* Seniors
翌朝。
朝食をとったあと八時半頃に、祖母は仕事へと出かけた。キッチンカウンターにはランチ用のサンドウィッチとお菓子を、冷蔵庫にはジュースを用意してくれている。そのうちリーズたちがくるだろうから、みんなで食べてと言っていた。
祖母の言葉どおり、リーズは朝の十時すぎに来た。もうひとり、ニコラという女の子を連れて。
私はとりあえず、二人を中へ入れた。居留守を使ってもきっとバレるだろうと思ったからだ。
三人でリビングに入ると、私はキッチンに背を向けている二人掛けソファに、リーズとニコラは、テーブルをはさんでテレビの正面にある二人掛けソファに腰をおろした。
「同級生にサビナ・モラッティっているでしょ」
ソファの上でゴールドのライン入りのジャージを履いた両脚を立て、左手に持ったクッキーをつまみながらリーズが切りだした。
二人は家に入るなり、“堅苦しい敬語はなし”というルールを提示した。逆らう理由がなく、それに従うことにした。というか私、年上だからと言って丁寧に敬語を使うタイプでもない。
私はただ、ソファに背をあずけて座っている。「いるけど」
「あれ、私のイトコ」
その意味を理解するのには少し時間がかかった。「ほんとに?」
「マジ。仲いい?」
「ぜんぜん。めったに話さない」
サビナにはよく一緒につるんでいる女二人がいるが、サビナを含めその三人組のことが私は、大嫌いだ。男と教師の前ではカマトトぶって媚を売り、騒いで目立って仕切りたがるのは当然で、それどころか気に入らない人間にはいちいち嫌味を撒き散らす。
ニコラはリーズが持っている袋に手をつっこみ、クッキーを手に取った。
「あたし、あいつキライ。あいつ最近、通りで会ったらやたらと馴れ馴れしくしてくる」
リーズが笑う。「だろーね。なんか春休みになってから、やたらとうちに来るようになったし。やたらと話しかけてくるし。実は今日も来るらしいし」
私はこの家の祖母以外、親戚という類の人間に会ったことがない。
「じゃあ家にいたほうがいいんじゃないの?」
私がそう訊くと、彼女は眉を寄せた。
「一応身内なのにおかしいと思うかもしんないけど、私もキライなんだよ。なんか、自分はプリティ・ドールだとでも言いたげに、ブリっ子しながらヘラヘラしてるけど。なんかトカゲみたいな顔してるし」
さらりと言われた私はぽかんとしたものの、二コラはけらけらと笑った。
「トカゲ! トカゲのほうがまだ可愛いっつの!」
なんというかサビナは、目は細くて巻き毛だけれど。「ひどい」
悪意を込めてニコラが言う。「あいつのグループ、みんなうざい。特に──名前なんだっけ。リーダー気取りの、たまごみたいな顔の形した色白の奴」
思い浮かぶのは一人しかいない。「エデ?」
「そうそう。あれがキライ。他の奴らはさ、あからさまに媚売ろうとしてくる感じなの。たぶん中学に備えてだよね。でもあいつは違う。そんなふうに見えて、すげえ偉そう」
「あ、わかる」リーズも同意した。「うちらが男のツレといたら、そっちばっかり見てるもんね」
「そうそう。超うぜえ」
笑える。
「中学生の立場からすれば、早すぎだとは思うよね」リーズが言った。「けど中学一年だと、べつに早いとも思わない。なんだろ、この違い」
ニコラがこちらに向かって続ける。「なんつーかさ、うちらが一緒にいるのって、二年だったわけよ。うちらのひとつ上だから、次は三年だけど。一年ならともかく、さすがに早いと思うわ」
中学三年生と、中学一年生。「中学の一年と三年で考えればそれほど違和感はないけど、小学六年と中学二年て考えたら、変な気はする」
「でしょ? なのにあいつら、早くも目つけましたみたいに見るもんだから。殴ってやろうかと何回思ったことか」
彼女の言葉でリーズが笑う。「やっちゃえばいいじゃん。あ、でもあんただってバレるようなことしないでよ。とばっちり食うのイヤだから」
「そこはイトコとして止めるとこ」と、私は口をはさんだ。
「止めない」リーズは言いきった。「あれじゃん、サビナに手出さなきゃいいんじゃん。エデだけなら関係ない気がする」
ニコラも賛成した。「ん、そうしよ。今度ムカついたら軽く脅すところから始める」
話が変な方向に進んでいる。「っていうか二人がここにいること知れたら、サビナがすごくイヤな顔しそうな気がするんですけど」
彼女たちは笑った。
「睨み返してやればいいよ。なんならうちらも睨むから」と、リーズ。
「そうそう。三人で地面にあぐらかいて座って、あいつら超睨むの」想像したらしく、脚をじたばたさせながら、ニコラは天を仰いで笑った。「マジでやばそう。超やりたい」
私はつぶやいた。「中学に入る前から不良レール敷かれてる気がするんだけど」
「不良じゃねえし!」
二人は声を揃えて否定した。そして顔を見合わせて笑った。
「んじゃ訊くけどさ」そう切りだしながら、ニコラはソファの前に腰をおろした。「女の不良ってどんなの?」
「学校サボる。ジャージ履く」右手で指を折り数えながら私は続けた。「制服のスカートがやたらと短い。濃いメイク。煙草にお酒──」
リーズが遮る。「ちょっと待って。私のこと言ってない?」
視線が彼女の服に集まる。上は黒いトレーナーで下はジャージ。
テーブルに肘をついて手に頬を乗せ、ニコラは意地悪そうに口元をゆるめた。
「それほど濃くないけど、メイクもしてるしね。制服のスカートも短い」
けっこうあてはまっている。「ただのイメージだけど」
「べつにいいもん」ソファに背をあずけ、リーズは口を尖らせた。「確かにスカートは短い。酒は飲んだことあるし、煙草は時々。そろそろ本格的に吸おうかと思ってる」
「吸わなくてもいいと思う」
「けどさ、煙草吸うと間食しないらしいんだ。ヘヴィースモーカーになろうとしてるわけじゃない」
ニコラが苦笑う。「動機が変すぎるけど、バカだから気にしないで。」
彼女は反論した。「なんて? ジャージ履かないだけで、あんたのほうが不良なんだからね。すでに煙草持ち歩いて吸ってるし。私に負けないくらいスカート短いし」
どっちもどっち。
「っていうか」リーズの視線がこちらに戻る。「制服ある?」
「うん」
「よし、持ってきて」
「なんで?」
「スカートの丈調節すんのよ」
「けっこうです」自分でします。
ニコラが口をはさむ。「あとメイクもする。道具は持ってきた」
「けっこうです」そのうちします。
「遊ばせてよ、ベラ」リーズはソファの上に立ち上がった。「あんた肌キレイだから、とりあえず目元だけ」
「遊ばせてって言われて遊ばせるバカはいないと思う」
二人はまた笑って声を揃えた。
「気にするな」
けっきょく、私は遊ばれた。屋根裏部屋に行き、冬用と夏用のまっさらなセーラー服を出してスカートの丈を決めると、彼女たちは二階にある祖母の仕事部屋からチャコペンを持ち出して印をつけた。それを祖母に処理してもらえと。彼女たちも一年前、そうしたらしい。
次にメイクがはじまった。リーズの言ったとおり目元だけで、それでもかなり印象が変わった。祖母が用意してくれていたサンドウィッチを食べ終えると、三人で私のメイク道具を買いに行った。
昨日と今日、はじめて会ったとは思えないほどたくさん話をした。それでも祖母から聞いていたのか、彼女たちは自分の家のことを話すことはあっても、こちらの家の事情を訊くことはしなかった。私も彼女たちの家の話を、それほど不快には感じなかった。その点ではもう慣れている。普通なら、あたりまえにあるものだ。
話しててわかったことは、リーズは昨日突然家に来た時、わりと自分をよく見せていたこと。普段はもっとくだけた話しかたをするらしい。彼女自身がそれを認めた。