* Without Forethought
土曜日。
朝十時頃たまり場に行くと、アゼルに朝食と昼食を買ってきたというマスティとブルがいた。昼からデートでセンター街に行くらしい。
朝から吉と出るか凶と出るかのダブルデートに向かったリーズたちと鉢合わせするかもと言いながら、マスティは相手を家に連れ込む決意を、ブルは相手の家に行く決意を固めていた。そのような決意を見せられても困る。お返しに、私は三人に終業式の日の話をした。マスティもブルもものすごく参加したそうな顔をしたけれど、断固として拒否した。彼らは文句を言いながらデートに行った。
玄関先で彼らを見送った私は、玄関ドアの鍵を閉めてリビングへと戻った。アゼルはソファのコーナー部分に座っている。私は彼の左隣に腰をおろした。
「で」アゼルが切りだした。「お前はそうやって俺から逃げようとしてると」
「逃げないし。気を紛らわそうとしたのは確かだけど」
「だからもういいっつってんのに」
立てたばかりの脚を寝かせると、うしろに敷いていたクッションに右肩をあずけ、彼のほうを向いた。
「あげられるものはあげる。どうせたいした問題じゃない。このあいだはいろいろ考えたけど、話したら泣くことになるかもしれないけど、それでもかまわない」
アゼルは左手を私の腰の下にすべりこませ、頭を寄せた。
「あんな反応されて、聞けってのもどうかと思うけど」
「言いだしたのはそっち」
「そうだけど。とりあえずお前は、深く考えもしないままなんか言うクセ、なおしたほうがいいよな」
「すみませんでした」
「いや、合コンまがいのことはいいけど。お前が一度くれるっつったら、俺は期待する。あとからやっぱ無理とか言われたら、短気な俺はキレる」
知っている。「だから二週間も前に終業式のそれを決めたのよ。二日間準備に没頭したおかげで、話すって決められた。式のあとすぐは会えないけど。
これも、最初はやっぱりただの思いつきだったんだけどね。詮索とか情報屋扱いされることに嫌気がさしてて、逃げてたら、よく知らない同級生に会った。男友達の男友達。そいつは六年の時に転校してきたらしくて、一部の生徒以外、ほとんど知らないっていうから。あ、つきあってる子は一応いるらしいんだけど。私はそいつのことも他の女子から訊かれてた。でも知らないし。
そいつがなにを言ったわけでもないんだけど、なんかもう、普段そういうのを訊けないなら、それっぽい場所を用意してやるから、あとは自分たちで勝手にやれ、みたいな。うまくいけば、私は詮索も情報屋扱いもされなくなる。みんなにも一応のメリットはある。一石二鳥以上になる」
「ふーん。そいつに女がどうとか、お前が訊いたの?」
「他のコにカノジョいるのかって訊かれてたから、確認に。そしたらあとはほぼ勝手に喋ってくれた。喧嘩して別れそうだとかなんとか」
「それ、お前に気があるんじゃねえのか」
「まさか」
「ま、どうでもいいか」
「うん。どうでもいい」
「どうせお前は、俺以外の男を好きになったりしないしな」
「うん。しない」
「ほら。また考えなしに言った」
「じゃあなんて言えばいいのよ」
「いや、それでいいけど。けどあんま言うな。いつまで続くかわかんねえんだから」
アゼルの扱いは、実はわりと難しいらしい。
「その時の気持ちが本物でも言っちゃダメなの?」
「その時本気で思ったんならべつにいい。けどお前はよく考えもしないで適当なこと言うだろ。それはあとから俺がキレる原因になる可能性があるからダメ」
難しい。「気をつける。私が男友達と仲良くするのは気に入らない?」
「は? なんで」
「友達はカレシに嫉妬されてるらしい」
「くだらねえ。それ言ったら、俺はニコラともリーズともつるめなくなるじゃねえか」
納得した。「っていうか、同級生のとはつるまないの? アホ女と腕を組んで歩くみたいなのじゃなくて」
「グループ的にって意味なら昔はつるんでたけど、リーズたちが入学してきてからはほとんどないな。アホ女共があいつらとモメたから。誰もお前らのモンになんかなってないっつーのに」
「モテてなにより」
「お前はモテねえの? 誰かに告られたとか、誰かがお前を好きだって噂があったとか」
「知らない。好奇心と冷やかしで言われたことはあるけど、私はそんなのを相手にするタイプじゃないし気にするタイプでもない。どうでもいい。私に告白するなんて度胸ある奴、同期にはいない」
彼は笑った。
「お前は鈍いから気づかないんだろうな。ま、今はさすがに、お前に手出せる奴はいないだろうけど」
「おかげさまで──って、手出すってなに? どこかの誰かさんみたいに、つきあってもないのにキスしてくるとか?」
「そう」
「あんた関係なく、普通はそんなことしないよね」
「男はわかんねえぞ。口で言うよりキスのほうが早い。すぐ落とせるだろ」
「すぐに落ちた覚えはない。っていうか他の女にもしてんじゃん」
「いや、してねえよ。今のはたぶんて意味。言っただろ。俺はもともと、キスするのは好きじゃねえ。できればしたくない。フレンチ以上なんてよけいだ」
ムカついた。なぜかはわからないが、とてもムカついた。
「じゃあ、私が誰かに告白されたらどうすんの?」
「いや、どうもしねえけど」
「じゃあキスされたら?」
「さあ」
その答えはどうなのだ。「知りようがないか。私が報告しなきゃわからないだろうし、わざわざ報告するのも変だし」
「だな。お前はキスされても、一回や二回なら気にしないんだろうし」
「でもやだ」
「“でも”ってのはやっぱり、俺がキスした時も特に気にはならなかったと」
ひっかけ問題だった。「っていうか、わけがわかんなかった。嫌がらせだと思った」
「なかなか落ちないからどうしてやろうかと思った」
「キスだけやたらとされてもわかんないし」
「だから鈍いっつってんだよ」
「鈍くてけっこう。っていうか、意味がないって言ったのはそっち」
「だから、三年が入学したばっかの一年に手出していいのかどうかで悩んでたところで」
「だからって意味がないってのは意味わかんない」
「したかった。落としたかった。けど悩んでた。見栄。それでいいだろ」
とうとう投げやがった。
「もういいや」と、私。「なに言っても今さらだ」
「そういうこと。俺はわりと見栄っ張り。意地っ張り」
「うん知ってる」
「黙ればいいと思う」
「え、なんで? 自分で言ったんじゃん」
「お前に言われたらムカつく」
なぜだ。「わかった」と言い、私は身体を起こした。体勢に疲れた。「寝る」
彼が微笑む。「なに。めずらしく誘ってんのか。しかも真昼間から」
「笑えるけど、私はひとりで寝るの」
アゼルも身体を起こした。
「そんなことできると思ってんの?」
「できる」
「へえ」
悪戯に微笑むと、彼は両手をソファについて私の脚の上にまたがった。顔を近づける。
「んじゃお前はマスティの部屋で寝るか? 俺は自分の部屋でひとり寝るから」
なぜ今さらドキドキするのだろう。「そうする」
「よし」
キスをした。深すぎるキスを、思わず応えてしまうキスを、自分の身体を支えていた腕から力が抜けるほどのキスを、再びクッションに背をあずけ、身をよじってしまうほどのキスを、激しくて、思わず息が荒くなってしまうほどのキスを、何度も。
「──終了」やっと唇を離してそう言うと、アゼルはまた微笑んだ。「一緒に来ねえなら、俺は鍵閉めて寝る」
ムカつく。「卑怯者」
「どうする? 一緒にベッドに入って続きするか? それとも鍵閉めてひとり寂しく寝るか?」
ああムカつく。「あいだをとる。一緒に寝るけどしない」
「へえ。そのセリフがいつまで続くか見物だな」
私はかたまった。「怖いです」
「だから考えなしに言うなっつってるだろ。そういうこと言うからにはどうなるか、ちゃんと思い知らせてやる」
──やられた。そういう意味か。ものすごく怖い。




