* Retribution
二年と三年の五人は言いたいことを言い終えると、おもしろかったからもう帰るとかで、さっさと立ち去った。私の手には携帯電話が戻った。
いつのまにかフロアだけでなく、D組の教室内にいた生徒たちからも視線が集まっていたこともあり、ゲルトとガルセスに言われ、とりあえずその場を離れることにした。
マーニがあとで行くと言ったので、彼とアホ女三人を残し、私たちは六人で第三校舎の折り返し階段をあがって、三階の手前のステップに腰をおろした。踊り場から、左側にタスカ、アニタ、私と座り、右側にガルセス、カーツァー、ゲルトと座った。
ゲルトとガルセスはマスティたちに私を知らないかと訊かれ、なんとなくの状況を聞いて、なんとなくD組ではないかと思ったらしい。エスパーか。
「お前、怒られたらどうするつもりだったの?」呆れ顔のガルセスが私に訊いた。「普通怒るぞ、あれ」
「なんだろうね、特になにも考えてないけど。怒られたら怒られた時でしょ。私はそんなの気にするタチじゃない」
「怒られたらどうしようかと思った」アニタはまだ少々焦っている。「さすがにビビッたし。あんなことすると思わないし、しかもアゼルたち来るんだもん。ものすごく平静装ってたけど、内心すごいテンパッてた」
カーツァーが口をはさむ。「いちばんテンパッてたのはこっちだっつの。状況読めないし、なんかわけわかんないし、二人共すげえキレてるし」
「俺はおもしろかった」ゲルトが笑って言った。「電話越しに聞いて、思わず笑ったもん。キスのこと聞いた瞬間、アゼルも笑いそうになってた。ブルとマスティも笑ってた。リーズとニコラはぎょっとしてたけど」
驚くのがおそらく、“普通”だ。「とりあえず、マーニには悪いことしたとは思うけどね。あれしか思いつかなかったのよ。思いつきっていうか、怒り任せだから、ほとんどなにも考えてないんだけど」
「別れんのかね、マーニは」タスカがつぶやいた。「あいつも完全にベラの被害者の仲間入りだな」
みんな苦笑った。
被害者。「ごめんなさい」
「気にしてない」折り返し階段の壁の向こうからマーニが現れた。「ベランダでヤンヌに訊いたら、認めたわ」階段をのぼりながら言う。「なんか、朝のクッキーのもムカついて、モラッティはずっとイトコを取られた? ような気分だったし、ワルテルは好きな男奪られたとかで、まえからムカついてたって」ゲルトが座っている数段下で立ち止まり、壁にもたれた。「今日の休憩時間、嫌味言ったのが通用しなくて、勢いでヘイズのオトコのトコ行ったって」
「本物のアホだな、あいつら」ゲルトは呆れている。「こいつ敵にまわして、いいコトなんかなんもないのに」
苦笑うカーツァーがマーニに訊く。「で、お前はどうしたの? 別れたの?」
「そりゃあんな状況になったら、もう無理だろ。泣きながら言い訳してたし、別れるっつったらさらに泣かれたけど、とりあえず放置してきた」
私はあやまった。「ごめん。マジでごめん」
「いや、そうじゃなくて。お前らいなくなって気づいたけど、D組の奴らとか、わりと見てたんだわ。完全にあいつらの負けだろ。あんなアホっぽい姿晒した女とつきあうって、さすがに無理だし」
「殴ってたらどうなってたのかな」今度はアニタがつぶやいた。「ベラがいたらやっぱ、負ける気はしないけど──」
ガルセスが言う。「そりゃお前、それはそれで恥だぞ。揉みくちゃになったりしたら、かっこ悪いだろ。あいつらがどんだけやるかは知らないけど」
笑いながらゲルトが二度うなずく。
「揉みくちゃになるとしたら、確実にお前だけだけどな。ベラは平気。なんかされる前に顔面に蹴り入れて踏みつけて終了するから」
私を除いて全員、笑った。
「いや、さすがに女相手に顔面は狙わないから。狙うとしたら腹だから」
「そういう問題じゃないし」タスカがつっこむ。「ま、オレらならお前の蹴りには慣れてるけど」
「慣れるほど蹴った覚えはないわ」
「いや、わりと──」カーツァーは言葉を濁した。
「とりあえず、これでわかったんじゃね?」ガルセスがマーニに言う。「ベラのエグさ。短気で考えなし」
タスカが補足する。「キレたらマジで怖い」
カーツァーは口元をゆるめて両手の平を見せた。
「周りの視線なんか気にしない」
ゲルトも続く。「残酷、冷酷、非情なうえに、状況によっては暴力だけじゃなくて頭も切れる。まさに復讐の鬼」
アニタが笑ってつけ足す。「でも実はやさしい」
褒め言葉は、たったのひとつ。
マーニは笑った。「よくわかった」
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他の男にキスしたことを、アゼルは怒らなかった。
みんなの前ではおもしろがっていて、ふたりきりになってからもう一度、真面目に訊いたけれど、“怒りと変な正義感で起こす行動はたぶん間違ってない”と、以前にも言ってくれたことを繰り返した。相手が誰なのかも訊かなかった。過去の浮気のことがあるからかはわからない。それでも、私はその言葉を信じることにした。だから私もあやまらなかった。
そして大量すぎるお菓子──ほとんどチョコレートを、アゼルからもらった。義理も本命も、直接渡されたものだけではなく、知らないうちにカバンや机、ロッカーに入っていた知らないヒトからのモノも含まれていて、試しに数えてみると──六十二個もあった。バレンタインの前にもらえていれば、これを使ってなにか作れたのにとか、レシートをつけてくれていれば、返品してお金にできるのにと思った。マスティやブルがもらった、やはり大量のチョコたちも含め、けっきょくそれは、たまり場でのみんなのおやつになった。
私たちがなにか言ったわけではないものの、D組の一部の連中が見聞きしたことを学年中に触れまわったらしく、エデたちは白い目とまではいかないものの、それに近い灰色の目で見られるようになった。これはおそらく、女友達の多いアニタに嫌がらせをしたということが大きいのだろう。
小学生の時からずっと、学年の顔という立ち位置を陣取っているつもりだった三人は、完全に干されたわけではないものの、微妙な立場になっていた。普段から彼女たちと話していた人間のほとんどが、どういう態度をとればいいのか、その正解がわからないのか、それとも同類と思われないように少し距離をおこうとしているのか、気まずそうに接している。女子だけではなく、男子もだ。
カーツァーとタスカはそんな三人に同情しつつも、つきまとわれることがなくなって、少し開放された気分になっているという。ちなみにマーニはおもしろ半分でエデたちに話しかけ、様子を見ている。
一方アニタは、先輩のことを完全に吹っ切れた。もうどうでもいいらしい。リーズたちに誰か紹介しようかと言われたけれど、それも断った。その代わり、時々マーニと一緒になって、おもしろ半分でエデたちに話しかけることがある。私が言った、“プライドを崩すのがいちばん”というのを実行しているらしい。
私はといえば、学校一の不良とつきあっているうえ、復讐のためだけに人前で堂々と他の男にキスしつつ、それでも怒られもしなかったということで、しかもエデたちにありえない勢いで啖呵をきったということで、それどころか三年と二年を完全に味方につけているらしいということで、さらにイカれた女として見られるようになった。
アニタたちいわく、“怒らせたら怖いどころじゃなく最悪だ”という話が、女子だけではなく男子たちのあいだでも出来上がっているらしい。それがあってか、噂で状況がハッキリしない連中から、事実確認で訊かれることはあっても、必要以上の詮索はあまりされなかった。
ナンネにはわけのわからない感謝をされた。彼女はバレンタイン当日にカーツァーへのチョコレートを用意しなかったことを後悔していたけれど、エデたちと一緒にいるところを見なくて済むようになったので、それだけで嬉しいと。カーツァーにキスしたら一生恨むけど、とも言われた。一生告白する気のない片想いを続けるつもりなのかとつっこみたかったが、とりあえずやめておいた。
二月二十七日はアゼルの誕生日で、だけど特に嬉しくもないのだろうと思い、ピザをおごりつつ、マスティとブルに頼んでビールを一ケース買ってもらった。私では買えないから。ピザもそうだが予想どおり、ほとんどを三人で飲んでいた。




