* Gangway Bridge
──とは、思ったものの。
会う確率って低いんだよな。校舎違うし。っていうか、あいつが学校に来てるかどうかすらわかんないし。わりとサボる奴だし。なにこの、さっそくの不完全燃焼的な感じ。
三時限目と四時限目のあいだの休憩時間、私はのこのこと学校にやってきた。
四時限目に私を見た国語担当のカンニネン学年主任が、“あら欠席じゃなかったの?”と言った。私は、“頭痛がしてたんでちょっと休んでたんですけど、マシになったのでランチをいただきに参りました”と悪びれることなく答えた。主任は呆気にとられていたけれど、クラスのほぼ全員が笑った。というか苦笑った。
ベルが鳴り、そんな四時限目は終了。次はランチ。
さてどうしよう、と考えた。お菓子は持ってきた。なぜ復讐心を燃やしているのだろう。赤だから。いやいや。
会いたくてたまらなかった。復讐などではない。怒りからでもない。純粋に、会いたかった。
顔を見たら泣くかもな、なんてことを考えながら、四時限目はほとんど、第三校舎の三階を見ていた。
それほど意味はない。教室から三年のフロアは見えるが、廊下側だけだ。顔を出さないかな、とも考えていた。授業中なのに。ふと、“片想い”という言葉が頭の中をよぎった。
あ、片想いってこういうことなのか、と思った。知らなかった。だっていきなり、恋という崖に落とされた。とまで思った。
そして、なんだかものすごくバカになっていることに気づいた。いつもと違う精神崩壊だった。恋愛となるとこうなるらしい。
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朝、電話を切ったあと、“アホ共にアドレスと番号教えといて”と、ゲルトにメールを送った。タスカとカーツァーもメールを送り返してくれ、ランチの時、“昼休憩に入ったら第一校舎二.五階の渡り廊下に集合しなきゃブッ切れる”とメールを送った。
そして渡り廊下。笑えることに、彼らは本当に来た。
私は今日からまたやぼったい冬服で、体育館側の青い鉄格子のような柵に背をあずけて立っている。左横にいるアニタは座って柵に背をあずけて、タスカは私の前に、さらにその右にゲルト、ガルセス、カーツァーと、でたらめな円を描くように腰をおろした。彼らの手元にはすでに、私がカバンいっぱいに詰めてきた特製バラエティお菓子詰め合わせの袋が行き渡っていて、それぞれに適当なものを食べている。ようするに、いろんな個包装のお菓子をビニール袋に適当に分けて詰めこんだものだ。私はそれを、人数分プラスアルファで用意した。
「っていうか、なんでこんなとこ?」カーツァーが訊いた。
「先生に見つかりにくいから」
私は答えた。見つかりにくいかどうかは知らない。本当は、ここからなら第二校舎にも繋がっているし、下も見えるしで、いたら気づくかなと思っただけだ。
柵に身を乗り出し、体育館前を見下ろした。いない。赤い髪が黒その他に戻っていたらどうしよう。落ち込むかもしれない。
「秋だしいいでしょ。曇ってるけど」そうつけくわえながら、再び柵に背をあずけた。
クッキー片手にアニタが言う。「四年の時、遠足がこんな感じだったよね。みんなでお菓子食べたあと、こんな状態でなぜかトランプした。外なのに」
タスカが笑う。「そういややったな。なんであれ、トランプだったんだっけ」
ゲルトが答えた。「ベラが言い出したからだよ。なんで行きたくもないスポーツ公園に一時間近くもかけて歩いて行って、そのうえバカみたいに走りまわんなきゃいけないんだって。どうせ歩きまくって疲れるのにっつって」
はて。
彼らは笑った。
「そうだ。お前だ」ガルセスが言う。「そんでお前ら二人がトランプ持ってきて、ダブルカードでトランプした。風にさらされながら」
私とアニタは顔を見合わせて笑った。
「でもあれだよね」彼女の視線がタスカへとうつる。「風あるのわかっててピラミッド作ろうとか言いだしたの、タスカだよね」
「違うわ!」叫ぶように言ったかと思えば、彼は次の声のトーンを落とした。「カーツァーとオレだ」真剣。
また全員が笑う。
「でも失敗したよね。しかも帰りには、私とアニタのトランプ、四分の一ずつくらいが行方不明になってたよね。減ってたよね」
アニタは天を仰いで笑った。
「減ってた! しょうがないからうちら、二人のカードでひとつのトランプのセットにしたんだよね。それからは学校でそれで遊んでた」
「そのトランプで、グラールにスピードでボコボコにされた」カーツァーが言った。「俺ら惨敗」
「あんたたち、みんな弱い」と、私。
「ベラに勝てるもんてなんかあったっけ?」スティック菓子片手にガルが言う。「勉強以外。遊びっぽいやつ。ドッジボールもこいつ、強かっただろ」
カーツァーが応じる。「ドッジはタスカとグラールのコンビが最強だったな。こいつらが同じチームになったら、常にこいつら二人が残ってた。敵チームならたいてい最後までこいつらの一騎打ちで、ほとんどはグラールの勝ち」
「いや、俺だってそれなりに勝ったよ?」タスカは言い訳がましく口をはさんだ。「ただこれでも一応女だから、手加減を──」
「は?」私は彼に言った。「あんた手加減なんかしてないじゃん。ものすごい剛速球投げてきてたじゃん」
アニタが笑う。
「だよね。タスカのボール、超痛かったもん。しかも女子に手加減とかぜんぜんしないし。むしろ弱いからっつって意識して狙ってたし」
「タスカは鬼」苦笑うゲルトが言った。「勝ちにこだわりすぎて、ドッジで何度か女泣かしてたし」
ガルセスも天を仰いで笑った。
「泣かしてた! 何人か保健室行き!」
カーツァーは悩ましげに首を横に振る。
「やだねえ。たかがドッジで女泣かすって」
タスカは絶句していた。はっとして我に返る。
「いや、それ言ったら」こちらを見る。「な」
な、とか言われても。「なに? 可愛い顔して同じく剛速球を投げて男たちを次々となぎ倒していく私はどうなるんだっていう話なの?」
「そう!」
彼が同意し、また笑いが溢れた。
「わかった。今度やろうか」私は提案した。「もうちょっと涼しくなったら体育館で、死のドッジボール大会。っていうかデッド・ボール大会」
「死!?」ガルセスとタスカとカーツァーが声を揃えた。ゲルトは気にしない。
アニタも気にしない。「あ、いいね。あともうちょっとヒト呼んで、二チームに分かれてやろっか」
カーツァーが肩をすくませる。
「さすがにまずい気がするけどな。あの頃とは力の差が──」
鈍い音をたて、柵になにかが当たった。
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ゴンというその鈍い音に、私はうしろを振り返った。柵に腕を乗せて下を見下ろす。
──ああ、アゼルがいる。体育館の壁にもたれて、前のボタンを留めてない学ラン姿で、赤い髪のまま、睨むわけではなく、やはり冷たい眼でこちらを見ている。
苦笑うマスティも隣にいた。落ちたものを拾っていたブルも。彼はなぜか、ひとりジャージ姿でシューズ袋を持っている。それを投げたと思われる。よく届いたな。
「なに?」アニタが訊いた。
「ん、三年」会えた。でもやはり不機嫌そうだ。というか無表情なのだが。「なにしてんの?」
身を乗り出して大きめの声で訊くと、マスティがポケットからなにかを出した。こちらに見せる。煙草だ。吸いに行くということ。
怒りよりも、会えて嬉しいというのが本音だった。また誰かを殴って施設入られたらどうしようかという不安もあったからだ。
「ちょっと待って」
また大声で言うと、一度引っ込んでしゃがみ、カバンからお菓子の詰め合わせ袋をみっつ出した。
再び柵に身を乗り出すと、みっつの袋を順に投げ落とした。口は縛ってあるから平気だ。というか、シューズ袋を投げ出したブルがすべてキャッチした。さすがだ。
「あとで食う!」ふたつの袋を右手に抱え、ひとつをこちらに見せながらブルが言った。
こっちは今食べてるけどね、などと思いながら微笑んで返し、アゼルと視線を合わせた。
いつも、まっすぐな眼。この距離でも、引き込まれそうになる。
“ムカつくけどまだ好き”
声に出さず、口の動きだけで、はっきりそう言った。
マスティとブルは首をかしげ、顔を見合わせた。
アゼルがわかったかどうかは、わからない。表情は変わらない。でもそういうことを言う時の私の表情は、あいつだけが知っているはずだ。──覚えていたら、だけれど。
憎しみになろうと哀しみが戻ろうと、なんでもいい。
よくわからなくて、手を振った。シューズ袋を拾ったマスティとブルは返してくれた。そして正門へと歩きだした。
そしてアゼルも、歩きだした。
もういい。嫌われようとなんだろうと、疑問は疑問のまま、裏切りは傷になって、怒りとして、私の中に残るのだろう。
それでも愛は愛のまま、私の中に残るのだろう。
こうやって、会うたびにせつなくなって、あの冷たい視線が恋しくなって、また泣くのだろうけど、ムカつきもするのだろうけど、それでもけっきょく、私は、アゼルのことが好きなのだろう。




