* School Festival
金曜日、文化祭当日。
午前中に体育館であるリーズたちのステージと、D組のアニタたちの店だけでも見ようかと、集合時間からは少し遅れて、学校に来た。
けれども、正門を入ってすぐに目のつく場所から、無駄かつ派手に飾りつけられた校内の雰囲気に圧倒され、あちこちに溢れる活気と笑い声に異様な面倒さを感じて、第一校舎に入っても教室には行く気にならず、準備のためにみんなすでに教室に閉じこもっているしと、二階と三階を通り過ぎて四階へと上がった。またあの場所だ。物置。
そこで、私は自分の目を疑った。
アゼルがいた。ひとり壁に背をあずけて床の上であぐらをかき、階段側の、脇に置かれた職員用デスクに頭をあずけ、目を閉じている。
まずい、と思った。逃げたほうがいい気がした。
だがその前に、気配を感じたのか、彼は目を開けてこちらを見た。驚いた様子はなかった。そしてまた目を閉じた。何事もなかったかのように。
本気で、どうでもいいらしい。
というか私、闘争心はどうした。
こんな場所で、それも目の前にいられると、なにもできない。これ以上拒否されると、本気で立ち直れない気がする。
もうやだ。こんなのやだ。なんでいるのよ。文化祭はサボるんじゃなかったの? 私もだけど。
「なんか用かよ」
目を閉じたまま、アゼルが訊いた。
──ない。用などない。どうすればいいのかがわからないだけだ。
わからず、彼に質問を返した。「──なに、してんの?」
「ムカつく女のこと思い出してる」
思わず呆気にとられた。私のことなのか。「なんのために?」
「自分を取り戻すため」
──意味が、わからない。「その、ムカつく女は、なんかしたの?」
「お前に関係ない」
マジでムカつく。
その相手というのが、私のことだとは限らない。隠れられるというだけで、この場所にだって、意味はないのかもしれない。ここでしたのも、はじめてではないかもしれない。
私が言葉を返すより先に、アゼルはまた口を開いた。
「見つかりたくねえから、用がないならどっか行け」
──ムカつく。
用がないなら、というのは、あれば居てもいいのかという話になる。でも実際、用はない。突き放されているのかすら、よくわからない。
「そのまま、目閉じてて。絶対に開けないで」
彼はなにも言わなかった。
私は無言で近づき、彼の前に膝をついた。
──気持ちがなくてもできるなら、私にしてくれればいいのに。
両手を床につき、彼にキスをした。短い、フレンチキス。
アゼルは動かない。それでいい。深いのなんてしてしまったら、それこそどうにかなってしまいそうだ。
もう一度、唇を重ねた。哀しいのと寂しいのとムカつくのとがごちゃごちゃになって、胸が苦しかった。
応えて、なんて、言えない。
こういうのはもう、ほんとにイヤだ。月曜から、せつなさとつらさがどんどん大きくなっていった。
水曜に会った時の私を見る眼はやはり変わらないままで、話しかけることもできなくて、でもアゼルが話しかけてくることなどあるはずがなくて、拒否されているのだと思ったら、怖くなった。
もうイヤだ。一刻も早くことの苦しみを、もっと確かな怒りや憎しみに変えてしまいたい。それならいくらでも、私は持って歩ける。
私はゆっくりと、唇を離した。
「──こういうのは、これっきりにする」
“なにされてもかまわない”というのは、きっと。
「もう、ここにはこない」
確かに、よく考えもしなかった言葉だけど。
「あんたとはもう、話さない」
“なにされても好き”だって、意味だったんだと思う。
「──ゆっくり、十秒」
言葉が足りなかったのか、伝わらなかったのか。
「それで、私は、ここから消える」
どうだったにせよ、どうせもう、ぜんぶ終わっている。
立ち上がって向きを変え、歩きだし、階段をおりて、教室へと向かった。
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「たかが文化祭に息巻く人間の気が知れないわ」と、私はつぶやくように言った。
文化祭はすでにはじまっていて、それにもかかわらず、私はゲルトとタスカと三人で、第一校舎の正面玄関の外、行事予定を書くブラックボードの下で壁に背をあずけて座っている。なぜこの三人かって、校舎内にいると、自分のクラスから手伝えと言われるか、他のクラスから勧誘されるかだからだ。ゲルトと一緒にD組を少し覗いて、タスカと三人でここに来た。
体育館ではステージがはじまっているし、校舎から校舎へ、体育館へ、グラウンドへ、またその逆と、生徒たちが楽しそうに行き来している。
「お前、サボるんじゃなかったっけ?」タスカが私に言った。「なに真面目に来てんだよ」
ゲルトがつっこむ。「この格好じゃ真面目とは言えないだろ。制服じゃねえんだぞ」
昨日の夜、冬用セーラー服が本当に残念なことを再実感し、どうせ文化祭だし試すにはいいかと思い、白いカッターシャツを着て、その上に紺色のベストを重ねることにした。祖母に制服のリボンと同じような色生地のハギレをもらい、しかも“怒られたらちゃんとセーラー服に戻すこと”という条件で端処理とゴム付けまでしてもらい、それをつけた。どこの生徒だかわからなくなったが、私は今日、その格好で学校に来た。
私は反論した。「制服だっつの。少なくともスカートは。観るもん観たら帰るわよ」
タスカが苦笑う。「少なくともっていうか、スカートだけだよな。リボンは似てるけど、違うだろ」
「え、やっぱバレるの?」
「バレバレ」
「でもセーラーよりは似合う気がする」ゲルトが言った。「セーラーだとガキっぽいじゃん。お前はタッパあるから、それのほうが高校生に見える。そんな必要があるのかはともかく」
「ねえ。それ、褒めてんの? それとも老けてるって言いたいの?」
「最近のお前はすげえ老けて見える」タスカは失礼すぎる言葉をさらりと口にした。「高校生だっつってもとおるぞ、絶対」
嬉しくない。ああ、でも、年下なことが原因なのだとすれば、それも──。「誰が高校生料金なんか払うかボケ」冗談じゃない。
「ベーラー」正門から私の名前を呼びながら、ブルがマスティと並んで歩いてきた。「なにしてんだ」
まさかの重役出勤なのですか? 「今来たの?」というか、アゼルと一緒に来ていたわけではないのか。
「そー」ズボンのポケットに両手を入れているマスティが答える。私の前に立ち、制服を観察した。「なんだその格好」
なんだろう。「中学に殴り込みにきた高校生のフリした中学生」
「似合う似合う、よくわかんねえけど」ブルはマスティの隣にしゃがんだ。「あれ、いつもいるのと違うな」タスカからゲルトへと視線をうつし、顔をしかめる。「お前ら、もしこいつに好きだって言われたら、つきあえる?」
「無理っす」と、二人は声を揃えて即答した。
彼が笑う。「だよな」
うっせーよアホ。
「お前、ニコラたちの舞台観に行くんだろ?」マスティが私に訊いた。
「行く。けどあの人だかりに紛れ込む元気はないから、ひとりフラフラと二階から観てやろうかと思って」
「んじゃつきあえ。ブルがエルミと約束しちまった」
私は思わず笑った。「マジで?」
彼は伸ばした両腕を膝に乗せ、そこに頭を埋めたいかのようにうつむいた。
「マジだよ。断りきれんかった。しかも校内連れまわされる予感」
「ふたりっきりでデート楽しんでね。私はマスティとデートする」
「は?」顔を上げた。「一緒にまわってくんねえの?」
私はマスティと声を揃えた。「遠慮する」




