* Make A Cut
ビールを飲み干したアゼルとふたり、コンビニへと向かった。空は黒というより濃すぎるブルーで、星がたくさん出ている。
「誕生日いつ?」
歩きながら、私の右手を握るアゼルに訊いた。
「なにが起きた」
「ヒトが質問するたびにありえないことが起きたみたいな反応するの、やめてくれます?」
彼は笑った。
「二月だ。二十七日」
真冬だ。「いいな、二月生まれ」
「なにが」
「冷たいのがぴったりだから」
「喧嘩売ってんのか」
「売ってないし。雪がある」
「雪に潰されりゃよかったんだ」
「潰されるよりは凍るほうがいい。もしくは雪を血で真っ赤に染める。キレイよ、きっと」
「それもいいな」彼は空を見上げた。「雪はいいけど、雪が降る時の空は微妙だろ。灰色の雲ばっかり」
私も空を見上げる。今にも星が降ってきそうだ。だけど確かに、雪が降る時の空は、キレイではない。
「上なんて見なきゃいい。まっすぐ雪だけ見るの。もしくは積もった雪だけ」目を閉じて想像した。「一面真っ白。山も木も道も真っ白。銀世界とかじゃない。とにかく真っ白の世界。そこにこうやって」再び目を開け、ハンドバッグを持ったまま左腕を前に伸ばした。「この状態で、ナイフで腕に切り込みいれるの。手首からまっすぐ。雪に血が落ちる。赤く染まる」
アゼルがまた笑う。
「酔ってないんだろうけど、やっぱ発想飛びぬけすぎ」
「そう?」腕をおろした。「いちばんいいのはね、背中にまっすぐ切り込み入れてもらうの。首下からね。そのまま雪に倒れ込む。円形に血が広がってく。そうやって死んでく」
「自殺願望か」
「死のうとしたことはないからだいじょうぶ。いつ死んでもいいとは思ってたけど」
「過去形」
「私が死んだら、あんたがまたおかしくなる」
「もともと狂ってる」
「私がいる時は狂ってないから大丈夫」
「うぬぼれんなアホ」
私は笑った。
「じゃあ理由を変える。死んだら復讐できなくなるからやめとく」
「俺に復讐するとしたらなに?」
「憎んでないからしない」
「たとえば」
「今度こそホントに消える」
「効果あるといいな」
「ないとは思わない」
「うぬぼれんな」
「あんたもね」
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たまり場から歩いて三分ほどのところにあるコンビニの前には、オールド・キャッスル名物の不良たちがたむろしていた。六人が円になるようしゃがみこみ、ビールを飲んだり煙草を吸ったりしている。こちらに気づいたひとりが、気まずそうな表情でアゼルに声をかけたものの、彼は視線を返しただけで、ほとんど完全無視だった。
彼らはアゼルたちのふたつ上らしい。つまりは十七歳。二年前、アゼルたちが中学一年の時、当時三年だった彼らに喧嘩を売られたそうで、マスティとブルがひとりずつ殴り倒し、アゼルが二人をボコボコにした。残りの二人は腰を抜かしていたらしい。
思わず笑ったけれど、ふたつも年下の男にやられた彼らに、というかいまだに頭が上がらないらしい彼らに、少々同情した。
適当なつまみと朝食を買い、ソフトクリームを食べながらコンビニから戻ると、リーズとニコラはおもしろいくらいに酔っていた。コンビニに行くのにそれほど時間をかけたつもりはないのに、すでにろれつがまわっておらず、なんだかよくわからない話題でものすごく笑っていた。
ついでだから酔ってやると決めたらしいマスティとブルにはまだしっかりと意識があって、けれどもそれなりにテンションが上がり、もう少しでちょうどよくなるという感じだった。
私はアゼルに言われてシャワーを浴びに行き、アゼルは買ったつまみを彼らに渡した。
シャワーから戻ると、アゼルがブランケット数枚とトレーナーとジャージをソファに放り出していた。ニコラとリーズに着せろと言うと、彼はシャワーに行った。私は笑い転げる彼女たちに、どうにかそれを着せた。酔っ払う客に絡まれる酒場の店員の気持ちがわかった気がした。
“もうやめたら?”、などと言うのは無意味だった。マスティたちも今日、たまり場用にビールを買い足したばかりで、缶は次々と開けられていく。私はリーズとニコラに絡まれながらも、とりあえず空き缶を集めた。
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「いいの? あれ」
ほとんど真っ暗な奥の部屋、うしろ手でドアを閉めて訊いた。
アゼルは即ベッド。「ほっとけって。今さらだし。鍵閉めろよ」
従って鍵を閉めた。鍵を閉めるのは、はじめてのような気がする。
「で? なんで突っ立ってんだ」
ドアの向こうにみんながいるからです。「怖いと思う?」
彼は壁にもたれ、右脚を立てている。「なにが」
「血がどうとか、なんか、考えがエグいの」
血が同じ色だと気づいてから、リアルな血を思い浮かべるようになった。アゼルとつきあうようになった頃から、あの映像を再生することはほとんどなくなったけれど、その代わりあの一件から、いつも血のことが頭の片隅にある気がする。
「エグさが怖くて喧嘩できると思ってんのか」
おかしな答えのような気もしたが、納得もできた。ドアノブを離してベッドに向かう。
「じゃあ、殺す気でヒト殴ってんの?」ベッドにあがった。
「だからなんも考えてないって。どんくらいとかもなんも」
そういえばそうだった。シーツを掴み、アゼルに背を向けて座ると、シーツをかぶった。腰に手がまわされ、背中が引き寄せられる。
私はまた質問した。「手痛くない? ヒト殴る時」
「お前はヒト蹴るとき、痛いとか考えるか?」
「そういえば考えない。痛くもない。このあいだ殴った時も──」あ。
「殴った?」
あほだ、私。言わないつもりだったのに。「ヒトさらいを殴ったの。っていうか平手打ち」
「へー。──あれか? このあいだの、二年の。やたらお前にビビッてた奴ら」
ばれた。「そう。なんかくだらないことで友達呼び出して、色々と吹き込んでて。友達がちょっと生意気な態度とったら、ひとりがその娘に平手打ちかましやがったから、倍にして返した」
彼は笑った。「なんでお前が殴るんだよ」
それはマーニにも言われた。「その娘は、目には目をタイプじゃないからね。平和主義者ってわけじゃないけど、やられたからって同じことを仕返すタイプでもない。その件そのものがアホらしいことだし、見下して終わらせることだってできた。私が出て行かなくても。でも気に入らないでしょ、なんか。タイミング的にも彼女は、私が殴り返すために出てったのをわかってる。だから誰が殴ったか訊いたら、すぐ教えてくれた。で、私は倍の力をこめて返した」
「へえ。お前、考えなしに行動してるようで変に正義感が強いよな」
「正義感じゃないと思うけど」
「けどイジメまがいのことをしてた奴らをドミノ倒しにしたりしたわけだろ? 掃除サボッた奴らも」
「んー。なんだろう。どうでもいいんだけど、なんかムカつく。無関心なんだけど、怒りだけはすぐに出てくる。友達も言ってた。私はいつもなにかにキレてる。うざいだのムカつくだのキライだの死ねだの」
アゼルはまた笑う。
「だよな。お前の話の半分はキレてる」
「納得するとこ?」
「いや、間違ってねえし」
そう言って、彼は私の首筋にキスをした。
「──まさかとは思うけど、しようとか思ってないよね」
「なんで」
「ドアの向こうにみなさんいますけど」
「もう帰ってるかもしんねえよ」
「さっきの今で帰ってないよね絶対。っていうか帰れる状態じゃないよね」
「鍵閉めたんだろ?」
「閉めたけど」
「よっぽどデカい声出さなきゃ聞こえねえよ。あいつらの声だって聞こえねえだろ。いても寝てるかも」
「寝てるわけないし、理由になってないです」
「学校でヤるよりはスリルないよな」
「スリルなんてなくてい──」
私の身体を少し前に倒すと、アゼルは、私の背中に右手指を走らせた。まっすぐ一直線に、背骨に沿って。
「切り込みはこんな感じ?」
「──そんな、感じ」だけれど。
「弱すぎ」
「ぞくぞくする」
「ヤる気になったか」
かなわない。「ヤです」
「ドアの前に連れてくぞ」
「泣く」
「泣きたくなきゃ観念しろ」
また首筋にキスをした。もう抵抗できなかった。
「お前の怒りからの変な正義感は、たぶんほとんど間違ってない」
シーツの下でひとつにつながっている時、私の上に乗ったアゼルが言った。
正しいかどうかなんて、考えたことがない。「──だといいけど」
彼が微笑む。「それが俺とお前のいちばんの違いかもな」
そう言ってキスをしたアゼルは、その状態ではそれ以上、話そうとしなかった。
ただときどき、私の腕に、背中に、私が言ったように、ナイフで切り込みを入れるよう、指や舌を這わせた。
クッションに顔をうずめ、声にできない声をあげながら、そこから赤いものが広がっていくのを確かに感じた。
マーブルだった赤が、また、赤くて赤い、真っ赤な赤に染まっていく気がした。




