* Confession
一月はあっというまだった。
D組ではカーツァーがうまくやってくれてるらしく、アニタはクラスの男子と話しつつも、やはり突然現れることがあるらしいカレシに嫌味を言われることがなくなった。
ただ、マーニとカーリナがつきあいはじめたこともあり、昼休憩の時間、エデとサビナとカーリナの三人がD組に来る頻度が増えたとかで、せっかくタスカたちと話せるようになったD組女子は、また以前の状態に逆戻りだと愚痴ることもあった。話しているとエデたちに睨まれ、しかも彼女たちは遠慮なく話に割り込むことがあるので、退散するしかなくなるらしい。
リーズとニコラは、冬休みからつきあいはじめた彼らと仲良くやっているようだった。ただ買い物にハマりすぎて、お金が追いつかないことになっているらしい。泊まる時はそれぞれの相手の家に行くものの、とりあえずの待ち合わせとデートがセンター街ということもあって、思わず服屋を覗き、一度興味を持つとどれもお洒落に思え、あれもこれもと、いろいろな服が欲しくなっているのだとか。
マスティのカノジョはすっかり彼に夢中らしく、冬休みが終わってから、週末だけでは足りないと言っているらしい。自分がウェスト・キャッスルに行くのでもいいから、週に三度は会いたいと。彼は面倒そうにしながらも、ときどきの水曜──授業が五時限で終わる時は、それに応えていた。
ブルは相変わらず、二股を続けている。どちらにも家が厳しくなったとかいう、根も葉もない言い訳をして、たまり場で遊びつつ、エルミの相手をしつつ、別の中学のカノジョともつきあっている。ただやはり疲れるらしく、そろそろエルミと別れようかとも言っている。放課後や週末に会うのはまだいいけれど、学校でつきまとわれるのは本当に面倒なのだとか。
私は、アゼルと相変わらずのつきあいを続けていた。クリスマスの深夜のように、ふたりしてイカれた状態になることもなく、好きだと言うことも、言われることもなく、過去の話を蒸し返すこともなく、みんなとの時間を楽しみ、ふたりきりの時間を楽しみ、ベッドでは夢中で愛し合った。
アゼルがどう考えているかはわからないけれど──交わしているのは、真っ赤な愛だと信じた。
さすがに伝えることはできなかったものの、浮気などしないと、もう一度信じたくなっていた。
ただ、自分がいくら信じたくても、もしまたされたらという恐怖が消えず、そう感じることこそが、信じていないことに繋がるのだとすれば──私はもう二度と、彼を信じることができないのだろうともわかっていた。
確かに、もしまたあったらということに身構えている自分がいて、それはけっきょく、信じていないことに繋がるのだろうともわかっている。
考えないようにしているだけで、受け入れてはいない。
憎しみに変えていないだけで、許してはいないのだ。
諦めたくないのに、本気で信じたいのに、諦めてしまっている自分がいた。
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二月といえばバレンタインで、気づけば学年中が浮き足立っているようだった。渡す側である女子だけではない、受け取る側の男子もだ。一部を覗き、ほとんどがそわそわしている。
私は正直、どうでもいいのだけれど──クリスマスのケーキのことを話したこともあり、アニタが言いだして、私が祖母に頼んでみることになった。バレンタイン当日は平日だから、その前の週末。金曜に泊まるか、土曜の朝早くにアニタが家に来るかして、ケーキを作りたいと。ついでにバレンタインの前日は学年のみんなに配るため、大量のクッキーを作りたいと。
祖母にはアゼルのことをけっきょく、話していない。泊まりに行く時は昼食にと、朝からサンドウィッチやホットドッグを一緒に作ってもらって、持って行くようにはなったけれど。
木曜、夕食の片づけを終えたあと。
リビングのソファコーナーで食後のミルクティーを飲みながら、祖母に、アニタがケーキ作りを手伝ってほしいと言っていると話した。祖母は、ふたつ返事で引き受けてくれた。アニタが泊まりにくることも、バレンタイン当日に配るぶんを作ることもだ。前日はアニタが来たら、夕食はデリバリーにして、クッキー作りに没頭しようかという提案までしてくれた。
私は、覚悟を決めた。
「それでね、私も作りたいの、ケーキ。またイチゴ乗せチョコレートで」
祖母はカップをソーサーに置き、身を乗り出して微笑んだ。
「本命?」
「──つきあってる」
「あら」驚いた様子はないものの、笑みを消すと同時に身体を起こした。「じゃあ──」
私は脚の上で両拳を強く握り、祖母の目をまっすぐに見た。
「泊まってるのは、もちろん友達のところの時もあるけど、友達が一緒にいる時もあるけど、そのヒトのところのが多い。ふたつ上で、今は三年。もうすぐ卒業する──去年のクリスマスは、サンドウィッチもケーキも、ふたりで食べた。おいしいって言ってくれたのは本当。喜んでくれた。それで最近、サンドウィッチなんかを作って持って行くのも──そのヒトがほとんどひとり暮らし状態で、たいていコンビニで買って食べてるから。ときどき食べにも行くけど、そんなんじゃ飽きると思って」
言葉を切ると、深呼吸なのか溜め息なのか、自分でもわからないまま息を吐き出し、うつむいてあやまった。
「嘘ついててごめんなさい」
「──言いにくかったのは、わかるわ」
そう言われて顔を上げると、祖母はテーブルの上で手を握り合わせ、また微笑んでいた。
「言ったでしょう。私は、あなたのことを信じてるって。最初から、ずっとそうよ、ベラ。あなたがうちに来てくれた時から、あなたのことを信じてる。もちろん心配もしてるけど、あなたは間違ったことなんてしないって信じてる。好きなら──あなたは、そのヒトを好きになったあなた自身を信じなさい。私は、そんなあなたを信じるから。会わせろだなんて言わないわ。でも昼食や夕食が必要なら、言ってくれれば作るから、持って行くか、取りにくるかすればいい。成長期なんだから、もっとちゃんとしたものを食べないと」
──怒られると、思っていたわけではない。だがさすがに、ここまで言ってもらえるとは、思っていなかった。
「──いいの?」
「もちろん」彼女は笑顔で答えた。「作るのは好きなの。食べてもらえるなら嬉しい。あなたやアニタがおいしいって言ってくれるのも、すごく嬉しいのよ。私のことは気にしなくていいわ。あなたはちゃんと、自分の時間を大切にしてちょうだい。自由で、なにも気にせずに友達や恋人と楽しめる時間は、そんなティーンエイジャーでいられる時間は、限られてる。あっというまで、だけどとても貴重だわ。自分のしたいようにしなさい。もちろん校則や規則──法律っていうのもあるけど、それをすべて無視していいとは言わないけど、その良し悪しは、限度は、あなたにならわかるはず。もちろんときどきは間違えるかもしれないけど、周りに流されずに、自分の基準で判断しなさい。それがどんな結果を招こうと、私はあなたを信じるから。あなたの味方でいる。あなたが楽しくて幸せなら、それが私の幸せよ、ベラ」
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金曜、アニタが泊まりにきた。祖母と三人で夕食を食べたあと、アニタと二人で屋根裏部屋に行き、昨日言われたことの一部を彼女に話した。
「期待されすぎな気がして、ちょっと引け目感じてる。言ってはないけど、ようするに、ビールを飲んだことすら正当化されてる気が」
ナイトテーブルの明かりをつけた部屋の中、積み重ねたクッションにもたれ、私は左隣にいるアニタに言った。彼女はうつぶせになり、クッションに曲げた腕と頭を乗せ、こちらを向いている。
「べつにいいじゃん。そんなキレイな言葉は使えないけど、あたしだってそうだもん。あんたはさ、確かに周りからすればいろいろ──まあ、ブッ飛んでるところがあるわけだけど。それで周りは驚くことだって、ヒくことだってあるけど。でもそれほど間違ってもないんだよ。つまんない学校生活を楽しくしてくれてるわけだから」
「みんな楽しいって言ってくれるけど、私はやりたくないことをやらないか、やりたくないことをする代わりに、やりたいことをつけ足してるだけなのよ。ようするに自己中なだけ。興味本位ってのもたくさんある」
「だーかーらー」
アニタは身体を起こしてベッドの上であぐらをかき、言葉を続けた。
「自己中だろうと興味本位だろうとウサ晴らしだろうと、うちらはそれで楽しいんだって。確かに言いだすのはあんただけど、命令口調になってても、本気で強制はしないじゃん。あんたが出した案に、うちらが自分で決めて、楽しんで乗ってるだけじゃん。イヤならイヤって言うでしょ。
制服だってそう。上がいるし、目つけられたくないとか、先生に注意されたらってのを考えてるから、一年じゃまだ、あの格好してるのはあんただけだけど。ホントはみんなわりと、真似したがってるよ。冬服がダサいってのは、みんな思ってる。二年になったらとか、三年になったらとか思ってる子だって、わりといるんだから。ちなみにエデたちが真似しないのは、あんたの真似をしてると思われたくないからだって聞いた。本人たちからじゃないけどね。
あんたはそのままでいいんだよ。お酒飲んだわけでもないのに、普段からブッ飛んでるところとか、考えがエグいところとか、冷たくていつもキレてるところとか、ちゃんとついていけるのはかなり少ない人数だけど、少なくともあたしやゲルトやガルは、それをわかってて一緒にいるんだから。
デボラはあたしたちがしてるように、あんたを理解しようとしてくれてんだよ。アゼルのこと話したんだから、あんたももうちょっと信じなよ。デボラは間違ってない。あんたも間違ってない。なにより、あんたはあんたをもっと信じるべき」
──弾丸トーク。
思わず口元がゆるんだ。「喋りすぎ」
「言いだしたら止まらなくなった」顔をしかめて言うと、今度は勢いよく仰向けに寝転んだ。「っていうかさ、あたしもよく知らないから、デボラを完全に信じろとは言わないけど。それでも、甘えるくらいはしてもいいと思うよ。いいおばあちゃんじゃん。見てたらあんたのこと、ホントに可愛がってくれてるなってのがわかる」一度言葉を切り、アニタは目を閉じた。「お酒のことを喋れとは言わないけど、あんたはそのまんまでいいんだよ。ただもうちょっとデボラに甘えて、もうちょっと自分を信じろってこと。たまにだけど、あんたは自分を卑下しすぎ」
──私がいちばん、自分自身を嫌っている。
「普段ガキっぽいくせに、たまに大人びたこと言うよね、あんた」
アニタは笑った。
「ママいわく、ベラは急速に大人になりすぎなんだって。あたしは年相応のはずなのに、すごく子供に見えるって。まだ子供なんだから、遠慮なんかしなくていいのにって言ってた。ま、そんなあんたがいるから、あたしのことも安心して放任できるって言ってたけど」
アニタママは、いつもやさしい。ここでも期待されすぎな気がするが。
「放任て、あれ? 先輩とつきあいはじめたことを遠慮なく即日報告して、クリスマスに泊まるって話も、嘘偽りなく言って許可もらったこととか?」
彼女の口元がゆるむ。「そうそう。しかも、“避妊しないような男なら、叫んででも逃げなさいよ”、とか言ってたな。さすがになに言ってんだって思ったけど」
アニタが笑って言い、私も笑った。
──バレたら怒られそうだ。やはりダメだ。あれはダメだ。あれは絶対、正しくない。




