* Voice
エルミたちが正門から出たのを確認すると、こちらは一気に笑いだした。
おなかを抱えて笑いながらマスティが地面に転がる。
「マジでやべえ。どこからあんな嘘が出てくんだ」
ブルも私たちの前に寝転び、身をよじって大笑いしている。「掃除──家中──」笑いすぎて息が苦しいらしく、足をバタバタさせている。
私も、うつむき肩を震わせてながら笑っていた。少し落ち着き、どうにか顔を上げた。
「自分で言いながら、ものすごく笑いだしそうだった。頭の中軽くパニック状態だし」
アゼルも笑っている。
「おかげで俺ら、昼飯手に入れた」
「は?」寝転んだまま、ブルはどうにか笑いを止めた。「いや、嘘だし──嘘──」また笑いだした。
病気か。「二人はともかく、私は奢ってもらってもいいと思う。超がんばった」
マスティもまだ転がっている。「いや、俺らが言い訳してもよかったけど、お前どうすんだって話になるじゃん。お前の言い訳まで思いつかねえし」
「けどけっきょく、あんま意味なかった」アゼルが言う。「こいつも男三人でとか言ってるし」
「だって、一緒に行くとか言ったら面倒じゃん。私はよくても、ブルがめんどうになる。下手したらせっかくの相手失うかもじゃん」
彼は右手で髪をかきあげた。
「それは助かった。デートとか言われた時はぎょっとしたけどな。どうにか昼飯止まりにしようとしてたのに」
「だって、どう見てもデートかと思うじゃん。よかったのかあれで」
マスティはやっと身体を起こす。
「どうにかしてくれって必死に口パクしてた」
まったくわからなかった。
ブルが説明する。「夏休みは昼過ぎまで寝てたって言い訳して、そこから用意にちょっと時間かけて、三時くらいに家に呼んで、五時くらいには親が帰ってくるからっつって追い出してたんだけどな。今日とか無理じゃん。もう無理じゃん。センター街行こうとか言われたら夜までじゃん」
何度もすればいい、などとはさすがに言えない。
「つまりあれと長時間いて回数重ねるよりは、短い時間の一発で我慢すると」
アゼルがさらりと言ったので、私は唖然とした。
「そういうこと」ブルも身体を起こす。「昼飯奢んのはベラだけ」
「ベラ、今からあいつ呼び戻せ」マスティが言った。「俺らは帰る」
ブルはぎょっとした。「マジでやめて」
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けっきょく、ブルは全員の昼食を買うはめになった。私は夕食と、またもアイスクリームとお菓子を大量に買った。四人で溶けそうになりながらたまり場に行き、ランチを食べた。
「覚えてるのは五年の時、PCを買ったって嘘があったこと」私は彼らに言った。「自分専用のPCを買ってもらったって言ってた」
「くだらねえ」と、マスティ。「その嘘を自慢するわけ?」
「そう。周りにばら撒く。見せてって言ったら拒否だよね。無駄に遊んだら怒られるからとか言って」
ブルは呆れている。「なんつーか、ガキだな」
「エルミはそういう、見栄のための小さな嘘が多い。ばれる可能性の低い嘘。ひとつ上が卒業したあとで、実は去年その中の誰かに告白されてたとか。気づいてないだけで、わりと嘘はあると思う」
「アホらしすぎる。で、その上を行くのがメガネゴリラ?」マスティが訊いた。
「そう」ハヌルはすっかりメガネゴリラだ。「四年生くらいの時だったと思うけど、その頃流行ったドラマの人気子役と、実はイトコなんだとか言いだしたの。家に直筆サインもあるって」マジで。
マスティとブルは天を仰いで笑った。「くだらねえ!」声も揃った。
「私たちはもう、あいつのバレバレの嘘には慣れてるのね。わかりきってんだけど、当然こっちは見せてって言うよね。そしたら、“これホントは秘密にしなさいってママに言われてるのー”とか、“サイン見せたらおおごとになるからダメなのー”とか言ってた」マジで。
少々の声真似を含んだせいか、二人は身をよじって大笑いした。アゼルには嫌悪感しかないらしく、微塵も笑っていないどころか、不機嫌そうになっている。
私はさらに続けた。「ちなみに、五年か六年になってその話を、今度はこっちから持ちだした。そしたら、“そんなこと言ってないよー”で終わった」
「殺せ!」マスティが笑いながら叫ぶ。「もうあいつ殺せ!」
殺してもいいのなら殺したい。殺人候補三人目だ。
「なんだろうね、あれ。下手な八方美人というかなんというか──中学にあがって私がみんなとつるむようになってからはよけい、やたらと話しかけてくる。はっきりと言わないだけで態度に出してるつもりなのに、まだ足りないらしい」
「それも利用なんだろうな」ブルが言う。「お前の周りは鈍い奴が多いわけだ」
「だね」というか変なの。変鈍。「六年の時、一時期無視してたんだけど。それでも効果なかった」
マスティはテーブルからビールを手に取った。「あいつらに遠慮はねえの?」
「んー。遠慮ってのはあんまないかな。ただエルミは内心、私のことを怖がってる部分はある。それを私に悟られないようにしてる感じ。私をうまく利用しようともしてるし、だけど見下したい気持ちも持ってる。それがちょっとした嫌味だったり、妙に私を持ち上げる言動に繋がることがある。小馬鹿にするために」そんなもの、私には通用しないのに。「ハヌルは私のすべてを認めたくないらしい。気づいたら勝手にライバル視されてる。私の中の危険分子にも気づいてるけど、それすら認めたがってない。自分のほうが劣ってるって認めたくないから。ついでにバカだから、喧嘩売ってくるような発言がたまにある。私は相手にしないけどね。こいつに関しては、私は同等だと思ってない。私の中では自分の足元にも及ばない存在。でもあいつは同等でいようとする。っていうか、追い越して見下そうとしてる」
ブルは笑った。
「アレじゃ一生お前を追い越せねえ」
知っている。「そのうちわからせてやる」
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夕方、マスティとブルは帰っていった。
遊んで夕食を食べたあと、アゼルとふたり、ベッドに向き合うようにして横になった。
「ひとつ気づいたことがある」
私は言った。薄暗い部屋の中、エアコンをつけてシーツをかぶり、アゼルは左腕で腕枕をしてくれてる。
「なに」
「私は普段から無愛想で性悪だから、ちょっとキライっていう態度出しただけじゃわかりにくいんだと思う」
「それは言えてる」
「ねえ、そこは“普段から無愛想で性悪”ってところを否定するべきだと思う」
「いや、間違ってないし」
「ひどいな」
「学級委員とかじゃなくて、女王決めがあったらいいのにな。学年の真の女王が誰かわかる。みんなお前にひれ伏す」
笑える。「そういうのイヤだって言ってんのに」
「ムカつく奴らに靴舐めさせればいい」
「靴が腐るよ。足までくるよ」
「お前、マジで口悪いな」
「なんで? 腐るよ、絶対」
「まあ腐るだろうけど」
「あんただって、キライな人間に靴舐められそうになったら蹴飛ばすでしょ」
「蹴飛ばすな。確実に」
「それどころか王座に続くレッドカーペットを歩かせることすらイヤでしょ」
「イヤだな」
「口が悪いのはお互い様」
「思いつきのほうはお前のほうがはるかに上」
「ぐさっときた」
「下のほうにぐさっとするか」
私は笑った。
「怖いわ。っていうか制服だし」
「今さらだし。脱げばいいし」
「元気すぎだし」
「お前が染まっていくのがおもしろい」
「髪を染めたのはそっち」
「お前の反応見るのがおもしろい」
「おもしろいって、変」
「楽しい」
「あんま変わらないよね」
「身体の成長が──」
「黙れ変態」
「ヒトのこと言えねえ」
「変態じゃないし。それっぽくさせてんのは誰よって話だし」
「下手なんじゃとか言ったの誰だっけ」
「ごめんなさい」
アゼルも笑う。
「今日のお前はおもろかった」
「どれ?」
「朝」
そっちか。「自分だって」
「ヤバかった。持ってて正解」
「なんで持ってんのか不思議」
「いや、ヤれそうならヤッてやろうと思ってたんだけどな。マジでヤれるとは思わんかった」
なにを言っているのだろう。「最後の声が好き」
「は?」
「うなる声」
「お前、それは男に言うべきじゃないぞ」
「なんで? 好きなのに」
「言わないもんだ」
「じゃあもう言わない」
アゼルは私のあごに触れ、顔を上げるよう促した。
微笑む。「俺もお前の声好き」
──声。
一瞬にして顔が真っ赤になり、アゼルの肩に顔を伏せた。
「むりムリ無理! マジで無理!」
「ほらな。言われたくないだろ」
「言われたくない。ごめん」
彼はまた笑った。
「わかったんならいい」頬に触れ、また私の顔を上げて視線を合わせる。「お前の声聞かせろ」
そう言って、キスをした。




