* Greedy Boy
次の日、私とアニタは朝早くから学校に行き、修学旅行へと向かう二年を見送った。アニタは彼氏を、私はリーズとニコラを。
アニタをさらった三人組のうちのうるさい二人は私に気づくなり、なぜか恐怖の表情を向けて視線をそらした。もうひとりの、けっきょく喋らないままだった女は、アニタに申し訳なさそうな視線を送っていた。
噂のことに関しては、アニタはもう、気にしないことにしたらしい。怪しいと思えばすぐに訊くけど、と。
金曜、リーズとニコラは無事に帰ってきた。
土曜にはたまり場で、土産話と食べたらなくなるお土産、形あるお土産として、一対になった、片翼の天使の小さな置物をくれた。クリスタル仕上げで、心臓部分だけが赤くなっていた。
土産話というのは、夜男子の部屋に侵入したのを先生に見つかって怒られ、次の日の自由行動が予定よりぐっと制限されたとか、ナンパしてきた地元の高校生とメールアドレスを交換してみたこととか、同じ時間帯に同じ場所に修学旅行にきていた、同じベネフィット・アイランド・シティにある別の中学の男子生徒と話をして意気投合し、メールアドレスを交換して今度遊ぶ約束をしてきたこととか。
とりあえず彼女たちがなにを学んできたのか、私にはさっぱりわからなかった。
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十一月。
先月ゼスト・エヴァンスで買ったCDはどれもアタリばかりで、私は近頃、ヘッドフォンをつけて登下校するようになっている。制服もセーラーに戻さないまま、カッターシャツと紺のベスト、お手製リボンなどという、ただでさえデタラメな制服の上にパーカーを羽織るなんてことをするものだから、私はどうやらかなり目立っているらしかった。
それでも、一年の授業を担当している教諭たちはもちろん、普段関わることのない教諭に会っても、相手がヒくほど堂々としてるうえ、二年生や、高校に行く気のない三年の中に、そのデタラメな制服を真似る生徒まで出てきたりで、私はもう、注意の対象にはならなかった。あくまでも真似られているのは私ではなく、リーズとニコラだ。
「頼みがあるんだけど」
水曜、ランチのあとの昼休憩時間。私を廊下に連れ出したエルミが真剣な表情で言った。
黒のパーカーを羽織った私は、B組とC組のあいだの壁に置かれたベンチに脚を組んで座り、両手はパーカーのポケットにつっこんだまま、ガルセスにもらったチューイングガムを食べている。
この木製三人掛けベンチは、盛り上がった文化祭の褒美にと先月、学校側が支給してくれた。ちなみにうちのクラス、文化祭当日に学校が生徒たちからとったアンケートの教室部門で、いちばん人気だったらしい。どうでもいい。
私は訊き返した。「なに?」
エルミは座らずに、私の前に立っている。「ブルとやりなおしたい」
「だから?」
「協力して」
「どうやって?」
「わかんないけど」彼女はどうやら相当そわそわしているらしい。「だから案、なんかない?」
ブルは先週の土曜、マスティと一緒に、ナンパのためにセンター街に出かけた。二人とも見事に女を捕まえ、翌日日曜には二人とも、その女たちを“カノジョ”にした。別の中学の二年生で、特に好きなわけでもないらしい。ただ顔がそれなりで、つきあうほうが都合がいいと。
夏のあいだ、彼らはよくオンナがいないとぼやいていたけれど、それはどうやら、行動するのが面倒で行動しなかったからそうなっていただけで、その気になれば、けっこう簡単にカノジョができてしまうという。つまり、世間一般的には彼らはモテる部類にいる。
これは、どうすればいいのだろう。「番号知ってるじゃん。っていうか学校にだっているじゃん。自分で言えばいいんじゃないの?」
エルミは大げさに溜め息をつき、私の右隣に座ってうつむいた。
「さすがに話しかける度胸ない。目だってロクに合わないし、合ってもすぐ目そらされるし、なんか何事もなかったかのようにだもん。別れて何日か経ったあとでメール送ったけど返ってこないかったし、電話なんてできるわけないし、どうすればいいかわかんない」
なに乙女ぶってんだ変態。
同級生が行き来する廊下で、声を潜めてで話すわけでもなく、周りに聞かれてもしかたのないボリュームで普通に話すあたり、また計算を感じる。“一途な女”を演じたいのだ。こんな場所でそんな話をするのは、未練を周りに示すため。詮索してくれ、かまってくれと示すため。
ダメでもともと。ダメなら、“完璧にフラれた”と傷心の女を演じられるし、みんなの同情を買える。成功なら、また“年上とつきあってる”というステータスを手に入れられる。
マジめんどくさいわ、この変態。「他の男じゃダメなの? 他の二年とか一年とか」相手をしてくれる男がいるかは知らない。
口を尖らせてこちらを見る。
「ブルがいいの」
うん、可愛くない。
というか、なにがいいのか、どこがいいのか、私にさっぱりわからない。遊ばれているのが、なぜわからないのだろう。
「私にはどうしようもないよ。そりゃ、やりなおす気があるかどうかくらいは訊けるかもしれないけど」
「じゃあそれでいい」エルミが言った。「それでダメだったら、もうキッパリ諦める。だから訊いてみて」
必死というか、なんというか。
「わかった」私は立ち上がった。「今から三年のフロアに行ってくる」
「え!? 今!?」
「ダメなの?」
「いや、ダメじゃないけど、昼休みあと二十分くらいしかないし──」
「いや、それだけあればじゅうぶんだよね」
「けど──」
「行ってくる」
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廊下を歩きながらブルに電話すると、“第二校舎三階の中央階段に座ってるから、来れるもんなら来てみろ”と言われた。三年の教室が並ぶフロアに行くのははじめてだった。第二校舎に行く用すら、そうない。
白い壁に濃いブルーの床という色合いの二階フロアには当然のように二年生がいて、リーズとニコラの姿は見かけなかったものの、デタラメな制服のまま、ひとり平然とガムを噛んで歩く私はやはり、ものすごくジロジロと見られた。それとは関係なく、“空気が変わった”気がした。
二階から中央階段をあがると、三階フロアの手前に、上から黒い柵にもたれたブル、ステップを一段下がって左にマスティ、そして二段下がったところで柵にもたれたアゼルがいた。
私に気づくなりブルは笑った。
「ほんとに来たし」
「来たわよ。こいっつったのはそっち」
踊り場から階段をあがり、アゼルが座っているステップの二段下で立ち止まった。右腕を柵にあずける。
マスティが言う。「お前、よくそれで二年のフロア歩いてきたな。しかも今さらだけど、セーラーに戻す気、まったくないよな」
「余裕。ぜんぜんない。もうちょっと寒くなったら、今度はショートコートでも着て、ブレザー風にしたい」同じ色のセーターとカーディガンもあるけれど、そんなものを着るくらいならパーカーを羽織る。もしくは気分で冬のセーラーに戻す。「私が在学してるあいだに、学校側がこのスタイルで春秋用の制服を作ったら私の勝ち」
アゼルが笑う。「変な野望」
「変とか言うな。野望じゃなくてゲームだし」勝手に仕掛けた。
ブルも笑っている。「で、なに?」
「エルミがやりなおしたいって言ってる」
彼はマスティと声を揃えた。「は?」
「それをお前に言えって?」
「ちょっと違う。やりなおしたいけど、どうすればいいかわかんない。だからどうにか協力してって言われた。すでにオンナがいるとは言ってない。けどやりなおす気があるかどうかなら訊けるって言った。したら、それでいいって。やりなおす気がないならそれでもう、キッパリ諦めるって」
三人は無言のまま、交互に視線を交わした。
アゼルが切りだす。「二股?」
「どうせあっちは別の中学で、週末しか無理だし?」と、マスティ。
「こっちは平日専用か」
「平日だけって変だろ。土日はキホン泊まりナシの掛け持ち。もしくは泊まりでも翌日は昼で切り上げるとか。交互とか。けど、エルミ連れてセンター街なんか行けねえよな。あっちを家に連れ込むなんてこともできねえ。こっちのはなぜかわりとオル・キャスで遊んでるらしいし、会ったら最悪」
「あっちは向こうの家に行くかホテル使うかしかないってことか。かなりめんどくさい」
「金かかるな。やっぱ地元民に手出すべきじゃねえわ」
「いや、それは二股だからだろ」
「ああそうか。二股だからか」マスティがこちらに言う。「無理だ」
私は唖然とした。「ええー。なんであんたらが結論出すの。っていうかなにその議論。意味わかんない」
「いつもこんなだぞ。ひとりになんかが起きたら、あとの二人が客観的かつ冷静な意見と結論を出す。たいていはそれが正解。決定」
変な奴らだ。悩ましげな表情でうつむくブルに訊いてみる。「で? 結論は?」
ほんの数秒間をおいて顔を上げた彼の表情は、にやついていた。
「やってみる」
ええー。口の中でガムの味がなくなった。ふたつも食べているのに。この状態は最悪だ。早く捨てたい。
「金かかるぞ」マスティが彼に言う。「しかも来月はクリスマスがある。冬休みがある。年越しだってある。いつまで続くか」
クリスマス。冬休み。年越し。くだらないイベントばかりだ。
「終わったら終わった時だろ」ブルはけろりとした様子で答えた。「修羅場になろうが知ったこっちゃねえ。それにホテルにもそんなに金かける気ない。あっちの家が無理ならさっさと別れるまでだ」
「まあ女に関しては、お前がいちばんマメなわけだから」と、アゼルが言う。「できねえとは思わねえけど」
「ま、口のうまさも天下一品だしな。俺らみたいにストレートじゃなくて、わざわざまわりくどい言いかたすんのが得意」
「だろ?」ブルは自信満々だ。「できる気がする」
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四人で第三校舎二階へと向かった。一年D組の隣、空き教室の前にエルミがいた。ブルはエルミと話をし、やりなおすことを了承した。
ちなみに別れるために彼が彼女に言った言葉は、“アゼルがあんな状態だから、いつお前を巻き込むかわからない。それにアゼルがあいつを嫌ってるのをわかってて、あいつの反応をおもしろがるようなことをする奴とはつきあえない”、だった。うまく言ったものだ。
エルミは周囲にクラスメイトがいるにもかかわらず、泣きじゃくって喜んだ。
こちらは第二校舎と第三校舎の角の壁に隠れてそれを見ていて、私とマスティは、声を抑えながら笑っていた。
その途中、アニタさらいのうるさい二人組が通りかかり、目が合うなり、見事なまでの恐怖の表情を見せてくれた。それに気づいたマスティになにしたんだと訊かれた。なにもしてないと答えた。




