* Closed Love
水曜はもちろん、木曜も、アゼルからの電話はなかった。金曜になってもだ。
土曜は、祖母と名義変更に行った。担任のオルフ教諭と教頭先生が対応してくれ、学校側も了承した。母親にも会わずに済んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日曜日。
今日は、祖母と一緒に買い物に行った。引っ越してきた時に言ってくれていた、私の服を作ってくれるという話。一年をとおして着られるからと、ミニワンピースを頼んだ。その布地だ。
家に帰ってからはまた一緒に料理をして、また少し話をした。だが楽しくなるはずのそれは、思ったほどではなかった。アゼルのことが気になってしかたがなかった。
その夜、シャワーを浴びて部屋に戻ったあと。
明かりもつけずベッドの上に座り、自分の前にプレーヤーと携帯電話を並べて、どちらか悩んだ。
恋愛などしたことがない。もともと間違った人間だし、なにが正しいのかなど、よくわからない。
アゼルがどうしたいのかも、わからない。
私は?
会いたい。
むこうは会いたくないかもしれない。
声が聞きたい。
むこうは聞きたくないかもしれない。
このまま終わりになんてなりたくない。
むこうは終わりにしたいかもしれない。
それどころか、もう終わってるのかもしれない。
“自分のしたいことをしなさい”
祖母は、そう言った。
携帯電話を手に取り、アゼルに電話した。
呼び出し音が、一回──二回。
さん──呼び出し音が、途切れる。「もしもし?」
心臓が、凍りついたかと思った。耳を疑った。思わず、画面を確認した。
《 通話中 アゼル 》
──間違って、いない。
だけど、この声を、私は知らない。
リーズとも、ニコラとも違う。
私はまた、携帯電話を耳にあてた。「誰?」
「ちょっと待ってね」そう言うと、電話のむこうの声は少し小さくなった。「どうすんの? 出ないの?」
ちょっと待ってよ。誰よ。
「なに」
──アゼルの、声。
意味が、わからない。「なに、してんの?」
「話」
「──今の、誰?」
「さあ。今日会ったばっかだし」
──今日、会った、ばかり。「──浮気、してんの?」
「浮気ってなに? ヤッたのかってこと?」
心臓が、揺れた。「──したの?」
「してないっつったら信じんの?」
──意味が、わからない。
日曜で、こんな時間──夜の十一時に近くて、周りは静かで、女がいて、信じろって?
そんなの、信じられるわけがない。「──これは、“罰”の続きなの?」
「──さあ」
──なぜ、こういう時に限って、いつものテンションなのだろう。
そういう人間だというのは、知っていた。わかっていた。
だけど、しないと、信じていた。
ああ、ダメだったのか。
私は、間違っていたのか。
私はまた、ボロボロにならなければいけないのか。
「──よく、わかった」もう、いい。「別れる」どうでも、いい。
どうして、信じたのだろう。
どうして、“彼だけは”、なんて思ったのだろう。
どうして、“私にだけは”、なんて思ったのだろう。
「──あっそ」
電話は、切れた。
どうして私は、アゼルを好きになんて、なったのだろう。
はじめて両親あいだの不穏な空気に気づいた時、今日だけだと信じた。明日になれば元通りだと。
はじめて両親の喧嘩の声を聞いた時、一度で終わると信じた。明日にはいつもどおりだと。
何度か喧嘩が続いても、今週だけだと。今月だけだと。いつかは終わると、信じていた。
いつかまた、三人で一緒に笑えると、信じていた。
だけどけっきょく、元には戻らなかった。
ハヌルのことだって、エルミのことだって、最初は、ほんの小さな嘘を、私は信じたことがある。だけど、あとから嘘だとわかった。そういうものなのだとわかった。
物事が好転するところなど、見たことがない。
信じて救われたことなど、ない気がする。
私が強く信じたあとにはたいてい、裏切りしか残らない。
気づけば、涙が溢れていた。前に倒れるようにして、顔を伏せて泣いた。
好きだから、信じたかった。
好きだから、信じたくなかった。
信じたいものだけを信じて、信じたくないものは信じたくなかった。
信じてた。
信じてた。
信じてた。
裏切りも、“赤”だった。
信じてた。
信じてた。
信じたい。
信じたい。
信じられるわけがない。
裏切りは、“赤”だった。
どこから間違ってたのだろう。
あの時間が、日々が、声が、笑顔が、ぜんぶ嘘だったなんて、思いたくないのに。
いつからか、気づいていた。
私が感じていたものは、私が与えていたものは、“恋”じゃなかった。
ピンク色の、可愛らしいものなどではなかった。
私が感じていたものは、私が与えていたものは、“愛”だった。
赤すぎるくらい赤い、真っ赤な“愛”だった。
愛してた。
愛してた。
愛してた。
だけど、もう、終わった。
どうすればいいかわからないうちに、ぜんぶ終わった。




