* An Affair Of Drinkers
ナイトテーブルの上にあるアゼルの携帯電話の音で目が覚めた。
ほとんど同時に起きたアゼルは電話をとり、二言、三言で会話を終えると、私に「ドアの鍵を開けろ」と言った。
目をこすりながら身体を起こし、ふらふらの状態でベッドをおりると、あくびをしながらドアの鍵を開けた。
とたん、マスティが入ってきた。すぐさまドアを閉め、鍵をかけた。
「おはよ」と言い、こちらはベッドの端に腰かける。
アゼルも身体を起こして右脚を立て、そこに腕を乗せた。
「で、なに」
よく見ると、ドアに背を向けて立ち尽くすマスティの表情は、なぜか真っ青だ。
「やべえ」
「なにが?」私は訊き返した。眠い。外はまだ薄暗い。何時なのだろう。
「やっちまったかも」
「なにを?」
「なにをじゃねえよ。そのまんまだよ。ヤッちまったかもっつってんだよ」
私はぽかんとした。アゼルと顔を見合わせ、また彼へと視線を戻す。
「誰と?」アゼルが訊いた。
誰と!?
マスティはうしろ手でドアノブを握ったままだった。視線は前方ななめ下をずっと見つめている。
「──ふと、目が覚めて起きたら──ベッドで──、隣に────が──」
わかんねえよ。
「どっちだよ」と、アゼル。
数秒の沈黙のあと、マスティはやっと口を開いた。
「──リーズが──」
放心状態らしく、ドアに背中を支えられるようにしてずるずると、両脚を立てて座りこんだ。
あーあ。
「覚えてんの?」
アゼルの質問に、彼はうつむいたまま首を横に振った。
「ぜんぜん覚えてねえ。いつ寝たのかも、どうなったのかもぜんぜん覚えてねえ。部屋に入った記憶すらねえ。そんな状態でヤッたかどうかなんて、わかるわけもねえ」
お酒は最低です。
「服は?」
「俺はこの状態」彼は上下黒のスウェットを着ている。昨日夕飯から帰ってきたあと、シャワーを浴びて着替えた。「けどリーズはよくわかんねえ。シーツかぶってたし、上はキャミソール着てたと思うけど、下まで見る余裕ねえ。そんな余裕ねえ」
見たら変態。
「ベラ」
はいはい。
私は立ち上がり、「どけ」とマスティに言って部屋を出た。
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リビングのキッチン側ソファでは、コーナー側に頭を置いてブランケットをかぶったニコラが眠っていた。一方ブルは二人掛けソファの前の床に転がって寝ている。一応ブランケットはあるものの、ほとんど意味がない状態だった。テーブルの上にも床にも空き缶が散乱している。あれからまだかなり飲んだらしい。
隣の部屋に入る。リーズはベッドの上、横を向いてシーツにくるまり、幸せそうに眠っていた。寝顔を見るのははじめてだった。なんだろう、この、犯罪者になった気分。
起こさないよう肩にかかったシーツをめくると、彼女が黒いキャミソールを着ているのがわかった。貸した服の下に着ていたキャミソールだ。昨夜、トレーナーを着せたはずなのだが。
今度は下からシーツを少しめくると、足首が見えた。ジャージを履かせたはずなのに。もう少しめくると、今度はふくらはぎが見えた。ジャージはどこへ消えたのか。
突然、リーズが仰向けになった。
びびった。寝返りをうっただけ。びびった。
起きていないとわかったので、覚悟を決め、腰あたりのシーツをゆっくりとめくって中を覗いた。なぜこんな変態めいたことしなければならないのだろう、などと思いながら。
そこで私は、きょとんとした。
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奥の部屋に戻る。さっき私を通すためにドア前から壁にそれたマスティは、まだそのままの位置にいた。ドアを閉めると頭を抱えていた腕をゆっくりとおろし、不安げな顔で私を見上げた。
アゼルはベッドヘッドにクッションをはさんでもたれ、煙草を吸っている。「で?」
ドア前報告。「上はキャミソール。トレーナー着せたはずなのに着てなかった。リビングに転がってた。下もジャージ、履いてなかった。履かせたはずなのに。これもリビングに転がってた」
マスティはまだ真っ青なままだ。「──つまり?」
つまりと言われても困る。「私が貸したショートジーンズは履いてた。ベルトもしてた。トラッシュ・ボックスにもそれっぽいのはなかった。見える範囲でだけど、ベッドとその周りにも」
「──ベルトしてたんなら、してねえよな、たぶん」アゼルが言った。「酔ってる状態で服脱いでヤッたとしても、服着たとしても、ベルトまでは締めなおさねえだろうし」
マスティが私とアゼルを交互に見やる。
「──マジで?」
「たぶんね」と、私。私ですら、酔っていなくてもベルトはしない。
「ああ、よかった」マスティは気が抜けたように床に倒れ込んだ。「マジで焦った」
アゼルは火消しに煙草を入れた。「人騒がせにも程がある」
「今何時?」
私が訊くとアゼルが答えた。「六時。まだ寝れる。っつーか寝る」
マスティは瞬時に身体を起こした。
「ベラ。お前リーズと寝ろ。俺はここで寝る」
「は? 私が隣で寝てたら変だって」
「夜中に起こして替わったとか言やいいだろ」
納得はできるが、安心していいのか。
「ソファは?」アゼルが訊いた。「ブルたち使ってんのか」
「あ、窓側が空いてた」
「んじゃお前、そこ行きゃいいじゃん」アゼルがマスティに言う。「朝っぱらからヒト起こしたうえにベッド奪うってどんなだ」
「俺がソファじゃ寝れないって知ってるだろ」
「なにそのわがまま」
私は思いきり背伸びをした。まあいいか。
「いい、私が行く。わりとどこでだって寝られるし、でもどうせしばらく寝れないだろうし、目閉じてじっとしとく」
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ブランケットをかぶって窓側ソファに横になり、クッションに頭を乗せた。リビングにラグはなく、なのにブルは床で寝ている。身体が痛くなりそうだ。マンガを読もうかと思ったけれどそんな気にもならず、とりあえず目を閉じた。
浮かんだのは、赤。
赤い血。
あの映像が、意識していないのに、勝手に再生された。
見慣れたモノクロの光景かと思いきや、血だけが赤だった。
しかも私は、口元をゆるめ、少し楽しそうだった。
目を開けた。
ダメだ。やりなおし。他のこと。歌のこと。
再び目を閉じ、頭の中で音楽を再生した。
ゼスト・エヴァンスのサイラスが勧めてくれたCDは、どれも不思議な魅力があった。聴けば聴くほど、想像力を与えてくれる気がした。
そのうち、“このテーマだと、私ならこう書くのに”というのが浮かんでくる。それもやはり想像でしかない。私は他人のように物事に対して多感ではないし、他人ほどヒトの気持ちを考えない。
私が作詞をはじめたらどうなるのだろう。怒りのテーマばかりになりそうだ。
たとえばこの状況を歌にするとしたら、どんな感じ?
“目が覚めたら男友達が同じベッドで眠ってた”。
一曲分なんて続かなさそうだ。想像を加えればできるか。でもそんなことを、リーズとマスティ相手にできるわけがない。
そんなことを考えてるうち、いつのまにか眠った。




