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RED - DISK01  作者: awa
CHAPTER 07 * REPAYING AND REGAINING
44/91

* Guess Right

 ひとりナショナル・ハイウェイに出て、通りかかったタクシーに乗り込んだ。

 心配していたことが、現実になった。

 正確には、そうなる可能性がということ。

 ナンネはジョンアとエルミと三人でオールド・キャッスルにいて、公園──以前ブルとエルミを会わせた公園の前を通りかかった。そこにブルとマスティ、そしてアゼルがいた。

 エルミは当然、話しかけた。そこまではよかった。

 私とアゼルが別れたと知ったハヌルが、ナンネとジョンアに、“実はアゼルに一目惚れしていて、アゼルと話がしたいから会わせてほしい”だのと頼んでいたらしく、ナンネはその場で断ったものの、気弱なジョンアは押しに負けたのか、どうにかなると思ったのか、断りきれず、先に相談したエルミに背中を押されたこともあって、やめればいいのに、アゼルにそれを伝えた。

 アゼルが、キレた。

 身体に何発か蹴りを入れたらしい。おそらく十発程度。

 ナンネとエルミは泣きながら見ていることしかできず、マスティもブルも止めなかった。

 三人が帰って、やっとナンネが私に電話してきた。エルミは泣きじゃくっていて、ジョンアは私には言わないでと言ったらしいけど、ナンネはどうしていいかわからなかったという。

 私は、できるならジョンアを家に送って、あるなら湿布を持って行ってあげてと言って電話を切った。ジョンアの家は病院に行くお金などない。それにおそらく、骨がどうこうというのではないはずだ。女相手だ。アゼルも、それくらいの加減はできるだろう。

 くだらなさすぎる。

 なにをどうすれば、あの女の話をそのまま、アゼルに伝えようと思うのだろう。ジョンアが頭の悪い奴だとは知っていたけれど、さすがにそこまでバカだとは思わなかった。私に口止めしたのもうなずける。相当なバカだ。

 そんなバカのことは正直、どうでもいい。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 たまり場に着き、玄関ベルを連打すると、開いたドアからマスティが顔を出した。

 「聞いた?」

 「聞いた。アゼル、いるんでしょ」

 「いるけど」

 「ブルもいるんなら、外に出てたほうがいい。殺し合いになるかもしれないから」

 彼は肩をすくませてドアを開け放ち、戸口にもたれて腕を組んだ。

 「あいつ、相当キレてる」

 「だからなに」

 リビングからブルが顔を出した。こちらに来る。

 「聞いたのか」

 「聞いた。くだらない騒動の原因を作ったクソ女のことも、バカ女三人のことも、あんたたち二人が止めなかったことも、ぜんぶ聞いた」

 「バカ女って」彼は苦笑った。「いや、バカには間違いないけど。あいつがやられたことを怒りにきたんじゃねえの?」

 「は? バカはあっち。どうでもいいわ。どうでもいいからとりあえず、外に出てて。あとブル、別れるって言われる前にエルミと別れて。あんたがあのバカにフラれるとか、マジでムカつくから」

 「だな。そうする」

 「壁に傷つけるくらいならいいけど、窓割ったりすんなよ。面倒だから」

 そう言ったマスティに、私は微笑みを返した。「努力する」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 二人が外に出ると、私は中に入って玄関の鍵を閉め、荷物を置いてリビングへと向かった。

 そこにいたのは、私が知らないほうのアゼルだった。

 彼は窓際のソファの上にあぐらで座ってビールを飲んでいる。飲み干すと、おろした片脚を支えに身を乗り出して缶をテーブルに置き、煙草とライターと灰皿を手に取った。私には気づいているけれど、自分からなにか言うつもりはないらしい。

 だから私は、彼に訊いた。「あんた、なにがしたいの?」

 煙草に火をつけてライターをテーブルに放り置くと、アゼルはソファに背をあずけ、煙を吐き出した。

 「復讐」

 復讐。私に。「ジョンアを蹴りまくったくらいじゃ、私には復讐できない」

 また、吸い込んだものを煙にして吐き出す。

 「お前、最低」視線は合わせない。

 「お互い様だと思うけど」

 「お前の無関心さは天下一品だな」

 まだ長く残る煙草を灰皿の火消しに入ると、彼は立ち上がって灰皿をテーブルに置いた。

 「寝る」

 やはり、無関心な部分が気に入らないらしい。「まだ話は終わってない」

 部屋に向かって歩きだす。「お前と話すことなんかねえ」

 ムカつく。

 大股で歩き、アゼルの腕をとって立ち止まらせ、ドアと彼のあいだに立った。やっと目が合った。

 「なんでわかんないの?」

 さっきまでは見ようともしなかったのに、今度は視線をそらさない。

 「なにが」

 電話で状況を把握してすぐ、自分がまずなにをすべきかをわかっていた。

 ナンネをなだめ、ジョンアを気遣うことじゃない。ハヌルを追い込むことでも、エルミを咎めることでも、マスティとブルを責めることでもない。

 いちばんに会うべきは、アゼルだとわかっていた。

 無表情の彼の眼は、冷たいままだった。だけどまっすぐに私を見るグレーの瞳は、どんな状況でも、私にとっては手錠のようだ。

 間近で見られていると、自分の中にあった感情が、どんどん消えていくのがわかった。考えてもしかたのないことだと、考えないようにしていたけれど、やっぱりまだ、好きらしい。

 「ヒト殴ったら最悪どうなるか、あんたがいちばんわかってる」

 「また施設に戻るだけだ」

 ──よく、わかっている。

 「なら、もうやめてよ」ほとんど懇願するような声だった。「私は、もう誰にも、ここからいなくなってほしくない」

 ほんの数秒、沈黙があった。

 「──ざけんな」

 アゼルは一瞬にして左手で私の首を掴み、ドアに抑えつけた。

 「先に消えたのはどこのどいつだよ」

 顔が、近い。彼はやっぱり、怒っている。

 「勝手にヒトの人生に入り込んできやがって、当たり前のように居座って、期待させて、裏切って、なのにてめえは、いつも何事もなかったかのように笑ってやがる」

 言葉と共に、私の首を締めつける力が強くなっていった。

 その気になれば、彼は一瞬で私を殺せるのだろう。だけどそんなの、なんとも思わない。さすがにこんなふうに暴力を振るわれたことはないけれど、それでも恐怖が浮かぶことはなかった。少し驚きはしたけれど、息苦しさにだって、私は慣れている。

 彼の言葉の意味を考えた。期待──“文化祭の準備を理由に毎日遅くなれる”と、私は言った。なのにけっきょく、私は来ることができなかった。

 普通の女なら、泣きだしているところだろう。だけど私は、声がかすれるだけだった。

 「──寂しいのが、自分だけだと思ってんの?」

 アゼルも、“寂しい”どころではないのかもしれない。私と同じで、“孤独”なのかもしれない。

 彼の表情はほとんど変わらなかった。だけど瞳から、怒りだけが抜けたような気がした。それを隠すためか、彼は目線をはずし、少しうつむいた。

 「──お前のことなんか、ぜんぜんわかんねえ」

 私の首を掴んでいた手の力をゆるめ、私に覆いかぶさるよう、だけど首元に残る手以外は私に触れないようにして、アゼルは、私の顔のすぐそばでドアに額をつけた。

 私は、孤独に慣れすぎている。こんな状況で冷静なことすら、アゼルは気に入らないかもしれない。

 「なんでお前、なにされても動じねえんだよ」

 動じないわけではない。だけど私は、傷つくことに慣れすぎている。

 「お前のそういうとこ、本気でムカつく」

 泣いて泣いて、最終的に怒りに変える方法が、誰かを怒らせることになるなんて、考えもしなかった。

 だけど私は、それをやめるわけにはいかない。

 彼の肩に額をあて、目を閉じた。

 「お願いだから、施設に戻らなきゃいけなくなるようなことはしないで。復讐したいなら、直接私を傷つければいい。なにされたって、私はあんたのことが好き」

 また、数秒の沈黙があった。

 「──マジでムカつく」

 知っている。「それしか言えないの?」

 「うざい」

 「変わらない」

 「ヤらせろ」

 「ふざけんな」

 「大真面目だし」

 「真面目ならちゃんと学校行け」

 「変な制服着てる奴に言われたくねえ」

 少々ショックだった。格好そのもののことはみんな、似合うと言ってくれる。ひとりあの格好をして学校に来て、しかも堂々と校内を歩くという状況には、かなりヒかれているが。

 「似合わない?」

 「あれでヤらせろ」

 アホか。「アホ」確定。

 「犯すぞ」

 「あんたには無理」

 「あ?」

 「だってあんた、私にベタ惚れ」

 「──お前、マジで刺していい? いや、冗談じゃなくて」

 「刺されたら刺し返す。殴られたら殴り返す」

 「俺に勝てると思ってんの?」

 「余裕だし。ナメんな」

 「怖いよお前」

 「私はあんたのことなんか怖くない」

 「もう黙れ」

 「なら黙らせればいいと思う」

 「だったら顔上げればいいと思う」

 彼は額をドアから離し、こちらもゆっくりと顔をあげた。

 目の前にいたのは、私の知っているアゼルだった。

 「好き」

 「黙れ」

 彼が両手で私の頬に触れ、私たちはキスをした。

 私も彼の頬に両手で触れた。何度も何度も、深くて深いキスをした。

 だけどそんなことを、いつまでも続けているわけにはいかなくて。

 「──もう、行く」

 「あ?」

 「用がある」

 「今あれだよな。そのままベッドにっていう流れだよな」

 私は笑った。「おあずけ」

 「うざい」

 「っていうかなんなの? やりなおすの?」

 「もういい」

 「は?」

 「ヤらせてくれるまでつきあわねえ」

 まだ言うか。「この状態でそれを言うのは危険だと思う」

 アゼルの表情がかたまった。

 「──萎えた」

 「よし」

 「よしじゃねえよ。マジでふざけんな」

 やりなおせるのなら、嬉しい。だけどまだ、その喜びに浸るわけにはいかない。

 私は、彼にキスをした。

 「──戻ってくる。おばあちゃんにメールして、今日は泊まるって言う。そしたら、明日の夕方までは、ずっと一緒にいる。ちゃんと約束する」

 数秒かたまったかと思えば、アゼルは仏頂面を返した。

 「可愛くねえ」

 「は?」

 「そんな顔してそんなこと言われても、さっきみたいなセリフ吐かれたあとじゃ、ぜんぜん可愛くねえ」

 どのセリフのことを言っているのか、そもそもなにを言っているのかがわからない。

 「可愛くないのはお互い様だから」

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