを競り落としてキスをした女が腕を組んで立っている。
女は明らかに私を見ている。「二人だけで」つまり喧嘩を売っている。
「行って」と、私はカバンをおろしながらアニタに言った。「誰にも言わなくていい。訊かれたら、レストルームだとでも電話だとでも言って」
アニタは不満そうな顔でカバンを肩にかけ、無言のまま彼女の横を通り過ぎて教室を出た。なぜ不満なのかいうと、私が甘えようとしないから。なにかあるかもしれないのに、誰にも言わなくていいなどと言ったから。あれでも心配してくれているのだ。ほらみろ、とも思っているだろうが。




