* Dominate
水曜日。
午後のLHR中、リーズからメールが届いた。“体育館前で待ち合わせ!”と。
体育館へ向かうと、うなだれ場所である体育館の窓前バームで彼女たちは待っていて、こちらに気づくとすぐ、笑顔で手招きした。
リーズの説明によると、修学旅行で会った男たちからメールが届いたらしいのだ。彼女はそのメールを見せてくれた。
《なんかすごい恥かかせてごめん。反省してる。やっと会えるって思ったら、どうすればいいかわかんなくてテンパッてた。俺ら好青年ぽくしてたけど、実はそうじゃないし、煙草吸うし酒飲むし授業サボるし、高校も行く気ない。真面目なフリをとおすか素を暴露するかですごい悩んで、悩んだ結果があれになった。スカジャンは好きなんだけど、やっぱ時代遅れなのかもな。ちゃんと雑誌買って勉強しなおす。そっちはもう会う気ないだろうけど、一応メール送る。ありがと。 P.S.君らはすごいお洒落で可愛かった。もし君らがまだ俺らに会ってくれる気あったら、そのセンス分けて。じゃ》
返答に悩んだ。「オメデトウ?」
ニコラが苦笑う。
「そうでもないよね。あたしんとこにも似たようなメール来たけど、センス分けてとか言われても困るし。どうすればいいかよくわかんなくて」
「そう」と、リーズ。「そこが問題。煙草吸うとかはべつにいーんだ、ぶってたのはこっちも一緒だし。すげー嬉しいんだけど、けっきょくセンスがないことに変わりはないんだろうし、お洒落になってくれたらそれでいいんだけど、こっちはスカジャンが好きって言ってる。ベラが言ったとおり、スカジャンも合わせようなのかもしんないけど、どうなんのかってさっぱりだし」
「で、また会うかどうかを決めかねてると?」
「だってこんなメール送ってこられたら、好きなスカジャンやめろとか言えねーじゃん。しかもまだ好きな気持ちもあるような、けど会うの怖いような、どうすればいいんかと」
「好きなら会えばいいんじゃないの? コンビニにはスカジャンが載ってるような雑誌はなかったけど、本屋ならあるかもしれない。許せるコーディネートが載ってる雑誌があるかも。スカジャンにもきっと、似合う似合わないはある。どれを選んでも似合わないと思うなら、ちゃんと言えばいい。あんだけメール送って、むこうもスカジャンは時代遅れなのかもって認識はあるわけだから、やめさせようと思えばやめさせられる。ニコラのほうもそう。切る覚悟であれだけメール送ったんだから、それでそういうメールがきたんだから、もうどうなろうとかまわないでしょ。もう一回会ったとして、追い詰められるのがどっちかはわかんないけど、さらに傷つける覚悟でもう一回会えばいい」
二人は悩ましげな表情で顔を見合わせた。
「──確かに、それは言えてる?」
ニコラの言葉にリーズも同意した。「言えてる。完全に切る覚悟だったもんね。逆ギレかまされるか、そのままメールこないかだと思ってたし。喜んだけど、どうすればいいかわかんなくて──あれだけど、なんか、そういえばすでに、わりとひどいことしてるよね。うちらもショックのあまりヤケだったし。今さらか」
今さらなことに今さら気づいたのか。「なんなら四人とも、スウェットとかジャージとかで、センター街で会えばいい。そんでイチから揃えていけばいい。たぶん、その二人は自分に似合うものってのをわかってない。だから客観的な目と意見が必要なんだと思う。もちろんハッキリ言わなきゃだけど──試着ならタダだし、なんなら写真撮っていって、いちばん似合うと思ったのを勧めればいいんじゃない? で、最終的に選んだモノがやっぱりダサい組み合わせとかなら、もう完全に切ればいい。今はまだどうにかなりそうな状態なんだから、賭けてみてもいいと思う」
リーズは口元をゆるめた。
「だよね。そうする」ニコラに言う。「土曜。もう一回がんばってみようか。むこうにもがんばってもらう」
「だね。それでダメだったらもう諦めて次探す」
「ってことでさっそく本屋行く?」
「行こうか。で、雑誌を片っ端から──」
「なにやってんだお前ら」
声のしたほう、右後方を見ると、こちらに歩いてくるマスティがいた。アゼルもいる。
「立ちっぱなしの放課後の世間話を少々」と、私。
「お前は世間に興味ないだろ」
なんてことを言いながら、アゼルは私にもたれるようにして左腕を肩にまわした。
「失礼だな。確かに興味ないけど。重いよ」
「メールきたんだって」
リーズが彼らにメール画面を見せると、マスティが受け取ってアゼルと一緒に読んだ。
「──見事網に引っかかったな」と、マスティ。
ニコラがつっこむ。「網言うな」
「で、会うのかこれ」アゼルが訊いた。
口元をゆるめてリーズが答える。「まだ返事してないけど会うつもり。賭けてみる」
「どいつもこいつも必死だな」マスティは携帯電話を返した。
私は、ブルはどうしたんだと訊いた。
「そのうち来るだろ。平日の女連れて」
つまりエルミのことなのだが、マスティの言葉に、リーズとニコラと三人で苦笑った。
「邪魔しちゃ悪いから、さっさと去ろっか」ニコラがリーズに言った。
「だね。今日はベラ、たまり場行くよね。どうする? 本屋行く?」
マスティが口をはさむ。「本屋? なにしに?」
「ダサくならないよう、メンズ・ファッション雑誌を買い漁りに行く」ニコラが答えた。「スカジャン系統探してみる。放置してたらどうなるかわかんないから、とりあえず次会う時はイチから相手の服を揃えてみるつもりで」
「ご愁傷様だな」私の肩に腕をまわしたままのアゼルが、私にしか聞こえないだろう小声でつぶやいた。
「んじゃマンガ買ってきて」マスティが言った。「新刊の──」言葉を切り、アゼルと私を見る。「あれか。俺が行けばいいのか」
「どっちでもいーよ」と、私。
ニコラが苦笑う。「マスティじゃ戦力にならないけど、まあいいか」
リーズも笑ってうなずく。「マイナスにならないことを祈るしかないね」
「黙れアホ」
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一足先にアゼルとふたり、たまり場に。
彼のあとに続いて中に入り、玄関のドアを閉めると、鍵をする暇もなく深いキスが襲った。私の背をドアに押しつけ、右手をスカートの中にすべりこませて脚を撫でる。ときどき強引な部分がある。
「──場所、間違ってる」
彼は微笑んだ。「ここですればいいんじゃね」ドアノブに手を伸ばして鍵を閉める。
「絶対やだ。肩にカバンかけたままなんて聞いたことがない」
「それは確かに邪魔そう」
そう言うと、アゼルは身体を離してリビング──を通り過ぎ、奥の部屋へと向かった。
そんなうしろ姿を見ながら、私は吐息をついた。
こうなるのには、なにか理由があるのか。さっき、なにかが気になった。こちらもカバンをおろしながら彼に続く。
思い出した。
「なんで“ご愁傷様”なの?」
彼は奥の部屋のドアを開けた。「あとで」
学校からここに来ると、アゼルは高確率で奥の部屋の、ベッドではなくクローゼットに直行する。私はそれをリビングで待つ。今日は、ドアの傍らで待った。事後でも朝でもないのに着替えるところを見るのはなんだか、変だから。
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アゼルの着替えが終わり、部屋に入った。ドアを閉める。
彼はベッドの端に腰かけた。「鍵かけろよ」
する気なのかもしかして。「“ご愁傷様”って言ったじゃん。あれ、なに?」
彼はすぐには答えず、ナイトテーブルに置いた煙草を一本出して口にくわえ、火をつけた。煙を吐き出す。
「まるで“支配”だなと思って」
アゼルは“支配される”ことがキライ。
「大げさ」
カバンを床に置き、スカートのポケットから携帯電話を取り出した。新規メール画面を開いて自分の名前を打つと、煙草を吸う彼に近づいてそれを差し出した。
「一昨日、ふと気づいた」
「なに」左手で携帯電話を受け取る。
私は彼の隣に座った。「私の名前、知ってる?」
「ベラだろ? 苗字がグラールだってのは、お前のツレが呼んでんので知ってるけど」
やはり知らない。「“ベラ”っていうのは愛称なの。ちゃんとした名前はそれ。“イザベラ”。スペルはそれ」
「は?」一度携帯電話の画面を見やり、またこちらに視線を戻した。「マジで?」
「マジよ。私はその名前が大嫌い。ついでに言えば苗字もキライ。や、今はおばあちゃんがいるから、まえほどじゃないんだけど。みんな苗字か、たいていは愛称で呼ぶ。っていうか呼んでくれる」
ゲルトに誕生日プレゼントを渡してからけっきょく、タスカやカーツァーも、ついでにマーニも、“ベラ”と呼ぶようになった。
私は続けた。「たまに自分の名前忘れるよね。まあそれはいいんだけど。そのスペル、ちゃんと見て。私の名前で使うのは、“S”じゃなくて“Z”。一部であんたの名前が出来上がる」
彼は煙草をナイトテーブルの上にある灰皿の中の火消しに入れ、もう一度画面を確認した。
「──“A”──“Z”──“E”──“L”──うわ」
「私が意図したわけじゃないけど、あんたにとってはものすごく微妙な感じなんじゃないかと思って」
「微妙すぎ」携帯電話を閉じてナイトテーブルに置いた。「取り込まれてるみたいですげえ微妙」
彼は倒れるようにベッドに仰向けになった。
「できれば名前変えてやりたいところだけど、さすがにそんなこと言いだせないし」
吐息をつき、左腕を伸ばした。
「こい」
従う。横になって彼の腕に頭をあずけ、左腕を彼の身体にまわして目を閉じた。
アゼルが私の髪を撫でる。「なに言ってもしょうがねえんだろうけど、お前は俺のキライなもんばっかり持ってる気がする」
私はうっすらと目を開けた。「なに?」
「年下。正義。赤毛。処女」
変な組み合わせ。「赤毛がキライな理由は?」
私の髪を撫でる彼の手が、止まった。
「──俺の殺したい相手が、赤毛だから」髪の一部を指ですくいあげ、落とした。「ここまでの赤毛じゃねえけどな」
「なのに髪、染めたの?」
こちらを向くと、アゼルは私と額を合わせて目を閉じた。
「赤は憎しみの色。怒りの色。敵意の色。お前が言ったんだ。血の色でもある。お前もその髪がキライで、でもお前の色でもある。だからまあいいかと思って」
同じか、似たようなものを抱えている。
私もまた目を閉じた。「あんたももう“赤”よ」
「どうだろな。そんないいもんでもない。歪んでるからもっと黒っぽい」
「それでも赤いことに変わりはない。黒は黒だけだもん。黒っぽくて歪んでるのは私も同じ。でも赤なのよ」
「──早くしねえと、あいつらが戻ってくる」
「夜まで待てばいいと思う」
「今日は夜までか。なんかお前、通い妻みたいになってるよな。しょっちゅう掃除だの洗濯だのはじめるし」
「中学一年にふさわしいセリフじゃない」
「だったらもっと中一らしくしろよ」
「じゃあ中一らしくオセロする? それともゲーム?」
「ありえねえ」
「あきらかにしました、みたいなあとでみんなの前に出るこっちの気持ちも、ちょっとは考えてくれればいいと思う」
「期待は裏切るもんじゃねえよ」
頬に触れた手で促され、顔を上げた。
上半身を起こし、キスをしながら、アゼルが私の身体に触れる。さっきの玄関での強引さが嘘のように、私の身体に触れる手が、唇が、舌が、いつも以上にやさしい気がした。というより、弱々しかった。
それでも欲望だけは弱々しくなんてあるはずがなく、ひとつにつながる頃にはいつもどおりになっていて、時間があまりないというのをわかっているからか、それとも私がいつもするように、傷を“怒り”に変えたのか、アゼルは私を“支配”しはじめた。
アゼルのキライな──彼が憎む“支配”がどんなものなのかを、私はまだ知らない。




