* Zest Evans
土曜日の午後二時前。
センター街で祖母と別れ、ひとりゼスト・エヴァンスに行った。
サイラスは左手に持った数枚のCDを棚に並べていて、私が店に入るなり、すぐこちらに気づいた。
「お、ベラ。久しぶりだな」
まだ一度しか会っていないのに、もう名前を覚えてくれた。髪のせいかもしれないけれど。「ひさしぶり」
「今日はひとりか?」
「残念ながら。おばあちゃんについてきたの。たぶん二時間くらいで仕事が終わるって。それまでいていい?」
サイラスは微笑んだ。「好きにしろ」
「ありがと。まえに買ったの、どれもこれもツボだった。他にもなんかある?」
「んー」彼は目の前の棚から左手に持っていたCDへと視線を落とし、こちらに訊いた。「ありきたりなCDショップの欠点てなんだと思う?」
意味がわからなかった。なので考えた。
「アーティスト名が書いてあっても、知らないアーティストだとジャンルがわかんない。普通の名前じゃなきゃ、バンドかソロかすら。視聴なんて頼めるはずがない。調子に乗ってジャケ買いすると痛い目に合う」
「だよな。男だか女だかわかんないグループ名で、ロックを歌ってそうな女がジャケットに写ってるのに、中身は男ボーカルのヒップ・ホップだったりする。女でもR&Bだったり。がっかりするよな」
「する。でも返品したくてもできない。開けちゃったから」
「そうだ。お前ならどうする? そんな感じで客をがっかりさせないために。知らないアーティストでも手を出しやすくするために」
「国内か国外かで分けるのは当然よね。で、男ボーカルか女ボーカルか。大まかなジャンル分け。グループかソロかをわかりやすくして、アーティストごとにどんな音楽か、どんな声かを簡単に書く。かな」
彼は口元をゆるめた。「暇ならちょっと手伝ってくれ。礼はCDで返す」
サイラスに続いてカウンターの内側に入った。促されて作業スペースの前に座ると、彼はカッティング・マットとカッター、定規とメモ帳とクリップ、そしてアーティスト名を書いた付箋つきのフリーの音楽情報雑誌や数年前のものらしい音楽雑誌を十数冊持ってきて、そこから適当にアーティストを選んでいちばん写りのいい写真を切り抜くよう言った。サイズはインデックス・プレートの半分ほどを目安に、小さいものしかなければ数枚で。どれが誰だかわかるようアーティスト名をメモし、切り抜いたものにクリップで留めて、用意されたプラスチックの白いパスケットに入れていく。
説明される前に、なにを作りたいのかがわかった。正解だった。特に好きなアーティストのことは、手書きでその紹介インデックスを書いてもいい、それを基準にPCで作っていくからとまで言ってくれた。
カウンターの隅でPCを操作する彼と背中越しに話をしながら作業した。けれどもさすがに客と話すなどということはできないので、客がきた時はCDラジカセに繋いだヘッドフォンをつけ、曲を聴いていた。うたいだしそうになるのをこらえるのに必死だった。
サイラスには、私と同じ歳の甥がいるという。だけどその子は私とは違い、音楽には無頓着。というか趣味がない。サイラスは結婚していなくて、将来この店はどうなるんだろうなとつぶやいていた。
私は自分の家のことを少し話した。親が離婚して、今は祖母と一緒に暮らしていること。最初は気まずすぎて、おとなしいイイ子を演じていたこと。
“捨てられた”などという言葉はさすがに使わなかったけれど、おそらくわかっただろう。それでも私は、自分でも意外なほど、平気な顔でそれを話していた。今の暮らしが楽しいからだろう。
サイラスは不思議なヒトだった。頭のよさそうな、端整な顔立ちをしているのに、大人な反面、とても無邪気で自由だ。おそらく私の父親と同じ三十代くらい。音楽が好きという部分も、父親と一緒だった。
ただ私の父親は、どちらかといえば顔立ちからして幼く無邪気なタイプで、歳をとるにつれておとなしくはなっただろうものの、記憶にある元の性格もわりとそのままだった気がするし、音楽は好きだったけれど、そこまで情熱的ではなかったような気もする。よく知らないが、音楽に関わる仕事をしていたわけでもなかったような。
けれど私が小さい頃は、ギターを弾いて聴かせてくれた。私はよくそのギターに合わせて歌い、踊っていた。母親と一緒に。なにがどうなってこうなったのか、今となってはさっぱりわからない。だけどもう、どうでもいい。考えてもしかたのないことだ。
それでもやはり、サイラスのようなヒトが父親だったらとは思った。だから離婚のことも、簡単に話してしまったのかもしれない。といっても母親があのヒトなら、けっきょく同じような結果になっていたいのかもしれないけれど。
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私は仕事が早かった。次々とアーティストを選び、そのアーティストの写真が載ったページをいくつも作業スペースに広げ、いちばんわかりやすいショットの写真を切り抜いた。目印代わりにと、切り抜いた雑誌のアーティストの付箋の位置は変えていった。
カッターでその写真を切り抜く時が最も集中する時で、そうなると、私は歌も声もまったくといっていいほど耳に入らなくなるらしい。
祖母からの電話が鳴り、仕事が終わったと告げられた。予定を少し過ぎた、約二時間半後のことだった。
「悪いな、助かった」カウンター越しにサイラスが言う。「仕事が早くて驚いた」
「ほんとにいいの? あとでバスで帰ることだってできるんだけど」
「用意した雑誌が半分以下に減ってるんだ。じゅうぶんだよ。年始休みのうちに、お前が言ったように店の中も男女別に分けるつもりだ。インデックスも変えていく。どうせ独り身で、わりと暇人だからな」
私は笑った。
「わかった。楽しみにしとく。いいクリスマスを過ごして」
「ああ、クリスマスがあったか」大げさに反応しながら、彼はカウンター脇に置いていた青い袋をこちらに差し出した。「CDが二枚。一枚はお前の好きなアーティストのニューアルバム、しかも明日発売の初回限定版。もう一枚は新規バンドのデビューアルバムで、ちょっと詰めが甘い気はするものの、たぶん気に入る」
「ほんと? ありがとう」受け取った。
「映画は観るか?」
「あんまり。センター街にくることすらそうないもん。今日来たのだって、まえにここに来た時以来よ」
彼が苦笑う。「お前、ほんとに音楽だけなんだな。まあいい。その中にセンター街の映画館の割引チケットも入れてある。なぜか六枚。観に行かないなら誰かにあげろ。無期限だからいつでも使えるけどな」
「うん、わかった。ありがと」
帰りの車内、祖母にサイラスのことを少し話した。だけどのめり込むほど音楽が好きだとは言えなかった。母親ももともと音楽が好きで、祖母はおそらくそれを知っているだろうし、そんなことを話してしまうと、また表情を曇らせてしまうのではないかと思ったからだ。
サイラスのくれたCDは興奮モノだった。特に初回限定版のほう。長いと四年も五年もニューアルバムを出さないアーティストが多い中、めずらしく二年ぶりのアルバムで、DVDつきの二枚組。ポップ・ロック系で、ダークなサウンドが耳に染みた。おもいっきりうたえば気持ちいいと思う。
もうひとつのアルバムでは、サイラスの“詰めが甘い”という言葉の意味がわかった。ポップ・ロック・バンドで紅一点女ボーカル。私が好きなサウンドよりは少し音が軽い。それでもアルバム内の半分以上の曲を気に入った。
私が音楽に没頭してるあいだ、祖母は頼んでいたドルマン・チュニックを仕上げてくれていたらしく、夕食前に見せてくれた。思わず飛び跳ねて喜んだ。
ひとつは夏仕様のショートスリーヴ、Vネックの濃いグレーで、バックにはシンプルラインでボタンつき。
もうひとつは冬仕様の黒い七部丈スリーヴ、薄いボア生地で、あまり意味のなさそうなポケットつき。どちらも膝丈上で、そのままでも着られるし、他と合わせもできる。
祖母もドルマン・チュニックのスタイルを気に入ってくれたらしく、生地を変えながらもう少し作ってくれることになった。私がよく泊まりに行くから、その寝巻きにもできるだろうと。
心の中で、“ごめんなさい”とつぶやいた。
二十四日も二十五日も、祖母は作ったものを寄付している福祉施設でのクリスマス会に行くらしく、私が友達のところに泊まりに行くと言うと、ケーキを作るけど持って行くかと訊かれ、思わず欲しいと答えた。福祉施設に持っていくぶんも含め、朝から一緒に作る。




