* Revenge Of Devil
「見つけた」電話越しにアニタが言った。「そっち側の壁、ベンチにサビナとエデとカーリナ、その脇にマーニが立ってて、ベランダの窓にもたれてカーツとタスカがいる」
階段からおりてきたアニタは、D組前フロアの向こう側に立っている。私はその反対、第一校舎側の壁際に立ち、彼女と視線を合わせている。
「わかった。私は行くなり喋るからね。変に時間稼いだりしないからね。来るならさっさと来なよ。あんたが喋る隙なんてないかもしれないけど」
彼女は力なく微笑んだ。「期待してる」
私は携帯電話ごとジャケットのポケットに両手を突っ込み、エデたちのところへと歩いた。
タスカがこちらに気づく。「ベラ。クッキー食った。普通にうまかった」
ハズレはなかったのか。「それはよかった」ベンチの中央に座っているエデの前に立ち、三人を見やった。「ハイ、さっきぶり。気分はどう? あんたら三人の望みどおり、アニタは先輩にいろいろ言われて、別れたわけだけど」
「は?」脚と腕をそれぞれに組んだエデが、この上なく不機嫌そうな表情で口を開いた。「なに言ってんの?」
アゼルたちがいた時とは態度が大違いだ。
「わけわかんないこと吹き込んだでしょ? アニタのカレシに。アニタが男に媚売ってるだの、カマトトぶってるだの、自分らのこと棚にあげて」
マーニが疑わしげな表情でカーリナへと視線をうつす。「そんなくだらないことしたの?」
彼女は弁解がましく否定した。「そんなことしてな──」
「したよね」腕を組んだアニタがこちらに来た。無表情で私の左隣に立つ。「先輩からメールきて、いろいろ言われたよ。あたしひとりがクッキーを男だけに、しかも一年の男全員に配ったとか、媚売りまくってるとか、ブリッ子しまくってるとか、男なら誰かれかまわず好きだって言いまくってるとか、先輩に飽きたらそのうち別れるつもりだとか、いろいろ、ほんとなのかって。わけわかんなくて、ランチ終わってすぐ会った。一年の、たまにD組の教室の前で話してる女三人で、リーズのイトコがいたっつってたから、あんたらしかいないんだけど」
「間違ってないよね、あんたら三人で」
私が言うと、サビナは決まり悪そうな表情で視線をそらした。それが答えだった。
クソ女。「そんなにチクるのが好きなら、もっといいネタあげる」
そう言ってカーリナの前を通り、私はマーニの前に立った。
「マジでごめん」
彼はぽかんとした。「は?」
第二ボタンまで開けたマーニの学ランの胸倉を掴み、顔を少し引き寄せて、私は彼にキスをした。
フレンチ約四秒。それで唇を離した。
もう一度あやまる。「ごめん」
彼は呆気にとられていた。“キスする時は目閉じるのが常識”という、アゼルの言葉を思い出した。さすがに言わないが。
すぐに手を離してカーリナへと視線をうつす。彼女は絶句状態だった。エデとサビナもだ。というか、おそらくこの場にいる全員がだ。そんなことも気にせず、ジャケットのポケットの中で手に握ったままの携帯電話を取り出し、カーリナの前に立ってアゼルに電話した。
アゼルはすぐに電話に出た。「なに」
「ちょっと待って」と、私は言った。「チクるのが大好きなカーリナかエデかサビナに代わる」
「あ?」
「ちょっと待ってよ」左手で携帯電話の液晶部分を持ち、カーリナに差し出した。「ほら、チクりなよ。すごくいいネタでしょ? 私が今なにしたか、見たよね。自分らが見たことが信じられないっていうんなら、こいつらに訊きなよ」視線はそのまま、携帯電話でタスカとカーツァーを示した。「あんたの大好きなカレシだって、たぶんしたって答えてくれる」電話を揺らして挑発する。「ほら、チクれって」
携帯電話を見つめたままかたまって動かないカーリナを見て、アニタは鼻で笑った。
「できねえのかよ」
私はエデへと視線をうつし、携帯電話もそちらに向けた。
「あんたがチクる? アゼルと話したいんじゃないの? アゼルが怒って、私と別れるって言うかも。そしたらあんたにもチャンスくるかも」
エデは怒りに震える唇で、やっと、どうにか口を開いた。
「──あんた、ヒトのオトコに──」
私は言葉を遮った。「は? あんたらはなにしたの? あんたらがした、くだらないことヒトのオトコに吹き込んで別れさせるってのは、正しいわけ? 許されんの? あることないこと言ったよね。なんなら、今から一年全員に訊いてまわってやろうか? アニタとお前らのどっちが男に媚売ってると思うかって、訊いてまわってやろうか? 全員一致でお前らだって言うに決まってんじゃん。しかも、さっきのはなに? アゼル先輩もみんなと同じクッキーなんですか? だからなに? あいつは私が同期に配るってのをわかってて取りに来たんだっつの。私になにしようとかまわないけど、くだらない嫌味が通用しなかったからって、ヒトのツレ巻き込むのはやめてくれる? わざわざ二年のところにまで行って悪口吹き込むって、バカじゃないの? アニタが泣き寝入りして終わりだとでも思ったわけ? お前らはそれで満足するつもりだったわけ? アニタを敵にまわすってことは私を敵にまわすってことで、イコールお前らがとんでもない恥晒すことになるんだってこと、バカすぎてわかんないの?」
顔を真っ赤にしたエデは表情を完全に怒りに変え、私の手から携帯電話を取りあげた。
「もしもし? 今さっき──ベラが、他の男にキスしたんですけど」はっきりと声に出して言った。
「へえ。それがなに?」
声がした。電話越しではない。左方向──第一校舎に続く廊下のほうに視線を向けると、アゼルが顔を出していた。こちらに歩いてくる。続いて、マスティとブル、リーズとニコラも出てきた。苦笑うゲルトとガルセスまで。
さすがにこれには驚いた。「なにしてんの」
こちらへと歩きながら、アゼルは左手に持った携帯電話を閉じた。
「そりゃお前、あんないきなりどっか行かれたら、気になるだろ。マスティとブルとニコラとリーズが」
「いやー、おもろかった、お前の啖呵」マスティがにやつきながら言う。「スピーカーにして聞いてた」
衝撃。「まじで」
「マジで」と、アゼル。
右隣に立って私の肩を組むと、アゼルはマーニとカーツァー、タスカの三人を見やった。
「相手が誰か知らねえけど、貴重だぞ。こいつ、自分からはめったにキスしないから」
マーニはタスカとカーツァー以上に呆気にとられている。
「ちょっと、よけいなこと言わないでくれます?」と、私。
「いや、ホントだし」今度はカーリナへと視線をうつす。「悪いな。こいつ、キスくらいじゃなんとも思わないんだわ。鈍いから」続けてエデに言う。「ついでに俺も鈍いから、こいつが誰にキスしようと気にしねえの。けどアニタのオトコによけいなこと喋ったってのは、ちょっとムカついた。こいつにはなにしてもいいけど、ヒトのオンナのツレによけいなことすんなよ、うざいから」
カーリナはアゼルが現れた時からずっと、彼を視線で追っていた。だが唖然としてることには変わりない。
「とりあえず、ベラの電話は返してもらうわ」唖然としたままアゼルから視線をそらせないエデの手から、ブルは携帯電話を取った。「持ち去られたら困るし」
ニコラがベンチの傍らに立ち、リーズはサビナの前にしゃがんで両膝を抱えた。
「サビナ。あんま変なことすんなよ。ベラもアニタも、うちらの友達だから。ベラと仲よくないのは知ってるけど、仲よくしろとも言わないけど、卑怯なやりかたしないで。恥かかせんな。今度なんかやったら、怒るよ」




