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RED - DISK01  作者: awa
CHAPTER 10 * DREAMING AND DROWNING
64/91

* The Story Of Izabella

 昼寝をして起きて、またサンドウィッチを食べて少し遊んで、なんてことをしていると、あっという間に夕方になった。

 突然私が、“フィッシュ・アンド・チップスが食べたい”などと言いだしたものだから、わざわざナショナル・ハイウェイを少し東に下ったところにあるランチオネットまで、それを食べに行った。ウェスト・キャッスルにも建てればいいと思う。祖母が作るものには敵わないけれど、絶対儲かるのに。

 たまり場に戻ったあとはチョコレートケーキを食べた。なんとか六等分にして、最初に会った時と同じように私に食べかけのイチゴを与えたアゼルは、なぜかケーキを四切れも食べた。私は二切れ食べ、ケーキはあっという間になくなった。

 少し話したあとシャワーを浴びて、ふたりしてベッドに入った。

 「めちゃくちゃ食った気がする」私に腕枕をしているアゼルがつぶやいた。「なのに胃がもたれないから不思議」

 彼の腰に左手をまわし、私は笑った。

 「一応クリスマスは明日が本番なのに、ケーキぜんぶ食べたしね」

 「うまかった。飯食ったのに、さらに食ったし。しかもめずらしく、今日はビールを一滴も飲んでないっていう」

 言われてみれば、と思った。煙草は吸っていたが。「禁酒?」

 「しねえよ。けどサンドもケーキも、ビールで味変えたらもったいないなと」

 「泊まりにくる時の朝くらいは、なんか持ってこようか。昼食に、とかいえば、ひとりぶんくらい作ってもらえるでしょ」

 「あんま嘘つくなよ」

 「でもなんか変じゃん。コンビニのばっかり食ってる男に食べさせたくて、とか」

 アゼルが笑う。

 「確かに変。お前のキライな詮索が始まるかもな。ばーちゃんはどうなの? 詮索する?」

 「引っ越した最初の日はある程度したかな。まあ詮索っていうか、根掘り葉掘りは訊こうとしなかったけど、私がどういう生活してるかみたいなのだよね。どんな友達がいてどの教科が好きか、みたいな。でも必要以上には訊いてこない。普通に話すようになった今も」

 「へえ。じゃ、男といることなんて微塵も想像してないか」

 「してないだろうな。性格上、そういう気配すら見せてないと思う。アホな男友達が何人かいることは知ってるけど、その中に好きな人はいないのか、なんてことは訊いてこないし」

 「訊いてくんのは同期の奴らだけか」

 「そう。このあいだね、アゼルとマスティ、どっちとつきあってんだって訊かれた」

 「もちろん両方って答えたんだろ?」

 「は? いや、言わないし。なんでよ」

 「そこは言えよ。得意の飛び抜けた発想で」

 「違うよね。ただのビックリだよね。ただの嘘だよね。それ言ったら私、ただのタチの悪い女だよね」

 「どうでもいい人間には嘘つこうとなにしようと、どうでもいいんじゃなかったっけ」

 「まあいいけど。でも詮索が深まるようなことは言わない」

 「ああ。で、なにが訊きたいんだっけ。家のこと?」

 いきなりだった。そして軽い。

 「家のことといえば家のことだけど」と、私は言った。

 「お前に話してもどうでもいいと思われるだろうから、なんかな」

 ムカついた。「じゃあいい」

 「いや、話すのはべつにいいんだけど。俺もどうでもいいし。けどそれを訊きたいっつったのだって、交換条件みたいなもんだろ。心底知りたいわけじゃねえじゃん」

 ──よく、わからない。私はまた、考えもせずに言ったということなのか。

 「そんなに興味ないように思えるんだ」

 「お前は相手を知らなくてもやっていける人間だからな」

 イライラしてきた。「なにが言いたいの? 話したくないならそう言えばいいじゃん」

 「だから。こっちが話したくないっつって、ハイそうですかって簡単に諦めてくれる程度の義理や興味でしかないなら、話す必要はないだろっつってんの」

 ──言っていることは、わかる。「無理やり訊くことじゃないでしょ。話したくないことを無理に話してもらわなくたってかまわない」

 「言っただろ。話すのはべつにかまわねえって。たいしたことじゃねえって。けど俺は、本気で知りたいと思ってない奴にペラペラ話せるほど人間出来てないの。普段は本気で知りたいと思われても話さねえけどな」

 ──そんなことを、言われても。

 「──本気で知りたいかどうかなんて、わかんない」

 文化祭の時のマスティの言葉を思い出し、アゼルの腰にまわしていた手をゆっくりと、自分の胸の前まで戻した。

 「興味の持ちかたなんて、わかんない」

 私は、訊くべきではないのだと、子供ながらにわかっていた。

 「過去を知ったからって、なんだってわけでもない」

 だって気づけば、訊いてはいけない空気の中にいた。

 「なんなの? みんなして、過去を知って理解しろとかなんとか──」

 私にとっていちばんの疑問は、私の本当の親は誰なのかということだけだった。

 「私は、理解なんてされなくてもかまわない。理解してほしいとも思わない」

 私と同じ髪の色と瞳の色を持つ人間が、どこにいるのかということだけだった。

 「だって、できるわけないじゃない。真夜中の喧嘩に気づくたび、次の日には何事もなかったかのように仲のいい夫婦を演じるあの人たちを見るたび、私がどれだけ神経すり減らして、どれだけ泣いたかなんて──実際経験してなきゃ、わかるはずないじゃない」

 ──それ以外のことなど、どうでもいい。

 「自分がどこから来たのかもわかんないとか、こんな不気味な話、理解できるわけないじゃない」

 いちばん知りたいことが、誰にも訊いてはいけないこととして、ずっと自分の中に残っている。

 気づけば、以前包丁で切り込みをいれた左手指を握り、私は泣いていた。泣き喚いているわけではない。ただ知らないうちに涙が流れていて、両手も唇も、小刻みに震えていた。

 アゼルは、静かに切りだした。

 「──“どこから来たのか”の意味が、よくわかんねえんだけど」

 もういやだ。こんなこと、やはり話したくはない。

 「だから──髪の色も瞳の色も、おばあちゃんとも、あの人たちとも違う色なのよ」また、あの感覚だ。胸が苦しくなる。息がしづらい。「顔立ちも違う。身長だって、父親も、三人とも、背は低いほうなのよ。だけど私の身長は、まだ伸びてるし──」

 アゼルの親指が、ゆっくりと私の涙を拭った。

 「──じいちゃんは? もう一組いねえの? 何代も前のとか──」

 こんなふうに言われることが、本当にイヤだ。

 「おじいちゃんは、ずっと前に亡くなってる。顔を知らないから、おばあちゃんの家に引っ越した頃、勝手に家の中を探した。目に見えるところになかったから、写真を探した。写真は見つけた──だけど、似てなかった。髪の色も眼の色も、私の色とは違う。

 古いモノクロ写真だけど、おばあちゃんやおじいちゃんの親だと思う写真も見つけた。でもそれだって似てないし、色もたぶん違う。パパの親族には会ったことがない。話に聞いたこともない──どこでどうしてるのかだって、私は知らない。覚えてる限り、似てるなんてお世辞でも言われたことがない。

 だいいち、パパの髪はブラウンで、ママもおばあちゃんもベビーブロンドで、おじいちゃんは黒髪──そんな状態から、私みたいなマダーレッドの髪が生まれるわけないじゃない。

 私にだって時間はあった。子供なりに、それなりに調べたわよ。いろんな本を読んで、必死に理解しようとしたわよ。だけど、この髪と瞳の色は特殊なの。単独だって希少なのに、この組み合わせとなるとよけい、どこにだっているわけじゃない──だけど私は、同じ色を持つ人間を見たことがない。確信が深まっていったのはここ数年のあいだだけど、疑問はずっと小さい頃からあった。

 それに、内容は覚えてないけど、両親の喧嘩でそれっぽいことを聞いたのよ。内容は覚えてないけど、生まれてくるべきじゃなかったって思わせるような言葉を、自分の髪や眼の色が、両親の喧嘩の原因になってるんだって思い知らされるような言葉を、私は聞いてる。私の怒りはそこからよ。あとから後悔するくらいなら、私をこんなに苦しめるなら、なんで産んだりしたんだって、ずっとそう思ってた」

 わけがわからないまま、怒りに任せて喋り続け、とうとう、ずっと心の奥底に沈めていた事実を、いちばん言いたくなかった言葉を、口にしてしまったことに気づいた。

 そう。私は、聞いていた。

 内容は、本当に覚えていない。ただ、九歳という年齢には衝撃が大きすぎて、だけど怒鳴り声はまだ続いてて、聞き間違いだと思いたくて、ベッドに逃げ込んで、言葉を忘れようとした。

 確かに忘れた。だけど、疑問は残った。

 “だったらなんで産んだの?”

 その疑問が大きかった。それがなによりの疑問だった。その疑問だけは、ずっと心の中に残っている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 普段考えずに済んでいることを掘り起こすことになるから、詮索されるのはイヤだ。

 どのくらい続いたのか、短いのか長いのかわからない沈黙を、私は小さな溜め息で破いた。

 「──内容は、本当に覚えてない」私は静かに続けた。「忘れようとしたからか、本当に忘れた。“なんで”っていう疑問で、頭の中を埋め尽くしたから──だけど自分が喧嘩の原因になってて、生まれてくるべきじゃなかったって思わせられて、そのうえ髪の色も瞳の色も違うってなったら──もう、答えはひとつしかないじゃない。片方か、もしくは両方とも、私とは血が繋がってないのよ」

 他人からすれば些細なことでも、私にとっては大きすぎる。

 頭が痛くて、両手で額を覆った。

 「──最近になって、またひとつ気づいた。自分が他とズレすぎてるところとか、性格を考えたら、私の中に流れてるのは、ロクな人間の血じゃない。

 この話を聞けば、この性格は両親のせいなんじゃないかって思うかもしれないけど──そうじゃない。両親があんなふうになる前から、私はわりとズレてた。ヒトよりも無関心で、自己中で破天荒だった。両親のことは無関心さを完璧にしただけ。怒りと憎しみをさらに強くしただけ。短気な性格をよけい短気にしただけ。歪んだ性格をさらに歪めただけ──。

 なにがどうなってこうなったのかはわからない。もし片方だけでも血が繋がってるとすれば、十二年間の勘で母親だろうとは思うけど、あれだけ冷たい眼で見られてたらもう、どっちとも血が繋がってないんだって思うほうがラクじゃない──」

 それは、無意識に実行していた本音だった。

 「ぜんぶ含めて、他人が思うよりずっと複雑なのよ、私は。自分でも理解できないほど複雑なのよ。そんなんで、他人に理解なんてできるわけがないじゃない。訊くだの話すだの理解だの、どいつもこいつも、簡単に言いすぎなのよ」

 アゼルが涙を拭ってから、それ以上泣いてはいなかった。だけど胸が苦しくて、怒りと憎しみがいっぱいで、頭が痛かった。

 心の奥深くに埋めた記憶には、まだなにかがある。

 忘れたくて忘れた言葉。

 今はもう、思い出したくても思い出せない言葉。

 いっそのこと疑問も、消し去ることができればいいのに。

 だけど言葉もきっと、完全に消せたわけではないのだろう。またこんなふうになることがあれば、勢いで思い出すこともあるかもしれない。そう思うと、なにもかもが怖くなる。

 確かに謎は解きたい。

 だけど、傷つきたいわけではない。知りたくないような気もする。

 意図せず思い出すことになるのが怖い。心の準備ができてないうちから、思い出すことになるのが怖い。

 アゼルは腕を少し動かして下がり、私の両腕をおろして目の前にきた。右手で頬に触れる。

 だけど私は、目を開けられなかった。

 「──理解だのなんだのってのは、なに。マスティにでも言われたんか」

 私は、言葉にせずにうなずいた。

 彼が吐息をつく。「あいつが言いたいのは、まえに俺がキレた時の原因のひとつは、話を聞いて俺のことをそれなりに知ってれば、ああはならなかったかもってこと。あいつだって知り合って数ヶ月の他人を、完璧に理解できるなんて思ってねえよ。──けど、わりとおかしくなってる俺を見てて、もうちょっと他にやりようがあったんじゃないかって言いたかっただけ。お前が考えてるほど深い意味はない」

 ──いちいち、ムカつく。「深い意味があろうとなかろうと、私にとって、その言葉は重いのよ」

 「だからあいつも後悔してたよ。普通に話して、ちょっと探り入れるだけのつもりだったのに、俺にキスしたとか言いだすし、“理解”って言葉ひとつをやたらと重く受け止めてるし、十の意味で言ったことを、数倍重くして考えてるし、やたら意味深なこと言うわ、けど訊くに訊けないわで、わけわかんなかったって。言っとくけど、こういう話をしたのはヨリ戻したあとだからな。文化祭の日に俺が聞いたのは、お前が浮気をまったく気にしてないってことと、戻ろうとする気がまったくないってこと。もう関わる気がないってこと」

 ──浮気とか、本当に、なぜそんなにさらりと言えるのか。

 「お願いだから、もう黙って。なにをいつ聞いたかなんて、どうでもいい。よく考えもせずに疑問のことを口走ったせいで、今こうなってるってことだけは確か。あとのことなんて、なにを言ってもあとづけにしかならない。私のミス。それ以上でもそれ以下でもない」

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