* Understanding
ゲルトたちと別れると、マスティとブルと三人で一度、グラウンドへと向かった。フード・テントが用意されていて、一部の教師と一部の保護者たちがフライドポテトやジュースを格安で販売しているのだ。学年主任に会ったけれど、制服のことはなにも言われなかった。それが文化祭だからなのかはよくわからない。
食べ終わると、ブルと別れてマスティと二人で体育館に行き、ステージ袖から二階にあがった。
この学校の体育館は、本当に小さく狭い。まず、廊下や更衣室、レストルームなんてものが存在しない。コートとステージ、狭いステージ袖だけだ。そしてバレーボール用にコートを二面取ろうとすると、かなり窮屈になる。助走をつけてのジャンプサーブなどできたものではない。できたとしてもギリギリだろう。
二階部分は、立ち見をするにしても余裕がない。幅としては、ひとりが余裕を持ち脚を抱えて腰をおろすと、確実に通行の邪魔になってしまう、というくらいだ。数箇所似分けて折りたたまれたパイプ椅子が集められているものの、なにかの式で使うのでもない限り教師ですら、二階にはめったにあがらない。私たちは勝手にあがったけれど。
一階にはブルーシートが敷き詰められ、そこに好き勝手に腰をおろした生徒達が、ステージではじまったばかりの二年A組の演劇を観ている。リーズとニコラのクラスはこの次だ。
「お前はけっきょく、どうしたいわけ?」
右隣でマスティが訊いた。私は今朝アゼルに会ったこと、勝手にキスをして完全サヨナラ宣言をしてやったことを話した。彼は詮索するつもりで来たのだろうから、それならこちらからある程度のことを、と思ったまでだ。
「どうにもなんないってわかってるのに、どうしたいとか考えてもしょうがない」と、私は答えた。
「けどキスしたわけだろ。あいつの反応はともかく」
「そうだけど、でもそんなのもこれっきりにするって、もう話さないって言った。っていうかろくに話もしてもらえないし、言ってもあんま意味ないんだけど。もうどうしようもないじゃん。だから考えない」今日話したのも、何日ぶりのことだかわからない。
「その諦めの早さは、ある意味尊敬もんだよな」
「諦めるクセがついちゃってるの。キスしたのは賭けだった。なんか変わるかもって。でも変わらなかった。先週だってそう。あんたたちが前の日に教室に来たって聞いて、すぐに学校出て会いに行った。でも悪化しただけだった」
彼は肩をすくませた。
「俺らはあいつのすることには口出ししないことにしてるから、あんま言えねえけど。あいつにとって、お前はプラスすぎた。いろんな意味で。けどその反面、お前にムカついてる。責めていい部分にも、本来なら責めるべきじゃない部分にも──あいつも俺らも、お前らは似てるって思ってた。けど、やっぱ似てない部分も当然あって。その違いがわりとデカい。あいつはお前にムカついてるけど、同じかそれ以上に、自分自身にムカついてる」
──よく、わからない。「先週会いに行ったとき、“そういうところがムカつく”って言われた」あれは、なにを意味していたのだろう。「よくわかんないけど、この性格が気に入らないんなら、私は変われない」変わってしまったら、私が生きていけなくなる。
「それはあいつもわかってる」と、彼が言う。「わかってるけど、わかってるからよけいムカつく。責めるべきじゃない部分がそれ」
私は質問を返した。「つまり、一部はただの八つ当たりですか?」
「俺らもそれは言ったよ。けどその八つ当たりだって、一応原因はある。お前は訊かないしあいつも話さないから、わかんねえだろうけど。今さら訊かれたって、俺らも喋る気はないけど」
──訊く。「私、ほんと、なんにも知らないよね」苦い笑みしか出てこない。「みんなのこと、なんにも知らない。ずっと自分の家のことに疑問ばっかり持ってきたから、他人に対して疑問なんて持たないんだよね。詮索されたくないから詮索しない。聞くのはいいけど訊かれるのはイヤ。昔からずっとそんな。──まあ、インミのことがあって、一部は喋っちゃったけど。ああいうのですら、ほんとは言いたくない。思い出したくない」
「気持ちはわかる。詮索されたくないってのは一応、アゼルも一緒だから。けどあいつよりお前のほうがその気持ちが強い。お前の場合は無関心さが完璧すぎる。
ダチとしてやってくには、すげえやりやすいと思う。話せば聞いてくれて、訊かれたくない部分には触れてこないわけだから。けど大げさに言えば、お前にとってはぜんぶがどうでもいいわけだろ。深入りしたら、相手は苦労すんだろなとは思うわ。お前は相手を理解しようとも、相手に理解されようとも思ってないんだから」
ああ、無関心なのがダメなのか。私はやっぱり、なにかが抜け落ちているのか。でも、理解とか言われても。
「訊くだの話すだの、わりと簡単に言うけど、その中身が深ければ深いほど、タイミングが大事になる」私は視線を合わせないまま、言葉を継いだ。「自分が訊いたとしても、相手にだって答えたくない気分の時はあるだろうし、逆に自分が話したくなった時でも、相手にだって、聞くことができるタイミングってあると思う。タイミングを間違えば、受け入れるか拒絶するかで、傷つくか傷つけられるかってことにもなる。
理解したくないわけじゃない。でも私は、理解されなくてもかまわないと思ってる。話したくないことを話してまで、無理に理解してもらおうとは思わない。
それに、自分の中にあるいちばん大きな疑問を抱えるだけで精一杯なの。昔からあって、だけど誰にも訊けずにいること。相手が誰だろうと、それを誰かと共有する勇気は、まだない」
言い終えると、彼は怪訝そうな顔を見せた。
「またそういう意味深なことを」
苦笑うしかできなかった。自分がどこの馬の骨かわからないなんて、これほど不気味なことはない。
「──二人ね、特に大事な友達がいるの。その二人は詮索なんかしてこない。もちろん、二人の目に見えるものもある。両親が学校行事に参加しなくなったこととか、私が家に帰りたがらなかったこととか。女友達の親は一応、私の親を知ってるし、代わりに私の面倒を見てくれたりもしてくれてたから、うちの事情はなんとなくわかってる。それでも彼女は、親にも私にも、なにも訊かないでいてくれる。二人とも、たとえ十のうち二しか話さなかったとしても、ありのままを受け止めてくれる。そのうえで私のことを理解してくれる。
私の中では、その二人がなにより理想。その二人以上の友達は一生できないと思ってる。だからよけい、他の人間と深くつきあおうと思えないのかもしれない。もちろんどうでもいいわけじゃない。他にも大切だと思うヒトはちゃんといる。だけど大切だと思う気持ちが、知ってもらいたいとか知りたいって思う気持ちになるわけじゃない」
マスティは、深刻そうな表情でこちらを見ている。
「──なんか、想像以上に深いな」
思わず口元がゆるむ。「深すぎて面倒でしょ」
アニタもゲルトも、小学校三年の頃からそんなふうだった。私の異変にすぐ気づいたのだろう。性格的に相性がいいのか、私に対してだけなのかはよくわからない。二人は私と違ってそれなりに好奇心があるし、私と違って人付き合いもちゃんとしている。みんながあんなふうならラクなのにって、何度も思った。
私は続けた。「だいいち、私が気に入らないからって浮気ってのはどうなのよって話だし。今すでに私に対してどうでもいいオーラを発してくれてるのは向こうだし」
「ああ。まあ、あれだな。バカだから。お前が──っていうか周りが思うほど、あいつも強くねえから」
笑える。「だけどそれを浮気につなげていいかって言われたら、そうじゃない」
「でもお前はやっぱり気にしてなさそう」
探るような眼で言われたその言葉に、私は肩をすくませた。
「今はね。終わったことだし」どれだけ泣いたかなど、言ったところで意味はない。「私はすぐ怒りに変えるクセがついてる。そしたらあとはわりとラクなの。怒りなら持ち慣れてるから」
マイクを使ってのアナウンスに気づき、身体を起こして柵に寄りかかると、ステージを見下ろした。
「リーズたちの、始まる」
ステージ袖から続々と、生徒たちが飛び出してきた。夏の制服でポンポンを持った女たち。後方の男たちは白い長袖のカッターシャツ。男も踊るのか。音楽が流れ、みんな踊りだした。するとマイクを持ったニコラとリーズ、あと二人の女子が左右に分かれ、ステージ袖から出てきてうたいはじめた。
マスティも柵に寄り、舞台を見下ろしている。
「やりなおしたいなら、はっきりそう言ってみりゃいいのに」
声を音楽にかき消されないよう、彼は少し大きめの声で言った。
もしも、やりなおせたら。「やりなおせたとしても、性格が原因なんだとしたら、また同じことの繰り返しでしょ。だいいち、あいつにはもう、そんな気はない。これ以上近づいても私がよけいボロボロにされるだけ。だからもういい。これっきりだって言ったし、もうあいつには関わらない」
彼はしかめっつらをこちらに向けた。
「ゲーム勝ち逃げ?」
思ってもみない言葉だったので、私は苦笑うように笑った。
「そういうことになる。あそこにはさすがに、もう行けないし。あ、鍵返そうか」
吐息をつくと、彼はまたステージへと視線を戻した。
「いいよ。持ってろ」
持っていても意味はないのに。「そ」




