* Marble Line
「ベラってお洒落だよね」
私が近づくなり、リーズが唐突に切りだした。
ブルが二股を開始した翌日の放課後、ニコラに誘われ、リーズと三人で帰ることになった。たまり場に行くのではなく、家にという意味。体育館外のバーム部分で待ち合わせ、私は今ここに来たばかりだ。
「はい?」
羽織ったパーカーのポケットに両手をつっこんだリーズは、前かがみになって私を見上げてる。それも、かなり真剣な表情で。
「服、いっぱい持ってる?」
「まあ、それなりに」
「でもベラ、乙女ちっくなのよりはカッコイイっぽいの、多いよね」
カッコイイッポイ? 「そりゃこんなだから、甘々なのは無理だよね。っていうか、なに?」
ニコラが答えた。「服、貸してほしいんだって」
「は?」
「ほら、こないだ話したじゃん。修学旅行で会った、ベネ・シティの別の中学の男の子のこと。そのひとりとリーズがね、ずっとメールとか電話とかしてたんだけど」彼女へと視線をうつす。「惚れちゃったんだよね」
「まじで」
「ううー」
彼女はうつむいてしゃがみこみ、立てた脚に伏せた顔を両腕で隠した。
ニコラが続ける。「でさ、あたしはもうひとりとメールしてるでしょ。あたしはそっち狙ってんだけどね。そろそろ四人で遊ぼうかっつってるんだけど、考えたらうちら、修学旅行で会ったきりで、それって制服だったわけよ。しかもリーズのほう、相手が“お洒落な娘が好き”とか言ってきたらしくて。でもベラも知ってのとおり、リーズはTシャツとかトレーナーに、ジャージかスウェットがほとんどなわけ。ジーンズは持ってるけど、あんま履きたがらない。スカートなんてもっと履かない。妥協してジーンズを履いたとしても、上がない。で、だったらベラに頼もうかって」
そういえばと思い出した。リーズはセンター街に行く時も、いつもジャージかスウェットだ。ナンパだとその格好の時に声をかけられるので、後日遊ぶことになったとしても、特に気を遣う必要はない。でも今回の場合、先に制服で会ってしまった。それどころか、お洒落がいいとか言われてしまった。
私は質問を返した。「ニコラのは?」
「あたしもお洒落なわけじゃないし。キホンTシャツとかだし。秋冬なんていえばよけい、パーカーとかトレーナーが増えるから、あってもシンプルなのだし、お洒落ってのはちょっと違う。しかもアクセもたいしたもん、持ってない」
納得した。「まあ、かまわないけど──じゃあうちにくる?」
リーズは笑顔で顔を上げた。
「行く!」
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二人と一緒に祖母の家に帰り、リビングに用意されていたお菓子とジュースを持って屋根裏部屋へとあがった。クローゼットを開けると、彼女たちは楽しそうに服を探した。
リーズの場合は身長が低いのが悩みだった。ゆるめの服が好きな彼女がジーンズにそういったものを合わせると、胴長に見えてしまう。なので私は裂きっぱなしのショートジーンズを貸した。六年の時には入っていたのに、中学に上がってすぐ履けなくなった、五センチ厚底のショートブーツも。羽織り用にダブル・ジッパーの黒いパーカーに、ニコラが選んだシャツとベルトとアクセサリーを合わせたら、完璧になった。ついでにバッグも貸した。サングラスが欲しかった。
リーズは目覚めたらしく、今度はニコラの服を選んだ。まるでファッションショーだった。あげく彼女たちはポーズまでとりはじめ、私は笑い転げながら彼女たちの写真を携帯電話で撮った。そんなことに一時間以上かけ、マスティたちにも見せに行こうかと、祖母に遅くなると書き置きをした私も着替えて、三人でたまり場へと向かった。
コンビニに寄り、三人ともサングラスを買った。たまり場には三人揃っていた。
私がサングラスをかけて彼らの前に出ると“似合うけど怖い”と言われ、同じくサングラスをかけたニコラが出ると“ヤンギャル”と言われ、やはりサングラスをかけたリーズが入っていくと、彼らは呆気にとられていた。一瞬、本気で誰なのかがわからなかったらしい。女三人で謎のハイタッチをした。
ブルは今日、さっそくエルミに誘われたけれど、約束があると嘘をついて断ったという。水曜なら時間があるけれど、今日は時間がないからと。つまりやはりベッド目当てらしい。
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みんなが先に帰り、またアゼルとふたりきりになった。
祖母と話した門限のことはけっきょく、伝えていない。深く考えもしない言葉で期待させて、また傷つけることになるなら、最初から話さないことにした。それが正しいのかは、わからないけれど。
ヨリを戻してからは、水曜を含めた週二か週三で遅くなることにして、泊まりは隔週にしている。絶対ではない。回数はランダムに増えることがある。けれどもアゼルには、そんな自制のことすら話していない。それでも彼は、不満そうな顔はしない。それが本心からかどうかはわからない。
奥の部屋、明かりもつけず、ベッドの上。アゼルは壁にもたれて両脚を立て、シーツをかぶった私はその脚のあいだに座ってアゼルの腕の中、彼に右頬をあずけている。
「五人の中に恋愛感情が入ったことってないの?」
「めずらしい。はじめて俺らのことに興味持ったな」
「はじめてってわけじゃないでしょ」
「あんま記憶にない」
私もない。「恋愛感情があったら、一緒にはいられないんだろうなとは思うけど」
「だろうな。お前みたいに消える。そうならないってわかってたから、あいつらをここに呼んだ」
「じゃあもし天変地異が起きて、誰かが誰かを好きになったりしたらどうすんの?」
「俺が文句言える立場にないってわかってて訊いてるだろ」
「文句言えないってわかってると思わなかった」
「たまにすげえ後悔する」
「みんなが気遣ってさっさと帰るから?」
「いや、ニコラたちは特に、四六時中一緒にいるわけじゃねえし。マスティとブルも、一年通してずっと一緒にいるわけじゃねえ。オンナがいたりいなかったりはあるわけだから。けど別れたら、前みたいにひとりいなくなるわけだろ。お前はここに来るようになってほんの数ヶ月のくせに、存在がでかすぎる。あいつらにとってもだ。そのせいか、空気が変わった。ニコラとリーズは無言で責めてくる」
──存、在。「イライラしてる時に責められると、よけいイライラする」
「するな。だから会わないようにしてた。引きこもり」
「似合わない言葉」
顔を上げると、アゼルはキスをしてくれた。浅いのから深いのになり、それを何度か。左手で私のうしろ髪を撫でた。右手で肩にかかる髪をうしろにやると、左手で首に触れた。私は思わず反応した。
彼が微笑む。「お前、首も弱いよな」
「くすぐったい」
「反応の仕方がそれとは違う」
「半々。ぞくぞくする。くすぐったいからかはよくわかんない」
「くすぐったい場所は、ぜんぶ性感帯だって聞いたことがある」
「皮膚が薄いとかじゃないの?」
「知らね」
今度は右手で頬に触れ、キスをした。このキスが好きだ。
私はまた質問した。「実はキス魔?」
「自分からはぜんぜんしねえ。できればしたくない」
「傷ついた。今すごい傷ついた」
「いや、したいからしてるんだろ。お前には」
したいから。私には。そういえばキスからはじまって、いつもキスしている。
「ヒトをキス魔に変えるくらいキス魔なのかと思ってた」
「お前、自分からはそんなにしねえじゃん」
「したいから顔上げるのよ」
「したいと思うのと実際するのとは違う」
「そうだけど。理性が働くのかな。あんまり勝手にってしない。できない。それに、したいと思った時はいつもしてくれる」
「そりゃお前が顔上げるから」
「顔上げなくても上げろとか言うよね」
「お前が黙らせろとか言うからだろ」
「黙れとか言うからじゃん」
「お前うるせえもん」
「傷ついた。すごく傷ついた」
「ほらうるさい」
「黙らせてって思ってるのかもしれない」
「言われたらしたくない。ひねくれてるから」
「気持ちはわかる。私もひねくれてる」
「それは知ってる。俺よりひねくれてる」
「いい勝負だっつの」
「お前にはベッドの上でしか勝てる気がしねえ」
「負けず嫌い?」
「支配されるのがキライ」
ああ。「自由が欲しい」また彼の身体に頬を寄せた。「なんにも考えなくていい世界」
「ベッドだけあればいい」
「音楽は必要。そこにふたりでいるの。それだけでいい。世界とまではいかなくても、空間。狭くていいから、ドアを開けて閉めたらもう、誰にも邪魔されない」
「お前は無関心なのに発想が飛びぬけてるよな。変だよな」
「そう? 思いついたこと言ってるだけなんだけど」
「飛びぬけた発想ってのは、色々考える奴が考え出すことのような気がすんのに、お前の場合は違う。無関心ゆえなのかは知らねえけど、無関心なのに制服変えたり、アイディアだけで文化祭の店盛り上げたり。変」
「冬の制服はダサいとか思ったのと、他人からどう見られようと言われようと関係ないって気持ちがあれになったんだと思う。リーズたちはお洒落だとか言うけど、私はそこまで考えてない。自分の着たいものを選んでるだけ。文化祭だって、頭の中に浮かんだイメージを口走ってただけだもん」
「才能か」
「まさか。好き勝手やってるだけで、自分の考えが正解だと思ったことなんか一度もない」
「でも文化祭は勝ったわけだろ。正解。制服で学校に勝てば、それもけっきょく正解になる」
もしかすると、私の中にある誰かの血が、そういうものなのかもしれない。
「勝てると思う? 制服」
「学校の女共には勝ってるよな。真似する奴らも出てきてるわけだから」
「あれはリーズたちの真似してるの。私じゃない」
「いいのかそれで。ああ、お前はいいのか」アゼルも私の髪に頬を寄せた。「あん時別れてなかったら、その場でヤッてたのに」
「触れてもくれなかった」
「どっちの意味だそれ」
「両方」
「変な制服着てるからって驚いたりしねえ。むしろ似合いすぎてかなり自然だった。けどそういう状況でも状態でもなかったし。キスもそう。あの場で返したら本気でアホ。完全に俺の負けじゃねえか」
「やっぱ敵なのね」
「敵だな。史上最悪の敵だわ。お前は厄介すぎる」
──厄介。
「イヤな言葉。いつも厄介者扱いされる」だから捨てられた。
「そっちの意味じゃねえよ。面倒すぎるっつってんの」
「どっちにしても同じ。いいの。自分がズレてることも面倒なことも、ちゃんとわかってる。それでも直そうとしないから、よけいに面倒。冷たいだの残酷だの性悪だの薄情だの怖いだの言われても、自分を変える気がない。だからよけいに厄介。言いたいことはわかる」
言われたところで、なんのダメージもない。
「わかったからもう黙れ」
抱き寄せられて、泣きそうになった。左手でアゼルのシャツをつかんだ。
「好き」
顔を上げると、彼はキスをしてくれる。
「知ってる」
そしてまたキスをした。一生終わりたくなくなるようなキスを、何度も、何度も。
ふたりでこの部屋をまた、赤に変えていった。
一度別れてからというもの、なにも解決していないせいなのか、それとも離れるつらさを知ってしまったからなのか、失う怖さを知っているからなのか、ふたりきりの時間が、以前とは少し違っていた。
以前のように、ただふざけて笑って求め合うだけのものではなくなっていた。どうでもいい話もそうでない話も含め、会話をする時間が少し増え、それが優先された。
だけどお互い、核心に触れることはなかった。自分の親が本物ではないかもしれないなんて、どう言えばいいのかわからない。相変わらずアゼルの深い部分は、私も知らないままだ。
わかるのは、以前よりもふたりきりの時間が、よりせつないものになっていること。
ふたりをつなぐ線が以前よりも強く、だけどずっと細くなっていること。
ちょっとしたことで揺れるのだろう。だけど、よっぽどでないと切れないような気もする。
そしてもうひとつ──私たちが染めあげる赤は、以前の赤とは違う。
薄い赤から濃い赤まで、マーブル模様になるようたくさんの赤が混じった赤になる。
私たちは今、そんな赤の中、そんな線で繋がっていた。




