* Christmas Eve
朝早くから祖母と一緒に作った、イチゴの乗ったチョコレートクリームケーキとサンドウィッチを持ち、たまり場に行った。
リビングには誰もいなかった。荷物を置いて奥の部屋をのぞくと、アゼルはやはり眠っていた。
私は彼の隣に寝転んだ。
「血まみれのクリスマスじゃなくて、とりあえずイチゴのクリスマスにすることにした」
彼は眠そうに目をこすっている。「イチゴ?」
「おばあちゃんと一緒にケーキ作った。そんなに大きいのじゃないけど、イチゴ乗せたチョコレート生クリームケーキ。あとサンドウィッチ」
「へえ」私をブランケットの中に入れて左腕で腕枕をし、右腕を私の腰にまわして目を閉じた。「お前でもそんなことするんだな」
「ついでなの」こちらも目を閉じる。「おばあちゃんがどこかに持って行くとかで、それを作るついで。ふたつもみっつも変わらないとか言って。でもちゃんと手伝った。イチゴ食べたり生クリーム食べたり」
アゼルは笑った。
「すっかり懐いたな」
「でも、いまだにここに来ること、友達とか言ってるんだよね。なんか中学一年の分際で、男がどうとかっていうのも、なんかなって。」
「まあ、どうだろな。自分の孫が実は変態だって知ったら──」
「変態言うな。違うっつってんのに」
「はいはい。言い方が悪いな。自分の孫が実はこんなロクデナシにひっかかってるって知ったら──」
「心配でしょうがないだろうな」
「いや、そこは否定するとこじゃねえの?」
「否定する前に肯定されてるじゃん。ロクデナシの意味がよくわかんないけど。それ言ったら私もロクデナシのような気がするし。っていうか、私はひっかかってるの?」
「知らね。ひっかかってるの意味がよくわかんねえ」
「騙されてるってことじゃないの? 誘惑にひっかかるとか──罠にかかるとかと同義語じゃないの?」
「ああ。どうだろな。んじゃ、ひっかかってるのは俺かも」
「違うよね、たぶん──や、よくわかんない。騙してるつもりはないけど、どうだろう」
「──なんつーか、支配されてるつもりはねえけど、やられてる感はある。いろんな意味で。すげえまずい気がする」
うん、わかる。「なんか、なにもかもを独占したいとかじゃないんだけど、普通の色恋とは違う気がする。や、普通のって、知らないけど。友達がしてる色恋とは違う気がする」
「違うな。嫉妬とかはない。けど、なんか──」
アゼルは、言葉を続けようとはしなかった。それ以上が思いつかないのだ。私もそうだった。続きを考えたけれど、思いつかなかった。
独占というのは、少し違う気がする。嫉妬もしない──浮気された時でさえ、イヤだったのは裏切りそのもので、自分のものなのだからとか、そういうのではない。好きは好きでも、周りに溢れているような、はしゃぐ類の恋愛とは違う気がする。
あえていうなら、“執着”。“溺れてる”。
そんな言葉を、使うべきのような気がする。
「──腹へった」アゼルがつぶやいた。
彼に、夢中だ。「私も。サンドウィッチ食べる?」
「なにサンドがある?」
「たまごにハム。シーチキン。カツサンド」
「マジか」
「うん。ケーキ焼いてるあいだに作った。びっくりするくらい手際がいいの。器用すぎる」私と大違いだ。
「マスティとブルの家の飯以外、食ったことねえ」
「そうなの?」私もアニタ家の料理以外、まともに食べたことはない気もする。「おばあちゃんは料理が上手。私は言われたとおりにするので精一杯」
「ちょっとは覚えてくりゃいいじゃん。んでここで作れ」
「ここ、器具も食器もまともにないよね。おばあちゃんの料理を持ってくるのが早いよね」
「友達だ友達だっつってるのに? バレるぞ」
「なんなら食べに来る?」
「また考えなしに言ってる」
「そっちがいいなら、来ればいい。いきなりは驚くかもしれないけど、私がちゃんと話しておけば大丈夫だと思う。このあいだアニタを連れて行ったけど、すごく喜んでくれた」
「──まあ、行ってもなに話せばいいのかわかんねえし。気が向いたらそのうちな」
確かにそうだ。アニタは話題に事欠かない、よく喋るタイプなので、会話ははずんでいたけれど。
「ん」左腕を彼の腰にまわすと、アゼルの胸に顔をうずめた。「あったかい」
彼は腕枕をした手で私の髪を撫でる。
「朝っぱらから誘ってんのか」
「誘ってないし。サンドウィッチ食べるんでしょ」
「いいこと思いついた」
私は顔を上げた。「なに?」
「ヤりながら食う」
思わず笑った。
「やだし。なにそれ。絶対食べられないし」
「お前は食えねえだろうけど俺は食える。余裕。なんならビール飲みながらヤるのでもいい」
「よくないし。そういうのはイヤ」人形扱いはもう御免だ。
「あっそ」
アゼルが右手で私の頬に触れ、キスをした。深いキス。深くて長いキス。
「──お前じゃ腹ごしらえになんねえから、サンドもらう」
あたりまえだがなんだかムカつく。「それ食べたらちょっと寝ていい? 朝早かったから眠い」
「だな。俺も眠い」
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窓際ソファの前に腰をおろしたアゼルはさっそく、カツサンドを一口食べた。
「うまい。コンビニのより断然うまい」
私は彼の左隣でたまごサンドを食べている。「なんだろうね、この絶妙な味。見ててもさっぱりわかんなかった。ぜんぶ目分量なのに、なぜかうまい」
「こういうのを毎日って、贅沢だな。お前がどんどん太っていく理由がわかった」
「いや、太ってないし」
早々にカツサンドを食べ終わると、彼はハムサンドを手に取った。ケーキと同様に、サンドウィッチも市販のケーキボックスに入れて持ってきた。
「いや、最初お前、ガリガリだっただろ。病的ってほどでもないけど。けど今は、身長のわりにはまだ細いって程度になった気がする」
アニタもそんなことを言っていた。
「いっぱい食べてるってわけじゃないんだけどね」と、私。「間食は昔からだし、食っても太んないから気分しだいで好きなだけ食べてるし。でも、夕食はわりとちゃんと食べるようになった。って、ここに来たらそうでもないけど──五年とか六年の時は、わりと少ない量だったんだよね。学校から帰ったら、リビングにお金だけ置いてあんの、二人とも遅くまで仕事してたから。その日のぶんのつもりだったのかもだけど、そのうち学校帰りにパン一個か二個買って帰るのが当たり前になってたな。土日は友達のとこ行くのじゃなきゃ、母親が作ってたのを食べてたけど。それもたいていは、“仕事が残ってるから先に食べてて”、だった。たまに一緒に食べても、まともな会話なんかほとんどなかった。もうなんか、ただ口に入れて飲み込んで、だよね」
アゼルは顔をしかめた。「ゲルトたちの話、ぜんぶホントだよな。六年の修学旅行にお前が言いだして花火持って行って、ホテル抜け出して遊んだとか」
「ほんとよ。物足りなくて、近くにあったコンビニにわざわざ買いに行ったってのもホントの話」シーチキンサンドを手に取った。「私はもう慣れてた。夜中の大喧嘩がはじまった頃は怖くてしかたなかったけど、そのうち慣れた。あたりまえになった。家で騒げないぶん、学校で騒いでたんだと思う。五年の時はともかく、ゲルトはたいていのことに巻き込んである」
彼はまたもカツサンドを食べはじめた。
「なんつーか、二重人格?」
「二重といえば二重かな。ロボットになるの。家じゃすごくおとなしかったと思う。部屋に閉じこもって、ただひたすら音楽聴いてるだけだから。でも学校でいつも笑ってるってわけじゃない。私はどっちかっていうと不機嫌な人間。たいていは突然くだらないこと思いついて口走るだけ。それをアニタたちが“遊び”に変えてくれるの。ま、私の場合は口走った時点で、すでに強制みたいな口調になってるらしいんだけど」
「アニタ含め、ツレ運? は、いいんだろうな。特に男。俺が知ってるアニタ以外の女は、クソみたいなのばっかりだけど」
「相性かな。相手の性格。なにを知ってても知らなくても、けっきょく変な発想につきあって、アホな奴だって笑って済ませてくれる人間がそうはいない。基本的にはアニタやゲルトたちだけ。ヒトによってつきあいかた変えるなんて器用なことはしてないつもりだから、運がいいといえばいいんだと思う。女運はクソだけど」
「俺はさほど苦労した覚えがない」またもカツサンドを取った。「苦労してんのはお前相手にだけ」
「苦労かけてるつもりはないけど、カツサンドばっかり食べすぎだから」
「ぜんぶうまい。肉が食いたいだけ」
「じゃあケーキいらないよね。肉じゃないし」
「いや、食うけど。ケーキはなに? 夜?」
「どっちでもいいんじゃないの? これだって、今十時半とかいう半端な時間で、ブランチ状態だし。昼寝のあとに食べて、夜また食べてもいいでしょ」
「んー。すげえ食いたい気もするけど、んじゃ夜にする。デザート。サンドがわりとあるから、昼もこれでいいよな」
「わりとあるけど、カツばっかり食べられたらあとに残らないじゃん」
アゼルは笑った。
「それは言えてる。おとなしくシーチキンにする」




