* Play Room
二日後。
私たちは真新しい──けど手を加えたセーラー服に身を包み、入学式を迎えた。
祖母が午前中の仕事を休んで保護者として行こうかと言ってくれたものの、私は断った。それでも祖母は体育館に並べられた保護者用パイプ椅子に座ることはせず、クラス割りの紙が貼られていた窓を開け放った場所から見ていてくれた。
私は話しかけることもせず、気づいたのに気づかないフリをした。
祖母のことが恥ずかしいわけではない。正確な年齢は知らないが、中学一年の孫がいるとは思えないほど若く見える。それでもそんな態度をとったのは、同級生に無駄に詮索されないためだった。
私がよく話す人間なら、いつからか私の母親が学校行事にロクに参加しなくなり、そういった行事があった時は、ほとんどをアニタの家族と一緒に過ごしていたというのはわかっているはずだが──そこに突然祖母が現れたとなると、いよいよあからさまな詮索がはじまる。母親と祖母は、母娘だと言えばうなずけるくらい外見的によく似てる部分があるので、私の母親の顔を知っている人間なら、祖母だとわかるだろう。
そして嘘と見栄と噂と妄想と陰口とヒトの不幸が大好きなハヌルとエルミの二大バカは、なんだかんだと勘ぐってくるに違いない。今までは親は仕事だと言い訳できたが、保護者が祖母に変わったとなると、ヒトの不幸に鼻が効く二大バカは、なにを言いだすかわかったものではない。そうなるのがイヤだった。
祖母は、いつのまにかいなくなっていた。
式が終わると、アニタと一緒に一年の教室がある第一校舎二階へと向かった。
仲のいい男友達、ゲルト・ハーネイとセテ・ガルセスが同じ一年B組だというのは嬉しい。だがそんな安心感よりも、私はハヌルのことで、D組のアニタはエルミのことで気が重くてしかたがなかった。
小学六年の三学期に提出した、中学からのアンケートの“仲のいい友人五名”という欄に、私たちは真っ先にお互いの名前を書いた。なのにこの結果だ。講義してやろうかと思った。
B組の教室前でアニタが言う。「スカートの丈、変わんないね」
「だね」
二人して身体の片側を廊下の窓際の壁にあずけて向き合い、少し曲げた自分たちの右脚を見る。スカートはこちらのほうが短い。
「でも脚は私のほうが長いよね」
私が言うと、彼女は不満そうに顔を上げた。
「は? 胴長だって言いたいの? 言っとくけど、あんたのほうが身長高いんだから、脚の長さが違うのはあたりまえでしょ」
「はいはい。来週だっけね、身体測定」
「結果教えてよ。体重も」
彼女は身長の高い私のほうが体重が軽いというのが気に入らないらしい。
「いいけど、泣かないでよ」
「泣かないし。去年と同じ結果だったら、ママに頼んであんたを食べ放題の店に連れてってやる」
食わせてもらえないわけではなく、食べても太らないのですが。
アニタが続ける。「っていうか、今日あれだよね。先輩と遊ぶんだよね」
「うん。なんかどこかに連れて行かれるらしい。よくわかんない。あんたも先輩と遊ぶの、たまにはつきあってくれればいいのに」
「行かない」彼女は、意思は堅いと言わんばかりに腕を組んだ。「知ってるでしょ、面倒なつきあいはしないの」
「あっそ。また帰ったらメールする」
「うん」アニタの声と同時にベルが鳴った。「ああ、行かなきゃ」天を仰いで言うと、彼女はこちらに向かって意地悪く微笑んだ。「ハヌル菌に侵されないようがんばって」
ムカつく。「そっちこそ。エルミ菌に気をつけてよ」
二人でくすくすと笑った。
「わかってる。じゃあね」
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一度祖母の家に帰って着替えたあと、家まで迎えにきてくれたリーズとニコラ、そして彼女たちと同じ二年で、黒髪ショートヘアのインミに会った。
連れて行かれたのは、同じオールド・キャッスルにある古びた白い平屋だった。芝生になった小さな庭があり、左側には一本の木が植えられている。通りから少し奥ばった場所にその家は建っていて、四本の細い柱で支えられた屋根のついた小さな玄関ポーチがついていた。そして私を乗せてくれたニコラの自転車とリーズを乗せたインミの自転車を停める前から、すでに自転車三台が並んでいた。
自転車からおりた私は、平屋を眺めながら訊いた。
「ここ、なに?」
スティックキャンディを口にくわえたリーズが左隣に立つ。
「うちらの遊び場。たまり場」
「へえ」平屋でも、家一軒が遊び場というのは、かなり贅沢な気がする。「誰かの家?」
「まあ、家といえば家だよね。なんつーの? ま、とりあえず行こ」
リーズに続いてインミ、ニコラ、私と、鍵の開いていた玄関から家の中へと入った。
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まるで別世界に来たような感覚に陥った。小さな玄関の右手に小さなキッチンがあり、廊下と呼べる部分はほとんどなく、玄関からすぐ、キッチンとは壁一枚で仕切られたリビングがある。
リビングに入ってすぐの左側の壁には棚が置かれていた。コミックスが乱雑に並べられている。リビングの北側には腰窓があり、それとキッチンとの間仕切り壁に沿うようにしてダークブラウンの大きなコーナーソファが、窓と向かい合うようにして二人掛けの赤いソファがあった。中心にはブラウンの木製テーブルが、西側の壁にはテレビやコンポが乗ったテレビボードが置いてある。その周辺の床にはテレビゲーム機やコントローラーなどが散乱していた。壁にはバンドのポスターや、どこかの国旗らしい布が数枚、適当に貼られている。
小さなリビングのほとんどを家具が占領してると言っていいだろう。少し、というよりかなり散らかってはいるが、立派な一軒の家だ。
私が呆気にとられている中、リーズとニコラはそのまま前進した。無言で合図して左手にあるドアの前を通り過ぎ、正面奥にある二枚のうちの左側のドアをリーズが、右側のドアをニコラが蹴った。にやつきながらこちらに戻ってくる。ニコラは私を促し、リーズと並んで前に立たせた。
意味がわからない。
両側のドアが勝手に開いた。
部屋の中にいたらしいその姿を目にし、私は唖然とした。
向かって左のドアから、灰色と黒に近い灰色の二色が目立つ髑髏のマスクをかぶった男が、右のドアからは明らかにありえない、作り物だとまるわかりの人間の女の顔で、しかもブロンドのロングヘア、その髪の一部をリボンに見えるように頂点で結んだらしい、真っ赤な口紅をつけたおかしなマスクをつけた男が出てきた。
戸口に立ったまま彼ら二人で無言で顔を見合わせ、またこちらに視線を戻して立ち尽くすという姿に、私たちは女四人でふきだし、身をよじって大笑いした。
「笑う以外に反応ねえのかよ」
左に立った男が、髑髏のマスクを脱ぎながら不満そうに言った。変な女のマスクのほうに視線をうつすと、とたんにふきだし、おなかを抱えて大笑いした。
「お前も笑ってんじゃねえか」
そう言った不自然顔の女のマスクの下からの声は、不自然すぎるほど低かった。それがよけいに私たちの笑いを引き出した。笑いこける五人に呆れたのか、やっと仮面を脱いだ。
「もういいって。笑いすぎだって」
「紹介する」必死に笑いをこらえながら、リーズが私に言った。「向かって左にいるのがマスティ・モラン。右にいるのがブル・クロップ」
マスティとブル。「二人とも二年?」
「新三年生だ」スウェット姿のマスティは腕を組んだ。「お前か? ベラ」
なぜ知っている。「うん」いつもつるんでいるという、あれか。
「おいおい」と言いながら数歩前に出ると、ブルは視線を私からインミ、ニコラ、リーズへとうつした。「お前ら、わざわざこの美人の引き立て役に回ったわけ?」
リーズとニコラは声を揃えた。「うるっせえよボケ」
「頼んだやつ、買ってきてくれた?」ニコラが訊いた。
「あー、買った」ブルはマスクをテレビの上に乗せた。「レンジで温めれば食える」
「よし。あ、ベラ。どこでも座って」
「ん」
私はインミの前を通り過ぎ、コーナーソファの角に向かった。
「そこは──」
インミが半歩前に出ると同時になにかを言いかけた瞬間、私は腰を下ろした。
「誰かの席?」
「かまわねえよ」ブルは二人掛けの赤いソファに座った。
左側の部屋にマスクを投げ入れたマスティは、ドアをふたつとも閉めた。「いない奴に遠慮する必要ねえ。どこが誰の席だとか決めた覚えもない」そう言って私の右隣に、少し距離を置いて腰をおろした。
「べつにどこでもいいんだけど」
「気にすんな」ソファに背を預けたブルは上半身をひねって彼女たちのほうを向いた。「腹減ったからさっさとしろ」
ニコラがたじろぐインミの背中をぽんと叩き、二人でキッチンへ向かった。リーズは私の左隣に座った。
よくわからないまま四人での話がはじまり、ニコラは人数分のグラスと何本かのジュースが入ったペットボトルを、またキッチンに戻って、レンジの音が鳴るたびにバーガーだのポテトだのチキンだのという軽食を数回に分け、インミと一緒に運んできた。
すべてが出揃うと、さっきの謎の空気が嘘だったかのように話をはじめた。
この家はもともと亡くなったマスティの祖父が住んでいたらしく、今は彼らが遊び場──たまり場として使っているらしい。ウォッシュルームには洗濯機と乾燥機、トイレとバスルーム、奥のふたつの部屋にはそれぞれベッドがあるけれど、泊まることはあっても暮らしているわけではないという。
マスティに金持ちなのかと訊いたら違うと言われた。でもそれなりに自由にできるらしい。よくわからない。
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私は相変わらず、祖母とどう接すればいいのかわからず、過度に避けることも近づくこともせず、波風立てず、それなりに愛想よくという距離を保ちながら毎日を過ごしていた。
ときどきアニタたちと遊び、ときどきリーズたちとも遊んだ。
リーズたちはたいてい、学校が用意するランチを食べるためだけに学校に来ているらしかった。高校に行く気などさらさらないらしい。