* Boys Jealousy
三学期の始業式の翌日、朝。
第一校舎一階の正面玄関ホールでばったり会った生徒指導主事に引きずられ、階段の踊り場の真下に入り口がある生徒指導室のドアの前に立った。
「お前、それはないだろ」主事は開いた口が塞がらないといった状態らしい。「なんだその格好」
白いカッターシャツと紺のベスト、祖母に作ってもらった偽リボン。そして制服のスカートの色と合わせたテーラードジャケット。
「なにって、寒いから」私は平然と答えた。
「寒いってお前、昨日はちゃんと制服着てたのに──なんでそうなる!?」
「昨日は式だったからですよ。ホントはネクタイにしたかったんですけど、さすがにそこまでしたら怒られるかと思って──」
遠い目をしてつぶやくようにそう言うと、主事は苛立たしげなようすで天を仰いだ。
「もう知らん。俺は見なかったことにする。お前、三年になったらよく考えろよ。ヘッドフォンも含め、内申書にしっかり書くことになるぞ。もちろん高校に行く気があるならの話だけどな」
そういえば、内申というものがあったか。
「高校は行きます。だからまあ、今のうちだと思ってくれれば。ちなみに制服がない高校って、ここらだとどこですか? 私の成績なんか知らないでしょうけど、私みたいなのでも行けそうな私服高校」
「あ? 市内の公立なら、いちばんはミュニシパルだろ。あそこなら校則もゆるい。難易度もそれほど高くない。インディ・ブルーだとさらに難易度を下げられる。定時制で、昼間と夜間がある。あと通信。夜間か通信で仕事をしながら高校に通うってのがある学校だ。年齢は様々。大人もいる。ルシファーたち含め、毎年何人かはそれすら蹴るがな」
私は肩をすくませた。
「彼らは高校なんて行く気がないらしいですからね。ま、男だしいいんじゃないですか? 他は知りませんけど。学歴っていうプライドしかない人間になるよりは、手に職つけたほうが正解なんですから。それに気づかない大人が多いから、学歴社会って言われてるだけです。むしろ小学校や中学で、もっと職に対する興味を持たせてくれたほうがいいんですけど」
またも思いついた言葉を適当に並べたのだが、主事はまたも呆れ顔になっていて、頭痛がしてきたのか、ついに右手で額を押さえた。
「頼むから、もうちょっと一年らしくしてくれ。そんなことは現場にいる教師の半分がわかってる。特にここみたいな、問題児レベルが高い学校にいるとな。だがこっちがなにを言ったところで、上の上のそのまた上が変わらんことには、どうしようもないんだ。わかったらもう行け。校長に呼び出されても知らん」
二学期の打ち上げの件でも思ったけれど──この主事、かなり怖いと評判なのだが、実はそうでもないらしい。
「はーい」
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昨日の始業式の朝、学年内に少々の変化があった。
A組教室の前でもB組教室の前でも、男子と女子数人が四人組だったり六人組だったりで、当たり前のように話していた。もちろんそれは、打ち上げに参加した人間と、参加はしていないけれどそれにくっついてというので成り立っているような状況ではあったが。
声をかけてきた彼らに挨拶を返しながら廊下を歩き、A組の教室を覗くと、やはりそういうグループが数組いた。おそらく、中学に入ってからははじめて見る光景だった。
エデたちはともかく他の連中は、文化祭でもないのに男子と女子が朝っぱらから仲良く話すなどという光景は、見た覚えがなかったのだ。
そしてそれは、今日も同じように繰り返されていた。
昼休憩。
アニタに呼び出され、私はD組の教室前フロアに来た。二人でベランダの窓にもたれ、床に腰をおろした。
「打ち上げ効果、抜群だね」アニタが言った。「いつまで続くかはわかんないけど」
私は彼女の左隣に座っている。文化祭以降、このフロアにもベンチは置かれたものの、両端にあるそのふたつはすでに埋まっている。
「まーね」と、私。「ま、勝手にラブコメしてりゃいいんじゃないの」
彼女は笑った。
「みんなうるさいよ。アドレスどうのこうのはどっちでもいいけど、また打ち上げみたいなのやりたいって。あんたに言うの怖いからって、わりとこっちに言ってくるっていう」
「マジで死ねばいいと思う」
「酷いな。まあ半分冗談だけど。言いにくいからって。今度はもうちょっと人数増やしたいって話。っていうか、誘ってない子もさ、なんで呼んでくれないの! みたいなことも言ってきてる。携帯電話のことは話したけど、いらないから持ってないんじゃなくて、買ってもらえないからだとか言って。超愚痴だよ。冬休みに遊んだ子なんか、半分はその愚痴だもん」
笑える。「けどな、んなこと言われても、人数増やすとなると、体育館レベルになるじゃん。教室ならともかく、さすがに──あ、花見があるか」
彼女は訊き返した。「花見?」
「三月か四月、春休み。ランチとジュースとお菓子持ち寄り。場所は──オールド・キャッスルのバーデュア・パーク。あそこなら音楽は無理だけど、平日の昼間なら大人も子供もそんないないだろうし、いくら騒いでも問題はないはず。ゴミは持ち帰りになるけど。キャッスル・マウンテンは花見なんかするとこないし、ゲームとかじゃなくて、普通にボールとか持って行って遊べばいいんじゃね」
「いい!」アニタは笑顔で答えた。「先生たちもいないし、昼前集合で、ランチは女子が用意して、男子がお菓子とジュース用意すればいいんだ。女子は家で手作り弁当──とまでは言わないけど、サンドウィッチとかなら、みんな作ってこられるだろうし。そうじゃなくても、買ってくればいいよね。いいじゃん」
本当に、おもしろいくらい簡単に乗ってくれる。「まだ先の話だけどね」春休みといえば、三人組は卒業している。「人数も特に制限しなくていい。さすがに全員とは言わないけど、ゲームとかしなきゃ捌く必要はないわけだから、四十くらいまでならいけるでしょ。プチ遠足。ピクニック。そんな感じ」
彼女は意地悪そうに口元をゆるめた。
「そういう言いかたすると、あんたのキライなイベントだよね」
確かにキライだ。「だってバカっぽいじゃん、団体行動って。しかもそういうおおっぴらなことすると、うちらのキライな人間が出てくる可能性も高くなるわけだけど」
今度は顔をしかめる。「それはイヤだな。ゲルトたちと話してたら、必ず誰か割り込んでくるだろうし。それを捌くのもまた面倒だよね」
そこまで言うと、アニタはまたも悪戯っぽくにやついた。
「そういや一部の女子たちが言ってた。あんたとゲルトが二人で話してると、二人のやりとりが最強で、わりと話しかけにくいんだって。二人ともお互いの言うことにポンポン返事するから、会話に入っていけないとか。打ち上げで、ゲルトも普通に話してくれるってのはわかったけど、二人に恋愛感情が絡んでないってのもわかったけど、ありえないと思ってた男女の友情が目の前にある感じで、なんか割り込めないとか言ってる子が何人かいた」
「べつにいつも弾丸トークかましてるわけじゃないけどね。ゲルトが器用なのよ、私のテンションに合わせてくれるから。あんたやガルは、いつも明るいテンションで騒いでくれるわけだけど」
笑いながら左肩でこちらの腕を押す。
「ヒトをうるさいだけのバカ人間みたいに言わないでくれる? ま、言いたいことはわかるよ。ゲルトは確かに器用。空気読めすぎ。誰といても。たまにあんたに甘すぎる気がするけど」
空気というか正確には、テンションを読んでくれる。「それより、話したいことってなによ。ヒト呼び出したの、そんな話するためじゃないでしょ」
「ああ、それがさ」アニタは声のトーンを落とした。「あたし、クリスマス、先輩の家に泊まったじゃん」
アニタは先月のクリスマス、処女ではなくなった。
彼女が小声で続ける。「あれから、なんか、どんどん嫉妬するようになってんの。冬休みのあいだも、友達と遊ぶって言ったら、男がいるのかどうか、いちいち聞いてくるし。いないっつってんだけどさ。んで昨日の放課後、タスカとカーツと三人で話してたんだよね。したら先輩が迎えに来てくれて。すぐ帰ったんだけど、あんま男と話さないでほしいって、あとから言われた」
「打ち上げの話も、あんまよく思ってなかったっぽいんだよね」
「そう。超不機嫌だった。でも今思えば、それはまだマシだった。アドレスのこととかは話してないし、話題変えればいつもどおりだったから。でも今は、わりとあからさま。メールの相手も訊いてくる。そのうち電話見られそうな気がする」思案顔で言い、肩をすくませた。「どうすればいいのかさっぱり」
メールくらい、見られても困らないからどうでもいい。「私たちに嫉妬はないから、そういうのはよくわかんない。でも私なら、自分が我慢できない範囲にきたら別れると思う。っていうか、その前にハッキリ言う。友達は友達だもん。どんだけ独占欲剥き出しにされようが、学校で男と話さないってのは無理だし。や、できる奴はできるんだろうけど──不安とかなんとか、可能性の問題だって言いたいなら、話さなくても可能性はあるんだし」浮気の可能性など、どこにだって転がっている。「あんただって嫉妬したりしないんでしょ?」
「それほどしないかな。ベラの言うとおり、学校で男と話さないとか女と話さないってかのは無理だと思ってる。共学だし、なによりベラとゲルトみたいなのを知ってるわけだから」
「だよね。アゼルも学校じゃわりと、同期の女といることあるし。しかも今までに何度か、あいつの腕にしがみつくようにして? 歩いてる女を見たこともある」去年十一月の話。「胸をあいつの腕に押しつけて、アピールだよね。“私のほうが胸あるんだから!”、みたいな」
私は笑いながら言ったものの、彼女は苦笑った。
「ねえ、それ、イヤじゃないの?」
「べつに気にしないかな。浮気はイヤだけど、そういうのはさ、相手にされてない女がするんだと思うし。あいつがどういう態度とろうと、気持ちがないんだってのはわかる」気がする。
喧嘩さえしていなければ、アゼルも浮気はしない。おそらく。──おそらく。
「それに」私はつけくわえた。「なにがおもしろいって、そういう女がいる時に私を見つけると、近づいてくるか私を呼ぶかするのよ。んで、左腕にしがみつくそのアホ女がいるのに、私に“ヤらせろ”とか言うのよ。女は絶句だよね。まあ私は、“三年後にね”、とか返すわけだけど」
手で脚を叩きながら、アニタはけらけらと笑った。
「そんな会話がしたいわけじゃないけど、でも強いな。そうやって周りを巻き込みつつふざけるのは楽しいよね。それができればいちばんだとは思う。考えたら先輩もわりと、女といることはある。バスケ部の子いわく、エースでわりとモテるらしいから。取り巻きなのかな。あたしが嫌がらないからそうなってるのか、自分を棚に上げてなのかはわかんないけど」
「当てつけの可能性はあるよね」アゼルの去年の“罰”は、そんな感じだったのかもしれない。「私の場合は、男友達といるほうがラクだってのは言ってある。あんたはともかく、他の女友達は、程度の違いはあるにしても、妙に気遣ってくるじゃん。さっき言ってたみたいに、言いにくいとかなんとか。男友達──ゲルトたちは、そういうのがないからって、言いたいこと言い合えるからって言ってある。あんたのカレシがなに考えてるかは知らないけど、そういうくだらない嫉妬が原因で別れるのがイヤなら、許せる範囲で努力すればいいんじゃないの? 男と話す時は他の女にも混じってもらうとか、先輩が来る可能性がある時は、できるだけそうならないようにするとか。完全に服従する必要なんてないんだから」
「だよね」とつぶやくと、私の肩に頬をあずけた。「でもなんか、悔しい気もする。うちらはさ、昔みたいに男女が仲良く話せますようにって、ああやって打ち上げ合コンしたわけじゃん。成功の喜びに浸ってるところに、あんなのだもん。せつない」
正解がわからず、私は苦笑うしかなかった。
「ひとつ教えといてあげる。私はね、アゼルに、“お前は鈍いから、誰かにキスされてもなんとも思わないんだろな”って言われてる」
彼女が身体を起こす。
「どういう意味?」
「だから、他の男にキスされたとしても、キスくらいじゃ特に気にもしないんだろうなって。私もそう思う。さすがに深いのされたら、蹴るか殴るかくらいはするんだろうけど、フレンチくらいじゃたぶん、なにも思わない。意味わかんないだけ。で、あいつもたぶん、そのくらいじゃ嫉妬しないと思う」
さすがにわけがわからないらしく、アニタはその心境をあからさまに表情に出してくれた。
「いや、さすがにそれは──いや、でも──?」思いきり首をかしげながら言葉を切り、また私の肩にもたれる。「あんたなら気にしないんだろうなってのは、なんとなくわかる。鈍いのも知ってる。けど、アゼルもそんな? いや、でも、そうか。さっきの話も含めれば──」
「うん。だからさ、嫉妬関連では、私の話は参考にはならない。ただ、タスカたちにそういう話をしておけば、あいつらも気を遣うことくらいはしてくれると思う。先輩に対してどう思うかはわかんないけど、それはべつにいいじゃん。あいつらだって、あんたの前で先輩の悪口言うほど、性格悪くないよ。話すとしたら気遣えって態度じゃなくて、愚痴っぽくね。私たちの、昔みたいに気兼ねなく話せるようになってほしいって考えはわかってくれてるから、過度に避けるようなことはしないはず。ちなみにたぶん、タスカよりカーツが有効。タスカはバカだけど、カーツはゲルトと同じで空気が読める。さりげなくってのがうまいから、どうにかしてくれると思う。他のD組男子のことも。言えないなら私が頼むけど、頼むってのも変だけど、そこはどっちでもいい」
「なるほどね。わかった。あからさまに二人っきりで話してると、移動教室があったりで、いつ先輩が現れるかわかんないから、あとでカーツにメールしてみる。って、なんて言えばいい? やっぱ頼むことになるか」
「“大好きな先輩がかなり嫉妬深くなってます。男友達と話してることをかなり嫌がります。これってどうなの? 男心教えて!”、みたいな」
アニタは笑いながら身体を起こした。
「まあ間違ってないけど、カーツは絶対困るよね。は? って感じだよね」
私も笑った。
「まあそうなるよね。でもなんとなくわかってくれると思う。そんでとりあえず、私に言ってくるかもしれない。どうしろっていうんだよ! みたいな」
「ありえる。そん時はよろしく」
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五時限眼の休み時間、カーツァーからメールが届いた。
《なんかヘイズがわけわかんないこと言ってるけど、これは俺にどうにかしろって意味?》
私は返事を送った。
《タスカよりあんたのほうが話が早いから。放課後ヒマならB組にきて。そしたら詳しいこと話す。ゲルトとガルには一応話したから、そっちから聞いてもらってもかまわないけど》
少しして返事がきた。
《ああ、んじゃそっち行く。ヘイズには、“男心は知らないけど状況はわかった”って言った。めんどくさいよ、お前ら》
私たちではなく相手の男が面倒なんだよなどと思いつつ、また返信した。
《あんたにも早く春がくるといいね》
返事はなかった。




