* What He Want
終わったあと、気づけば眠っていた。おそらく終わってから三十分ほどなのだけれど、アゼルも一緒に眠っていて、一緒に起き、ふたりであくびをしながらリビングに行った。
マスティは買ったばかりの漫画を、リーズとニコラは買ってきたばかりの雑誌を真剣に読んでいて、私たちは眠っていたことにした。嘘ではない。
といっても、彼女たちはわざわざ訊いたりしない。マスティも、リーズやニコラがいると、そういう話はあまりしない。三人だったり、ブルと四人でいる時は、遠慮なく下ネタをぶちかましてくれるけれど。
お菓子を食べながら、彼女たちと雑誌に載ったスカジャンやデニジャケのコーディネートについて勉強しつつ、やはりまともなスカジャンは高いらしいと、ひとり心の中で諦めた。
リーズとニコラはそれぞれの相手にメールを送った。土曜にもう一度四人で遊ぼうと。できればスウェットかジャージ姿で、そこから買い物に行きたいと。自分たちの服も借り物だったので、自分たちの買い物にもつきあってほしいと。相手からはすぐに返事がきた。オーケーだった。
ブルは夕方、家に連れ込んでいたらしいエルミを途中まで送ったあと、たまり場に寄った。リーズたちの話を聞いて苦笑い、クリスマスをどうするかで真剣に悩んでいた。
みんな揃ってたまり場を出ると、私はアゼルとコンビニに行き、またたまり場に戻って、再びふたりきりになった。
「クリスマス、なんかいる?」
夕食のあとの真っ暗な奥の部屋。ベッドに座って壁にもたれ、背後から私の腰に手をまわしているアゼルに訊いた。
「そういうタイプだっけ」
「プレゼントって意味? ならたまにする。仲のいい友達には誕生日、毎年あげてるし。このあいだもあげたし。クリスマスは気まぐれだけど」
「だから誕生日訊いたのか」
「だからってわけじゃない。ふと気になっただけ。わざわざ自分から誕生日訊いてまでなにかあげるタイプじゃないし。たいていみんな、自分で喋るよね。ようするにくれってことだよね。あげてもいい相手にだけあげる。私は誕生日もクリスマスもクソだと思ってるけど」
「俺もクソだと思ってる。最初に会った時、二日? 遅れで誕生日祝ってただろ。クソだと思った」
「だよね。いいって言ったんだけど。でもケーキはおいしかったし、嬉しかった」
「そこは俺がやったイチゴがうまかったって言えよ」
「初対面で食べかけのイチゴ食わせるってないよね」
「ないな。どんな顔すんのかと思って。けどすげえ普通だった。処女のくせに」
「他にどういう反応すればよかったの?」
「食べかけのイチゴは誰にもしたことないけど、飲みかけのジュースとかやったら、女はみんな落ちるぞ」
「私そこまでバカじゃない」
「お前は鈍い」
「鈍いからわかんない。クリスマスはなにかいるの? あ、クソだと思ってるならいらないか」
「くれるとしたらなに?」
「わかんないから訊いてるんですけど」
「んじゃお前」
「もうちょっとわかりやすいものにしてくれます?」
「わかりやすいだろ。そのまんま」
「いらないってことで結論出していいですか」
そう言うと、彼は私の右耳に頬を寄せた。
「──言ったら、絶対くれるわけ?」
「あげられるものなら」
「──お前の、秘密」
心臓が、揺れた。
秘密。秘密。秘密?
「秘密って、なに」
「マスティに言っただろ。誰にも言ったことがない、誰とも共有する気のない疑問があるって」
一瞬にして、全身に小さな鳥肌が立った。文化祭の時だ。確かに言った。
「──マスティは、口が軽いの?」
「違う。俺想いなだけ」
言ったのは、べつにかまわない。口止めはしなかったし、話してほしくないなんてことは思わなかった。話すとも思っていなかったけれど──。
だってこれは、これを話すということは、ずっと封じ込めてきた疑問を、深く考えないようにしてきた疑問を、また考えるということになるような気がする。アゼルを見るたび、その疑問が頭に浮かぶということになる気がする。
──祖母の顔を見るたび、高確率でそうなるように。
「イヤならいい。無理にとは言わねえ」
家族のアルバムは、気づけばなくなっていた。私の小さい頃の写真も、小学校低学年の頃の写真も、目に見える場所にあったはずなのに、気づけばどこにあるのかわからなくなっていた。
祖母の家で暮らすことになって数日、家の中を掃除しながら、いろいろな場所を探した。ヒントを探した。
でもなかった。見つからなかった。見つからなかったということは、疑問に対する自分の仮の答えを、正解だと確信させるということだった。
イヤかどうかで言えば、イヤだとしか言えない。怖い。なにが?
反応を見るのが。反応を見るのが怖いというのは、信用していないから?
よくわからない。こんなこと、どう信じればいいのかわからない。
「──やっぱいい」
アゼルの声ではっとした。気づけば全身に力が入っていた。どうにかそれをゆるめた。
おさまれ、神経。おさまれ、心臓。だいじょうぶだから。
大きく息を吸い込み、そして吐き出した。
「──そんなに、気にすることじゃない。他人からすれば、そんなに大きな問題じゃない。けど──」私にとっては、大きすぎる。
アゼルは、私の首筋にキスをした。
「信じろとは言わねえ。でもそれを聞いたとして、誰かに喋ったりするつもりはねえよ。けどイヤなら話さなくていい。ただ、俺はお前ほど無関心じゃねえ。そういうのがあるって聞いたら、訊くべきじゃないってわかってても、気にはなる」
──それが、普通の人間。
「──ハートレスじゃ、ないじゃん」私はアゼルの首に、閉じた目をうずめた。「ハートレスは、私のほう」人間味がない。私は、いろんなものが抜け落ちている。
全身の力が抜け、涙が浮かんだ。考えたくない。
自分の性格を考えると、私の中に流れているのは、ロクな人間の血じゃない気がする。
「──ハートレスは、泣いたりしねえ」
どうだろう。そうなのか。なにを人間らしいというのか、なにを人間らしくないというのかが、よくわからない。
「──ごめん。話せるかは、わかんない」胸が、苦しい。「今は、考えたくない」お願いだから、まだ出てこないで。「考えたくないから、キスして」
いっそのこと、記憶をぜんぶ消せればいいのに。
アゼルはなにも言わず、キスをした。ベッドを逆さに、ふたりで倒れこんで、何度も何度も、深いキスをした。
記憶があるから、悩むことになる。
記憶があるから、苦しむことになる。
記憶があるから、疑問を振り払えないでいる。
臆病な私は、訊くことなどできない。
祖母が、その答えを知っているかどうかもわからない。
だって、祖母の家にはヒントがなかった。
はじめて見た写真の中のそのヒトにも、私と似ていると言える部分はなかった。
その写真を隠すようにしまっていることもまた、仮の答えを正解に近づける手助けになった気がする。
私の人生を、秘密と怒りと憎しみにまみれさせたのは、どこの誰なのだろう。




