* When Need Lies
ベルが鳴った少しあと、階下からのざわつきで、一年生が各教室へと帰ってくるのがわかった。私はその群れが途切れるのを確認してからアゼルと別れ、レストルームに寄ってから教室へと向かった。
前の席にいるゲルトから、“不良昇格”の称号をもらった。奴の椅子の底を蹴って返した。
放課後──アニタから、ママとショッピングに繰り出すけど一緒に行くかと誘われ、悪いからと断った。アニタママはいつも、私にまで買ってくれようとする。私の好みをよくわかってくれていて、誘惑に負けそうになるけれど、私は丁重に断る。けれどもたまに買ってもらう。
リーズとニコラは、夏休み中に会ったナンパ師の一組と遊ぶ約束をしたとかで、さっさと帰っていった。
私はアゼルとマスティと三人でなぜか体育館の、入学式前にクラス発表があった窓の前のバーム部分に座りこんでいる。数歩太陽の下に出た程度でマスティが無理だと言いだし、日陰に逃げこんだのだ。
「暑い」うなだれるマスティがつぶやいた。「溶けそう」
「お前は溶かしても溶かしきれねえよ」と、アゼル。
「間違いない」どんな物質かは知らないが。「さっさと帰ればいいと思う」
私はアゼルの左隣にいる。マスティはアゼルの右隣で、三人とも窓にもたれ、あぐらをかいてだらけてる。
「帰りたくねえ」マスティが言った。「帰んのがめんどくさい。このまま太陽の下に出たら死ぬと思う」
呆れた。「夏休みはめちゃくちゃ遊んだじゃん。おかげで軽く日焼けしたっつの」
「状況が違う。あれは夏休みの話。明日から学校だぞ」
「今まだお昼なんですけど。センター街に出向いてた時間と変わらないんですけど。しかも明日とりあえず授業受けたら、また土日休みじゃん」
「いつも思うけど」アゼルが口をはさんだ。「三人でいる時のこの並び順、すげえうるさい」
私は思わず笑った。並び順は日によって違うけれど、この並び方だと、私とマスティがアゼルを挟んで言い合うことになる。
「さっさと立ち上がれば解決する」
マスティは動く気がない。「ベラの横はうるさい」
「えー。うるさくないし」
「耳痛くなる」
「耳鼻科に行けばいいと思う」
「耳掃除されるために金出せってか」
「耳栓のほうが安く済む」
「耳栓したら逆ナンに気づけねえだろ」
「耳栓して聞こえてなくても、本気で声かけたければボディタッチがある。けどこんなところで耳栓してるアホに逆ナンしてくるバカは、自分から願い下げなさい」
「耳みみ耳みみってうるせえよ」アゼルは笑いながら言った。「俺がいちばん耳栓いるわ」
本当だ。「コンビニで買ってあげようか。ふたりに耳栓。色違い。あとマスティには日傘も」
「日傘って。俺は老人か」
アゼルが彼に言う。「お前、最近すげえ老け込んだ気がする。老人とまではいかねえけど」
「よけいなお世話だ」
私は身を乗り出してつけたした。「基本ゲーム廃人だったしね」
「うるさいよ」
「ベラ!」
校舎のほうから声がして振り返った。うんざり顔のブルの腕を引いて、エルミが手を振りながら笑顔で歩いてくる。
「なにしてんの?」
「うなだれてんの」
「なにそれ」私の傍らに立ち、エルミは笑顔でアゼルたちへと視線をうつした。「どうもー」十オクターブくらい高い声だった。オクターブの意味は知らないけれど。
そんなエルミの左隣、ブルが口パクでなにかを必死に言っている。なんだろう。
「これからデート?」
私が訊くと、ブルはぎょっとした表情をこちらに返した。右側ではアゼルとマスティが小さくふきだして笑いをこらえる。
だがエルミはそんな三人には気づかず、嬉しそうだ。「や、途中まで一緒に帰ろうとしてたんだけど、どこかでランチ食べようかって話もしてたり」
デートか。
エルミが続けてこちらに訊く。「そっちは?」
「さあ。とりあえず──」
「エルミー?」
私の言葉を遮ったのは、同じく第一校舎のほうから歩いてくるハヌルだった。ナンネとジョンアも一緒にいる。
エルミはブルと一緒に振り返っていた。「やっほー」
陰口を言いまくるくせにいつだってフレンドリー。ここだけは尊敬に値する。
そんな彼女の隣、瞬時に視線をこちらに戻したブルが、再び口パクで必死になにかを訴えかける。
アゼルは肘で私の腕をつついた。声を潜めて言う。
「ブルを連れて帰る言い訳考えろ」
言い訳。
答えるよりも先にハヌルが来た。「あ、ベラも」ブルとは反対側、エルミの隣に立つ。「なにしてんのこんなところで」アゼルたちに流した視線をまた、こちらに戻した。「やっぱり?」小声。
黙れメガネゴリラ。
聞こえていないフリをし、私はブルに向かって口を開いた。「ブル、今日男三人でゲームするんじゃなかったっけ」そうだっけ。「このあいだの対戦の続き」ゲームなら昨日もしたよ。「しかもあれだよね」どれ。「このあいだゲームに負けたからって、二人に始業式のあとランチ奢る約束してたよね」してないよね。「わざわざ呼び出されて私、その証人になったんだけど」呼び出されてないし、そんなものになった覚えもないけれど。
一瞬きょとんとしたものの、彼はすぐに状況を把握した。
「そういや──」
その声をエルミが掻き消す。「そうなの?」彼に訊いた。
いける、と私は判断した。さらに煽る。「男同士の約束は絶対だってルール、知らないの?」知らないよ。初耳だよ。「この二人、待ってたのよ」違うよね。帰るのダルかっただけだよね。「私までつきあわされてるのよ」なに言ってんだ私。
ブルは決断した。「そういやそうだ」エルミに言う。「悪い。今日無理だわ」
エルミは肩をすくませた。
「そっか。じゃあしょうがないね」こちらに視線を戻す。「ベラは?」
答えに困った。私? ほんとだよ。私はどうするの。
「一緒になんか食べに行く?」ハヌルが言った。「うちら三人でなんか食べに行くつもりだったんだけど。ベラは夏休み、ぜんぜん遊べなかったし」
遊べなかったのではなく、遊ばなかったんだよお前とは。
先にエルミが答える。「あ、行く」
私は。「ごめん」考えろ。「私、今日ダメ。ランチは用意されてるからそれ食うし、今日は部屋の掃除するって決めてたし」またもなにを言っているのだ私。「時間あまったら家中の掃除もするつもりだし」そんなつもりはない。「マジでごめん」あやまる部分おかしいし。
「そっか」ハヌルはナンネとジョンアに声をかけた。「じゃあ行く?」
「あ、ちょっと待って」
ブルの腕を離すと、エルミは私の傍らにしゃがんだ。口元に左手をあて、声を潜めて私に言う。
「もうさすがに隠せないよこの状況。訊かれたら、つきあってるって言うよ?」
エルミは夏休み中、ほとんどハヌルに会わなかったという。訊かれても、どうにか知らないでとおさせた。だがそれも限界らしい。
「いいよ。そうして」小声で答えた。「けどよけいなことは喋んな」たいしたことは知らないだろうが。
「わかってる。こっちのこともあんま喋んないでね」
自分で喋るくせになにを言っているのだろう。「はいはい」
エルミは立ち上がった。「じゃーね」満面の笑みでアゼルとマスティに挨拶をする。「さよならー」
そしてそのままの笑顔でブルのほうに向きなおると、「また明日ね」と言って、エルミはブルの頬にキスをした。これは確実に、ハヌルへのあてつけだ。
ハヌルは引きつった笑顔でこちらに「バイバイ」と言い、歩きだした。エルミもそれに続いた。
ナンネとジョンアも二人に続いて歩きだす。
「ベラ。また明日」
二人には手を振って応えた。「バイ」




