* Scouting
九月の学校は、十月にある文化祭へと向けて賑わっていた。
といっても、文化祭に一般入場はなく、たった一日で終わってしまう。体育館のステージを使えるのは三年生と、会議で行われるらしいなんらかの勝負で勝った二年の二クラスだけ。残りの二年生クラスと一年全クラスは、教室で地味な催し物をすることになる。
田舎の小さな中学校の文化祭などそんなもので、私にはどうでもよかった。
私が所属する一年B組では、相談の結果、フリーマーケット兼ヨーヨー風船くじなどという、ありきたりな店をすることに決まった。放っておけば、学級委員周辺と一部の仕切りたがり屋──つまりはハヌルたちが勝手に事を進めてくれる。ハヌルは私が出しゃばって目立つのを嫌っているので、適当なことを言っておけば放っておいてくれるのだ。
準備をするのはもう少しあとからでいいかという話になり、担任が教室を出たあと、私はクラスメイトに“やる気がないからやらない”と、はっきり宣言しておいた。陰で文句を言う生徒もいるが、私はそれを気にする人間ではない。
アニタの所属する一年D組も似たようなもので、駄菓子屋や輪投げやダーツなどという、地味な店をすることになった。気に入らないと彼女はふてくされていた。それでも彼女は基本的に、何事も楽しむことにしている。けっきょくはやるのだろう。
二年のリーズとニコラは同じクラスに所属していて、会議の結果ステージを勝ち取り、なにかをうたって踊ると言っていた。
アゼルたちは“文化祭なんか出るか”、らしい。
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中旬の水曜日。
地味な計画ばかりの一年生も文化祭の準備を本格的に進めはじめていて、私たちのクラスであるB組でも放課後を使い、考えをまとめるための会議に入った。
だがそんな部分ですら私は参加する気がなく、ゲルトと一緒に、B組とC組の教室の境界線になる壁にもたれ、廊下に座っていた。廊下には離れたところで数人が話をしているだけなものの、左右にある教室から聞こえる声がやたらと騒がしい。
「っつーか、なんも言われないって、あれじゃね?」ゲルトが言う。「帰ってもいいんじゃね?」
「いいだろうね」と、私。「余裕。私はやる気ねえよ宣言してるし、どうせ用なしで存在忘れられてるし。ただカバンをどうするかっていう話だよね」
「そんなもん、置いて帰ればいいんじゃね」ゲルトのやる気のなさは私と同等だ。
「そうだよね。どうせペンケースとその他ちょっとだけだし。ロクなもん入ってないし」
「基本教科書みんな机とロッカーの中だし」
「脳細胞は小学校の算数の教科書のあいだに置き去りにしてきたし」
「それはお前だけ」
「グラール発見」C組のほうから声がした。D組のカーツァーがこちらに歩いてくる。「ハーネイも発見」彼のうしろにはマーニとタスカもいた。
「D組がなにしにきた」私は言った。
「いや、偵察」通行人がいればものすごく邪魔になるのをわかっていながら、カーツは私の前にあぐらをかいて座った。「っていうか、もう帰ろうかと思って」
ゲルトが言う。「俺も帰りたい。もうカバンなんかいらなくねって言ってたとこ」
「だろ。つまんねえ」視線をこちらにうつす。「ワルテルたちに訊かれたんだけど」
ワルテルはエデのことだ。タスカとマーニはB組の教室に入っていった。
「うん」
カーツは身体をこちらに傾け、声を潜めた。「お前、三年とつきあってんの?」
またこの話題か。「なんで?」
「よく一緒にいるっつって」
というか、誰とでもいる。「っていうか、なんでそれをあんたに訊くわけ?」
体勢を戻し、彼は肩をすくませた。
「知るかよ。あれじゃね、ハーネイに訊けみたいな感じじゃね?」
ゲルトは私とアゼルがつきあっていることを知っているけれど、私が詮索嫌いなことも知っているから、言わないでいてくれてる。ガルセスも知っているが、やはり言わないでいてくれてる。
「お前、つきあってもない女に尻に敷かれんなよ」と、ゲルト。
「敷かれてないし。知るかとは言ったんだけどさ」
どいつもこいつも詮索ばかりだ。「アゼル・ルシファー。あれとつきあってる。タスカはかまわないけど、エデたちにも他の誰にも言わなくていい。あいつらには一切関係がない」
カーツァーは苦笑った。「了解。けどあいつが知ったら、絶対悔しがる」
「なんで?」
私が訊くと、彼はまたも身体をこちらに傾けた。小声で言う。
「ワルテルは六年の時からあのヒトに目つけてた。中学に来てあのヒトが更生施設? に入ってるってわかったんだけど、出てきたらそのうち、告るつもりだったらしい」
「は? よく知りもしないのに?」
「言うなよ、これ」声を潜めたまま続ける。「あいつみたいなのは、ワルッぽいが大好きなんだよ。それに二年にいるモラッティのイトコが、いつもあのグループとつるんでるだろ。たまに見かけたり会ったりしてたらしいし、それで」
そういえば、と思い出した。「バカなの?」
苦笑いながら再び身体を起こす。「そうだろうな」
「俺、あいつはお前のことが好きなんだと思ってた」ゲルトが言った。
カーツはきょとんとした。「は? なんで?」
「いつもお前らのあとにくっついてるじゃん。今も、昼休みとか特に」
「いや、まあそうだけど──」
B組の教室からタスカが戻ってきた。
「どっちもどっちでつまんなさそうだな」私とゲルトに言う。「っつーかお前ら、どんだけ堂々とサボってんだ」
私は反論した。「堂々と偵察しにきた奴に言われたくないわよ。っていうか偵察っていう名のサボりじゃん。私たちと変わんないじゃん」
「そういう態度とるか。せっかくチョコやろうと思ったのに」
チョコ。「くださいタスカ様」
彼らは笑った。
ズボンのポケット、両側からなにかを取り出すと、タスカは私の傍らにしゃがんだ。両手を広げる。大量の一口チョコだ。しかも私の大好きなミルクチョコレート。
「どんだけ?」
私は両手を前に出した。「ぜんぶ」
「は?」
「ぜんぶ」
「いやいや」
「ちょうだい」
「ええー?」
「じゃあ二十個」
「いや、二十個くらいしかないし」
「よこせアホ」
「お前に見せたら絶対こうなる」
呆れた表情で言いながら、タスカは私の手の平にすべてのチョコを乗せた。
よし。私はそれをスカートの上に乗せた。ひとつ取って包みを開ける。
「で、なに? これ」
彼が答える。「文化祭の駄菓子屋用の。入れ物? とか考えるために、誰かが持ってきたやつ。ごっそりパクッてきた」
「当日天変地異が起きて登校する気になったら遊んで返す」そう言って、チョコを口に放り込んだ。
「来る気ねえのかよ」
私はチョコをひとつずつ、ゲルトとカーツァーに渡した。
「行く気あんのかよ」
「ああ、サボるって手もあるか」彼はさも今思いついたように言った。「お前みたいに不良じゃないから思いつかなかった」
「は?」
タスカが顔をしかめる。「お前、さすがにその短いスカートであぐらかいて廊下に座るってのは、やめたほうがいいぞ」
「よけいなお世話」また包みから出したチョコを食べる。うまい。
チョコを食べたゲルトは、カーツァーと一緒に苦笑っている。
「ダメだって。こいつになに言っても聞きやしないから」
「そうそう」カーツァーも同意する。「言うだけ無駄。むしろパンツ見せろくらい言ったほうがいい」
私はすかさず彼に言葉を返した。「お前マジでくたばれアホ。誰が見せるかアホ。っていうかショートパンツ履いてるわアホ」三連アホ。
呆れ顔のタスカが溜め息をつく。
「だよな。スカートめくられて、女らしい反応見せるどころか、キレて蹴り入れてくる奴だもんな」
「黙れアホ」
小学四年の頃、学年の男子たちのあいだでスカートめくりが流行った。タスカとカーツァーもその流行りに乗っていて、ショートパンツを履いていた私も、この二人にスカートをめくられた。私はその場にいた男子全員に蹴りを入れた。もちろんゲルトとガルセスにもだ。この場にいる四人とアニタ、そしてガルセスは、小学校四年の時、揃って同じクラスだった。
ゲルトが笑う。「アホの連発。こっちまでアホになりそう」
「だからアホなんだって」
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「ベラー」
B組の教室からハヌルが顔を出した。男たちを見やってこちらにくる。嗅ぎつけたらしい。
「んじゃ俺ら行くわ」タスカは立ち上がり、手を出した。「チョコひとつ」
「やさしいからふたつあげる」私は二個のチョコレートを彼に渡した。「ありがと」
タスカはB組の教室に入ったままのマーニを呼びに行き、カーツァーも立ち上がった。
「ガルセスは教室にいるんだろ? お前らも帰る?」
彼らはニュー・キャッスルに住んでいる。ガルセスは逃げる前に捕まった。根はやさしいので、頼まれると断れない節がある。私とゲルトには遠慮なく容赦なく断るのに。
「帰る」と、ゲルトが答える。「そっちの昇降口にいて。あいつ連れてすぐ行く」
「了解」カーツァーが私に言う。「お前が引っ越したのは残念。もう二度と一緒に帰れねえな」
一緒に学校を出たとしても、ほんの数メートルでサヨナラだ。「ほんと残念。私の代わりにチョコもうひとつあげる」
彼は笑いながら私が差し出したチョコを受け取った。
「もともと俺らがパクッてきたんだっつの」
B組の教室からタスカに続き、マーニが出てきた。
「は? ぜんぶ?」タスカに向いていた視線を私へ、そして私のスカートの上にあるミルクチョコレートへと流した。「マジだ」
私は彼のことを、ほとんど知らない。確か小学校五年だか六年の時だかに引っ越し、転校してきたとかで、同じクラスになったことはないし、話したこともおそらくない。
「ありがたく」と、私。
「んじゃ一個」
手を出され、チョコレートを渡した。
「まったく疲れてないだろうけどお疲れ」
彼は笑った。「そっちもな」
マーニに続き、カーツァーも手を振って歩き出す。
「じゃーな、グラール」
タスカもあとに続いた。「またいつかな」
手を振って答えた。「バーイ」
なにかを忘れている気がした。左前方にあるイヤな空気でハヌルの存在を思い出した。
「で?」私はハヌルに訊いた。残念でした。まだゲルトが残っているが。
D組の偵察部隊を目で追っていたハヌルははっとし、こちらへと視線を戻した。
「や、店の名前が決まんなくて。みんながベラにも訊いてこいっていうから」
店の名前。私に訊かれても困る。バルーン。くじ。ロト。フリマ。
「バロット・マーケットとかでいいんじゃないの? バロットならスペルいじって、バルーン・ロトを縮めた意味でも使えるし。フリマだし」
ゲルトは私のスカートの上からチョコをひとつ取った。包みを開ける。
「単純だな。しかも大げさな気も」
「うっさいな。じゃあなんかあんの?」
チョコを口に放り込んだ。「バロット・マーケットとかでいいんじゃね?」
私は笑った。
「マジでふざけんな」
「いや、言いやすい。大げさだけど、バロット・マーケット。普通にありそう」
「あっても入らないよね。なんか超怪しいよね。ピエロとか出てきそうだよね」
「けど言いやすい。バロット・マーケット」
こちらは笑いが止まらない。「気に入るな。連呼すんな」
会話に入れなかったハヌルは、「ああ、じゃあそれ言ってみる」と言い、教室へと引っ込んだ。
そしてゲルトは満足そうな顔をする。「よし。これで仕事したことになった」
「ちょっと待て。あんたなんにもしてないよ」
「いや、バロット・マーケットって名前に同意したし」
「同意だけで仕事した気になってんじゃないわよ」
「賛同した」
「変わってないわアホ」




