* Jealousy Stairs
翌日日曜の夜。
家に帰ると、アニタに電話した。夕方、“報告するからヒマになったら教えて”とメールが入っていたからだ。
電話越しに先輩とのことを話す彼女はとても楽しそうだった。よけいな心配をしていたことを後悔もしていた。デートを土曜にしてれば日曜も遊べたのに、と。相手はバスケ部でわりとおもしろいヒト。それなりに頭もいいらしい。友達が多いタイプ。“手をつないだら離したくなくなった”、と言っていた。なにげに長電話になった。
翌週月曜、ジョンアはまだ少し身体が痛んだらしく、学校を休んでいた。エルミも休んでいるらしかった。こちらはおそらく、失恋の痛手で。
ハヌルは学校にきていたものの、私を見る目には恐怖と怒りと恥とが混ざっていて、話しかけるどころか、まともに目を合わせようともしなかった。たったあれだけで効いたらしい。クソおもしろくない生物。
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ジョンアが学校に出てきた火曜日の昼休憩時間。
教室でゲルトとガルセスと三人で話をしていると、カーツァーから電話がかかってきた。
「ヘイズがさらわれたかも」
彼の言葉に、私はぽかんとした。「は? さらわれ? 誰に?」
「たぶん二年。三人組の女が、ヘイズがつきあいはじめた男のことで話したいことがあるとか言って。いや、超フレンドリーだったけど。今タスカとマーニがあと尾けてる。場所と状況わかったらメールくれるって。どうする?」
小うるさいタスカに尾行などできるのか。「んじゃとりあえずそっち行く」
カーツァーは一年D組の教室の前で待っていて、マーニから届いたメールを見せてくれた。アニタはどうやら第三校舎四階への階段で、男の悪口を吹き込まれているらしい。
なぜかおもしろがってついてきたゲルトとガルセスと四人で階段をあがり、折り返し階段の踊り場の手前に座って先に盗み聞きをしていたタスカとマーニと並んで先頭に座ると、私たちは揃って聞き耳を立てた。壁のむこう側、少し上あたりから声が聞こえる。
「二股だよ? ありえないでしょ」
「そうそう。かなりのタラシ」
「はあ」アニタの声だ。
「だからさ、絶対別れたほうがいいよ。うちらの学年の女の子、すでに何人か超泣いたんだから」
「あたしの親友も泣かされたんだよ。浮気されたあげく捨てられて」
三人組と言っていたけれど、どうやら話しているのは二人だ。
「へー」
「へーって、ねえ、ヒトの話聞いてる?」
「聞いてますけど」
思わず口元がゆるんだ。アニタはこの程度では怖がったりしない。
「あいつはさ、やさしいフリしてるけど、優柔不断なだけなんだって。遊ばれる前に別れたほうがいいよ」
「そうだよ。誰にでもそれっぽい素振り見せてんだから」
「まあ、警告はありがたいんですけど」アニタが言った。「あたしはまだなにもされてないんで、そんなこと言われても困りますし。だいいちあたしがなにされようと、あなたたちに関係ないですよね」
ないよ。百二十パーセント関係ないないよ。
「は? ヒトがわざわざ警告してやってんのに無視すんの?」
「だから。なんであんたたちに言われて別れなきゃいけないんだって話なわけで。僻みとか超ダサいんですけど」
アニタが嘲笑うように言い放つと、頬をたたく大きな音がした。
私は瞬時に立ち上がり、踊り場に出た。
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階段の途中、左側にアニタ、右側に女二人が並び、その上の四階フロアに女が一人いた。アニタは殴られた反動でこちらに顔を向けたまま左手で自分の頬に触れていて、私に気づくなり微笑んだ。階段をあがりながら私が微笑み返すと、彼女は二人の女へと視線を戻した。
「痛いんですけど」
「修学旅行に行く気ないんですか? 先輩方」
そう言って、私はアニタの右隣に立った。
真ん中に立つライトブラウンの髪の長い女が、睨むように私を見る。「あんた誰? 関係ないでしょ」
無視した。「今この娘殴ったの、誰?」
向かって右に立つ女が声をあげる。「あんたに関係──」
「真ん中の女」頬をおさえたままアニタは指を差した。「超痛い」
「あんたら、なんなの?」真ん中の女が言った。「うちら先輩だよ? しかもあんたのその格好、なに? 制服着てないし! 生意気すぎなんだけど!」
私ははなで笑った。
「先輩だからなに? スカートはここの制服だけどなに? ボダルト主事だって知ってることだけど、それがなに?」アニタ同様、嘲笑う口調で続ける。「たかが一年早く生まれたってだけで、三人で寄ってたかってひとりの後輩イジメるような人間を敬えって? バカじゃないの?」
「はあ?」相当気が立っているらしく、彼女の表情は般若のような表情になっている。「いじめてなんか──」
聞く耳を持たず、私は踏み出した左脚に重心を乗せ、振り上げた手でその女の左頬を思いきり引っぱたいた。アニタが殴られた時以上の音が階段に響いた。キレイに入った。
そのまま彼女の顔のすぐ横で壁に右手をつくと、驚きで目を見開いたまま、視線をゆっくりとこちらに戻す彼女に訊いた。
「で? この中で誰がいちばん、アニタの彼氏に熱上げてんの?」
同じく驚いた表情をし、左手で口元を覆っている右側の女、それから四階に立つ、今にも泣きだしそうな女へと視線をうつした。そこで直感が働いた。
「ああ、あんた」
そう言うと、彼女は無言のまま身を硬くして身構えた。図星。唯一喋っていないのがこの女だ。
手をおろし一歩下がって腕を組み、私は彼女に言った。
「ねえ先輩。別れさせるためとはいえ、目の前であれだけ好きな男の悪口並べられて、よく平気でいるわね。なに? 修学旅行中に告白しようとか決めてたわけ? そんなくだらない計画のために、自分の友達にヒトの友達殴らせたわけ?」
彼女はなにも言わず眉を寄せ、拳に力を込め、目に涙を浮かべた。
「──ねえ」右に立つ女が、声を潜めて真ん中の女に話しかけた。「こいつ、あれじゃないの? 三年のアゼル先輩とつきあってるっていう──」
なぜそこでその名前が出てくるのか。
「は?」真ん中の女が確認するようにこちらを見る。「まさか──」
「だって、やたらと赤い髪の一年でしょ? しかもこの格好、リーズたちと一緒じゃん。間違いないって。別れたとかって噂もあったけど、昨日また一緒にいるとこ見たって、誰かが──」
彼女たちの小声ではまったくと言っていいほど意味がない。まる聞こえだ。やたらと赤い髪とはなんだ。ヨリを戻したばかりだけれどなにか問題ありますか。
真ん中の女は、見るみるうちに顔色を変えていった。「まさか──」恐怖。
「やばいって」右の女は、声は抑えているもののかなり焦っている。「絶対やばいって!」
私はアニタの隣に戻った。
「やばくないから、とりあえずこの娘にあやまったら?」
二人は顔を見合わせ、私たちを交互に見やった。勢いよく頭を下げながら、声を揃えた。
「ごめんなさい!」
真ん中の女が四階にいた半泣きの彼女の手を引き、早々に階段をおりていく。階段を折り返そうとした瞬間、彼女たちは叫び声を上げた。おそらくタスカたちがいたからだろう。だが階段を走りおりながらまた叫んでいた。
私とアニタは顔を見合わせ、ふきだして笑った。
笑いながら彼女が訊く。「なんで? なんでいんの?」
「タスカとマーニがあと尾けてた。途中から盗み聞きしてた」
再び右に視線を落とすと、タスカとマーニはにやつきながら踊り場に出てきていて、折れ階段の壁の向こうからゲルトとガルセス、カーツァーが苦笑いながら顔を出した。
彼らの姿を確認し、アニタはまた笑った。「マジだ」こちらに視線を移すと、笑いながら目に涙を浮かべた。
私は彼女の下のステップから、ハグをした。
彼女も応える。私の肩に額をうずめた。
「怖かったんじゃないよ。あんなのぜんぜん怖くない。けどさ、まだなんにも知らないうちに、あんな悪口言われたら、なんか──」
「うん、わかってる」左手で彼女の髪を撫でた。「なんならリーズとニコラに、噂が本当かどうか、聞いてもいいけどさ。あんたはそんなことするタチじゃないでしょ。目に見えたもんだけ信じるんでしょ。オバケみたいな噂なんて信じない。UFOは信じるけど」
彼女は笑った。「そうだね。UFOは信じてる」
私はいようがいまいがどうでもいい。「気になるなら本人に直接、訊いてみればいいじゃん。ホントのこと言うかわかんないけど。それに過去があいつらの言ってたとおりだったとしても、今はアニタ一筋かもしれないよ?」小声でつけたす。「うちのアホみたいに」
それでまた笑う。「だよね」深呼吸し、顔を上げて、いつもの笑顔を見せた。「代わりに殴ってくれてありがと」
私も微笑み返した。「超すっきりした。マジで」
ハグを解き、私は彼らへと視線をうつす。
「なんかあいつら叫んでたけど、なんかなんかしたの?」
カーツァーが答える。「タスカとマーニが三人のスカートめくった。赤と黒と白だった」
「いいもん見た」
マーニがにやつきながら言い、私は再びアニタと顔を見合わせて笑った。
「最低だ」




