* Leave It... And Again
帰り道、リーズに電話した。状況を簡単に説明すると、なぜかものすごく嬉しそうだった。ハヌルとのやりとりを詳しく聞きたいところだけど、どうせすぐアゼルに追い出されるだろうから、今日はやめておくと。
たまり場に戻ると、マスティとブルは楽しそうに、私の悪事をアゼルに説明した。声はほとんど聞こえてなかったらしいので、私は覚えている限りのことを補足した。それで二人はまた大笑いした。アゼルも笑っていた。久しぶりに見る笑顔だった。
「けっきょく意地の張り合いだもんな」ビール片手にマスティが言った。「どんだけガキなんだっていう」
アゼルは私の右隣、窓際ソファでコーナー部分に置いたクッションに頭をあずけ、寝転んでいる。
「うるせえよお前。っつーかさっさと帰れって。頼むから」
ブルは二人掛けソファでビールを勢いよく飲み干すと、身を乗り出してわざとらしく音を立て、缶をテーブルに置いた。
「こんなことなら昨日会って、一発ヤッときゃよかった」
彼がエルミと話すのを、私とマスティは少し離れたところで見ていた。エルミは泣きじゃくっていた。別れたくないと懇願したらしい。でもうまく理由をつけて別れた。
「お前らのそれは俺に対する嫌がらせ発言でしかない」と、不機嫌マスティ。
私はチョコレートのお菓子を食べている。なんなのだろう、この相変わらずのアホっぽい会話は。
マスティがこちらに訊く。「っていうかお前、やっぱ同類だよな。実はわりとヒト蹴飛ばしたりしてんの?」
「そんなしょっちゅうじゃない。小学校の時、スカートをめくりまくる男子たちに蹴りを入れたり、いじめまがいのことをする男子たちの足をひっかけてドミノ倒しにしたり、女子をからかう男子たちになんか投げつけたり、掃除サボって遊ぼうとする男子たちの背中にブラックボード・イレーザーを押しつけて服汚したり、ホウキで転ばせたりはあるけど」けっこうやらかしている。
ブルは笑った。「ひでえ。被害者ぜんぶ男なんだけど」
「女子はそんなアホなことしないもん。っていうかさすがに、女に手上げたことはないと思う」
「お前と同期じゃなくてホントよかった」マスティが言った。「なんかぜんぶわりと心当たりあるし」
その相手が誰だったかは、まったく覚えていない。「自分がそういう気分じゃない時に、くだらないことで騒がれるとムカつくの。でもそのうち暴力はまずいよねってなって、口で言い負かすことにした」
「お前は睨むだけでもじゅうぶん効果あるけどな」と、ブル。「そういやあいつ、なんか言ってた? オレとマスティが止めなかったこと」
「んー。なんで止めてくれなかったのかなとか言うから、怖くて止めも庇いもしなかったお前にそんな疑問を抱く資格はないよって言っといた」
マスティが天を仰いで笑う。
「お前最高! 間違いない」
「けどやっぱ、ベラの怒りの矛先は変」ブルが言った。「普通、アゼルやオレらにもキレると思うけど」
「だって、気持ちはわかる。どんな状況だって、ハヌルの名前と不気味なセリフ出されたら、私でもキレる。けど私はある程度理性を働かせられるから、めったに手を上げないだけ。ハヌルに対しても、言葉だけでもよかった。でもそれじゃ、ジョンアひとりが被害者じゃん。あれは自業自得だと思ってるし、本人もわかってる。私は同情しない。だからハヌルにはとりあえず一発。無駄に口答えするようなら、もっとやってたけど。さっき言ったとおり、怖いってだけで庇いも止めもしなかったエルミたちは責める気にもならない。それと一緒で、あんたたち二人のことだって責めない。冷たいだのなんだの言われるかもしれないけど、私はこういう性格。理解されようがされまいが、私はこういう性格」きっぱりと言いきった。
マスティが口元をゆるめる。「やっぱお前、ボスだろ」
「なに言ってんだ」
「けどさすがに、目撃者多数だからな」ブルはアゼルへと視線をうつす。「なんかいつのまにか寝てるっぽいけど。ジョンアなりハヌルなりが警察だの学校だの行ったら、またヤバイかも」
「ジョンアは平気。あんたはバカだっつっといた。それにあいつ、私には知られたくないみたいだったし、やっぱ自分でもバカだったってわかってるから、そんなことはしない。ハヌルもたぶん平気。お前のせいだって言ったし、私を完全に敵にまわす度胸は、あいつにはない。万が一があるとして、行くとしたら先に親で学校だろうけど、私はあいつの母親を知ってる。その母親は自分の娘がどんなくだらない嘘をついてきたかも、私のおかげで知ってる。どうなろうと、私が勝つに決まってる」
ブルは少々ヒいていた。マスティが苦笑う。
「怖いよ、お前」
私は笑った。「無関心さと残酷さが私の武器だからね」
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しばらく三人で話したあと、マスティとブルを玄関まで見送り、リビングの元の位置に座った。
とたん、腰に手がまわされ身体が引き寄せられて、アゼルの肩の上に寝転ぶような形になった。起きていたらしい。クッションの位置を調節しながらアゼルが仰向けになり、私も少し下がって彼の胸に頭を寝かせた。
「ずっと寝たふり?」
彼は腕を曲げて右手をクッションと頭のあいだに敷き、左手を私の腰に置いた。
「寝たら喋んのやめて帰るかと思ったけど、ぜんぜんだった」
ぜんぜんだった。「寝たら、寝たからいいかってなるじゃん」右手で彼の頬に触れる。「──なにも解決してない。私の性格が気に入らないなら、また同じこと繰り返す」
彼も左手で私の髪を撫でた。
「だろうな。今も納得してない部分はかなりある。認めたくねえ部分もかなりある。けど、とりあえず今はいい。またムカついたら、ムカついた時にキレることにする」
「そのたびに私は泣かなきゃいけないわけね」
「イヤならやめろ。今なら別れても、それほどイライラしなくて済む。昔に戻るだけ」
「だから、施設入りまくるようなヒトになってもらっちゃ困るの」
「だから俺はそういう人間なんだって」
「実は施設大好き人間?」
「アホ」
アホはお前だ。「お願いだから、約束して。なにがあっても、施設に戻るようなことはしないって。ここから居なくなるようなことはしないって」
「約束したら、お前が傷つくことになるかもしれねえぞ」
「守る気ないの?」
「俺の手の早さをわかっててその約束させる気?」
吐息をつき、頬に残ったままの彼の左手指にキスをした。
「──約束の難しさは、私もわかってる」その手に頬を寄せる。「でも、それがあるのとないのとじゃずいぶん違ってくるはず。それが少しでも理性を働かせる足しになるんなら、したほうがマシでしょ」
「それは、あれだよな。約束したとしても、信じないってことだよな」
私は少し、考えた。「約束は普通、結果がすべてなんだろうけど。私も自分で言ってて、あんたのこの先の何十年ていう人生を縛るなんてことは、できると思ってない。子供だからって更生施設で済まされてるんだとしたら十八までって言えるけど、刑務所ならいいのかって話じゃないし──十八を過ぎてもこの町にいるかどうかなんて、わからない。未来なんてわかんない。こんな状態で、私とあんたがどうなってるかなんてわかんないし、いつまで有効なのかなんてわかんない。だからこの約束は、今の気持ちでするもの。もちろん破ったら私は傷つくだろうし、怒りもする。果たされることがあるのかわかんないけど、この先結果がどうなろうと、今守る気でちゃんと約束してくれるんなら、私はその気持ちを信じる」
アゼルは微笑んだ。
「んじゃ、キスしたら約束する」
口元がゆるむ。この微笑みが好きだ。
「約束したらキスする」
無表情になった。「ふざけんな」
「ふざけてない」
「こっちもふざけてねえ」
一生できなさそうだ。
身体を起こし、彼とソファのあいだに滑り込ませた手で上半身を支え、また右手で頬に触れると、顔を、唇を、寸前まで近づけた。
「約束する?」
彼も私の頬に触れる。
「約束する」
そして、キスをした。
果たされる日がくるかどうかわからない約束。
果たされる日などあるのかどうか、まったくわからない約束。
だけどそんな約束でも、意味を持つことはあるだろう。
それが少しでも絆になってくれるなら、それでいい。
夜は長かった。
別れていた時間を埋めるよう、時間をかけ、ベッドで何度も繰り返した。少し眠ってまた起きて、そんなふうに繰り返した。
どちらもなにもあやまらなかった。あやまることに意味はなかった。
どちらもなにも解決してないことを承知していて、けれども別れていることのほうが苦しいとわかっている。その苦しい状態を続けるくらいなら、疑問や不満のすべてを置き去りにしてでも、一緒にいたほうがいいという考えだった。
正しいかどうかはわからない。
いつか解決するものなのかも、そもそも答えがあるものなのかどうかもわからない。
アゼルは自分のことを話さず、私も訊かなかった。それにはきっと、もっと確かな絆が必要で、いつか、“今なら”と思える日がくるだろうと思った。
そして今夜、すべてにおいて、私たちはそれでいいと、自分たちの心の中で結論を出した。
あるのかないのかわからない答えや未来を考えてみるより、今の疑問や不満を持ったまま過去の傷を掘り起こすより、お互いがお互いを必要としているということに気づいた今のほうが、ずっと大事だった。




