* Sudden Ideas
アゼルから、クリスマスに秘密が欲しいと言われた翌日、木曜日。
いいかげんうんざりした気分でひとり、第三校舎の三階から四階へと上がる折り返し階段──以前アニタが連れ去られた場所に座った。左腕を曲げた膝に乗せ、右手でうつむく頭を抱える。
今週に入ってから、みんなどうかしてる。
月曜、ゲルトたちにキーホルダーをあげてからというもの、あいつらに好きな女はいるのか、カノジョはいるのか、ベラは誰かとつきあっているのか、誕生日はいつなのか、アドレスが知りたいからどうにかしてほしい──などと、わけのわからないことばかりを言う人間が増えた。
記憶が正しければ、さきほどA組の二人に訊かれたので八度めだ。B組だけではなく他のクラスの連中まで、とうとう本格的な色恋に目覚めたらしい同級生の女たちが、やたらと彼らのことを訊いてくる。しかもよく知らないマーニのことまで。
これ以上頭の中をかきまわされたくなくて、用があると言ってここまで逃げてきた。
これがクリスマス効果なの? それとも冬休み効果? どちらにしても、まだ二週間以上ある。
なんなの? 冬マジック? 小学校から知っているのだから、自分たちで訊けばいいと思う。
とは思ったものの、気づいた。そういえば私たちの学年は、それほど男女仲がいいというわけではない。小学校四年か五年になった頃から、男女共に変に意識をしはじめ、それほど話さなくなっていた。
知るわけがない。私には関係がない。だいいち、なぜ私があの中の誰かとつきあわなければいけないのか。なぜいちいち、誰かと誰かの仲介をしなければいけないのか。情報屋でもない。
他のクラスの人間も訊いてくるということは、おそらくB組の誰かから話が漏れたのだろう。それなりに仲がいいということは周りも知っているはずだが、中学にあがってもまたプレゼントをあげるなどということをしたから、“両想い”レベルではなく“つきあう”レベルの恋愛ができる年齢になったから、火がついたのだ。
ただでさえ、アゼルにどうあの話をすればいいのかと悩んでいるのに、なぜみんな放っておいてくれないのだろう。
というか、私、話すのか。本気か。
昨日、あのあと、けっきょく最後までして、私はどうにか気がラクになって、あの話を続けることはなかった。それでも心の中にはずっと、重い違和感のようなものがあった。
もうイヤだ。二週間の猶予があるとはいえ、その二週間のあいだ、どういう態度をとればいいかがわからない。
共有することがどういう結果をもたらすのか、私は知らない。だってずっと、ひとりで抱え込んできた。
誰かの意見など聞きたくはない。なにも言わないでいてくれるのならラクかもしれないが、そんなわけがない。絶対になにか言う。
慰めも反論も同情も意見も、私はなにも、欲しくない。
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「なにしてんの」
背後で声がし、はっとして顔をあげた。振り返ると、数段上の踊り場にマーニが立っていた。
「そっちこそ」
「忘れ物を取りに音楽室に」
彼は階段をこちらへとおりてきた。右手にはアルトリコーダーの茶色いレザーケースを持っていて、それで右肩を叩いている。四階には音楽室がある。
「リコーダー、似合わない」
「うるさいよ」数段上、左側に腰をおろすと、リコーダーを脚とおなかのあいだに挟んだ。曲げた両膝に伸ばした腕を置く。「で、なにしてんの?」
「逃亡中」
「犯罪者?」
イライラした。「もういい。今はそういう遊びにつきあう気分じゃない」
おそらく、学年の中でいちばんチャラチャラしているだろう男。といっても私、同学年の男の半分は、顔も名前も覚えていないけれど。
彼は笑った。「ひでえ」
無視して質問を返した。「あんた、誰かとつきあってる?」
「は? ああ、カノジョ? いる。前の学校の同級生」
「んじゃ誕生日は?」
彼の口元がゆるむ。「なに、尋問?」
「そう。なんか女子たちがうるさいから。情報収集」
「へー。誕生日は十月二十三日」
十月二十三日。「よし。それだけでじゅうぶん」
「え。早いな。軽いな」
「私が興味あるわけじゃない」
マーニは不満そうな顔をした。「んじゃひとつ補足する。カノジョとは別れそう。今ケンカ中。オレが会おうとしないから」
なぜ補足した。「これはなに? なんで会おうとしないのかって訊くところなの?」
「普通はそうだけど」
興味ないのに。「んじゃなんで?」
「面倒だから」
思わず呆気にとられた。訊く必要がなかった。訊いても意味はなかった。
「素敵な返答どうも」なぜ私の周りはこう、変なのが多いのだろう。
彼はなぜか笑った。
「だって遠いじゃん。いや、グラナリー・イシューだけど」グラナリー・イシューはウェストキャッスルの東にある町だ。「夏休みに告られて、まあいいかと思ってつきあったけど、もうわりと面倒。夏休みとかならともかく、わざわざ会いに行くの面倒だし」
面倒と言いだせばすべてが面倒になる。「呼べばいいじゃん」
「やだよ。こっちの同級生に会ったら面倒だし」
「そんなんじゃ一生誰ともつきあえない」
「いや、違う。紹介すんのが面倒って意味。こっちの女ならそんな必要ないだろ。みんな顔見知り」
私は改めましての紹介などしたことがない。「んじゃこっちの誰かに告白されたらつきあうの?」
「可愛いけりゃ」
「この学年に可愛いと思うのはいる?」
「何人かいる。けどあんま知らね。転校してきたのは六年の二学期だし、オレの前の学校もそうだったけど、なんかオレらの年齢って、あんま男と女で話したりしないじゃん。いや、お前と一部は例外っぽいけど。カーツァーつながりでワルテルたちとは話すようになったけど」エデのことだ。「他はぜんぜん」
イライラすると、なぜかひらめく。
「よし、わかった」私は立ち上がった。「面倒事は一気に片づけてやる」
彼はぽかんとした。「は?」
右足を一段おろし、彼に微笑んだ。
「まだ気にしなくていい。終業式まであと二週間ある」二週間のあいだに、私はアゼルに話すかどうかをしっかりと、決めなければいけないわけだけれど。「まずは担任の許可をとるところからはじめる」
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マーニと別れ、第一校舎一階におり、ひとり職員室に入った。
職員室というのは好きではない。教師たちの香水のニオイに加え、コーヒーや紅茶、煙草のニオイが入り混じっておかしなニオイになっているし、片づけているつもりなのか片づかないものなのか、いつもごちゃごちゃとしている。
一年の教師のデスクが並ぶ場所に担任を見つけられず室内を見まわしていると、職員室の中央南側にある教師用の休憩コーナーにその姿を見つけた。
私が所属する一年B組の担任であるオルフ教諭は美術担当の四十歳手前らしい男で、大丈夫なのかと一部の生徒から心配されるほど、太っている。だがやさしく温厚で、物分かりはいい。生徒からも好かれている。
コーヒーをすするオルフ担任に近づくと、同じく休憩コーナーに、国語担当で学年主任のおばさん──カンニネン教諭と、生徒指導主事で三年の男子に体育を教えている色黒の男性教諭の姿が目に入った。私とリーズ、ニコラに制服のことを注意したのはこの教諭だ。
窓際でコの字に置かれたブルーソファに腰かけている担任がこちらに気づき、カップをテーブルに置いた。
「グラール。どうした」
少々でも見えないようになのか、担任が座っている場所の正面には太くて白い柱が立っている。私は担任の左ななめ隣で同じくコーヒーを飲んでいた生徒指導主事と、彼の左隣で紅茶を飲んでいた学年主任の正面でソファに腰をおろした。
「相談が」
主事はなにかと訊く前に、カップを置いてソファに背をあずけ、腕を組んだ。
「お前、どんどんその格好で学校にくる生徒たちが増えてること、知ってるか?」
私は悪びれることなく微笑んだ。「もちろん知ってますよ。支持率が高くてなにより」さっさとこのスタイルの制服作れ。
「すみません、ほんとに」苦笑った担任は両脚に腕を置き、主事から私へと視線を戻した。「相談て?」
こちらも同じように身を乗り出す。
「終業式の日、二時間か三時間程度でいいんで、教室を貸してください。もしくはどこかの会議室でもかまいませんけど」
教師三人は片眉を上げて顔を見合わせ、またこちらに視線を戻した
「なんのために?」と、担任。
合コン。違う違う。「クリスマスパーティー兼、少し早めの忘年会。学年の極ごく一部の生徒たちとやろうかなと思ってます」
主事が顔をしかめる。「もう少し具体的に言え。人数は? 一年だけか? 終業式の日は大掃除がある。そのあとLHR。学校は昼前には終わる。昼食はどうする?」
そこまで考えてねえよ。しかし答える。
「昼食は、食べるとすれば朝から学校に持ち込みます。放課後にみんなでコンビニに押しかけるなんてのは、さすがに非常識なので」非常識な人間がなにか言っている。「でも昼食を食べるとなると、けっきょく朝、生徒たちがコンビニに寄る可能性が高くなりますよね。それは学校側がよく思わないでしょうから、昼食よりもお菓子をメインにしたいと思ってます」私、すごい。思いつきでぽんぽん喋っている。「ひとり三百から五百フラム程度を目安に、朝からジュースやお菓子を持ち込む。もちろん他の生徒に知られないよう、目立たないように。人数はそんなに多くしたいわけでもないので、二十人から三十人程度で考えてます。ただ口止めしたとしても、どこまで話が広がるかわかりません。四十を超えたくはないですが、なんせうちの学年の連中、口軽いのが多いんですよ」
控えめに苦笑って言うと、彼らも苦笑った。
事実ですから。続ける。
「昼食を食べないことを前提にしておけば、そこまで時間はかからないと思います。お菓子だけじゃ空腹に限界があるので。借りたいのはCDデッキひとつ。あと片づけや掃除はちゃんとします。焼却炉に捨てられないなら、ゴミは持ち帰るつもり。先生も知ってると思いますけど、私は二年とも三年とも、つきあいがある。でも彼らを呼ぶつもりはありません。同期だけにしないと、間違いなく気まずい雰囲気が出来あがる。そうはしたくない。あくまで一年の一部だけってことで」
三人はまたも顔を見合わせた。
ソファに背をあずけ、担任が主事に訊く。「どうなんでしょう?」
「まあ、騒ぎすぎないと約束するなら、許可はおりるでしょうね。ぼくを含め、何人かの先生方は夕方まで学校に残りますし、ハメをはずしすぎるなんてことにはならないかと。一年の教室ならここの真上ですし、騒ぎすぎてるとわかれば、すぐに注意にも行ける。見まわりにも」
私は口をはさんだ。「見まわりにくるのはいいですけど、教室に入ってきて雰囲気ぶち壊しなんてことはしないでくださいよ」
担任は一瞬にして呆れていた。「グラール──」
はっとした。背筋を伸ばして口元をゆるめる。「ごめんなさい」笑うところではない。私。こらえろ。
主事は苦笑いながら、同じく苦笑う学年主任に訊いた。
「どう思われます?」
喉を鳴らし、学年主任がやっと口を開く。
「いいんじゃないですか? 校長先生や教頭先生の許可がおりるかどうかはわかりませんが、一応訊いてみても」
担任が私に言う。「じゃあとりあえず、校長先生にはこっちから頼んでみる。人数は二十か三十に抑えなさい。ゴミはちゃんと片づけて、騒ぎすぎないと約束すること。他の一年を含め、二年や三年が知ったら、他の先生方にも迷惑がかかる可能性があることも忘れずに」
「それから」と、主事がつけたす。「終業式の日はちゃんとした制服を着てくること」
私は立ち上がり、微笑みを返した。
「了解しました」




