* Girl Friend
「引っ越した?」携帯電話越し、アニタが訊き返した。「聞いてないんだけど。なにそれ」
「親がやっと離婚したのよ」ベッドの上、私はあっさり言った。「私は昨日から、オールド・キャッスルにあるおばあちゃんの家で生活することになった」
「昨日から? へー。オル・キャスってまた、遠いな」
「遠くないし」ベッドヘッドまで移動し、クッションを重ねて背をあずけた。「まあまえみたいに、コンドミニアムを出て徒歩五、六分、みたいなのは無理だけど」
「だよね。一緒に帰れないし、それが残念。他に報告することは?」
「特になにもないと思う。ラストネームは変わらない。昨日知ったんだけど、私のラストネーム、母方のらしいんだ」
「昨日かよ。でもそっか、じゃあよかったじゃん」
「まあ、変わろうと変わるまいとどうでもよかったけどね」
そう答えると、アニタは笑った。
「だよね、あんたはそういう奴だよね。あ、あたしもかな。制服は? 受け取った?」
「うん、それも昨日。なんか今日、近所に住んでるひとつ上の先輩とその友達って人がきて、スカートの丈短くされた」
「へー? あたしもちょっとやったよ。店のヒトに頼んで処理してもらった」
「うちはおばあちゃんだけどね」怒られると思っていたのに、なにも言われなかった。メイクも、似合うとまで言われた。「中学って、そんな特別なのかな」
「ん? 意味わかんない」
私もわからない。「ずっと、さっさと中学と高校卒業して、そしたらさっさと就職して、自立してやるって思ってた。でもなんか、その先輩たちと話してたら、そんなことが不可能な気がしてきた。もちろん先輩たちはいいヒト。たぶん不良側だけど、なんか楽しそう。でもそのヒトたちと一緒にいたら、平穏な中学生活なんて無理な気がする」
「うーん? 楽しい時間はあっという間だけどね。あたしはたいてい、時間が足りないって思うくらいあっというまな毎日だし。っていうか、あんたの平穏基準がよくわかんないけど。その、不良側の先輩たちってのとつるむのはいいけどさ、とりあえず、いきすぎた不良にはならないでよ。あんたと友達じゃいられなくなったら泣くからね」
笑える。「あんたは私と違って、友達多いから大丈夫でしょ」
「なに言ってんの。あたしのくだらない話にちゃんとつきあってくれるの、ベラだけなんだから」
「くだらないってわかってるなら言わなきゃいいじゃん。今日みたゆめがどうとかドラマがどうとか。テレビは観ないから知らないって言ってるのに」
彼女はまた笑う。
「そんなこと言いながら、ちゃんと答えてくれるじゃん。あ、今の部屋は? テレビ」
「置いてない。いらないから」
月明かりが少し入るだけの薄暗い部屋を見やりながら答えた。ダブルベッドは西側の腰窓の傍、部屋の中央から少し南寄り、壁に沿って西向きに、ナイトテーブルをふたつはさんで置いてある。南側の窓の傍らにアンティークのデスク、窓をはさんでチェスト。もともとこの部屋にあったテレビボードは東側の壁に沿うよう置いた。そのうち通販で注文したラグとビーズクッションふたつが届く予定だ。
私は続けた。「でもね。携帯電話は手に入れた」
「え、マジで? もしかして、今も携帯電話から?」
「そう。なんかよくわかんないけど、よくかける番号を五件まで登録できて、その五件は割引が適用されるっていうプラン? が、あったんだ。だから、真っ先にあんたの家の番号入れた」
「さすが。よし、じゃああたしも買ってもらう。ずっと言ってたんだけど、まだ早いって言われてたんだ。あげくママは、ベラが持ったらね、とか言いだして」
「じゃあ買ってもらえるね。そしたらこっちも、あんたの携帯電話の番号登録する。ネットで登録する方法教えてもらったから」
彼女の声がうわつきはじめる。「ああ、なんかむずむずしてきた。超欲しい。超自慢に聞こえる」
「自慢なんかしてないよ。二つ折りでね、最新モデルでね、赤くてカメラがついてて、メール機能があって──」
「それ以上言うな!」彼女は声をあげた。「わかった。今から頼みに行ってくる」
「早いな。とりあえず番号言うから、メモしておいて」
「ん、ちょっと待って」少々物音がし、また声が戻った。「オッケー。あ、一応、そのおばあちゃん? の家の番号もね」
私は電話する前にメモした番号を読みあげた。先輩のリーズとニコラは携帯電話を持っていて、彼女たちの番号とメールアドレスも今日、登録した。
「書けた」彼女が言った。「もしかしたらママがベラに確認するって言うかもしれないけど、そしたら電話していい?」
「うん。そしたら私も説得する」
「お願い。そんでそのうち、家見せてくれる? あと、来週のクラス割り発表も一緒に行ける?」
「見せるし行ける。同じクラスになれるといいんだけどね」
アニタと出くわすことになろうと、おそらく祖母はイヤな顔などしないだろう。だが私は、祖母にどう接すればいいのか、どういう距離をとればいいのか、よくわからない。
「だね」とアニタも言う。「神様にすがるしかない。よし、んじゃ行ってくる。どっちにしても結果伝えに電話する」
「わかった。がんばれ」
「うん。じゃね」
その後携帯電話が鳴り、彼女からさっそく明日買いに行ってくると報告があった。
アニタとは小学校に入る前からのつきあいで、いちばん仲のいい女友達だ。性格は私と違って明るく無邪気、まっすぐで前向きで、素直でよく笑う。私が望むからか、誰にでもなのかはよくわからないけれど、ほとんどのことでは遠慮がない。
それでも私が──これは誰に対してもだろうけれど、話したがらないことをわざわざしつこく訊いたりしない。言われたことをそのまま受け止めるだけ。話せば聞いてくれるし、話さなければ問い詰めたりもしない。その代わり私は、自分のことはそれなりに話す。極一部を除けば、彼女に秘密などないのではと思う。
アニタが一緒にいれば、私はたいてい笑っていられた。