* December Memories
十二月は、冬。けれども十二月は、あまり好きではない。なぜって、クリスマスがある。
小学校三年の時のクリスマス、真夜中のあの人たちの喧嘩はほとんどあたりまえのものになっていたけれど、私の前ではまだそれなりに、“仲のいい両親”を演じていた。
なにが欲しいかと訊かれ渡されたクリスマスプレゼントは、それまでひとつだったものが、ふたつになった。今思えば、甘やかしたわけでも演技のうしろめたさからでもない。単に、一緒に選ぶのをやめただけだ。
サンタクロースのプレゼントはそれまでどおり、ひとつだけをもらった。
四年の時も、プレゼントはやはりふたつだった。
だけどなにが欲しいかを私に訊くことはなく、父親は二年も前に私が欲しいと言って、まだ早いと言われたものを。母親は数ヶ月前に一緒に買い物に出かけた時に私が見てた、大きな雪景色のパズルをくれた。私は喜んだフリをしたけれど、本当はすでにどちらにも興味がなかった。
サンタクロースのことはもう信じていなかったし、そんなことを頼める状態でもないとわかっていたし、神様さえ憎んでいたから、私はサンタクロースに手紙を書かなかった。サンタクロースも、私にプレゼントを贈ることをやめた。
五年の時のクリスマスは、ツリーがなかった。
父親からのプレゼントはCDプレーヤーで、もう私のことなど考えていないと思っていたから、それがすごく嬉しかった。だけど朝プレゼントが部屋に置かれていただけで会えなかったから、“ありがとう”と書いたメッセージカードをリビングのテーブルに置いて眠った。
父親は家に帰ってこなかったらしく、次の日の朝もそれはリビングのテーブルにそのまま残っていて、正気に戻った私は、それを自分の部屋に持ち帰り、破って捨てた。
それでもそのプレーヤーは私のお気に入りだった。父親からのプレゼントだからではない。耳を塞ぎつつ、手軽に音楽が聴けるからだった。家では寝る寸前まで、ほとんどそれで音楽を聴いていた。
母親は、大量の服と靴を買ってくれていた。それもやはり部屋に置かれていただけなものの、そんなことは気にしなかった。それからは毎日その中のどれかを身につけ、時間があれば一日に二度以上は着替えて、いろいろな組み合わせを試した。雨の日に傘もささず水たまりに入ったり、わざと汚れるようなことをして、服が目に見えて劣化していくのを楽しんでいた。おそらく、私にやたらとシャワーを浴びて着替える癖がついたのは、こういった行動のせいだ。
六年になると、どちらもプレゼントを用意することをやめた。一週間ほど前に離婚することが──正式に離婚する月が決まったからだ。
“三月に引っ越すことになるわ”、と母親に言われた。
私は、“わかった”と答えた。
どちらに、などということは訊かなかった。もう二人はロクに言葉を交わさなくなっていたし、私もロクに話さなくなっていた。どちらとも、一緒に暮らしたいなどとは思わなかった。
というより、すでに諦めていた。どうでもよかった。
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少し肌寒い月曜の朝。
開いたままの後方ドアから教室に入っていくと、私とゲルトとガルセスの席の周りに、なぜかD組の三人組がいた。カーツァーとタスカとマーニだ。
私の席に座ったカーツァーがこちらに気づき、「グラールが来た」と言うと、彼らは一斉にこちらを見た。
頭につけていたヘッドフォンを首におろす。教室内から「おはよ」と声をかけてくるクラスメイト数人には、適当な態度で挨拶に応えた。ハヌルもその中にいた。
ジョンアの一件以来、ハヌルはしばらく、恐怖と恥と怒りの眼を私に向けていた。だがいちばん気がかりだったのはおそらく、私があの情けない姿のことを他の人間に話していないかということだろう。当事者とも言えるアゼルたち三人とリーズ、ニコラを除けば、私は、ジョンアとナンネ、エルミには“蹴りを入れた”とは話したけれど、それ以外は誰にも、なにも離していない。エルミたちは、ハヌルがどんな反応を示したかも知らないし、事が事なので、他言したりもしていない。それでいい。騒ぎ立てられると面倒になる。
あの一件のあと、学校に出てきたジョンアにこっそり、ハヌルはあやまったという。ジョンアは逆恨みするようなタイプではないし、あまり気にしてもいない。だから今では、普通にハヌルと話をしている。
そんなこともあって、ハヌルはもう忘れることにしたらしく、近頃では私にも、普通に話しかけてくる。本当に不気味な奴だ。そのまま隠居すればよかったのに。全世界がそれを望んでいるのに。
私は彼らに訊いた。「なにしてんの?」
「さっき校内放送あったの、聞かなかったのか」私の席の隣の机に腰かけているタスカが言った。「なんか職員会議が長引くとかで、十五分くらいHR延長するって」
歌を聴いているのだから、聞こえるわけがない。「へー」
ヘッドフォンのコードについたリモコンで曲を停め、なぜD組がここにいるのかと訊くと、カーツァーは「なんとなく」と答えた。
「なんであんたは私の席に座ってんのよ」
「来ないのかと思った」と、カーツァー。
呆れながらもヘッドフォンを首から取り、肩からカバンをおろしてひとつうしろの席に置いた。カバンにヘッドフォンをしまい、代わりにコンビニの白いビニール袋を取り出して、自分の席にいるゲルトに投げた。
「毎年恒例誕生日プレゼント」
「コンビニの袋で誕生日言うな」受け取ってそう言うと、彼は隣の席にいるガルセス、その机に腰かけていたマーニと一緒に中を覗いた。「大量のガムだ」
「コンビニにあったほとんどのガム、何本かずつ買ってきた。もうひとつある」今度は小ぶりなブルーの紙袋を取り出して見せる。「こっちが本命」
タスカがそれを受け取った。中を覗く。
「なんかごちゃごちゃといっぱい入ってる」
「どれがいいかわかんないから、適当に買ってきた」
彼はカーツが座る席、つまり私の机でそれを広げた。
「変なキーホルダーが大量」
ガルセスも立ち上がってそれを確かめる。
「大きく分けたら二種類か。ちゃんとオレらのぶんもある」
私は小学校二年の時から、ゲルトに誕生日プレゼントをあげている。きっかけは、私が彼の持っていたヘンテコなキーホルダーに見とれたことからだった。よっぽど物欲しそうに見えたのか、ゲルトがそれをくれて、私は数ヵ月後、彼の誕生日に、別のヘンテコなキーホルダーをあげた。
三年になり、ゲルトの誕生日にガルセスのぶんも用意した。次はカーツァーとタスカにも用意して、それ以来、そんなことを毎年繰り返している。でもゲルトの誕生日が十二月三日だということ以外、他はよく知らない。
登校前、チューイングガムが欲しくてコンビニに寄り、そこで大量のガムを買ったあと、学校の傍にある小さな文房具店に寄り、色づけされ、ヒト型に組まれたカラフルなストーンのふざけたストラップを七種類と、ついでにどこかの民族の仮面や伝説の生き物らしい、不気味だけどかっこいい気もするブロンズのキーホルダーを五種類買った。
机の傍にしゃがんだタスカは、トカゲのような形のブロンズのキーホルダーを見せた。「オレ、これにする」
なぜトカゲなのだろう。「ふざけたカラフルなキーホルダーのどれかとセットだからね」
キーホルダーを選びながらゲルトが笑う。
「お前のプレゼント、変なのばっかり」
ガルセスも早々にキーホルダーをふたつ選んだ。「去年は灰皿に見えない灰皿だったよな。オレら、それを家で鍵入れにしてるっていう」
「小学生に灰皿渡すって」苦笑うマーニがこちらへと視線をうつす。「そういやお前、ハーネイだけ名前で呼んでるよな。なんで?」
その質問になんの意味があるのかをまず教えてほしい。「ゲルトは小学校一年の時から、五年の時以外はずっとクラスが一緒なの。その影響?」違うけれど。「あと苗字が呼びにくいから」これはある。
ゲルトが笑う。
「正直に言えよ。“苗字が覚えられなかったから”って」
ばらすなよ。「うるさいよ」今思えば難しくないのに、なぜか覚えられなかった。先に名前を覚えた。
マーニは納得した。
「それもあるけど」私は続けた。「ガルセスは“ガル”って呼んでる。カーツァーは“カーツ”。タスカは呼びにくくないからそのまま」
「ああ。そういやお前を下の名前で呼んでるのも、ハーネイとガルセスだけだよな」
ゲルトもふたつのキーホルダーを選び、それを右手指にかけた。
「俺が一年の時から、呼びにくいって理由で縮小しまくったそれで呼んでたから。ヘイズもガルも周りも、いつのまにかそれで呼ぶようになった。しかも実はこいつ、苗字で呼ばれるの、あんま好きじゃない」
カーツァーがこちらに言う。「マジか」
確か小学校の三年か四年の時だ。
「呼びにくいと思いながら呼んでたこの数年間が無駄になったな」と、タスカはカーツァーと顔を見合わせて苦笑った。あまったキーホルダーの中からふたつを選び、「やる」と言ってマーニに渡した。
「名前で呼んだら殺されるのかと思ってた」と、カーツァー。
「だったらとっくにゲルトとガルの命はなくなってる。蹴りくらいは入れるかもしれないけど、呼べるもんなら呼んでみろ」
ガルセスが笑う。「何様だ」
「そりゃお前、ベラ様だよ」
間髪いれずにゲルトが答えた。彼らは笑った。
「うるさいよ。っていうかアニタは?」
「今さらか」タスカが言った。「誘ったけど、オトコとメールするとかで拒否られた」
アニタはすっかり先輩に夢中だ。「じゃあそのヘンテコなキーホルダー、ひとつ渡しといて」
朝のHRが終わったあと、アニタからメールが届いた。
《キーホルダーありがと。超可愛くてものすごく笑った。HR中にタスカとカーツが似たようなの見せてアピールしてくるから、思わず笑って担任に怒られた。マジ最悪。でもキーホルダーはバッグにつけたよ。朝そっちに行けばよかった。先輩とメールしてたんだけど、エルミがやたらと絡んできた。ノロケばっかり。うちのクラスで彼氏いるの、うちらだけだから。下ネタばっかでものすごくうざい》
私は返事を送った。
《ものすごく笑ったのはヘンテコだからだよね? べつにいいけど。変だから選んだんだけど。こっちのクラスに来たらハヌルがいる。どっちがマシなんだろ。ま、朝は話しかけてこなかったけど。D組の三人組が来ただけですごいうるさかった。エルミの話が下ネタばっかりなのは、そういうことしかしてないから。まともなデートなんてしてないみたいよ。あと三ヶ月でクラス替えがある。あいつらと一緒にならないことを今から祈ろ》
“送信完了しました”と表示が出たところでまた思い出した。
あと三ヶ月で、アゼルたちが卒業する。
彼らは、高校など行く気はないと言う。生活は今とそれほど変わらない、と。
それでも、なにがどうなるかわからない。正直、ちょっと怖い。




